街の喧騒とちょっとした決意-5
紆余曲折、謎の問答やら授業やらを繰り返して、やっとのことで本題へとたどり着く。
ジョブノートの調印を行うために僕が通された部屋には、謎の枯れ木と泉が安置された部屋だった。
レミさんにしたがって、教会の奥の部屋へと向かう。
先ほどの、礼拝堂と思しき場所の半分ほどの大きさをした部屋だった。部屋の内装には大きく変わったところは見受けられない。ただ、部屋の中心に清水の湛えられた丸い泉と、一本の大きな木の枝の様なものが生えていた。
茶色い、葉っぱの一切ない2メートルほどの枯れ木だ。幹に一つ、大きな傷がついている。
「これって...」
「それは『女神の杖』です。一つの教会に一本の杖、神の愛を形にしたものですよ」
「まぁ有り体に言っちゃえば、強い魔力を宿した木だよね〜」
「ちょっと、クリスさん!」
「女神様がこの世に刺した杖、そう言われてるんです。なのでこうして教会の礎とされてます」
僕の意図を読み取ったかの様にレミさんが口を開き、メリルが少し噛み砕いてコットンさんが締める。流れる様な連携プレー?による、怒涛の様な解説。
さすがは転生者の案内人である巫女たち、なんだろうか。...昨日からこの調子だったらすごいありがたかったんだけど。
調印とやらのためなのか、その女神の杖の前には僕の腰くらいの高さがある台が安置されていた。
「ほら、イロハくんこっちこっち」
メリルに呼ばれるままに、所定の位置だと思われる、台の前に立つ。
祭服を纏ったレミさんがその横に立ち、ちょうど枯れ木の前、台を挟んで真正面にメリルがたった。
「ジョブノートを、お願いします」
レミさんの言葉にしたがって、台の上にジョブノートを置く。
「では、これから調印の儀を行います」
堅苦しい口調でそういって、ジョブノートの表紙をメリルがめくる。白い、まっさらな1ページ目があらわになる。
..あれ。
昨日の洞窟での記憶が過ぎる。
確か、なんか青い文字が大量に書かれていた様な。
「...『花よ開け、四方を覆え』」
メリルが改まった声でそう言った。ガラリと、部屋の空気が変わる。
うすぼんやりとすりガラスから差し込んでいた陽光が、まるで電灯のスイッチが切られたかの様に細く、弱くなる。
それと相反する様に、女神の杖が生えている泉、その水底から白い光が湧き上がる。
「これ、って...」
「神聖な儀式、ですから。当たり前ですけど、調印も魔術を用いた儀式です、女神様の加護を受けるものですから。ちゃちゃっと書いて終わり、ってわけには行かないんですよ」
あ、ありがとうございます。
突然起きた変化に驚く僕に、後ろで控えてくれていたコットンさんが丁寧に教えてくれる。
「『世界は汝を受け入れ、汝は世界を受け入れる』」
ジョブノートが、柔らかい光を纏った。皮の表紙に文字らしき細かい模様が浮かび上がり、まっさらな紙が風に吹かれる様に揺れる。
「『尺枝は白地図に踏み入り、根を張り、形を為す。』」
白紙のページ、その中心に文字らしき紋様が浮かび上がる。
まるで花が咲く様に、飾り文字らしき紋様が紙の上を広がっていく。
メリルがその節の詠唱を終える頃には、最初の一ページ目は青い紋様が埋め尽くしていた。
青い花の中心には、『騎士』という二文字が浮かんでいた。
「...騎士、ですかぁ」
コットンさんがどこか含みを持たせて呟く。
なんとも言えないような、それはどうなんだろう...とでも言いたい口調で。
...うん、まぁ、自分でもあまり似合わないということはわかってる。昨日今日と、バケツ騎士さんに助けられてメリルやレミさんにいろいろ教えてもらって。やっていることといえば、どちらかというとお姫様だ。
「『言葉を紡げ、肢体を揺らせ、世界をその目に焼き付けよ。』」
そこで、ペラリとまたページがめくれる。新しい、真っ白なページが顕になった。
そのページにもまた、先ほどと同じ様に青い紋様が中心から広まっていく。
「...おぉ」
横から聞こえた声に振り向くと、レミさんが目を丸く開いている。まるで、何か変わったものを見た様な。
そうしてよそ見をしている間にも、真っ白なページを青いバラの様な模様が埋め尽くしていく。
そのページの中心には、しっかりと『黒魔道士』と、刻まれていた。
「「...は?」」
後ろから覗き込んできたコットンさんとシンクロする。
その頃にはすでにジョブノートは次のページへと移っていた。先ほどとは比べ物にならない速度で新しいページに青い紋様が刻み込まれ、その中心には『傭兵』という言葉が刻み込まれる。
「『汝の形貌は...』」
そこからは早かった。パラパラパラと音を立ててページがめくれ、まっさらなページに次々と青い紋様が刻み込まれていく。
「『...ここに定まった』」
そう、メリルが詠唱を終える頃には...僕のジョブノートは真っ青に染まっていた。
すっかり窓からの光は戻ってきていて、泉はその輝きを失っている。
メリルがかざしていた手を引き、ふぅ、と一仕事終えたかの様に息を吐く。
僕と、他の二人は驚いた顔で開いたままのノートを見つめていた。
「ね?だから大丈夫だっていったでしょ」
レミさんとコットンさんと一緒に、唖然としたままメリルを見つめる。
「...いや、え、どういうことです?」
「え?」
きょとんと、メリルが首を傾げる。まるで意味がわからない、と言った様子で。
それはこっちなんだけど。
コットンさんがバタバタと慌ただしく、自身の持っていたポシェットから彼女のものらしきジョブノートを取り出し、開く。
表紙をめくった、最初の見開き。一ページ目に書かれている『巫女』という二文字と綺麗な青い紋様。その次のページには『運び屋』という3文字がある。が、その次からは白紙が続いている。
それに続いてレミさんもどこからかジョブノートを取り出すも、最初の一ページに巫女、そう書いてあるだけだった。
「え、ちょっといいですか?」
「...あ、はい、どうぞ」
驚いていた中、レミさんから声をかけられてワンテンポ遅れて返事をする。
彼女が、まだ台の上に置かれたままのジョブノートを手に取った。横から見てもわかる、青く染まったページをぺらぺらとめくっていく。
「...これ、基礎となるジョブ、全部網羅してるじゃないですか」
レミさんが唖然、といった様子で一言呟く。
「ん、そうだよ。すごいよね〜」
「いや...すごいよねー、じゃないですよ、これ。明らかにおかしいですって」
「うん、それがイロハ君の特性、なんだって」
まるで悪戯が成功した子供のように楽しげにメリルが笑う。
「イロハくんは何にでもなれる、なんでもできる抜群オールラウンダーなのでした!」
無邪気な掛け声に、くるりとレミさんとコットンさんがこちらを見た。レミさんはまるで信じられない様なものを見る目で、コットンさんは不満たらたら、どこか妬みも混ざった目で。二本の、美しくも鋭い視線がぶっ刺さる。
...そんな顔、向けられても。
僕も、訳わかんないから...うん。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「イロハくんは、普通なら一つか多くて二つしか受けきることができないジョブの加護を、同時に複数個受けることができるんだよね」
人差し指を立てて、まるで解説をするかの様にふふん、と自慢げにメリルが語る。
なんであなたが得意げなんですか...。
コットンさんは感心した様にメモ帳に筆を走らせ、レミさんは思うところがあるのか、まだ首を捻っている。
僕たちは先ほどの教会、その礼拝堂に戻ってきていた。
演壇の前にたったメリルのドヤ顔が眩しい。
「それって...すごい、んだよね?」
「すごいもすごい、めちゃくちゃですよ!?ツインジョブの方は時々見ましたし、自分の意思で複数のジョブを選ばれる方もいます。でも、まさか選定を受ける側として、しかもここまでの数...」
「あ、はぁ...」
長椅子の背もたれを力強く叩き、ぐいぐいとレミさんの顔が近づく。圧倒的な熱意に思わずのけぞってしまった。
眼前5cmほどに鼻先を近づけ、そこでまた考える様にうんうんと唸り始めてしまう。...いや、近い。顔が近いよ。
「ほらほらユアちゃ、近いよ近い」
「あ...すいません、はしたなかったですね」
メリルの言葉に落ち着いたのか、隣にストンとレミさんが腰掛ける。そのまま小さな声でぶつぶつと呟きながら考え込んでしまった。
隣の長椅子では、端の方でコットンさんが不服そうに頬を膨らませていた。
「先輩、私には教えてくれてもよかったですよね?」
「あはは、ごめんごめん...ま、どうせここでわかるからいいかなぁって」
「そんなんだから時々馬鹿にされるんですって!本当に...」
そんな会話を横に、レミさんから返された手帳を開いてみる。
ページ一面に刻まれた青い紋様と、中心の騎士という二文字。薄く発光する、バラの様な、細かな花弁にも似た模様が紙を埋め尽くしている。ペラリとページをめくると、その次の見開きも真っ青に染まっていた。ただ、真ん中の文字だけは違う。
『黒魔道』...か。いや、黒魔道って。あんまりいい印象がないから、なんとも言えない怖さがあるな..。
なんとなくそのままページをめくっていく。
運び屋、傭兵、白魔道、冶金...。見たことある様な物もあれば、どこか要領の得ない名前までもがつらつらと並んでいる。
「...あれ」
途中で気づく。
最初のページの文字と紋様はうっすらと光を帯びていた。ぱらぱらとページをめくり、最後まで全てのページに目を通していくも、その中の他のページは、最初の様な薄明かりは纏っていなかった。
「メリ...あ、レミさんすいません、少し聞きたいことがあるんですけど」
「...ん、はい、なんでしょうか?」
「え、ちょっとイロハくん!今私の名前呼びかけなかった!?」
まだ悩ましそうな顔で唸っていたレミさんに声をかける。
耳ざとく聞きつけて、ぐりん、と勢いよくこちらに振り向いてきたメリルは放っておくとして。
「これ...えっと、この、最初のページ、光ってるじゃないですか?」
「あぁ...これはですね、イツキ君が今この加護を受けている、って教えてくれてるんです。基本、加護はいつでも受けれるんですけど、魔力を使うので...切り替えることもできるんです」
「...えっと、切り替えるっていうのは」
「加護を受けてない状態にもできるんです。加護は、その人の性質によって様々に変わっていくので、時々燃費が悪い人もいらっしゃって。そういった場合、常に全力疾走してるみたいになってしまうので」
「うわ、きっつ...。なる、ほど。ありがとうございます」
はぁ...便利なものだなぁ。
今騎士っていう文字が光ってるってことは、僕は騎士としての加護を受けてる...ってことで、いいんだろうか。
それにしてはあまり変わったところは見受けられないけど...。
あ、そういえば。
「これ、どうやって他のジョブに切り替える、っていうか...加護をうけたりとかすればいいんですか?れみさ」「はいはいはい!これはね、ジョブを切り替えるための詠唱があって、それを読み上げることで他の加護を重ねて受けることができるんだよ!!」
「お、おぉ...そ、っか」
レミさんに続けて聞こうとしたところに、割り込む様にメリルが飛び込んでくる。
「ま、これは結構研究が進んでてね。傭兵と魔道士とか、剣士と弓兵とか、そういったいろいろ使える様にしたい人の要望で、一言で棲む様に改良されてて」
そういいながら演壇の前に立った。メリルが自分のものらしきジョブノートを構える様に掲げて、口を開く。
「『疾風と轍』、っと」
その文言を言い終わるか否かの瞬間、バタン、という音が礼拝堂に響き渡った。驚いて見渡すと、開閉式になっている窓や、ドアが半分ほど開いている。
そして、窓から、ドアから入り込んできた風が足元に渦巻き、メリルの足を覆った。
「と、こんな感じ。ほら、見てみて」
そう言いながら、まるで靴の履き心地を確かめる様にコツコツ、と何度か足踏みをした。風が巻きついたメリルの靴を注視してわかる。メリルの体が、地面から数センチほど浮き上がっていた。
そして、掲げていたジョブノートを見せてくれる。
そこでは、巫女という文字の次のページに刻まれた運び屋の文字も青く輝いていた。
「こうして、一つのジョブに着きながら他のジョブの加護を得たりする訳です」
そう言いながらメリルが指を鳴らすと、足元に渦巻いていた風が解け、中に消えた。半開きだった窓やドアも、ぱたりと閉まる。
「結構、使いやすいものなんだね」
「ま、知識職の方たちが頑張ってくれたからね〜」
にひひ、とどこか嬉しそうに笑いながらメリルが何度かうなずいた。
「...じゃ、とりあえず基礎のジョブ、一通りおぼえてこっか?」
「基礎...っていうと」「騎士、傭兵、黒魔道士、白魔道士。ここらへんが花形で、いろいろ便利だから」
やや食い気味の解説が入る。
...さっきレミさんに聞いたことを気にしてるのかな。なんか熱がすごい、熱が。
「あ...う、ん。お願い」
押し切られる様に、うなづいてしまった。
「んふふ、おっけー!ま、そんな長いもんじゃないけど、これ覚えられなくて断念しちゃう人も多いからね〜...覚悟しときなよ?」
悪戯っ子の様な笑み。
この人は人に辛いことをさせようとする時、なんでそんなに楽しそうにできるんだろう。その覚悟しときなよ、という言葉にはどんな感情が含まれてるんだ...。そして後ろで笑ってるコットンさん。なんだこの二人組本当に。もうさんづけするのがなんか嫌になってきた。エリーヌ・コットンだし...えりちゃんとでも呼んでやろうか。
...巫女の人選は、こちら側からも選べる様にして欲しい。
女神様への文句リストにまた新たな項目が加わった。
「...ジョブがたくさん、ですか。んー...何か特別なことできるんでしょうか、いろいろ興味はつきないです。あ...でも、詠唱覚えるのは苦労するでしょうね。あれ、意味もわからない音の羅列ですから。...んふふ、そこはちょびっとだけ楽しみです」
<住所不定、ギルド「エッジウォーカーズ」所属/14歳/lv53/デミのEさんのコメント>