街の喧騒とちょっとした決意-4
教会で突然始まった、レミさんによる熱気100パーセントの白熱授業。
なんとか話についていこうとするけど、いまいちその話は要領を得なくて...。
代わりに出てきたメリルとコットンさんの口からは衝撃の真実が飛び出してくるし。
...僕一体どうすればいいんですかね。
「はいそれじゃあイツキくん!ジョブって何!?」
「あぇ、えっと、仕事、ですか!?」
「うん、惜しい!でもいい筋いってるね!」
完全に授業だ。しかもかなり熱量高めな。
僕の言葉に大きくレミさんがうなずき、黒板にチョークを走らせる。
「いいですか!?ジョブっていうのは...あなたの、あり方です!!」
「あ、り...方...ですか?」
「はぁい!」
あり方、存在の定義。飾り文字で、黒板にはデカデカとその7文字が書かれていた。
レミさんがものすごくいい笑顔で大きくうなずく。
甲高い音を立てながら、勢いよく書き続ける。
先ほどの飾り文字の下に続けて、細々とした言葉達が並べられていった。
「ジョブというのは、女神様からあなたへと与えられる愛のことです!ジョブノートに刻まれた職業、それがあなたのこの世界での生業となり、あなたの保証、証明とその定義となりますッ!!」
「は、はぁ...」
なんだろう、なんか思ったよりも壮大でスケールがでかい。
普通の仕事、それだけじゃないということが、レミさんの熱意からいやというほど伝わってくる。...でも、なんかそれしか伝わってこない。
「ただの仕事、ではないんです、よね?」
「ええ、はい!そんっな単純なものじゃないです!!」
というかさっきから続けてだけど、レミさんの勢いがすごい。
黒板の縁をバシバシと叩いて、まるで何かの叩き売りの様だ。
「いいですか?ジョブというのは、あなたへの神による愛です!愛!!ジョブを選び、選ばれ、そしてそのあり方を決めること!こ!れ!!が!!!『ジョブ』、ってやつです!」
「...はい」
ジョブを選ぶのはわかるけど、選ばれる...?そして神の愛、かぁ...。
すでに魔法やらなんやらを見て、体験して、魔力まで計った身だ。信じない、ってことはない、けど。
いまいち要領を得ない。
「...そういえばユアちゃん、女神様のことになると、熱意はすごいけど教えるの下手くそだよね」
ぽつり、メリルが思い出したように呟いた。
「んいっ...」
レミさんがピシッ、と音が聞こえてきそうな固まりかたをする。
「...えっとね、イロハくん」
もう立ち直ったのか、メリルがてくてくと固まったレミさんの隣まで歩いてきた。硬直したままのレミさんをとん、と押し除けて、平然と喋り始める。
「前にもお話ししたと思うけど、この世界にはいわゆる神様、女神様がいます。んで、その女神様によって...この世界は回されてるの。ここまではいいよね?」
「あぁ、はい」
その話は前にも聞いた。確か、その女神様にお知らせを受けて巫女とかであるメリルさんが、僕みたいな転生してきた人のお出迎えをする、とかなんとか。
後ろの部分は当然のように説明されていないけど、メリルにそれを求めるのが無茶ってものなんだろうか。
「えっとね、それで、当たり前だけど女神様はこの世界を司る存在であって...神様だからね?そんな女神様が、私たち人間や、ぬこちゃんみたいなデミ、この世界に棲む全ての人々に対して分け隔てなく愛、まぁ有り体に言っちゃえば魔力を用いた加護を与えてくれます」
そう言いながら、メリルさんがパチン、と指を鳴らした。
石畳の床から、見たことのある半透明の手が飛び出してくる。
「例えば、私の場合はこれだったりね?」
「あぁ、それも...?」
ゆるりと、青色の手がこちらに挨拶でもするように揺れる。...なんとなく振り返した。
「うんうん、これ、ちょっと特殊な魔術で...ま、ここら辺はちょっとまた複雑な話になっちゃうんだけど...」
「...普通、魔術っていうのは特定の文言を使わなきゃいけない縛りがあるんです。昨日のこれとか」
するりと、自然にコットンさんが解説の中に入ってくる。
人差し指を立て、一言呟いた。
「『空を食め、炎熱火球』」
コットンさんの指先に、ぽん、とテニスボールほどの大きさをした火の玉が現れる。
「...こんな感じです。これは基礎の基礎、火の玉の呪文ですね。普通は、こう言って便利に形にまとめられたものしか使えないのです」
...火の玉?
聞き覚えのある呪文。だが、その火の玉に見覚えはなかった。
「あれ、でも昨日は...」
「あれは先輩がいたからです!...多分。あの洞窟は先輩とギムルさんの魔術もかかっていましたし、先輩と一緒に詠唱もしてたじゃないですか!魔術はまだまだ未解明な部分が多いんです...イツキさんみたいないろんな意味で特別な人もいますから!」
どこかやけくそのように早口でコットンさんは言い捨て、また長椅子へと戻って行ってしまう。
そういえば、昨日メリルが言っていた転生者の特性とやらもなにか関係があるのかもしれない。というかあってくれ。
「転生者は例外が多すぎるんですよ...まったく。助手としての仕事はしましたよ?あとは先輩、よろしくお願いしますねっ」
むす、と頬を膨らませてどっかりと勢いよく腰掛けた。その隣ではレミさんがぐったりと俯きながら座っている。
「はいはーい、んで、えっとね。話はずれたけど...まぁ、お仕事、ジョブにつくと、それに応じた加護を受けることができます、と。そして、その加護はその人がその職業についている証にもなるわけです」
「なる、ほど」
「ん、で、その加護っていうのがなかなかに強力で...それもあって、ジョブには基本一人一つしか着けなかったりするんだけど、時々例外な人もいたりして。ま、要は加護とジョブは、切ってもきれない関係なんです、と」
「あー...だから、教会で、ジョブのお話になるわけです、ね」
「うん、そそ。だいたいわかった?」
「はい...なん、とか」
やっと話が繋がってきた。突然連れてこられた教会で始まったジョブの話。いまいち意味もわからなくて、愛やら加護やらと突飛でいろいろ話が飛び回っているように感じていたけれど、なるほど。
...あれか、言っちゃえば、ゲームで言うジョブ特性、みたいな?防御力が上がったり...体力が上がったり、とか。
なんとか頭の中で噛み砕いて理解する。
一人で黙々と長期休みにやり込んでいたRPGの常識がここで役に立つとは。人生わかんないもんだなぁ...二回目らしいけど。
「で、ジョブの認定とジョブノートへの調印を行う場所がここ、教会で、さらに言えばその仕事をするのは私たち巫女ってわけですよ」
「...ジョブノートへの調印は、その人がそのジョブについたことの物的な証左にもなるんです。身分証明証みたいなものですから」
いつの間にか立ち直ったのか、レミさんが黒板の横に戻ってきてきた。黒板に刻むように書き込まれた白い文字を、スポンジのようなもので擦って消し始める。いつ直したのか、その祭服は僕が教会にきた時の状態へと戻っていた。シワは目立つけど。
「だからこそ、ここ教会は神聖な場所であり、ジョブとジョブノートは、とても大切なものなのです。...わかっていただけましたか?」
「あ...はい」
「はい!じゃあこれで講座終わりです!クリスさんあとよろしくお願いします!」
先ほどの熱はどこへやら。恥ずかしそうに咳払いをすれば勢いよく話を畳み、レミさんはまたゴロゴロと黒板を押して教会の奥へと戻って行ってしまった。
その姿が扉の奥へ消えていくのを見送ると、一気に肩の力が抜ける。脱力するままに、長椅子に腰掛けた。
なんか疲れたな...やっぱ授業は好きになれない。まさか教会で受けることになるなんて思っていなかったけど。
「ユアちゃは神様大好きだからね〜...いつもは話も説明も上手なんだけど。なんだろね、口説かれでもしたのかも」
なんとも失礼な軽口を聞いた気がする。
メリルはくつくつと喉を鳴らして笑いながら、レミさんを見送っていた。緩く手まで振っている。
ふざけてるのか、馬鹿にしてるのか。
その隣ではコットンさんがすました顔で座っていた。
「神様に口説かれるって...いくらなんでも失礼なんじゃないの?バチとか当たりそうだけど」
「えー、そう?そんなことないと思うけど、むしろふざけてやっちゃってそうだけどね〜」
「...っ、はは、なにそれ?友達じゃないんだから。それにそもそも、神様になんてあったことないでしょ」
想定外の気軽さに、思わず変な笑い声が漏れた。
なんとも楽しそうな神様だ。今のところいい印象はなかったし、宗教はちょっと怖いからそういったことは避けてきたけど...そんな神様がいるんなら、信じてみるのも少し面白そうだな。そんな考えがちらりとよぎる。
「え?あったことあるよ?」
「...え、あるの?」
「うん、時々。教会とか街に来てたり...まぁ、最近、ここ数年は全然だけど。て言うか私ら巫女だから、それこそ定期的にお声は聞いてるし」
想定外の事実に目が点になる。
...思ってたよりも数倍気軽な神様だった。そして教会はまだわかるけど、街に来るのか、街に。神様も随分と近い存在になったんだな...会える神さま、か。
言ってから気づく。確かにこの人は巫女、だった。会うのはまだしも、声を聞くのはよくある話として確かに不思議じゃない。
「...じゃあ、もしかしてだけど、僕のこととか、結構しっかり聞いてたりする?」
「ん?うんうん、いろいろ聞いてるよ。なんでこっちに来ることになったとか、どんな世界にいたのかとか」
神託、巫女って話だからそこら辺はあんまり詳しいこと知らないだろう、なんて勝手に思ってたけど...。
そういえば、元の世界についての情報は確かにコカトリスと対峙した時に話していた。けど...このポンコツ巫女、お、思ってたより情報持ってやがる...。
まてよ、てことは。
「なんで僕が、こっちに来ることになったのか、その理由とかも...?」
「もちろん、ちゃんと聞いてるけど」
聞いてるのかよ...ッ!!しかもちゃんとって!
「え、じゃ、じゃあそれってどんな理由だった!?」
「なんとなく、だって」
なんとなく...っ!?なんとなく、だとっ!?
当然のように投げ返された情も何もない一言に唖然とする。
聞いた時の状況はちゃんとしていたのかもしれないけど、その内容はちゃんと、という言葉とは程遠いものだった。というか、真逆なのでは...?
「は、はぁ!?え、なんとなく、いやなんとなくって...」
「なんとなく。目についたからあとよろしくって、うん」
あの忌々しい一枚の紙に書かれていた文面を思い出す。
『転生おめでとう!君はこの世界に選ばれたよ!頑張ってね!』
あの冗談としか受け取れないようなわけのわからない文章、今なら確かにその例の神様のものなんだろうと納得できる。
「...まぁ、ちょっとびっくりしたよね。普通なら、結構しっかりした理由あるのに...物凄い善行とか、苦難を乗り越えてきた過去があった、とか」
「やっぱり神さま、まるで...先輩、みたいですね。んっ、ふふ...」
どこか楽しそうにメリルがくすくすと笑う。何がツボに入ったのか、その横では俯いたままコットンさんがぷるぷると震えていた。
なんだこの子たち。僕の不幸で笑ってるのか、それとも神様の奇行に笑ってるのか。流石に後者だと思うけど。
というかなんだそれぇ...!?ちょっとまって僕も結構なかなかな事したと思うんですけどね!?それなんかなかったことになってませんかね!?
「普通なら、転生者の方々って生まれた時からもうジョブについてたりするからね。そういうのがほとんどだけど、イロハ君それもないし...そっちもなんとなくだったしね〜、理由」
悪魔かな?この女神様と巫女たち僕にだけ悪魔かな?当たり強すぎないか本当に。
衝撃の真実の連続に、開いた口が塞がらない。
というか、それだったらそもそも僕、本当はここにいることなかったしあの緑のスライムにやられることもなかったはずじゃんか...っ!!
「私が担当巫女になったのも、なんか面白そうだったからって話だったし...。ま、おかげで私も結構楽しんでるけどね〜」
「先輩、すごいんですから。そこは感謝した方がいいと思いますよっ」
くすくすと笑いながらメリルが立ち上がった。その後ろに続くように、ふんすと鼻を鳴らしながらコットンさんも立ち上がる。
ちょっとまてこっちは全然そんな話聞いてない、ってか知る由もないわけだけどッ。
だとしても、いくらなんでもめちゃくちゃじゃないだろうか。というかこのポンコツ巫女こっちが苦労してるの見て楽しんでやがったのか...っ。
そしてコットンさんはこいつのどこがすごいのか早く教えて欲しい...ッ。
「ま、大丈夫だって安心しなよ。イロハ君は大丈夫、うんうん...なんたって、この私とぬこちゃんがついてるんだから」
「そうですよ、ついてますから」
グッ、と親指を立ててやたらと自身満々に言われる。なぜかコットンさんもそれに追従する。
いや、そのあなたが信用ならないし頼りにならないんですよ...っ。
「じゃ、そろそろいい加減ジョブノートへの調印しちゃおっか」
目の前まで歩いてきたメリルが、変わらず笑いながら、ぽん、と僕の肩を叩く。
「...やるのなら、しっかりやっていってくださいね。こちらはもう準備終わっていますから」
部屋の奥から聞こえてきた声に振り向くと、少しだけ開いた扉からレミさんが顔を出していた。
どうやらもう片付けも、服の乱れを直すのも終わったのか、すっかり綺麗になった祭服に身を包み、不服そうな表情を浮かべている。
「クリスさん、もう適当やったり大事なこと言わなかったりするの、やめてくださいよ?」
「ジョブの説明だったらユアちゃんにはまけないし〜?」
「うぐ...いや、もういいです。ほら、イツキくん、早く済ませてしまいましょう」
諦めた様にレミさんが呟き、招く様に手を振った。
衝撃の真実ラッシュにふらつきながら立ち上がる。
これまでにない様な、異様に重たい足を、なんとか御しながら歩き出した。
この瞬間、僕のこの世界での大きな目的が定まった。
...文句だ。
文句だ、文句。言葉とかそっちじゃなくて、いわゆる苦情の方。
どうやらこの世界の神様は、僕が思ってたよりも数倍気軽で、数十倍適当らしい。
絶対だ、絶対文句を言ってやる。
人の一世一代の決意を不意にして、その上で連れてきた理由は適当か。さらにその適当さのせいで他の人ではあり得ない量の苦労を背負わせやがって。
当たり前だけど、許せるわけなんてない。
正面から、しっかりと目線を合わせて。この世界へ訳もわからず僕を拉致ってきたこと。そしてなんとなくとかいう巫山戯た理由でこんな苦境に放り投げたこと、絶対に後悔させてやる。
幸いなことに女神様は時々街に顔を出してくれるという話で、さらにはかなりのお手軽、普通に喋れる神様ということで。
いいじゃないかいい条件じゃないか、やってやろーじゃんか。
この世界の主人とやらに、正面から文句を言ってやろう。
...そのためにも、僕のこの現状は如何ともしがたい。その女神様から加護を受けてる、使いである巫女に守られて、世話されて。情けないったらありゃしない。とりあえず、あの二人と対等のレベルにはならないと。そのためにも、まずは僕も...何かしらの力を手に入れなきゃいけない。いやだけど、心底いやだけど...ジョブとやらは手に入れなきゃ。
そう固く決意して、レミさんの入っていった扉を開いた。
「...やりたい放題やってくれて、本当に。一矢報いるのが難しくても、絶対に、正面から一言は言ってやらないと。」
<住所不定、ギルド「エッジウォーカーズ」所属/16歳/lv0/Iさんのコメント>