街の喧騒とちょっとした決意-3
失意の中、街に戻ってきた三人。
項垂れる僕を他所に、メリルはすでに次の目的を決めているようで、引っ張られるように重い足を運んでいく。
他愛のない、むしろ僕に取ってよろしくない情報の溢れる会話をしながらたどり着いた先は、荘厳な教会だった。
「う、うぅ...」
「...ちょっと、イツキさん、元気出してくださいよ...」
「あ、あはは...うん、いやまぁ、でもまさかこうなるとはね〜」
ギムルさんの所を後にして、僕らはまた街の喧騒の中に戻ってきていた。メリルが次の用事があるとか言って先導するように歩き、その後になんとか足を引きずりながらついていく。
先ほどの、ギムルさんによって行われた突然の、実質死刑宣告によって僕の気持ちは最高にどん底へと叩き落とされていた。緊張と期待が綺麗に打ち砕かれ、研究所へ入ることによって忘れていた空腹が振り返してさいらにひどい状態へとなっていた。
足が重い。まるで昨日僕のことを襲ったスライムが、ずっと足首に絡みついているように動かない。
ついでにお腹も減っている。気持ちが落ち込んでいるせいなのか腹の虫のいどころも悪く、ぐるぐると獣の唸り声のような音を延々と垂れ流していた。
そんな僕のせいもあってなのか、二人ともどこか足取りが重い。コットンさんまで僕のことを気にかけてくれている。昨日から散々悪態を聞いてきたせいで、その言葉にすらどこか暖かさを感じてしまった。
「いやその...ごめん、あんまりにも、衝撃的だったから」
「あ〜...うん、私も。まさか反応しないなんてことがあるなんてね〜...ギムルの道具なのに」
これ以上うだうだやっても仕方ない。
無理やり気持ちを立て直し、重い足を無理やり動かす。
...とりあえず、何か別の話題、話すことが欲しい。
この地面に這いつくばっているような重々しい気もちをなんとか起こすために、気がそらしたかった。
「ギムルさんの道具って、そんなにすごいんだ?」
「うん、すごいよ、めちゃすごい。多分あのマケン君の精度、この世界でも1、2を争うくらいなんじゃないかな?」
「そうですよ、実際マケンくん自体を開発したのはギムルさんですし」
そんなすごい代物だったのか...。
「ギムルさんは他にもたくさんの道具を開発しているんです。その中でも、マケン君は特に優れたものだと私は思いますけどね!」
ふふん、と、どこか得意げにコットンさんが解説してくれた。まるで自分のことのように得意げだ。
そうかそうか、あの人実際にすごい人だったのか。
その人が作った傑作に、ほぼ存在を否定された僕の魔力って一体。
魔力がないんなら、代わりに何か別の能力があってもいいんじゃないか、なんて都合のいい考えも頭に浮かぶけれど、それはすでに昨日の僕にボッコボコに破壊されていた。
スライムにコカトリス...。コカトリスはどうやら化け物だったみたいだからまだいいとして、スライムに負けるんだもんな、僕は。レベル1の勇者でも、よほどのことがなければ負けないような代物に。
「あー...そ、そうだ!ギムルさんも行ってたけど、ジョブって奴は、一体なんなの?」
「あれ、昨日話さなかったっけ?」
「...言ってない、かな。昨日は結局、ギルドの話と自己紹介くらいで」
「そっか、あらら。これは失敬失敬!」
能天気にメリルは笑っているが、正直こちらは心中穏やかじゃない。
この案内人、本当に大丈夫なんだろうか...。
嫌な予感というか、なんというか。なんともいえない不信感のようなものが積もっていくのを感じる。
昨日、目覚めたら森の中で放置されてるし。さらによくわからない仕事も押し付けられて、僕死にかけたし。
いやまぁ。とはいってもあの、ほぼ死が確定した様な状況を覆せたのは、メリルのおかげでもあるんだけれど...。でも、あの状況に巻き込んだのもまた、メリルだったわけで。
...神様、僕なんか悪いことしましたかね?
「えっと、ジョブっていうのはね...」
別方面への失意でグロッキーになっている僕を他所に、メリルが話し始める。
「まぁ、いわゆる仕事というか、生業かな。例えば騎士とか、魔道士とか。他にも私とぬこちゃんが運び屋だったりね?」
「いわゆる仕事、かぁ...」
あー...うん、なるほど。大体予想通り。
ギムルさんは魔道士だって自分で言ってたし、昨日メリルから自己紹介を受けた時にも彼女は運び屋だと名乗っていた。
「うんうん、まぁここまではいいよね。それで、ここからはちょっと特別なんだけど...イロハくんさ、ジョブノートって持ってきた?」
「ジョブノート?...ってああ、あれか。持って来いっていってたから、うん」
今朝、ひまわり亭を出る前に言われて持ってきていたジョブノートとやらをポケットから取り出して見せる。
昨日唐突にひまわり亭で支給品として渡され、洞窟の中で発光していた謎の物品。正直取り扱いに困っていた所もあり、昨日から触れていなかった。名前からしてジョブにしっかり関わっていることは明白だけど、昨日、勝手にすごい勢いでめくれて発光までするという珍妙な物品を、なんの解説もなしに触れて、調べられるような勇気と度胸は僕にはなかった。
「まぁ、察しはついてるだろうけど、これが結構重要でね...」
「ちょっと、先輩。通り過ぎてますよ」
コットンさんが、喋りながら歩き続けるメリルの服をちょいちょいと引っ張った。
「おっとと、あ、ごめん、イロハくんもうちょいそれ持ってて」
あ、はい、了解です。
その言葉にメリルが勢いよく振り返り、周りを見渡した後に苦笑いしながら今来た道を引き返す。
...本当に、この案内人大丈夫なんだろうか。
恥ずかしそうにメリルが頭を掻きつつ、とある建物の前で立ち止まった。
「はいはーい、目的地に到着でぇす!」
「お、あぁ...は、い」
なんだかんだといろいろ話ながらたどり着いた場所は、街の外れ。左右にならぶ、小さな建物が細々と重なったものたちとはちょっと違う、大きな、少し神聖さを感じさせる建物だった。
言うなればなんだろう...教会、っていうのが、一番当てはまるかもしれない。
「いくよぬこちゃーん」
「はい、先輩」
ふらり、とメリルが当然ように扉を開いて中に入っていく。コットンさんもその後に続いて、まるで自分の家かのように入っていった。
「...あ、え、ちょ、ちょっと」
あ、挨拶とか声かけとか、いらないのかな?
...というか、結局ここはなんの建物なんだろう。
急いで二人の後を追って建物の中に入っていく。
この説明不足と勢いにも、二日目にして、なんか...慣れてきたような。
...うん、確実に悪い兆候だな。
諦めにも近い何かを抱きながら、二人の後を追って大きな扉を開けて中へと足を踏み入れた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「おぉ...」
建物は、どうやら僕の予想がほぼほぼ当たっているようだった。
礼拝堂と思わしき大きな部屋が扉の先には広がっていた。長方形の部屋には横長の椅子が奥に向かって何列も並び、高い天井には古めかしくも細工の凝らされた巨大なシャンデリアが吊るしてある。壁には磨りガラスが嵌め込んであり、ぼんやりとした柔らかい光が石作りの床と天井を照らしていた。
我が物顔でメリルが長椅子の間を闊歩していき、 その後ろにコットンさんが続く。
部屋の奥には一段高い、教壇のような石段が設置されており、さらにその奥には巨大な、3メートルはありそうな女神像と思しきもおのが安置されていた。細かな模様の刻まれた長い髪と、右手に持っているのはりんご...かな?左手には、長い大きな杖を持っている。
..あれ、この顔、どこかで見たことがある様な。
細かく掘り込まれた、神聖な雰囲気を纏う石造りの女性に謎の既視感を覚える。...どうやら女神様みたいだし、街の中でちらりと見たんだろうか。守神とかなら、店先や屋台に飾ってありそうなものだし。
演壇の前では、白いたくさんのフリルがついた、まるでドレスのような服を纏い、ベールを顔にかけた薄青い髪の女性がたたずんでいた。どこか神聖というか、静謐な空気を感じる。いわゆる、淑女という言葉の似合うような、そんな女性だった。
近づくこちらの足音に気づいたのか、彼女がふっと顔をあげる。
「...あぁ、クリスさん、お疲れ様です」
「やぁほ、ユアちゃーん」
青髪の女性が、メリルの軽快な挨拶にどこか疲れた笑みを浮かべて答えた。
「...で、えっと、結局さ。ここどこ?」
「教会でぇす!」
「...教会?」
「はぁい!」
改めて聞いてみるも、返ってくるのはやたらとハイテンションで要領を得ないものばかり。
上機嫌なメリルとは正反対に、青髪さんは何かを察したのか、困ったように苦笑いを浮かべている。
「えっと...教会へようこそ。イツキ・イロハさんですよね?そこの困り物の先輩からお話は聞いてます」
「あ、はい...」
「なぁん?困り物ってのはなんだユアちゃーん!」
近づくことでわかったが、彼女が纏っている衣服はどうやら祭服のような物みたいだった。フリルとドレスに施された細かな刺繍にどこか神聖な、宗教じみたものを感じる。青い髪は後頭部でまとめているようだったが、それでもかなりの長さがあるのか背中の中程まで伸びている。
青髪さんの背後で飛び回っているメリルは二人揃って無視をした。
「転生者さんは数年ぶりですね。この、メリル先輩の後輩の巫女であり、聖十字街教会の巫長をしています。ユア・レミルトンです、以後お見知り置きを。気軽にレミって呼んでくださいね」
「あ、ご丁寧にどうもどうも...えっと、すでにご存知でしょうけど、伊月色葉です。よろしく、お願いします」
「おぉーい、無視しないでよぉー?てかイロハくんはまだいいとしてさ、ユアちゃんはひどくない?くなくない?」
「酷くないです。というか、またクリスさん担当の人にちゃんと説明しなかったんですか?」
「うっ...いやまぁ、その、ここでちゃんと説明しようかなって...」
「彼、ここで何するかもわかってないみたいですけど。あまりにも説明省きすぎじゃないですか?」
「...うぅ...はい...ごめんなさい」
おぉ....すごい。
挨拶の最中で割り込んできたメリルを、あっさりと片付ける。
さっきからのでなんとなくわかっていたけれど、レミさんはどうやらメリルとの付き合いが長いらしい。
そして...彼女のあしらい方を理解している。
「ここにきたのもどうせ、私が全部説明してくれるからって仕事半分投げるような考えできたんでしょう?」
「え、いや、そんなつもりじゃ...ちゃんと、ちゃんと教えるつもりだったから!!」
「...本当は?」
「...ちょっと、くらい」
メリルがちょちょいと指先でジェスチャーするも、レアさんがそれをペシリと叩き落とす。
手慣れてるなぁ...。
そういえば、前僕がメリルに近づくとあれだけ反応していたコットンさんが微動だにしていない。なんとなく視線を動かすと、彼女は長椅子の端に座って困ったように小さく項垂れていた。はぁ、という小さなため息と先輩達も変わんないですよねぇ...という呟きが聞こえてくる。
あぁ...なるほど、いつものことなんだね。
「さ、気を取り直して。クリスさんからどこまで聞きました?」
お叱りが終わったのか、レミさんから声がかかる。焦ってそちらを向くと、レミさんは演壇を挟んでこちらを見つめていて、メリルさんはその演壇の横でなぜか正座をしていた。
「え!?...あ、は、はいっ。えっ、と...」
困惑しながら今の状況を頭の中で整理する。...けど。
あれ、もしかして僕。今、ここの建物に来るに当たって...一切の事前情報、もらってない?
「...はぁ。なんっ...にも、教えてもらってないんですね。わかりました」
深い、深いため息と共にレアさんがうなずいた。
ぎょろり、とその綺麗な空色の瞳でメリルを睨み付けると、その鋭い視線を感じ取ったのか、ハンチング帽をかぶった灰色の頭部がびくっと震える。
「もういいでしょう。いっそ、その方がむしろ教えがいがあっていいですよ、もう」
レミさんが青い髪を掻き上げて、どこかから取り出したゴムでポニーテールに縛り上げる。そして、品のいいドレスのような祭服の袖を捲り上げた。
お、おぉ...?
先ほどの、静謐な空気ががらっと置き換わる。
顔にかけていたベールも、気づけば何処かへと放られている。
「よーし、イツキくん、じゃあちょっとまってて」
「へっ!?あ、は、はいっ」
長い裾を捲り上げ、動きやすいようになのか、腰のあたりで縛りあげる。
すっかり変わってしまった服装で、レミさんは教会の奥へとズンズンと歩いていってしまった。
「えぇ...?」
突然の事態とレミさんの変わりようについていけない。
「...本当に、教えようと思ってたんだけどな〜...」
「こればっかりは、悪いの先輩ですからね」
後ろのベンチでしょぼくれるメリルをコットンさんがぽんぽん、と優しくその肩を叩きながら慰めていた。
神聖な教会で、なぜかワイルドになった巫女と落ち込む巫女兼運び屋に、それを慰める後輩の運び屋。
...なんだここは。なんだこの空間。
「っ!?」
突然教会の奥から響いてきたガラガラという音に驚き、体が跳ねる。
「ごめん、イツキくん、お待たせ!」
レミさんが、何か大きな板のようなものを押して戻ってきた。
暗い緑色をした板が、キャスターのような小さな車輪がついた台の上に建てられている。
黒板...か?
そのまま奥まで板を運んできて、今度は演壇を押してずりずりと動かしていく。
...うんん??一体、これから何が始まるんだ。
演壇を壁際まで動かしたレミさんは、今度はあの黒板を女神像の真ん前まで引っ張ってくる。
そして、台の上に置いてある白い石のかけら...チョークかな?それらしきものを手に取った。
「はい、それでは!」
「あ、はい!」
レミさんがこちらに向き直り、黒板を指先でこつこつと音高く叩いて声を出す。
突然のことに、思わずこちらの声も大きくなってしまう。
「これから、ジョブの解説を初めていきます!」
「は、はいっ!...はいっ!?」
カツカツと軽快な音を建てながらレミさんが黒板にチョークを走らせる。
暗い緑色の板の上を、白い線が駆け抜ける。
チョークと黒板がぶつかる音が止むと、黒板には太い、白い文字で、『転生初日、猿でもでもわかるジョブ講座!』と、書かれていた。
「準備はいいですね?では始めます!」
...気づいたら、謎の授業が始まっていた。
「新成人の方は、是非聖十字街教会で初めてのジョブノートの記載をどうぞ。わかりやすく、丁寧なジョブ講座もご用意して、お待ちしておりますね」
<聖十字街教会在住、ギルド「ヴィス・パセム」サブマスター/26歳/lv88/Yさんのコメント>