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街の喧騒とちょっとした決意-2

ギムルさんの研究所にて、僕は魔力の測定に挑む。

挑むと言っても、不思議な機械に触れるだけだけど...。

ガラス質の玉に、そっと手を触れる。その時、一体なにが...!?

ひんやりとした感触が、指先から伝わってくる。

透明な球は、僕が少し力を入れても揺らぐことなく、机の上に浮かんでいる。

浮かんでいる。

...浮かんでいる、だけだった。


「...」

「...」

「...」


静寂が痛い。

何も起きない。触り方が悪いのかな?

恐る恐る触れていた指先を一旦離し、今度は球自体を掴むように握ってみる。


「...メリル、この子魔力不全だったりする?」

「...や、そんなことはない、はず」


魔力不全。

詳細は良くわからないけど、嫌な予感はビンビンに伝わってくる。字面から、そしてこの現象から予測できることは...正直、最悪としか言えない。まさか、魔力が全くない...とか、そんなこと、ないよね?

先ほどまでの期待が一転、地面に叩きつけられたかのような精神的ショックが襲ってくる。


「え、え、いや、そんな、だって、昨日僕、なんかそれっぽいの使いましたよね!?」

「ん、そだ、確かに。昨日、ギムルの頼んでくれた仕事で木の虚にいって、その時...」


なんとか昨日の記憶を引き出してメリルに訴える。

そう、そう、僕の知らない変なことが起きていない限り、昨日のあの、異様なまでの炎の渦は僕が出したものの、はず。

あの時感じた、全身を押し潰すような疲労感は確かなものだった、はず。


「...だとすると、これ自体の故障かな?」


そうであってくれ、頼むからそうであってくれ。すがるように球に対して祈りを込める。

少し困ったように眉を下げながら、ギムルさんが球体に触れた。

すると、球体がじんわりと、柔らかい光を帯びた。まるで蝋燭のような優しい光だ。その光は少しずつ、少しずつ強さをましていく。

最終的に暖かい、白い光が室内を満たしていた。さらに、その光の中を先ほど、メリルの背中に浮いていた球に現れたような幾何学模様が飛び交っている。


「...うーん?ちゃんと動いてるみたいだけど」


ギムルさんが手を話すと同時に、室内を満たしていた、例の球体から発せられていた光はおさまった。

ほんとはああなるはず、なのか...?


「メリルとエリーちゃんも触ってもらっていい?」


首を傾げ、小さく唸りながらのギムルさんの言葉に、二人がうなずき、まずメリルが球体に触れた。

今度はギムルさんの時ほど光は強くはないが、十分部屋を明るく照らせるほどの薄い、白に近い青の光が部屋の中に広がった。そして、その光の中を洞窟の中で見た薄青色の手が自由に飛び交っている。

その次にコットンが触れるも、結果は同じだった。今度はランタンほどのオレンジ色の光と、その中を飛び交う旋風。なんの問題もなく、この器具は機能しているらしい。

...ということは。


「やっぱり、魔力がない、とか?本当にゼロで、マケン君が反応すらしてくれない、とか...」


おぉっ、ふ。やっぱり、です、か...。


「いや、でも反応がないならないで、そういった反応をちゃんとするはずなんだよな...」


うーん...と唸りながらギムルさんが球を指先で弾いた。

ゼロならば、そう言ったことを示す反応がちゃんとあるらしい...とのことで、どうやら魔力が全くゼロというわけではない、らしい。ないはず。少し不穏な発言はあったけど、きっとそちらのはず。

ギムルさんの言葉でなんとか繋がれた希望に深く安堵を覚える。といっても、いつ切れてもおかしくないほどか細い希望ではあるが。

ギムルさんは変わらず繰り返し首を傾げていた。謎の器具を机の端に寄せ、椅子に腰掛けて考えこんでしまう。


「ね、メリル」

「ん?」

「洞窟の中で何があったのか教えてもらってもいい?」


ふと、思い出したようにギムルさんがそう言った。

それに答えて、机に腰掛けてメリルが話し始める。


「昨日...は、確か、ギムルの依頼をこなすために虚に行ったんだけど、予定外で迷路の整理をしたせいで、物品の回収が終わったところで私とぬこちゃんの魔力が尽きちゃってさ。それで、その時たまたま配達で来てくれてたイロハ君と合流できて」

「うんうん」

「で、その時に私がイロハ君に頼んでた樹液のせいで、虚の札付き(タングル)に襲われちゃってさ」


昨日、メリルたちが洞窟にいたのはギムルさんによる依頼だったらしい。

何かを運んでる最中だったのか...つまりは、仕事中。だとしたら、僕があそこにあの瓶の運搬を任されたのって、予定通りだったらなんの意味があったんだろう。


「でまぁ、私とぬこちゃんは魔力不足でどうしようもなかったから、ちょうど、しっかりと仕事をこなしてくれたイロハ君がついでに、札付きを倒しました...と」

「うんうん、なるほど...って、札付き倒しちゃったんだ」


ついでに、なんて気軽さじゃなかったけどね。本気で死ぬかと思った。あの時の毒液の腐臭はまだ鼻にこびりついているかのように残ってる。

思わぬところでギムルさんが反応した。

メリルの札付きを僕が倒した、という言葉にやらかしたとでもいうような表情になって、モサモサの赤い髪を軽くかき回している。


「あれ、ダメだったっけ?確かあの札付き...『虚に棲むモノ(ガーディアン)』って、危ない時は倒しても大丈夫って話だったと思うけど...」

「うん、まぁ、大丈夫って言えば大丈夫なんだけど...まず倒せると思ってなかったし。ただ、ね」

「ただ?」

「...別枠の依頼で、「マスターキー」に報酬込みで依頼しちゃってて」

「ありゃぁ...」


ギムルさんの言葉に、メリルの顔からさっ、と血の気が引いていくのが見えた。

昨日の蜥蜴のことだろうか。それはなんとか掴めるけど、話が見えてこない。


「コットンさん...あれって...?」

「...「マスターキー」、魔物討伐及び捕獲専業ギルドです」


隣に立っているコットンさんに助けを求める。

あぁ、なるほど...なんとなく話はわかった。ただ、それならまぁ話し合いでなんとかなるんじゃないだろうか。

なんて安易な考えにひたる僕の背中を、コットンさんが容赦無く不安の闇に突き落とす。


「いわゆる、ちょっとしたあらくれものってやつですよ。報酬と、自分の仕事にこれ以上ないくらいの自身と責任を持つ人たちなんです。...依頼の横取りをした人を、並大抵の所業では許さないくらいに」


ありゃぁ...。

メリルと全く同じ感想が頭の中でこだました。とりあえず、確実にめんどくさいことに巻き込まれたのは知識不足でもたついている頭でも容易に理解できた。


「って、それはまぁおいといて...その時は、普通に魔術を使えたんだよね?うちの子を倒せるくらいに」

「うん、まぁ...というか、私とギムルのをえぐるくらいには」

「あら..それはまた凄まじい。でも、実際これには反応しなかったんだもんねー...」


ギムルさんが、また例の器具をこつこつと叩いた。その度に、器具は自分の有効性を示すかのように軽く光っている。



「君、もう一回触ってもらってもいい?」

「あ、はい...」


言われた通りに、再度球体に触れる。

...が、あいも変わらずこのガラス玉はうんともすんとも言わない。


「...謎だねぇ、それだけの力があればあたし以上に輝いてもおかしくなさそうなんだけど」


そう呟きながら再度ギムルさんが首を傾げた。

謎は深まるばかり...か。諦めた方が早いのでは、そんな気さえしてくる。


「...んー、じゃ、ま、今度またくるから、その時に」

「そのほうがいいかもねー...あー、やば、久しぶりにこんがらがってきた。イロハ君もそれで大丈夫?」

「はい、大丈夫です...すいません」


煮詰まった空気に、諦めたようにメリルがそう提案した。

すごい人らしいギムルさんが固まってしまっている以上、僕にできることはほとんどないだろう。

ここで粘る選択肢はなかった。諦めと共にうなずく。


「じゃまぁ、私たちはこの後もいくつか用事あるし...ありがと、またくるね〜、ギムル」

「あー、うん、なんかわかったら連絡するから。あとお仕事と疲れ様、あとで報酬おくるから、またね」


いつの間にか帰り支度を終えていた二人と共に、僕は失意の中、半分コットンさんに引きずられるようにしてギムルさんの家、というか研究所らしき場所を後にした。

...結局、僕の魔力はどうなっているんだろう。



✳︎     ✳︎     ✳︎



その日の夜、ギムルの研究所にて。


「...にしても、あの子なんだったんだろ」


昼間、メリルが連れてきた少年のことを思い出しながら湿った、お風呂上がりの髪の毛を伸ばすように梳く。この真っ赤な髪の風呂上がりのブラッシングはいつもの日課だ。生まれた頃からの付き合いであるこの癖毛は、諦めを通り越して愛しいものとなっている。

それはそれとして、あの中途半端に長い黒髪と、垂れた黒目の少年。彼は、あたしが作った魔力検査機に触れてもなんの反応も示さなかった。

...結構あれ自信あったんだけど。

開発したのは随分前で、それを国に下ろしたのはそれなりに前。それから、国中の人々の魔力計測はあたしの作ったこの機械で行われている。


「...はずなんだけどなー」


自信なくなっちゃうよ、もう。

オリジナルともいえるあの機械は、一般に流通しているものとは大きな違いがある。

まずはそもそもの判定精度と判定時間の正確さとかかる時間の違い。

そして何より、どんな微量な魔力でも感知して、それが魔術として使えるかどうかまでしっかりと判断してくれる。そこまで精度を高めて作り込んだ、そのつもりだった自信作だったんだけど。

寝る前に、また一度確認しておこう。

そう思って、机の前、作業椅子に腰をおろす。

昼間、あのことがあってから、一度も機械には触れていなかった。

...メリルたちが帰ってからなんかやる気がなくなって、久しぶりに街に買い物に出ていたんだっけ。気を晴らさないとやってられない。机の横の屑籠には、好物の揚げ団子(砂糖漬け)の空箱がこんもりと山を作っていた。

机の上に広げ、積み上げられた書籍をかたっぱしから閉じ、積み上げる。机の両脇に、二つの本の塔が作りあげられていく。

ふと、机の端で崩れそうになっていた本の山、その頂点にあった一冊に目が止まる。

...この本、あんまり面白くなかったな。書いてあることが最新と見せかけて、過去の事例を適当に取り上げて再検証しているだけだから情けない。しかもその検証すら過去のものの模倣に過ぎないという、なんともくだらないものだった。これで著者が王都研究所所属で、32のあたしよりも20以上も年上と。あたしを王都から蹴り出す奸計には頭は回るのに、本業の結果は情けないとは、なんともお粗末なやつだ。あそこにいた頃からそう感じていたことだけど。

夜は過去の嫌な思い出に考えが至りやすい。窓の外の月は、すでに中天へと近づいてきていた。

ため息と一緒に、手に持っていた本を机の横の山に積み直す。

こんなに気持ちが落ち込んだのは久しぶりだ。また、小さくため息が溢れた。

結局、昼間の彼はなんだったんだろう。

魔力の量が全くない、ということはないはずで。そしたらそれはそれで反応はすぐ返ってくるし、何より生き物である以上その体に魔力は流れているはずだから。

だとすると、考えられるのは魔力の過多か故障となる。

机の上にある、昼間のまま放置されているマケン君に向き直った。

まず魔力の過多ってことはないだろう。

この国の中でも、転生者を含めて魔力量の上位3人くらいには組み込めるくらい、そんな魔力を持っている自身はある。そんなあたしが触れて、しっかりと働く...そう考えると、あり得ない話だろう。

次に考えられるのは故障。

これもまた、彼の後にあたしとメリル、コットンちゃんが試して問題はなかった。だとすると...ありえない、はず。三人とも魔術系統が違えば魔力量も大きく違う。その三人でしっかりとはたらいている、なら、可能性は低いはずなんだけれど...。

だけれど、やっぱり一番考えられる可能性はこれだろう。

あれも最近はあまり尋ねてくる人がいなかったから使わなかったり、メリルの調律に使ったりしたくらいだった。だから機械の調律にズレが生じてしまった、それなら考えられなくはない。


「...とりあえず、一回バラして考えるしかないよね」


両手を機械の上にかざす。


「『我が作りし迷路よ、その姿を汝の主人の前に顕』、せ...ぇ?」


詠唱の途中、機械の異常に気づく。

先ほどまで、月の光を反射するだけだった球体の奥に、ぼんやりとだが光が見えた。気がした。

詠唱を途中で止め、その中心部を覗き込むように顔を近づける。

奥に宿ったらしき光が、次第にその形をしっかりとしたものへと変えていく。


「...これって」


小さな貝殻ほどだった光は、すぐに球を埋めつくすほどのものになる。


「もしかし、て...んの、お、おわぁっ!!」


次の瞬間、マケン君は爆発するかのように激しい光を放った。

反射的に両目を守るように手で多い、光を避けるように大きくのけぞる。

そのせいで、勢いよく椅子ごとひっくり返った。


「...過多の方、だったんだ」


光は一瞬で収まり、真っ暗な部屋が戻ってくる。

ぎりぎりで察知して両手でなんとか目を覆ったお陰で、瞳が焼けることはなかったらしい。少しすれば、月明かりに照らされた天井の模様が見えるようになってきた。

床に転がったまま、薄明かりに照らされる天井を見つめる。

...まさかまさか、過多の方だったなんて。少し考えはしたけれど、はなから否定してしまっていた。

なんだろう...すごい、負けた気がする。

別に勝負ではないけれど、今回の原因究明において、あたしは予想を大きく外して、完敗してしまっていた...ということになるわけで。

悔しいというかなんというか...でも、それ以上に、未知のものに触れられたというワクワク感が止まらない。

がばっ、と勢いよく起きあがる。

あの、頼りなさそうな少年がこんなに、あたし特性の機械に12時間以上の読み込みを要求してくるほどの魔力を宿しているなんて。

...超面白い。

彼の残した魔力の痕跡があるはずと機械に向き直るも、すでにマケン君はその役目をはたしたとばかりに満足そうに故障していた。ガラス玉の表面に薄くヒビが入ってしまっている。

さっき、お風呂に入っている時間にでも確認しておくべきだったかも。今更意味のない悔しさに襲われるも、この後悔は意味がない。でも悔しいものはちょっと悔しくて。


「...はぁーあ」


ため息と一緒に、机をぽん、と叩く。

あの時見ておけばなぁ、なんて思いながら机に突っ伏した。

お風呂で熱った頬を冷たい机に擦り付け、山のように積み重なった本を見つめてぶうたれる。

全く、浅慮だった自分に少し腹が立つ。せめて昼に分析する気力さえ起きてればな...そう思いながらこつこつ、と指先で机を叩いた。

...ん?

視界がぐらりと歪んだ気がした。

めまい、かな?最近寝不足だったから。

不安に体を起こすも、正面、部屋の壁は歪んでいない。

あれ、てことは...。

顔をあげる。

机の両脇に突き立った本の塔が、どうやら先ほど机を叩いたせいでぐらりぐらりとバランスを崩し始めていた。


「う、うわ、うわわっ」


焦って椅子から降りようとするも、もう遅くて。


「うっ、わ、にぃやぁあああああああああああっ!!!!」




その日の夜、彼女の部屋の隣室の人たちのみ、地震が起きたと感じたらしい。

「いたたた...とんだ災難だよ、もう。にしても、まさか彼がここまでだなんてねー...面白くなりそう、今度またきてもらって、いろいろ実験付き合ってもらおーっと」


<聖十字街在住、ギルド不明/32歳/lv96/Gさんのコメント>

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