第6章 三度目の激突
「全滅だと・・・・・!」
「は、話が違うじゃないか!?」
唸る隊長に、町長が悲鳴にならない悲鳴を上げた。せっかく邪魔な竜神岩が無くなったのに、これでは何の意味も・・・・・・
車長と磯辺も、”全滅”の報告に歯噛みしていた。
「クソッ」
磯部が計器を叩いて叫んだ。
レーダーには、ふたつの光が映っている。『D』で示されているのはデスジラスだ。もうひとつは・・・・・待てよ、光がふたつ?識別されていないもうひとつの光が、ものすごい速さで指揮車に接近してくる。
「これは・・・・・」
「どうした?」
車長が後ろを振り向いて聞いた。
「正体不明の物体が、急速に接近してきています!!」
「何だって?」
磯辺の答えに、車長もレーダーを覗き込んだ。確かに、デスジラスを示す光とはまた別の光が映っている。
隊長にも会話は聞こえていた。
「まさか・・・・・・」
水岡と吉崎は、役場の窓から一部始終を見ていた。デスジラスが自衛隊の戦車を三台とも破壊してしまった。今も機関銃の音が聞こえてくる。たぶん隊員たちが、デスジラスに向けて発砲しているのだろう。しかしどう考えても、機関銃だけでデスジラスに勝てる筈が無かった。
「オイ・・・・やばいんじゃねえか?」
吉崎が言った。
その時、どこからともなく音が聞こえてきた。
始めは何の音か分からなかったが、時間が経つに連れハッキリしてきた。羽ばたきだ。バサッバサッという翼の音。音は二人の頭上まで近づいてきて止まった。
と同時に、ズシンという音が響いて役場が揺れ、天井から埃が落ちてきた。何かが飛んできたのだろうか。
水岡はハッとした。
「レドラ・・・・・?」
役場の屋上に降り立ったレドラはデスジラスを見据えた。同時に、その姿を変貌させたデスジラスも、レドラを睨み返した。再び二体が対峙し、嵐の前の静けさとでも言うのか、しばらくの静寂があった。
直後、レドラの口内が光り、青白い火球が飛んだ。炎の塊が、デスジラスへと一直線に飛んでいく。デスジラスは動かない。火球は、怪獣に命中するかに見えた。
が、その時だ。不意に、デスジラスがジャンプした。長く伸びた脚を使い、高々と跳躍したのだ。火球は怪獣を外れ、背後の岩棚に命中して爆発した。
衝撃で土ぼこりが舞い上がり、近くにいた自衛隊員が思わず目を覆った。
しばらくして、その隊員が目を開けた。まだ土ぼこりは舞っている。いや、舞っているというよりも、吹き飛ばされているのだ。頭上から、強い風が吹き付けているようだ。だが何故?隊員は不思議に思って空を見上げ、絶句した。デスジラスが空中に浮いていたのだ。
水岡たちも絶句していた。突然デスジラスが跳躍し、宙に浮いたのだ。あまりの光景に、水岡は一瞬、悪い夢を見ているような感覚に襲われた。
だが夢ではなかった。よく見ると、土ぼこりはデスジラスの足元辺りから吹き飛んでいる。それを逆に目で追った水岡は、その激しい風がデスジラスの背中から噴射されていると気が付いた。デスジラスの背中にジェットでも装備されているのだろうか。だとすれば、あの背中の二枚の板は・・・・・。
「デスジラスが飛んだ・・・・・」
吉崎も驚愕していた。
「あの背中のものは、翼だったんだ」
水岡は、吉崎を見ないで言った。
それしかない。ジェット機についている二枚の翼。あれと同じものが、デスジラスの背中にもあるのだ。そしてデスジラスは今、ジェット噴射で飛んでいる。怪獣。まさにその言葉が当てはまった。デスジラスは、怪獣だ。
「奴は・・・・・・一体何なんだ!?」
吉崎の声は、恐怖を隠していなかった。
翼がしなり、レドラの身体が浮いた。レドラは空中で数度羽ばたいた後、役場からデスジラス目掛けて飛びすさった。デスジラスも、ホバリングして身体の向きを変えると、レドラ目掛けて飛び出した。すさまじいスピードで二体は接近し、そして激突した。
空中で組み合った二体は、一旦敵を突き放すと、再びお互いに向け突進した。羽ばたきの音とジェットの音が重なり合う。レドラはデスジラスの体当たりを受け流すと、自身も同時に落下しながら、体当たりを仕掛けた。ところがデスジラスに、攻撃を受け止められた。デスジラスは、眼前でせわしなく動く翼に喰らいつく。鋭い牙が翼に食い込み、レドラが悲鳴を上げた。
デスジラスがジェットを横向きに噴射し、その勢いで、レドラを電波搭の方に投げ飛ばした。レドラは空中で体勢を立て直すと、広場に着地して滑走した。竜神岩と戦車の残骸が蹴散らされる。
さらにデスジラスが追撃をかけてきた。レドラの眼前まで飛来すると、肉をも引き裂くその長大な爪を振り下ろした。
だが、その爪は虚しく空を切った。突然レドラの姿が消えたのだ。デスジラスは辺りを見回した。どこにも紅龍の姿は無い。目の前の地面では、紅く長いものがのたうっている。あれは何だ?
動きが止まったその一瞬、四本の爪が、デスジラスの背中を切り裂いた。不意打ちを喰らって倒れかけ、デスジラスが吼えた。レドラが背後に着地した。自切した紅い尾の先端が、一瞬で生え変わる。
デスジラスは背後の敵に気付くと、怒りの声を上げて空中に浮かび上がった。それを追ってレドラも飛翔する。デスジラスは、電波搭の上空で浮遊していた。
龍の爪が一閃する。だがデスジラスはさらに上昇し、攻撃を避けた。
デスジラスが直下に火球を放った。火球は、レドラの脇腹を直撃した。無防備な状態での直撃を受けてレドラは墜落し、小さな廃ビルに叩きつけられた。すさまじい衝撃でビルが崩れた。
半身が瓦礫に埋まったレドラの上に、デスジラスが落下してきた。腹の上に数十トンの巨体がのしかかり、レドラが苦しみと痛みに吼えた。
戦いが、デスジラスが有利になってきていた。このままではレドラが負ける。自衛隊の戦力が足りない今、望みの綱はレドラだけだというのに。隊長は、何も出来ない自分を呪った。町長ですら不安を感じたようだ。
「レ、レドラがやられたら・・・・・我々はどうなるんだね!?」
「・・・・・まず、勝ち目は無いでしょう」
「そ、そんなっ」
町長は悲鳴を上げた。無論、この町の町長としての悲鳴ではない。
水岡たちも危機を感じていた。
「クソ・・・・・」
「レドラが負けちまう!」
レドラは敵に圧し掛かられ、全く身動きが取れないでいる。あの状態では、どんな攻撃が来ても避けられない。至近距離であの火球を何十発も食らえば、レドラも死んでしまうだろう。
何かないのか。あのサイボーグ怪獣を倒す方法が。・・・・サイボーグ!?
あることを思いついた水岡は、物も言わずに走り出した。吉崎が後ろから叫んだ。
「ちょっ・・・・・水岡さん、どこ行くんだ!?」
答えている暇は無かった。
水岡はある部屋を探していた。この役場の中に、絶対あるはずの部屋を。その部屋に行けば、デスジラスを止められるかもしれない。
水岡は走った。ドアを見つけるたびに、その部屋の名前を探した。
そして ― 見つけた。
《電波搭管理室》
幸いなことに、ドアに鍵はかかっていなかった。
水岡はドアを開け放つと、部屋の中に入った。部屋の奥に、目当ての機械が設置されていた。慌てて水岡は駆け寄った。そしてスイッチを入れると、必要なバーやボタンを探し、操作を始めた。
しばらくして吉崎が入ってきた。水岡のあとを追ってきたらしい。
「・・・・何やってんだ、水岡さん?」
吉崎は不思議そうに尋ねた。水岡は機械をいじりながら叫んだ。
「レドラを・・・・助けられるかもしれない!」
水岡の返答に、吉崎が驚きの声を上げた。
「えっ・・・・って、一体何する気なんだ!?」
「デスジラスがサイボーグ怪獣なら、身体のどこかにコンピューターか何かが埋め込まれてるはずだ。電波搭から最大出力で電波を出させれば、その電磁波で、デスジラスを多少なりとも止められるはずだ!」
吉崎は、水岡の説明が全く理解できなかった。
「って・・・・・一体どういうこと?」
水岡は説明を続けた。
「コンピューターとかってのは、強い電磁波を浴びるとおかしくなっちまうんだよ。つまり、あの電波塔からメチャクチャに強い電波を出してデスジラスに食らわせれば、奴の体中の機能がおかしくなるハズなんだ!そうすれば、レドラを助けられる・・・・・!」
「・・・・・あっ、なるほど!」
吉崎が理解したのと同時に、水岡も機械の設定を終えた。
「・・・・よし」
水岡の指が、《送信》のボタンを押した。
電波搭の頂上から、出力を最大にした電波が周囲に放射された。強力な電磁波が、デスジラスの体を貫いていく。
デスジラスは、身体に異変を感じた。敵を蹴り飛ばそうとしたが・・・・・脚が動かない。気付くと、腕も動かなくなっていた。体が自由に動かせない。突然、脳内に激痛が走った。視界が乱れてノイズだらけになり、関節と言う関節があらぬ方向へ回った。
全身の機能が狂い始めた。デスジラスの全身を、これまでに無いほどの激痛が襲った。立っていることのできなくなったデスジラスが、体をガクガクと小刻みに震わせながら、地響きと共に倒れた。
怪獣は瓦礫の中でのた打ち回った。その姿は、狂った機械そのものだった。
会議室でも騒ぎが起きていた。無線通信機などの電子機器が突然、何もかも狂いだしたのだ。機械が意味も無く電子音を吐き出すので、通信士たちはパニックに陥っていた。
「きょ、強力な電波障害が・・・・・!」
「発信源は?」
隊長は、状況を把握しようと冷静になった。予想外のことばかり起こるのが実戦だというが、まさかこんな予想外まで起こるとは思っても見なかった。デスジラスは今なら反撃できない。誤算も、悪いことばかりではない。有利な誤算もあったのだ。
「発信源は・・・・・怪獣の側にある電波搭です!!あの電波搭の先端から、強力な電波が放射されています!」
「電波搭・・・・・」
「あ、あの電波搭は、この役場から操作しないと動かないはずだが・・・・!?」
町長が言った。
役場にいる誰かが、電波搭を操作している?
「・・・・負傷していない者は、戦闘用意。充分に距離をとり、デスジラスに一斉射撃!連絡には有線機器を利用せよ」
指示を出しながらも隊長は、誰とも知れぬ救世主に、ひたすら感謝の念を送った。
吉崎が、元いた窓の側まで走って戻ってきた。水岡も後から現れた。
「どうなってます!?」
水岡が聞いた。吉崎の見る限り、デスジラスは瓦礫の中でのた打ち回っている。水岡の言った通り、体中の機能が狂っているようだ。よく見ると、レドラもゆっくりだが起き上がってきていた。
「効いてるみたいですよ!」
「やった!!」
水岡は、作戦が成功したことに喜びの声を上げた。
だがそれも、つかの間の喜びだった。デスジラスが火球を、たった一発、発射したのだ。
いかなる偶然なのか、デスジラスの吸い込んだ息が、勝手に作動していた発射機構と上手く連動してしまったのだ。そして発射された一発が、これもまた偶然に命中し、塔の送信アンテナは吹っ飛んでしまった。
見ていた誰もが怪獣の反撃だと思った。
「!」
「畜生っ!」
吉崎が悪態をついた。
デスジラスが、ゆっくり立ち上がった。己を苦しめた相手は本能で分かる。彼方に見える原色まみれの建物を、デスジラスは凝視した。
デスジラスが火球を撃ち出した。無数の火球はしばらく滞空した後、近くに着陸していたテレビ局のヘリを粉々に粉砕した。それから数秒と経たないうちに、また新たな火球が発射された。今度は役場に一直線に飛んできた。しかも水岡と吉崎は、よりによってデスジラスの真正面の窓に立っている。
「・・・・っ!やばい!!」
「は、早く!早く逃げ・・・・」
次の瞬間、爆発の衝撃が彼らを襲った。
どれくらい経ったのだろうか。水岡は痛みに呻きながら体を起こした。酷く打ちつけたらしく、頭がガンガンする。吉崎も、水岡の側でうつ伏せに倒れていた。さっきまで陽光でいっぱいだった通路は、陰がさして薄暗くなっていた。・・・・夜?
それよりも水岡が不思議に思ったのは、自分も吉崎も無傷なことだった。頭を強打したものの、火傷などは全く見当たらない。あの火球に当たれば無事では済まないはずだ。そして何より・・・・水岡はハッとした。火球の直撃で崩れているはずの通路が、ほとんど損傷していないのだ。
窓ガラスはいくらか割れていた。だがそれも部分的で、2人の真横の窓など一枚も割れていない。あの攻撃を受けたにしては、あまりにも被害が小さかった。水岡は、恐る恐る窓の外を覗いた。
「!」
とんでもないものがそこに立っていた。おかげで自分達は助かったらしい。この二日間で一体何度、自分の目を疑ったことだろう。水岡は慌てて吉崎を起こした。
「吉崎さん・・・・吉崎さん・・・・!」
「・・・・っ痛」
吉崎が身を起こした。頭をさすっている。
「大丈夫ですか?」
吉崎は首を縦に振った。どうやら大丈夫らしい。さすがに、大工をやっているだけあって頑丈だ。
「・・・・っあ、水岡さん!デスジラスはどうした!?」
状況を把握させる必要があった。水岡は、無言で窓の外を指差した。
「あっ・・・・!」
吉崎も気付いた。水岡が指差した窓の外。
すぐそこにレドラが立っていた。翼と両腕を大きく広げ、まるで二人をかばうかのように。無数の火球は、全てレドラが受け止めたのだろうか。二人が無傷なことと、レドラの周囲に漂うわずかな黒煙とが、それを物語っているように思えた。
「あっ、こんな所にいた!」
声の主はマスターだった。マスターは二人の下に、慌てて駆け寄ってきた。息が切れているようだ。もしや、自分達を探していたのだろうか。それなら悪いことをした。
「二人とも、こんな所にいちゃ危ないですよ!さっきこっちの方に、レドラが飛んできたの見えたんですから・・・・・っ!!」
マスターも、とうとう気が付いたようだ。
「れ、レドラ・・・・!?」
「話は後だ。悪かったな、マスター」
水岡は一言謝ると、吉崎を支えて歩き出した。マスターも駆け寄ってきて手を貸した。
二体の怪獣は再び、互いに向けて火球を放った。デスジラスの火とレドラの火とが、空中で衝突して爆ぜた。空気に衝撃がビリビリと伝わった。
レドラとデスジラスが、もう一度火球を放とうとした時、電波搭の、一段と細くなっている部分に衝撃が伝わった。その瞬間。『ピシッ』という音がし、塔の側面に大きな亀裂が入った。レドラはそれを見逃さなかった。
青白い火球が電波搭に向かって飛んだ。目標を直撃した炎の塊は亀裂の中へと入り込み、骨組みを焼き焦がし、その爆発でコンクリートを砕く。
激しい燐火が上がり、塔の中ほどが粉々になって吹っ飛んだ。塔の上部が、ゆっくりと倒れ始めた。
デスジラスが頭を上げると、塔の頂上辺りが墜落してくるのが見えた。避ける隙も無かった。瞬時に怪獣は、巨大な残骸に押しつぶされた。下敷きになったデスジラスの上に、瓦礫が容赦なく降り注いでいく。しばらく経って舞い散る埃が消えたとき。デスジラスはもうピクリとも動かなかった。