第5章 想定外の強さ
小鳥のさえずりが響き渡った。町中が朝を告げられる。異変に気付くものは、まだ誰もいない。
目を覚ました水岡は、毛布を剥いで避難所の中から出た。日の光を浴びないことには完全に目が覚めない。昨晩は考え事をしていたせいで、あまりよく眠れなかったからだ。役場のホールがそのまま避難所になっているので、日光の差し込む窓を見つけるのに、さほど時間はかからなかった。
水岡は、欠伸をかきながら窓の側まで行った。だがその窓から見えた光景のせいで、日光を浴びるまでもなく水岡の眠気は吹っ飛んだ。
「・・・・・!?」
デスジラスの姿が変わっていた。背中に三角形の板のようなものが二枚出現し、特徴的だった短い足は、いかにも恐竜と言った長い足に変わっている。ハッキリとは分からないが、身体の色も変化しているようだ。昨日見たときは確かに赤色だった筈の体表が、今は黒に見える。
たった一夜で姿が変わるなんて・・・・・・・。成長?進化?いや、まさかそんな・・・・・・。
水岡が困惑しているところに、吉崎が現れた。どうやらタバコを吸いに出てきたらしい。
「水岡さん、何してんだ?」
「・・・・・あれ」
水岡は、窓から見えるデスジラスを指差した。
「昨日、デスジラスの背中に・・・・・あんなもんありましたっけ?」
吉崎は目を凝らした。
「・・・・・あんな物、無かったよ」
「足も長くなってるし・・・・」
水岡と吉崎は顔を見合わせた。
デスジラスが目を覚ました。電波搭の下を巡回する隊員たちは、まだ気付いていない。
その長い爪がゆっくりと動き、次の瞬間、塔の柱に叩きつけられた。衝撃音とともに大地が揺らぐ。その時初めて、隊員達はデスジラスが目覚めたことに気が付いた。デスジラスが咆哮し、朝の空気が激しく震える。隊員が、通信機に向かって叫んだ。
「で、でで・・・・デスジラス復活!!」
役場の会議室に急遽、隊長らが招集された。
「ヒトマルフタマル。総員戦闘配置に着け」
無線機を通じて隊長が指示する。室内では、大量の返答を処理するため隊員たちがせわしなく動いている。
そこへ何故か、町長が呼ばれてもいないのに入ってきた。室内の様子を見て、ポカンとしている。一刻を争う状況の中で、入り口の目の前に突っ立っている町長は明らかに邪魔だ。室内を駆け回る隊員たちを避けながら、なんとか町長は隊長の近くに座った。
「早く、あのバケモノを退治してくれ」
いきなり町長が言った。
「まだ分かりません。相手が怪獣とはいえ、先に向こうが攻撃してこなければ武力行使は認められませんからね」
隊長が冷静に言う。
町長は、いささか不安そうな顔になった。
「勝てるのかね?」
「実際に戦闘が始まれば、おそらく・・・・・」
実のところは、隊長自身も不安であった。二〇式の装備するレーザー兵器の威力は、隊長も演習場で目にしていた。分厚い鉄板の束に数秒で大穴が開いたあの光景を、今でも鮮明に覚えている。その兵器がこちらには三機もあるのだ。しかし、実戦では何が起こるかわからず、演習通りにはいかないかもしれないのだ。怪獣が何か未知の能力を持っている可能性も否定はできない。この場で最も不安だったのは町長などよりも、むしろ隊長の方だったのだ。
「総員、所定の位置に着きました。いつでもいけます」
副隊長が言った。隊長はわずかに頷いた。
「・・・・・気を抜くな、何が起こるかわからないぞ」
午前十時三十五分。
デスジラスが目覚めてから十数分後。避難所で寝ていた人々も、怪獣が目覚めたと聞いて皆起き出していた。自衛隊員の緊張が少しずつ高まっていく。水岡と吉崎は、役場の窓からデスジラスを見続けていた。
沈黙を破ったのは、デスジラスが発した二度目の咆哮だった。
・・・・ォォオオオオオォォォン!!
「射撃用意!」
電波搭付近で待機する隊員たちが、一斉に機関銃をデスジラスに向ける。デスジラスは鎖を引きちぎろうとしているのか、身体を揺らし続けている。
隊長が無線を取って言った。
「移動指揮車に連絡。二〇式を起動、レーザー発射準備!」
隊長の命令と同時に、指揮車が通信車を通し、三台の二〇式に指令電波を送った。電波を受信した瞬間、二〇式の内部に貯蔵された水素と酸素が一斉に融合を始めた。燃料電池の生み出す電気エネルギーが流れると、二〇式から音が漏れた。ただしそれはエンジン音ではなく、ブーンという機械音だった。
デスジラスは、いつまでたっても鎖がとれないことにイライラしていた。もがいてももがいても絡まって、引きちぎれぬ。怒りの高まったデスジラスにとって、そこから脱出するための方法はひとつだった。デスジラスは大きく息を吸い込むと口を閉じた。次の瞬間、頭部の孔から爆炎とともに火球が発射された。無数の火球が下方に飛び、デスジラスを封じ込める鎖を根元から吹き飛ばしていった。
瓦礫の刺さった鎖が電波搭からぶらりと垂れ下がった。束縛から解放され、デスジラスが吼える。かろうじて残っていた腕の鎖を力任せに引き抜くと、電波搭から飛び降りた。着地の衝撃で地面が揺れた。
「くっ・・・・・。二〇式は30m後方へ移動、敵の射程範囲から離れろ!」
隊長の不安は的中していた。デスジラスは、炎の塊を無数に発射できる。できれば怪獣の”未知の能力”など、映画の中だけであってほしかった。もし、あの攻撃がずっと遠くまで届くなら・・・・・
またしても隊長の不安は現実になった。デスジラスの火球攻撃は、予想よりもずっと射程距離が長かったのだ。
デスジラスが息を吸い込み、再び火球が放たれた。その無数の火球は、二〇式の頭上を飛び越え、その後方で待機する大勢の自衛隊員達に降り注いだ。炎の塊を雨のように受け、殆どの隊員が悲鳴を上げた。
「隊長ぉ!」
無線を通じて、指揮車長の訴えかけるような声が響いた。
隊長が立ち上がった。
「全隊員に連絡。攻撃を開始する!繰り返す、攻撃開始!」
このままでは犠牲者が増える。
そう感じた隊長は判断を下した。デスジラスは倒すしかない。
攻撃の許可が下りた途端、今まで逃げるしかなかった隊員達は反撃を始めた。仲間の敵とばかり、怪獣目掛け機関銃を撃ちまくった。大量の銃弾がデスジラスの身体に当たっては跳ね返る。
指揮車内では砲手の磯部が、二〇式の照準レバーを握っていた。微調整を繰り返しながらデスジラスに狙いを定めていく。メインの一台がロックできれば、それに連動して他の二〇式の照準もロックされる仕組みだ。
しばらく後、固定音が鳴り響き、磯部がスコープから顔を上げた。
「ロック完了!いつでも撃てます」
車長が頷く。
「うむ。・・・・・砲撃、開始!」
磯部が発射ボタンを押した。
数秒後、光り輝くレーザーが、それぞれの砲塔から放たれた。三本の光は一瞬でデスジラスに命中した。次の瞬間、何かが破裂するような音とともに激しい閃光が走り、火花が散った。デスジラスが痛みに吼えた。続いて二発、三発とレーザーが放たれる。その光が命中するたび、デスジラスの肉体からは火花が散った。強力な光が怪獣の身体を焼いていく。たちまち、白煙が広がった。
一分ほど経って、砲撃が止んだ。鉄と肉の焼け焦げる臭いが辺り一面に広がっていく。
隊長は、いや、隊長に限らずその部屋にいた誰もが、モニターを凝視した。誰もがデスジラスの倒れた姿を期待していた。今はまだ、もうもうと立ち込める煙に紛れて見えない。機関銃を構えた隊員達も、銃撃を中止した。あの怪獣は死んだのだろうか?
晴れていく煙の中で、動くものがあった。巨体を揺さぶり、まとわりつく煙を払っている。腕や胴が所々焼け焦げてはいるが、活動に支障は見られず、致命傷を受けた様子も無い。むしろ、半端なダメージを食らったことで怒りが増したようだった。デスジラスは生きていた。
隊長は唖然としていた。信じられない。鋼鉄を焼き切り、穴を開け、生物が浴びればひとたまりも無い灼熱の光、レーザー。そのレーザーの直撃を何十発も受けておきながら、平気で立っている。大して傷を負っているようにも見えなかった。こんなことがあり得るのか。
デスジラスが、ゆっくり前進してきていた。隊長は我に返った。このままではまずい。隊長は、とにかく攻撃を続けることにした。
「う・・・・撃て、撃ち続けろ!奴に攻撃の隙を与えるな!!」
隊長の命令で再び銃声が響き始めた。二〇式も砲撃を再開した。
だが案の定、デスジラスには効いていなかった。
デスジラスは黙って二〇式を見下ろした。
― フン、うっとおしい攻撃をしやがって。これでも食らうがいい ―
足元の戦車を睥睨する怪獣は大きく息を吸い込むと、顔の孔から火球を無数に放った。それらの炎の塊が、二〇式一台を直撃した。衝撃で車体が歪む。軸が曲がったのかタイヤが回らなくなり、その二〇式は完全に停止してしまった。車体の上でメラメラと炎が燃えている。
次の瞬間、爆音とともに巨大な火柱が上がった。燃料電池の水素が引火爆発したのだ。その火が再び引火したのか、もう一台の二〇式も続いて火柱を上げ爆発した。爆風に舞い上げられた戦車の残骸が、バラバラと音を立てて落ちてきた。
少し離れたところに配置されていた一台だけが、爆発を免れて残っていた。磯辺は、少しでも多くのダメージを与えようと、なおもレーザーを撃ち続けた。デスジラスが残った一台に気付き、振り向いた。モニターから、デスジラスに見下ろされているのが見える。
不意に、モニターの視界が真っ暗になった。突然何も見えなくなったのだ。磯辺は、何が起こったのか全く分からなかった。
無理も無かった。その瞬間、最後に残った二〇式は、デスジラスに無残にも蹴り飛ばされていたのだ。そのまま横転してカメラ部分が大破し、レーザー砲塔もひしゃげていた。二〇式戦車は全滅した。