第4章 異変
そびえ立つ山々の麓に駆動音が響き渡り、見慣れない形の車両が三両、巨大なタイヤを回転させながら走行していた。自衛隊の開発した新型戦車だ。遠隔操作されているため、搭乗者はいない。換装できるようで、三両とも別々の砲を装備している。だが、そのどれもが同じ原理で作動するレーザー兵器である。
「二〇式電磁レーザー車」と名づけられたこの戦車は、電波搭の下で一斉に停車した。三種類のレーザー兵器が、上方のデスジラスに向けられる。隊員達が、夜間監視用の光源装置、通信機器などを設置していく。自衛隊初の実戦とも言えるその戦いは、着々と準備が進められていった。
「あんな所でドンパチやって・・・・・俺の店は大丈夫かな?」
ニュース映像に映る三台の戦車を見て、マスターは不安げな声を上げた。
「心配しなくてもいいですよ。どうせすぐに、カタがつきますから」
隣にいた例の隊員が受け合った。
「・・・・・・・・」
マスターはやっぱり不安げな顔をしている。
夜。電波搭の周囲を、自衛隊員達が巡回していた。光源装置の明かりが、暗闇の中で強く光っている。隊員の一人が、手に持ったトランシーバーのボタンを押した。
「こちら監視班。デスジラスに異常なし、監視を続行する」
本部からの応答が返ってくると、隊員はトランシーバーを切り、腕時計を見やった。そろそろ、交代が来る頃だ。
「全く、こんなバケモノの監視する羽目になるとは・・・・・」
近くにいた若い隊員がぼやいた。
「文句言うな、これも任務だぞ。しっかりやれ、もうすぐ交代だ」
若い隊員は、軽く返答するとその場を去っていった。後輩をたしなめた隊員は、ゆっくりデスジラスを見上げた。確かに、バケモノという形容は間違っていない気がする。自分自身も、まさか自衛隊に入って怪獣の監視をすることになるとは思っていなかったのだ。
その時だった。突然、空が光ったように見えた。それに気づいた隊員は、不審に思って空に目を凝らした。次の瞬間、今度は激しい閃光が走った。隊員は、慌てて目をそらした。すさまじい閃光に、暗闇に停まっている戦車がハッキリと照らし出された。
しばらくして、閃光が収まった。まだ目がチカチカしている隊員の元へ、先程の若い隊員が駆け寄ってきた。
「・・・・い、今のは一体何でしょうか!?」
分からなかった。雷か、隕石か。その正体は想像がつかず、不気味だった。
「・・・・・雷か何かだろう」
そこへ、交代の隊員がやってきた。その隊員達も閃光を目にしたらしく、若い隊員に何事かと聞いている。雷です、と若い隊員が言い、そうか、と答えが返ってきた。
「・・・・行きましょう」
隊員は、まだ空を見つめている。不審な気持ちを抑えることができなかった。ようやく車に乗り込んだ後も、時々電波塔の方を振り返っていた。
月明かりに照らされたデスジラスの身体は、何事も無かったかのようにその場にあった。異変に気付いているのは、月だけだった。
同時刻。町長は自室に一人でいた。誰かに電話をかけているようだった。あまり、大きな声は出していない。
「・・・・・・ええ、そうです。あの岩は無くなりましたよ。・・・・いえ、それが違うんですよ。どこかのヤクザが暴れたらしくて、その時にその男が破壊してしまったそうです。業者を呼ぶ必要もなくなりましたよ。」
町長は一呼吸置いた。
「それで・・・・・出来れば明日にもお呼びしたかったのですが。なにぶん、問題が発生しまして。あの、それが・・・・・”怪獣”が現れたんですよ。いえいえ、ウソじゃありません。本当に恐竜のようなやつがいました。恐らくニュースになってますよ。しかし、ご安心ください。明日、自衛隊が倒してくれるそうです。はい、数日もすれば、あの場所は貴方のものですよ。では、お待ちしておりますよ、社長・・・・・・」
町長はそう言って受話器を置くと、ほくそ笑んだ。
もうすぐだ・・・・・。
この町の町長になったときから、町長は、町の設備は全て自分の趣味に合うものにしてきた。役場は鮮やかな色彩に塗装した。巨大な電波搭も建てた。
電波搭のデザインは、町長の描いたものだった。
どうせこの町の連中は、呑気で、自分が何かしたところでほとんど気付くまい。そう思い、町長は今日この日まで、好き放題にやってきたのだ。実際、電波搭の建設にしても、完成の間近になるまで住民が気付くことは無かった。
こんな地味な町を色彩豊かにしてやろうとしているのに、どうして町の連中が文句を言うのか、町長には理解できなかった。
―もっとも、町長のやっていることはほとんど、権力を利用して自己満足に浸っているだけであり、実際のところは”町のため”などという考えは微塵も無かったのだが。
これであの竜神岩が無くなり、今まで殺していた広いスペースを利用することができる。そして、私の元には・・・・・・。
景観を損ねるものが無くなり、大金は入ってくる。一石二鳥ではないか。もうすぐ完成する自分の理想の町を思い浮かべ、町長は一人笑っていた。
そのとき突然、窓の外で何かが光った。それに気づいた町長は、怪訝な顔で窓の側に歩み寄った、窓の外には、何も無かった。
再び、町の方で何かが光った。電波搭のすぐ側だ。さっきのよりも強い光だ。雷のようなその光は、数秒続いた後に消えた。それを見ていた町長は「?」となったが、別段興味もわかずに、そのまま窓を閉めてしまった。
役場の外に出て、水岡と吉崎はタバコを吸っていた。マスターが煙たそうにしている。
「・・・・・しかし、デスジラスはどこから現れたんだろうな」
役場の壁に寄りかかりながら、タバコを持った水岡が言う。マスターも聞いた。
「水岡さんたちの目の前に、突然出てきたんですっけ?」
「そうなんだよ。竜神岩がバラバラになってて、そしたら急にものすごい閃光があって・・・・・光が収まったと思ったら、もうそこにはデスジラスがいたんだ。ついさっきまでは、何もなかった場所にだぜ」
「不思議ですよね・・・・」
吉崎も話に加わってきた。
「俺とマスターは、店ん中で水岡さんが戻ってくるの待ってたんだよ。そしたら、窓からすごい光が入ってきて・・・・・・。で、外の様子を見ようとしたら水岡さんが飛び込んできたんだよ」
「・・・・・・・もしかしたら、なんですけど」
マスターが言う。
「竜神岩が壊れてて、そしたらそこにデスジラスが出てきたんですよね?」
「・・・・ああ」
水岡が静かに答える。
「俺思うんですけど。デスジラスは・・・・竜神岩に封印されてたんじゃないでしょうか」
「封印・・・・?」
物語でしか聞いたことの無い言葉に、水岡たちは驚いた。マスターは続ける。
「確かに突飛な話かもしれませんけど、そうとしか考えられないんですよ。今までそこに何も無かったなら、デスジラスが突然現れるってのはおかしいじゃないですか。それに、竜神岩が壊れたすぐ後に出てきたっていうこともあるし・・・・・」
「封印してた竜神岩が壊されて、デスジラスが甦ったってことか?」
吉崎の問いに、マスターが頷く。
「じゃあ・・・・・一体誰が封印したんだ?」
水岡が聞く。
「それは・・・・・・」
答えようとしたその時だった。電波搭の方角で、強い閃光が走った。
「!?」
それに気づいた三人は、光のする方角を見やった。
その閃光は数秒たって収まり、何事も無かったかのように静寂が訪れた。
「・・・・・なんだ今の」
水岡が不審そうに言った。
「・・・・雷じゃねえの?確か今日の夜って、雨だったし」
吉崎が言う。
「そうか。・・・・それなら大丈夫か」
水岡は1人納得すると、携帯灰皿にタバコを入れ、役場の中に戻っていった。吉崎とマスターも、雨に濡れなくないため水岡に続いた。
水岡は少し不安を覚えていた。気のせいかも知れないが、一瞬デスジラスのシルエットが変化したように見えたのだ。水岡は不安を打ち消し、避難所の脇で配布している弁当を貰いに行った。
マスターはしばらくの間2人から離れ、避難所内のテレビでニュースを見ていた。天気予報が、その晩の東北地方が快晴であることを告げていた。