第3章 分析
3人が外に出てきた。マスターは、潰された入り口の辺りを心配そうに眺めている。だがしばらくして、彼も水岡と吉崎に続いて電波搭の頂上辺りを見た。
怪獣は首を支点にしてぶら下がっているように見えた。元々不安定な電波搭が、余計に不安定に見える。
「スゴイことになったなぁ・・・・・・」
水岡がつぶやく。
その時、車のエンジン音が聞こえてきた。マスターが振り向くと、町長の運転する黒のオープンカーが走ってきた。
「・・・・・あ、町長」
二人とも振り向いた。
町長は三人の横に車を止めると、電波搭の上を眺めた。町長はしばらくの間固まっていた。が、ふと我に返り、水岡の方を向いた。
「み、水岡クン。君が言っていた怪獣というのは・・・・あれかね!?」
「え、ええ」
水岡も、慌てて答えた。
「さっきまで紅いドラゴンと戦ってたんですが・・・・負けてああいう状態に」
町長が目を見開いた。かなり驚いているようだ。
「あ、紅いドラゴン。それなら私も見たぞ・・・・?」
今度は水岡たちが驚いた。
「え・・・・町長もですか」
マスターが、再び怪獣を見た。
「・・・・・・一体、何がどうなってるんだ」
数時間後。
到着した自衛隊のヘリが、チェーン付きのくさびを発射し怪獣を電波搭に縛り付けていた。今は動かないものの、油断はならない。報道のヘリも飛んでいた。電波搭の下では自衛隊員が、集まってくる野次馬を下がらせるのに必死だ。
町役場の一室。テレビの置いてある会議室で、水岡、町長、自衛隊員たちが話をしていた。自衛隊員の隊長らしい人物が、怪獣の分析データを読み上げている。
「・・・・・身長約8m。巨大な頭部に鋭い牙、さらに長い爪を有することから、当然といえば当然なのかもしれませんが・・・・・・きわめて凶暴であると推測されます」
そこで、隊長は一息ついた。
「・・・・・怪獣か」
その後を、もう1人の自衛隊員が引き取って言った。
「現在は電波搭に突き刺さったまま活動を停止しており、いつ動き出すか分からない状態にあります」
「もう、死んでいるんじゃないのかね?」
町長が口を挟んだ。
「センサーによると、あの怪獣の頭部の周りで、二酸化炭素の濃度が常に増減を繰り返しています。これは、呼吸が行われている証拠・・・・・・。まだ、生きていると考えるべきでしょう」
隊員の答えに、町長は不満げに鼻を鳴らした。
「・・・・では、第一発見者である、水岡宗司巡査部長からどうぞ」
指名された水岡に、全員の視線が集まった。
「水岡です。いや・・・・私もよく分からないんですが。先程自衛隊の方が仰ったようにあの怪獣はとても凶暴で。・・・・・・既に一名、犠牲者も」
「その、怪獣に食い殺されたとかいうのは確か、ヤクザじゃなかったのかね?」
町長が、くだらんという風に言った。
「犠牲者は犠牲者です」
水岡は少しムッとして言った。
彼にしてみれば、ヤクザたちは迷惑者ではあるものの、死ぬべきだとは思っていない。第一あんな死に方をしたのは、あまりにも可哀想だった。
「まあまあ。ところであの怪獣なんですが、ひとつ興味深いことが・・・・・」
「興味深いこと?」
水岡が聞いた。町長も、少し身を乗り出してきた。隊員は説明を始めた。
「ええ。念のためあの怪獣の全身を、スキャナ等で調べた結果・・・・・全身のいたる所が、機械でできていることが判明しました。」
「機械!?」
水岡は驚愕した。自分の聞いた機械音は、本物だったのだ。
「・・・・・・じゃああの怪獣は?」
隊員が頷いた。
「そうです。言わば・・・・・サイボーグ怪獣」
そこに集まっていた人々の間に、ざわめきが走った。
「サイボーグ・・・・・・・・じゃあ一体誰が・・・・?」
あの怪獣を作ったのか、ということだ。サイボーグが自然に生まれる訳は無いから、誰かが作ったということになる。並大抵の技術ではないだろう。それに何の目的で?一体誰が?
「・・・・・次に、話にあった紅いドラゴンのことなんですが」
感慨にふけっていた水岡の耳に、隊長の声が飛び込んできた。慌てて顔を上げる。
と、自分の目の前にいた町長がデカイ声を出した。
「フッ、それなら心配無用!空を飛んでいく姿が、偶然にもここの監視カメラに映っていたのだよ。今、そのテープをこちらに持ってこさせている」
やけに自慢げな町長の声が終わると同時に、会議室のドアが開いた。早速テープが届いたようだ。町長が受け取ってデッキに入れると、その人物は用は済んだとばかりに部屋から出て行く。やけに動きがギクシャクしてるな、と思って水岡がよく見ると、人間ではなくロボットだった。
水岡がロボットを見ている間に、映像は再生されていた。
役場の入り口から見える、青い空が映っている。と、しばらく後、風を切る音が聞こえてきた。そして映像の空が暗くなったと同時に、そこに紅い影が現れた。誰かが、映像を止めた。
そこに映っている深紅の龍を見ようと、皆が席から身を乗り出した。
「ほぉ、これは・・・・・」
「確かこのドラゴンも、あの怪獣と同程度の大きさということでしたよね?」
隊長が水岡に質問した。
「そうです。あ、それに、この町に飛んできてすぐ、あの怪獣に襲い掛かったんです」
「ということは・・・・・2体は敵対関係にあるということか。天敵同士、ということも考えられるな」
その時、さっきの隊員が出し抜けに言った。
「さて、ここまで分かったことですし。誠に面倒ですが、2体に何か名前をつけなければいけませんな」
「え、名前?」
町長の隣に座っていた女性秘書が、素っ頓狂な声を上げる。
「名前です。いつまでも”怪獣”とか”ドラゴン”とか、呼びにくいでしょう」
「まあ確かに・・・・・」
でもその秘書は、まだ腑に落ちないという顔をしていた。
「名前?映画じゃあるまいし・・・・・・」
町長の方は、秘書と違って嫌悪感を露にしている。
隊長はといえば、しばらく悩んでこう言った。
「え~・・・・・・では名前は、それぞれの第一発見者である、水岡氏とこちらの町長に付けて頂くことにしましょう」
「フン、アホらしい!水岡くん、キミが両方つけたまえ」
「・・・・・・え?両方私がつけるんですか!?」
隊長がかすかに頷いた。
まさか、こんなことになるとは思っていなかった。怪獣に名前をつけるなんて、怪獣映画の中だけだと思っていたが、まさか自分がやることになるとは。しかも、2つだ。そんなすぐに、良い名前が2つも思いつく筈が無い。
「あ~・・・・・・・」
昔見たことのある数少ない怪獣映画の、名前の法則みたいなものを思い浮かべてみる。水岡は適当に、いくつか言葉を当てはめてみた。
「・・・・・・・?」
と、水岡の脳裏に名前が2つ浮かんできた。色々と考えてみたが、他にロクな名前も思いつかない。これ以上待たせるわけにも行かないし、言ってしまおう。
「えっと・・・・・『デスジラス』と『レドラ』。サイボーグ怪獣の方がデスジラスで、ドラゴンの方がレドラです。どうでしょうか?」
「お・・・・いいんじゃないですか?」
先程の隊員が賛同する。
「意見のある方は?」
隊長が聞いたが、もちろん誰も異論を唱えるものはいない。
「・・・・では以後、作戦においてサイボーグ怪獣を『デスジラス』、紅いドラゴンを『レドラ』と呼称する。メディアへの通達等も、それにて行う」
隊長が言い終わった途端、それまで適当に頷いていたらしい町長が、口を開いた。
「名前も決まったことだし、どうやってその・・・・・デスジラス?を倒すのか教えてくれんかねぇ?」
かなり嫌味っぽい言い方だった。
ところが隊員は、笑っていた。
「安心してください。既に新型戦車を三台、こちらに呼んであります」
町長は、まともな答えに面食らったようだ。
「し、新型戦車?」
「ええ、最新技術の粋を集めた、次世代型の戦車です」
「・・・・それはどの程度最新なんだね?」
町長がまた聞いた。
「主電源は燃料電池、予備電源としてソーラーパネルも搭載しています。武器は全てレーザー系統を使用。専用の改造を施した移動指揮車と、通信用車両を経由し遠隔操作いたします。それに・・・・」
隊員が説明を続けようとするのを、町長がさえぎった。
「・・・・・ま、あの怪獣がさっさと倒されるのを祈っているよ」
そういうと町長は、秘書を従えてさっさと部屋から出て行った。
「・・・・では、会議はこれで終了とします。お疲れ様でした」
水岡はその会議の様子を、避難してきたばかりの町の住民たちから離れて、マスターと吉崎に語っていた。
「随分とイヤミったらしいな、町長の野郎」
吉崎が言う。
水岡は苦笑した。あの町長のねちっこい性格は、吉崎も気に食わないらしかった。と、マスターが思い出したように言った。
「そういや水岡さん、怪獣の名前・・・・。『デスジラス』と『レドラ』でしたっけ?それって、どういう意味なんですか」
「ああ、それは・・・・・」
言おうとして水岡は、言葉に詰まった。自分が即興で考えた名前に、今更だが自信がなくなってしまったのだ。仕方がないので、言ってしまった。
「『デスジラス』ってのは・・・・・”死のトカゲ”って意味だよ。”ジラ”っつーのがトカゲのことらしいんだけど。そんで『レドラ』が・・・・・”紅いドラゴン”って意味。えっと、ほら。”レッドドラゴン”を略してレドラ・・・・・・」
マスターはキョトンとしている。吉崎が笑っているように見えたのは、気のせいだろうか。