表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/11

第2章 怪獣と紅龍

 信じ(がた)かった。とっくの昔に絶滅(ぜつめつ)したはずの恐竜が、自分の目の前に現れた。しかも突然、何の前触(まえぶ)れも()く。

 いや、正確に言えばそれは恐竜ではなかった。全身を金属の装甲(そうこう)のようなもので覆われ、頭に大量の孔が開いている。体の大きさに比べ、頭部が巨大すぎる。特に足は生き物らしさがなく、指もなければ(つめ)もない。ロボットのような、金属光沢(こうたく)を持つ(かく)ばった足だった。だがその全身の形は、かのティラノサウルスをはじめとする肉食恐竜に酷似(こくじ)している。

 水岡は、その姿をなんと形容すれば良いのか分からなかった。

 そのとき”恐竜”がわずかに唸った。そっと男とオヤジの方を見やると、男の方は立ったまま硬直(こうちょく)していた。オヤジの方は、恐怖の表情を()かべながらも少しずつ動いている。()げようとしているのだ。だがその時、男が声を上げた。

「は・・・・・はわ・・・・・」

 その声に気付いた”恐竜”が、男の方を振り向いた。

 男がかすかに動いたその瞬間、”恐竜”が男に(おそ)い掛かった。”恐竜”の吼え声と、男の叫び声と、()物狂(ものぐる)いで走るオヤジの悲鳴。何がなんだか分からないまま、気付いたときには男が”恐竜”に口で持ち上げられていた。走っていたオヤジが、”恐竜”が足を()み出した衝撃(しょうげき)(ころ)ぶ。

 悲鳴を上げ続ける男を、”恐竜”は独特の動作でいとも簡単に口の中へ放り込んだ。”恐竜”が口を動かすたびに、人間の()み砕かれる音がする。(きば)隙間(すきま)から真っ赤な血が吹き出た。

「う・・・・うわあぁっ!!」

 水岡も、あまりの恐怖に叫び声を上げた。口から血を(したた)らせながら、”恐竜”が水岡とオヤジのいるほうを向く。

 そのときやっと水岡は、”恐竜”が側にある2階建ての廃ビルよりでかいことに気が付いた。だが、そんなことはどうでもよかった。”恐竜”がゆっくりと自分達の方へ歩んでくる。水岡は、開けっ放しだったバーの入り口に、一目散(いちもくさん)に飛び込んだ。


 マスターと吉崎は、ずっとバーの外でしていた大きな音の正体を知ろうと、ドアの外を(のぞ)こうとしていた。その時突然、水岡が血相(けっそう)を変えて飛び込んできた。

「ど、どうしたんですか、水岡さん?」

 マスターは(おどろ)いて聞いた。水岡の恐怖の表情など、全く見たことが無い。

 水岡は、慌てて今の状況を話そうとした。

「そ、それが・・・・・!!」

 その時、バーの外で悲鳴が聞こえた。

 3人がドアの外を見ると、オヤジが”恐竜”に追いかけられていた。オヤジの真後ろを”恐竜”の口先がかすめる。マスターと吉崎は、凍りついた。

「な・・・・・何なんですかアレは!?」

 マスターがやっとの思いで口を聞く。

 水岡は、恐怖から我に返った。そうだ。こういうときはまず自衛隊(じえいたい)だ。

「ま、マスター!電話・・・・・電話貸して!自衛隊呼ばなきゃ!!」

「わ・・・・わかりましたっ!!」

 マスターは、慌てて受話器をとった。

「あ!あと町長にも・・・・・」

 水岡は、マスターから受話器(じゅわき)を受け取って番号を()しながら、頭の中で考えていた。たった今目の前で起きた惨劇(さんげき)。そして、あの”恐竜”の正体は何なのか。

 いや。水岡はもう、アレがただの”恐竜”でないことに気付いていた。

 アレが歩いたとき、ロボットの関節(かんせつ)が動くときの機械音がした。それに顔中に孔が開いているなんて、どう考えても普通の生物(せいぶつ)ではない。電話の呼び出し音を聞きながら、水岡は確信(かくしん)していた。アレは、”恐竜”ではなく”怪獣”だと。呼び出し音が、(みょう)に長く感じられた。



「町長、電話が入っております」

「わかった」

 そう答え、町長は秘書(ひしょ)の繋いだ電話に出た。

 この町長の格好(かっこう)といえば、(ちょう)ネクタイのスーツに真っ黒なシルクハット、極端(きょくたん)丸眼鏡(まるめがね)。十八世紀のイギリス紳士(しんし)のような姿だ。その上、赤だの青だので電波搭並みにカラフルな町役場の建物。自分の椅子(いす)の上で()()(かえ)るこの男は、とことん趣味が悪いようだった。そんな自分の悪趣味にも気付かず、受話器から聞こえてくる声にのんびりと耳を(かたむ)けている。

 それにしても、受話器の向こうはやけに慌てているようだ。水岡とかなんとか言っている。

「水岡・・・・・・」

 町長の昨日の記憶(きおく)(よみがえ)った。

「ああ、キミかぁ~!」

 昨日、あの”ナントカ岩”を撤去しないでほしいと言いにきた男だ。海賊のコスプレだかなんだか知らないが、片目に眼帯をしていたのを覚えている。面倒(めんどう)なので適当(てきとう)にあしらっておいたが、今日は何の用だろうか。

「・・・・・・・・・・・・・・・な、何ぃ?怪獣が出たぁ!?」

 町長は自分の耳を(うたが)った。この男は本気でそんなことを言っているのだろうか。”ナントカ岩”のことで仕返(しかえ)しをされているのだと思った。

「キミキミ、冗談(じょうだん)はやめてくれ」

 町長はそこで話を終わらせようとしたが、水岡は更に必死になって(うった)えてきた。自衛隊を呼んでくれ?何を言っているんだこの男は。頭がおかしいんじゃないのか?怪獣なんているわけないだろうが。

「・・・・・・・なに、冗談じゃない?」

 町長は段々イライラしてきた。電話の向こうで水岡が必死になればなるほど、バカにされている感じがする。

「・・・・・キミぃ、季節(きせつ)間違(まちが)えてるんじゃないのかね?」

 町長は、できるだけイヤミっぽく言った。エイプリルフールには程遠(ほどとお)い。

「アンタと話してても無駄(むだ)だ、もう切るよ!」

 そう言って受話器を置こうとした時、風を切る音と共に、役場の上空を巨大な(かげ)が通り過ぎていった。町長はあんぐりと口を開けた。自分の目が信じられず、しばらく硬直していた。だが、その巨大な影はなくならなかった。

 受話器から町長、町長と呼ぶ声がした。その声に、町長はハッと我に返った。何を言ったら良いのかさっぱり分からなかったが、とりあえず正気(しょうき)を取り(もど)すため、返事をした。

「あ~・・・・。分かった、すぐ・・・・・すぐ自衛隊を呼ぶ」

 受話器を置いた町長は、(あらた)めて窓の外を見やった。窓の向こうには確かに、空に羽ばたく巨体が見えた。自分の建てた電波搭の方角(ほうがく)へ、飛んでいくようだ。

「・・・・・・・・冗談だろう」

 自分の正気を確かめた町長は(うめ)く様に言うと、慌てて緊急時(きんきゅうじ)の連絡先を(さが)し始めた。自衛隊へはどの番号だったかな。そういえばあの”ナントカ岩”も電波搭の近くにあったな、などと町長は思っていた。


 怪獣の咆哮が、町中に(ひび)(わた)った。点在する家々のドアが開いて、住人たちが顔を覗かせる。どの顔も、何が起こっているのかサッパリ分からないと言った顔だ。小さなバーの(おく)で震えている3人だけが、そこで起こっていることを知っていた。

「一体何なんですか・・・・・・・・?」

 マスターが、(おび)えるように言った。

「・・・・・わからん」

 水岡は、怪獣から目を(はな)さずに言った。

「あぁ~・・・・・(ゆめ)なら覚めてくれ」

 マスターはそういうと、窓際(まどぎわ)()け寄って太陽を見た。(まぶ)しければ、この悪夢は終わるだろうか。

 だが、マスターが瞬きをした次の瞬間、彼の目には(さら)にとんでもないものが(うつ)っていた。

「・・・・・!」

 マスターは息を()んだ。

「水岡さん、吉崎さん・・・・、ドラゴンって・・・・・いると思いますか?」

 2人が怪訝な顔をして振り向いた。

「・・・・?こんなときに何言って・・・・」

「ドラゴンが・・・・・・こっちに飛んできます!!」

 マスターの言葉を理解(りかい)するのに、しばらくかかった。

 その瞬間、2人はマスターの元に駆け寄っていた。窓から顔を出し、外の空を見回す。巨大な紅い影が、バーの上を通過していった。


 怪獣が首をもたげた。紅い影は怪獣の目前で急上昇(きゅうじょうしょう)すると、電波搭の上へと着地した。それは、深紅の龍であった。



 異形(いぎょう)の怪獣と深紅の龍。対峙(たいじ)する2体は、互いを威嚇するかのように吼えはじめた。天に轟く咆哮と咆哮。もし、この世に数千年生きているものがいたならば、その光景を見るのは2度目であろう。はるか悠久(ゆうきゅう)の昔、今と同じ光景がそこにあった。

 水岡たちはバーの入り口からそっと、その様子を(なが)めていた。

 と、咆哮がピタリと止んだ。深紅の龍が動く。

 龍は、電波搭の前を落下していくと、地面スレスレで羽ばたき怪獣に掴みかかった。強力な体当たりに怪獣がふらつく。だが倒れはしなかった。すぐに足を踏ん張ると、龍を押しとどめた。怪獣の足元に激しい衝撃が走る。怪獣も負けじと龍に攻撃を仕掛けた。今度は龍が押され、再び大地に衝撃が走った。龍は強く唸ると、力に任せて怪獣を押し返し始めた。踏ん張りが効かず、怪獣がどんどん後ろ向きに進んでいく。

 水岡たちは、自分たちの方に怪獣が押されてくるのを見て、慌ててバーの奥に下がった。木材(もくざい)の砕ける音がして、バーのドアの辺りが粉々に踏み(つぶ)された。マスターが青ざめている。再び、2体はバーから離れた。

 そのとき、龍が一瞬の隙をつき、怪獣を投げ飛ばした。電波搭目掛けて怪獣が吹っ飛んでいき、そのまま時報用の大スピーカーに突っ込んだ。巨大な頭部が突っ込んだ衝撃で大スピーカーが粉砕され、塔全体大きく()れた。

 突然、龍の頭部の角が光り始めた。口からも、光が()れ出している。徐々に強くなっていく光が最高潮(さいこうちょう)に達したとき、龍の口から青白い火球が放たれた。蒼い炎が()を引いて飛んでいく。

 火球が怪獣に命中して爆発した。怪獣の全身が煙に包まれる。しばらくの静寂の後、怪獣の身体から火花が飛び散り、そのまま動かなくなった。龍は怪獣が動かなくなったことを見届(みとど)けると、一声吼えて羽ばたき、大空へと飛び去っていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ