プロローグ
―どんよりと曇っている。空一面を、灰色の不気味な雲が覆いつくしていた。日が、まったくと言っていいほど届いていない。
その空の直下に山脈がある。そこで、異変が起こっていた。
山脈は、小さな島国の北部に位置していた。寒い土地ではあるが、自然は豊かであった。
その豊かな自然が、燃えていた。草木に森、そして動物。あらゆるものから火の手が上がっている。所々に人間らしいものが倒れているが、その中にも燃えているものがあった。
森の中の倒れた木々が並び、道を作っている。まるで、何かが通り過ぎたかのようである。“道”は、山脈のふもとまで続いていた。
大気全体に、どす黒い、邪悪な気が満ちている。何かを察知した動物たちが、怯えながら一斉に駆け出したその時だった。
山の中腹が、突然爆発した。吹き飛ばされたたくさんの岩塊が、森の中に落ち、逃げ惑う小動物たちを押しつぶした。爆発した場所には、黒煙がもうもうと立ち込めていた。
煙が晴れると、そこに巨大な穴が開いていた。穴の中に怪獣がいた。
穴から出てきた怪獣は、大地に衝撃を加えながら一歩一歩進み始めた。
怪獣の姿は、太古の時代の恐竜に似ているように見えて、何かが違った。その巨体に似合わず、腕と足が短い。そして、頭だけが異常に大きい。そのアンバランスさに加え、頭部の横には無数の孔が空いている。先の爆発を免れた動物たちも、怪獣の異常な風体に恐れをなし、一目散に逃げ出した。
突然怪獣が、歩みを止めて空を見上げた。灰色の雲が一面に広がっている。怪獣は、まるで威嚇するかのように唸った。
―と、そのとき、灰色の彼方に何かが見えた。
深紅の龍だった。深紅の巨体と翼をもった龍が、怪獣目掛けて飛んでくるのだ。
深紅の龍は怪獣の頭上に差し掛かると、その口から蒼い火球を数発放った。炎の塊が天空から降り注ぎ、爆発して怪獣の周囲を焼いた。炎に包まれた怪獣が、さらに強く唸る。深紅の龍は空中で身を反転させると、再び怪獣に向かって飛び始めた。龍も、激しい咆哮を轟かせた。
怪獣が龍を見据え、そして大きく息を吸い込みはじめた。怪獣が口を閉じた次の瞬間、怪獣の頭の孔から爆炎が噴出し、無数の火球となって飛んだ。自身目掛けて飛んでくる火球を、龍はスレスレで避けた。風を切る龍の翼を、小さな炎の塊が掠めていく。
だが、数が多すぎた。最初の数発を避けた直後、脇から飛んできた一発が、翼を直撃した。衝撃で体勢が崩れたところに、残りの火球が追い打ちをかけるように命中した。炎と煙に包まれながら、龍が落下していった。山腹に激しく身体を打ちつけた龍は、そのまま動かなくなってしまった。
敵を撃ち落とした怪獣は、一声吼えると身を翻した。
―奴は死んだ―
墜落した龍に背を向け、怪獣は再び歩みを進め始めた。
―だが、龍は死んでいなかった。龍はゆっくりと鎌首をもたげ、己に背を向けた怪獣を睨み付けた。龍の口が開かれ、頭部の2本の角が激しく発光しはじめる。
龍の口から光線が放たれた。その光線は短い距離を進んだ後、怪獣の背後の空間に到達して巨大に広がり、ブラックホールのような穴を出現させた。”穴”に向かって、風が激しく吹き込みはじめた。その力に吸い寄せられ、怪獣の進行が止まった。怪獣は、悲鳴とも似つかぬ咆哮を上げたが、無駄だった。
たちまちのうちに、怪獣は”穴”の中に吸い込まれて消えた。
その瞬間、激しい閃光がほとばしった。目がくらむほどの強い光の中で、虚無の空間は圧縮され、怪獣を小さく封じ込めた。閃光が収まった時、そこには小さな岩がひとつ、立っていた。戦いが、終わったのだ。
沈黙が訪れた。何も動かず、何の音もしない。そこにいるのは、横たわる深紅の龍のみ。何も動かない。何も動かないまま、時が過ぎていった。