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私。異世界で百合してくる。  作者: 瑠璃色はがね
第1章
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その少女、異界より来たる 03

「うわー! 凄い街ですね!」


「そうですか? 普通だと思うのですけれど」


 森を抜けて、街へとたどり着いた私とアンジェリカは、今街の入り口を超えたところに立っている。


 街は大きな壁に囲まれており、入り口にはいわゆる関所、入国?審査をする様な形で見張りの兵隊さんが居た。


 薄汚れたドレスのお嬢様に、身の丈に合わない武器を二個も担いだ、血だらけの学生服の少女。

 普通に考えたらこんな怪しい、特に私みたいな不審者の象徴の様な女を通してくれるとは思えない。


 だがアンジェリカが門番に頭を下げ、何か数言告げただけで、門番さんは私にもビシィ!とキレッキレの敬礼をして通してくれた。


 血まみれの私にも、だ。


「アンジェリカさんって結構偉い立場の人だったりします?」


 先ほどの様子を思い出し、そんな事を聞いてみる。


 どうにも彼女が一般人だとは思えない。

 身なりもそうだが、佇まいに何と言うかお嬢様特有の気品が溢れている気がするのだ。


 こんな私も実は中学、高校受験の際に、お嬢様学校への進学を試みた事がある。

 女子しか居ない女学園というのに惹かれていたという邪な理由もあるが、人見知りな私は共学よりも女子高の方がまだ生活しやすいとも思ったからだ。

 

 しかしそれは諸問題―――いわゆる学費面の問題によって断念せざるを得なかった。


 高いんですよ女子高。

 私立だし、お嬢様学校というのもあって、基本的に裕福なご家庭を前提にしてる。

 高校は大学へのエスカレーター形式の為、大学と隣接した敷地にあり、学校内に専用の大きな図書館が備わっているくらいの規模である。

 その分集まる生徒の質も、教育の内容も高かったのだが、一般家庭の小娘だった私には届かない世界だった。


 アンジェリカからは、一度見学にいったあの学校の生徒と同じ気配がする。


「えっと・・・・・・実は私、この町の領主の娘、なんですの・・・・・・」


 ほらね。お嬢様もお嬢様。

 この街で一番偉いお人の娘。

 つまりこの街で一番のお嬢様オブお嬢様だった。


「やっぱり。そんな気はしていました。別にだからどうという訳でもないので大丈夫です」


 ふと。違和感に気が付いた。


 というよりも、それが違和感である事に今更気が付けた。


 この世界に来てから、どうも私の思考が堂々としすぎている。

 いや以前から脳内だけであればこんな感じではあったのだが、今の私はそれを、他人の目を気にする事無く口に、態度に出せている。


 こんな事は以前の私ならば絶対になかった。


 人見知りオリンピックがあれば、間違いなく日本代表になれるくらい他人との会話が苦手だった私だ。

 そのせいで中学時代にはクラスの女子グループに絡まれて酷い目にもあった。

 まぁそのおかげで小姫と出会って、始めての恋が出来たわけだけど。


 そんなね。クイーンオブチキンハートな私がですよ。

 アンジェリカみたいな気品溢れるお嬢様と普通に会話し、挙句「どうという訳でもない」などと言うサバサバした台詞を吐いている。

 

 多分ではなく、間違いなく。

 転生か、もしくは貰った3個の能力による影響だと考えるのが自然だろう。


 まぁべつに人見知りが治って困る事は無いので、気にするだけ無駄なのだけれど。


 ・・・・・・ほらね。こんな前向きだったかな私って?


「違和感が凄い・・・・・・」


「えっ!?」


「あ、ごめんなさいアンジェリカさんの事じゃないの、私自身の事」


 思わず口に出ていた言葉にアンジェリカがハッとしたかと思えば、シュンとした顔になる。


「記憶喪失のせい・・・・・・でしょうか、ごめんなさい気が回らなくて・・・・・・」


 どうしよう。凄くキュンキュンする。

 何この可愛い生き物。


「大丈夫! 大丈夫ですから! それよりもまずはお風呂に入りたいなーって」


「そ、そうですわね! 家にご案内しますわ、こちらですの!」


 何とかフォローをしつつ、話題を逸らして私は彼女の屋敷へと案内してもらう。

 道中。過ぎ行く町並みを眺めながら、色々とこの世界の雰囲気はつかめて来た。


 まず、この世界にはある程度「機械文明」に近い物が存在している。


 私が手にしているこの武器もそうだが、街の中には驚くべき事に「自動車」と思われる物が走っているのだ。

 その上、道なりには街灯らしきものが等間隔で並んでおり、各所の建物には配管?らしきパイプが散見される。

 恐らく上下水という概念も備わっているのではないだろうか。


 のっけからファンタジー要素がどんどん消滅してくなぁと思うものの、それらを動かすエネルギーが地球とは違う。


 エーテル。

 アンジェリカがそう呼んだ魔法的なエネルギー。

 この世界では石油や電気ではなく、エーテルという別のエネルギーで人々が生活をしている。


 科学と魔術が交差する時、物語が始まる。


 そんな一文が脳内を掠めたが、始まったのは異世界ライフ。


 まずは、この世界のルールや法則、そして私に何が出来て何が出来ないのかを知ろう。 

 天使の言っていた仕事の事も気にはなるけど、自分の状況を知らなければ動き様がない。


 果たして私は、ここでやっていけるのだろうか・・・・・・


 期待よりも圧倒的な不安を抱えたまま、一路アンジェリカの屋敷を目指して歩いていった。




******




「いやー、マジ遅くなってメンゴ」


「ねぇ。そろそろ私怒ってもいいですか?」


 アンジェリカの屋敷に招かれたその日。

 

 彼女のご両親。すなわちこの街の領主様方と面会し、ペコペコと頭を下げている内に私は暫くこの屋敷に滞在する許可を得た。

 身元不明の不審者にも関わらず「娘の恩人だ」という理由だけで、お風呂に着替えに食事と寝床まで用意してくれたのだ。


 加えて「異界からのお客人かもしれないなら、恩を売っておいて損はない」という理由もあるらしい。

 それを当人に言うかとも思ったが、そういう明け透けなのも嫌いではない。


 明日は私の能力を調べて適したお仕事が無いかも手配してくれるという。

 至れり尽くせりすぎて少し不気味だが、一人娘の命を救ったというのはそれだけ価値があった事だったのだ。

 自分事で酷い話だが、助けて良かったと今更ながらに思う。


 で。団欒と入浴を終えて与えられた自室へ戻った所で―――天使が部屋で待っていた。


「いきなり草原に放置ですし、初っ端から盗賊と命がけの戦いになるし・・・・・・どうしてくれるんですか。異世界に来て早速私殺人者ですよ」


「あーまぁー、この世界だと盗賊とかって殺しても罪に問われないから大丈夫っしょ」


「そういう問題じゃなくて! 私の心理的に!」


 相手が盗賊だったから罪には問われない。

 そんな事はもう知っている。


 だが、人を葬ったという記憶や感触はまだこの手に、この脳に残っているのだ。

 それを簡単に割り切れと言われてもできる筈も無い。


「天使さんに文句を言っても仕方ないのは分かっています。でも八つ当たりくらいさせてください」


「八つ当たりって言っちゃうのがユリリンのいい所だねー」


 そういえば、いつの間にかグチャリンからユリリンに戻っている。

 まぁ別に何て呼ばれようと、今更だけど。


「で・・・・・・? 私に言っていた助けて欲しい人ってのは誰なんですか?」


「それなんだけどさー。やっぱユリリンの因果率パネェっていうか、もう助けてある的な?」


「もしかして―――アンジェリカさんが?」


「そだよー」


 相も変わらず軽く言ってのける天使。


 いやいやいや。さすがに出来すぎではないだろうか。

 この世界にきて最初に偶然出会った彼女が、私が助ける必要のあった人物。

 そんな都合のいいシナリオで世の中は動いていないだろう。


「最初に出会える場所とタイミングに転生してあったからねー。ただ私達のヘルプ無しで救い出すとは思ってなかったワケ。マジ引くわー」


 居なかった貴女が引くな。私だってあの惨状は思い出すと引くんだ。


 だがそうか。結局はそういう流れの中で私は私の役割の為にあの場所、あの出会いを設定されていたに過ぎない。

 アンジェリカとの出会いに偶然性が無い事が、少し自分の中で残念だった。


「それで、これからはどうすればいいんですか?」


「どうって?」


「いえ、もうアンジェリカさんを助けるのは達成したんですよね? 次は何か別の仕事があるんじゃないんですか?」


「ないよ」


 ん? 無いの?


「じゃ、じゃあ私はこれからどうすれば・・・・・・?」


「好きに生きたらいいじゃん。その後の生き方について神は干渉しないよー」


 あれ、なんだろう。

 どうにも私の認識と彼女の言葉がかみ合ってない気がする。


 落ち着いて、一つずつ質問しなおしていこう。


「まず。私は彼女を助ける為に、この世界に転生したんですよね?」


「そーそー・・・・・・あ。そこが勘違いしてるんだわ。逆。それ逆」


 逆? 何が逆? 順序? 理由?


「転生してもらったついでに、アンジェリカ助けてもらったわけ。主題は転生で、副題が彼女の因果の修正」


 嗚呼、なるほど私が完全に順序を逆だと考えていたのか。


 私が地球から消えて転生するというのが前提で、そのついでにアンジェリカを助けておいてくれ、と。

 そして私は、その「サブミッション」的なアンジェリカの救出をプロローグで済ませてしまった。


 ちょっとまって。


 という事は私ってここから先の目的とか何もないんじゃない?

 

「え。あるっしょ。ほら百合ハレーム作るんしょ?その為に女の子同士の恋愛が普通のこの世界に来たんしょ?」


「まって。私そんな事言った!?」


「言ったっしょ? たぶん」


 絶対言ってない。


 心のどこかで思ったりはしたかもしれないが、口に出してはないはずだ。


「でも、じゃあ。明日から私は、ここで普通に生きていけばいい、って事ですか?」


「だからそう言ってんじゃーん。文学少女の癖に理解遅いっつーか」


 文学少女を万能の天才みたいに言わないで欲しい。

 人よりもちょっと多くの本を読んでいるにすぎないだけなのに。


 だがおかげでスッキリした。


 私は今この時を持って、本当の意味で新しい世界での生活を始められる。

 何のしがらみもない、まっさらな一人の少女としてこの異世界を楽しんでいいのだ。


「そゆこと。じゃね」


 初っ端から人を殺めてしまった。

 その事実は覆らない。


 だが、それもちゃんと受け止めて、この世界ではそういう側面もあるのだと納得しよう。

 簡単・・・・・・ではないけど、いつまでも出来ない無理だ、では生きていけなさそうだ。


 魔法もある。

 

 モンスターも居る。


 盗賊なんてのも居る。


 でも、ここは憧れた地球ではない別の世界。

 異なる法則の上に存在する、異なる世界。


 何よりも。


「―――女の子同士の恋愛は、普通!」


 そんな素敵な世界に来て、そして今日から私はそこの住人なのだと。

 ただ一人、喜びと興奮と恐怖と、少しだけ寂しさをかみ締めていた。


 気が付けば、天使の姿はもう何処にも無かった。

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