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5_そして騒動は起きる

レヴィス「あ、そういえばアレン紹介するの忘れてたけど後でいいか」



 マルガレータが担当者との話し合いを終えて戻ってくれば、主人であるアンネリースがベッドの上でミノムシになっていた。


「アンネリース様?」


 初めて見る主人の様子にマルガレータは恐る恐ると言った様子で話しかけるがどうにも反応がない。


「カミラ、何があったのです」


 茶会に同行していた侍女のカミラにマルガレータはそう問いかけるとほぅと夢を見るような吐息を漏らしてから事情を説明した。


「陛下が跪かれて、アンネリース様の手の甲と掌に口づけをされたのです。まるでお話の一場面のようでした……!」


 銀髪碧眼のアンネリースと黒髪紅眼の魔王の取り合わせはさぞ絵なるに違いない、ましてや物語で見るような求愛だ。そこでマルガレータはミノムシの原因にはっと思い当たった。


「アンネリース様、お喜びになられているようですが、お別れの挨拶はきちんとなさりましたか?」


 もぞりとベッドの上のミノムシが動く。


 図星だったようだ。


「お別れの挨拶はした後でのことだったので心配には及びません」


 もごもごと喋るミノムシ、ちらりとカミラの方を見るとこくりとカミラが頷いた。


「この後に予定されていることはございませんので、あとでお食事を運ばせます。きちんとお召し上がってくださいまし」


 マルガレータはカミラを伴い、寝室から退室する。


「あの、恥ずかしがっているのではなく、お喜びになられているのですか?」


 退室してすぐにカミラからぶつけられた質問にマルガレータは素直に答えた。


「ええ、アンネリース様は人からの好意にあまり慣れていないのです。特に直接的間接的問わず愛をささやかれたことなど……喜びをどう表現したらよいのかわからずああなっているのです」


「まぁ、まぁ!」


 頬抑えうっとりとした表情になるカミラ、この分だと早くにこの話は広まりそうだ。


 なにせ恋知らぬ姫君と自らの仕える主君が主役の最新の恋物語だ、盛り上がらぬはずがない。


「アンネリース様があのような状態になっているのは広めてはいけませんよ」


「はい!もちろんです」


 頷くカミラ、さすがに侍従長の人選であるため不要なことを口を滑らせるような真似だけはしないだろう。


 恋物語に関しては適当に広めてくれた方が地盤固めに有利なために放っておくことにする。


「さて、私はまたこれから婚姻後にアンネリース様のお住まいになるお部屋の支度に向かいますので頼みましたよ」


「了解いたしました」



+*+



 翌日、婚礼の前日と言うことで体調を整えるため特に予定がないのを確認してから、アンネリースは城の図書館を訪れていた。


「申し訳ありません、わざわざ開けて頂いて」


「いえ、これくらい構いませんとも」


 ニコニコと笑いながら司書を務める老齢の魔族の男、アルトゥルはアンネリースに図書館を案内する。


「こちらが文化に関して書かれた書籍の棚になります。では、ごゆっくり」


 アルトゥルが立ち去るのを待ってからアンネリースは背表紙を読み、本を抜き出した。


「何をお調べになるのですか?」


 イザベルからの問いに、アンネリースはウルリーケに本を渡しながら答える。


「交易を行っているとはいえ、さすがに海の向こうですから、あちらにいた時は時間がないのも相まって、あまり調べられませんでしたし、明日恥をかかない程度に魔族の事を勉強をしようかと」


 その言葉にイザベルは少し考えてから、口を開く。


「そういうことでしたら私が知っていて、お教えできる範囲内であれば」


「ありがたいです」


 ウルリーケに資料になりそうな本を数冊渡すと3人で近くのテーブルへ向かう。


 アンネリースが腰を下ろすとその斜め前に立ちイザベラは、説明を始めた。


「まず、アンネリース様は魔族がどこから来た存在かご存知ですか?」


 念のためと言う口調でイザベルは案にリースに問う。


「えっと、はるか昔に異界より侵攻してきた魔神、その中でも味方であったはずの魔神を裏切り、こちらとあちらをつなぐ扉を閉ざし、この世界を救った裏切りの魔神の従者の子孫……であっていますか?」


「半分ほど正解ですが、特に問題はないでしょう」


「半分?」


 アンネリースが頭をひねる。


「確かに我々魔族は魔神の従者の子孫ではあるのですが、裏切りの魔神以外の従者を子孫とする者もおります。捕虜となっていたり、こちらに取り残されたり、あるいはひどい扱いに耐えかねて逃げ出した者たちの子孫です。一口に魔族と言っても姿形がさまざまであるのはそのためになります」


 その言葉にアンネリースは額に角が生えたカミラと人とあまり変わらない姿をしているレヴィス(婚約者)のことを思い浮かべた。


「裏切りの魔神がこちらに取り残された際に保護を行ったので差別などもありませんからあまり有名ではないのは致し方のないことだとは思いますけどね」


 苦笑いを浮かべながらイザベルは言葉を続ける。


「魔王陛下はその従者の中でも特に力が強く、裏切りの魔神と呼ばれるお方の右腕とも呼んで差支えのない者の子孫になります。今でも祭儀の一部を担っていらっしゃるのでアンネリース様もそのうちお手伝いをされることになるかと」


 頷きながらアンネリースはウルリーケにメモをするための紙とペンを持ってくるように命ずる。


「お話は変わりますが、魔王陛下を含む特に力の強い魔族のことを上級魔族と呼ぶのはご存じですか?」


 頷くアンネリースと筆記具を持ってきたウルリーケを確認してからイザベルは続きを話し始めた。


「竜族にある似たような区分の上級竜と上級魔族、神に仕える従者としての側面を持つ、この二つの種族でも指折りの実力者にのみに行える秘儀、それが明日の結婚式の後にアンネリース様がお受け頂く眷属の儀なのです」


「あの、正直に言いまして、眷属の儀がどういうものか言葉の響きでしかわからないのですが」


 おそらくアンネリースが一番調べたかったことがこれだろうとイザベルは検討を付けた。


「一言でいうのなら、神の従者の力の一部をわが身に取り込むための儀式になります。力を取り込んだものは従者の眷属となり、同じだけの時を歩むことが出来るようになるのです。また、眷属となってしまえば従者の種族の子のみを授かり、妊娠しやすくなります」


 異種族同士で子をなすと必ずどちらかの子を産むことになる。


 その為、寿命が離れている種族どうして婚姻を結ぶことはかなり少なく、子を授かっても養子に出すことがほとんどだ。


 だが、神々の従者たる魔族と竜族、その中でも上級と呼ばれる者たちは強い力を持つがゆえに子が出来ずらく、それなりの数が必要な事もあり『特権』の一つとして神々はその力を与えたのだとイザベルは説明した。


「同じだけの時、強欲なものがたかりそうですね」


 寿命の短い種族の強欲な者が最終的に求めるのは長寿種族と同じだけの寿命だ。


 アンネリースの呟きにイザベルは苦笑いを浮かべた。


「ええ、ですが竜族も魔族も眷属をみだりに生み出す事にとても抵抗感があるのです。悪人善人を問わずそのような状態であるためいくら金を積まれようとも決して行うことはないでしょう」


「あの、でしたら、レヴィス陛下は――」


「それに関しては心配には及びません。きちんと陛下はご自分で感情に折り合いをつけたうえで、結婚後すぐに執り行うと宣言されております。先代の時は結婚後1年ほどかかりましたから」


 アンネリースの(もっと)もな質問にイザベルはにこりと笑いながら答え、笑顔を浮かべた。


「それよりもアンネリース様は一つ覚悟をしなければいけません」


 顔を真剣な表情に戻し、イザベルはその覚悟を語る。


「取り残されてしまう、と言うご覚悟です」



+*+



 レヴィスは最後となる書類の確認を済ませ、不採用のハンコを押すと伸びをした。


「これで最後……っと」


 どうにか結婚式前日までに仕事を終えられたことに安心しつつ、水を飲む。


 結婚するという報告をするなり突然降ってわいた仕事の山と貴族の令嬢たちの肉食獣めいた眼光に苦しめられ三ヶ月、達成感的に祝杯を挙げたいところではあるのだが、それは明日までとっておこうとレヴィスは思い直し、侍従を呼ぶ。


「陛下、お耳に入れたいことが」


 すっと出てきた薄緑色の髪の侍従がそっとレヴィスに耳打ちをする。


「アンネリース様のペットが港の防疫所からいなくなりました」


 ガタリと大きな音を立て、レヴィスは席から立った。


「何者かが攫ったと見てククリ様が現在捜索に当たられています。今のところは王都の外には確実に出ていないとの事です」


 椅子に座り直し、一度深呼吸をしてからレヴィスは侍従に問う。


「ニコラ、アンネリースに報告は?」


「まだです」


 不祥事であるため、一先ずは上役である自分に話をもってきたらしいとレヴィスは判断し、ここからどうしたものかと頭を悩ませた。


「私が話をしに行く、なに、仕事が終え、婚約者の様子を見に行くと言えば警戒されまい」


 席から立ち、一度自分の服装が問題ない確認をしてから部屋から立ち去る。


「アンネリース様は図書館にいらっしゃります」


 その言葉を背に、出来る限り急いでいるように見えないようにレヴィスは図書館へと向かう事にした。


「おや、陛下。珍しいですねぇ」


 入口の受付で本を読んでいたアルトゥルは顔を上げると椅子から立ち、静かにドアを閉め、鍵を掛ける。


「急ぎの用事なのでしょう?今は、アンネリース様とお付の侍女しかおりませんので」


 受付の奥にある司書室へ消えるアルトゥル、レヴィスは敵わないと肩をすくめてからアンネリースを探す。


 幸いにもアンネリースは直ぐに見つかった。


「あら、レヴィス様」


 本を本棚に納めてからアンネリースと侍女は礼を取る。


「何かご用でしょうか?」


 率直に言うべきか、悩んでからレヴィスは素直に吐くことにした。


「すまない、アンネリース。お前のペットが攫われたようなんだ」


 次の瞬間、がっちりとドワーフの侍女がアンネリースの腰をホールドする。


「アンネリース様、おっちっついてくださぁいっ」


 ず、ず、と力自慢で有名なドワーフの侍女の足が浮く。


「落ち着けません、鉄槌を、不届き者に正義の鉄槌を――」


 暴れる成人女性(ヒューマン)を留めようとする幼女(ドワーフ)と言う混沌とした光景に一瞬頭が真っ白になりかけたが、気を取り直し、レヴィスは知っている限りの状況を説明する。


「なるほど」


 ひとまずは落ち着いた様子で、近くの椅子の座るアンネリース、若干乱れた髪をイザベルが軽く整えていた。


「では、カチ込むときだけ声をかけてください。一発二発殴らなければ気が済みませんので」


 少々口調が荒れているがそれだけ腹を立ているのだろう、一切変わらない表情のおかげで冷静なように見えて漏れてくる怒気が威圧感を与えている。


「善処しよう」


「約束、してくださいね?」


 お茶を濁しておこうとしたところ、見事に殺気と共に釘を刺され、レヴィスは冷や汗を流しながら沈黙した。


「陛下、沈黙は肯定とみなされますよ」


 イザベルからのささやきにぐっと声を詰まらせるレヴィス。


「わかった、知らせるが……防具などは?」


「客室の仮住まいの方にあるのでご心配なく」


 アンネリースが連れ込んだドワーフの侍女の方を見ると、こくりと頷かれた。


「一応準備はしておくが、時間によっては声は掛けないで後日何らかの形で要求を通すようにしよう。その代わりに無茶な行動だけは起こさないでくれ。約束だ」


「はい、約束ですね」


 早くも尻に敷かれ始めた自分の未来に思いを寄せながらレヴィスはかなり譲歩した条件を出すのであった。

 ニコラは一応男性です。

 ついにアンネリースの暴走が始まります。

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