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4_お茶会で初めましてを

読みやすいように少々行間などを調えましたがいかがでしょうか

 かちゃり、かちゃり。


 食器の振れる音ばかりが響く食事にカミラはひそかに冷や汗を流していた。


(会話一つない!?)


 会話一つなく、淡々と食事をとる二人にカミラはちらりとマルガレータの方を伺う。

 そっとマルガレータは手の施しようのない患者を目の前にした医者のように首を横に振った。


 どうやらこれがこの親子の通常運転らしいと判断できたカミラは胸を撫で下ろし、給仕に集中する。


「アンネリース」


 重々しくヘルマンが口を開く。


「なんでしょうかお父様」


 一切表情を動かさずアンネリースはフォークとナイフを置いた。


「……いや、なんでもない」


 そこは何かしら話せよと突っ込みたくなったもののカミラはそれをぐっとこらえ、もう一度マルガレータの方をうかがう。

 先ほどと同じように首を振られた。


「お父様、おっしゃりたいことがあるのならはっきりと言ってください」


 その瞬間、はっきりと空気が凍りつくのをカミラは感じた。


「アンネリース」


「はい」


 やはり、一切動かない表情でアンネリースは父の方を見る。


「…………」


 沈黙が耳に痛いと素直にカミラは思った。


 あまり主人や客人の会話に耳をそばだてるものではないにしろさすがにこの沈黙はカミラの胃袋にずしりと来た。


「嫁入りの品を後宮に送っておいた。後で確認するように」


「はい」


 そこで会話は終了だと言わんばかりに再び食事を再開するヘルマン。


 後で何かしら聞いておくべきだなとカミラは判断した。



+*+



 翌朝、アンネリースはウルリーケに起こされた。


「アンネリース様、朝食の準備が整ったようです」


 ふわとあくびを一つ、きょろきょろ普段の習慣でフェデリオを探し、そういえば検疫でまだ港だとアンネリースは思い出した。


「昨晩、アンネリース様がお休みになられてからになりますが、魔王陛下より贈り物が届けられております」


 ウルリーケはとことこと短い手足を動かし、近くのソファにおかれたそれを持ってくる。

 それはリボンのかけられたなにかの毛皮でできたもふもふの巨大なクッションだった。


「茶会の時に礼を言わなければいけませんね」


 上質な毛皮でできたクッションに頬ずりしながらアンネリースは目元を緩めながら言った。


「んふぅ、もふもふぅ」


 フェデリオの代わりに一通り撫でたり、顔をうずめたりしてからアンネリースはそれを一旦ベッドの上に起き、ベッドから起き上がる。


「では、もふもふ成分が少々足りませんが朝食に行きましょうか」


 手早くイザベルとウルリーケに着替えさせられ、アンネリースは朝食の間を訪れる。


 用意されていたのは見覚えのないジュースとパン、ジャムが数種類、あとはサラダとゆでられたソーセージだった。


「では、海と空と大地の神々に感謝の祈りを」


 特に給仕が必要なメニューでもないので、アンネリースは淡々と食事をとっていく。


「このジュースは何と言う果物を使っているのですか?」


 かすかに柑橘のような風味があるものの、どちらかと言うと桃に近い味のオレンジ色のとろりとしたジュースにアンネリースは質問をぶつけた。


「それはこちらでは一般的なシュルケと呼ばれる果物のジュースになります。荒れ地でも大気中の魔力さえあればよく育つのであちらこちらで栽培もとい広がりすぎないように駆除が行われています。ほかにも帝国の一部地方では栽培されているようですが、魔大陸以外では大気中の魔力の問題であまり見かけませんね」


 どうやらご当地の名物のような物のジュースであったらしい。


「お気に召されましたか?」


「ええ」


 アンネリースは比較的好みの味だったので、気に入った事を伝えると後でデザートとして切り分けたものと切り分ける前のものを持ってくることになった。ジャムの方も知らない果物を使ったものばかりでどうやら茶会に向けて好みを探る意向もあったようだ。


 サラダとパン、ソーセージを食べ終え、のんびりとジュースを啜っているとガタガタとカートの上に載ったソレが運び込まれた。


「随分と大きいのですね」


 楕円形の顔の倍以上ある果物にアンネリースは素直に声を漏らした。


「これが鈴生りになるのです」


 手に持ってみれば皮はまるでむしろ殻と表現したほうがいいほどに硬く、見た目通りのずっしりとした重さを感じた。


「これが鈴生り……落ちてきて怪我をする者がいそうですね」


「ええ、毎年のように自重に耐えられず落ちてきた果実で一人か二人ですが死者も出ています」


 イザベルは困ったような表情で言うとカートの上に戻されたそれをコンと叩く。



「うちの愚弟の話になりますが、甲冑を着ていたのですがコレが足の上に落ちてきてしばらくの間寝たきりになっておりました」


 おそらくは甲冑の板金ごと足の骨が折れたのだろう、まだ頭の上に落ちてこなかった分幸運であろうが、かなりの不幸である。



「なんとまぁ……」


 ことりとテーブルの上に切り分けられた果肉が置かれる。


 フォークで口に運べばとろりとした果汁としっかりとした果肉の触感を感じられた。 時たま生のイカの切り身のような触感のなにかが舌と歯にあたる。


「歯ごたえが違うものが混じっているような……」


「それは未成熟の種でございます。シュルケは未成熟の実を食用とします。なぜならば成熟すると皮が軟らかくなり、鳥と虫以外にとっては非常に果肉が苦くなるのです。種に関しては毒もなく、特に害のないものなのでそのままお出しいたしましたが、お嫌いでしたでしょうか?」


「いえ、面白い触感だなと少し驚いただけですので」

 知ってしまえばそこまで驚くようなものではない、皿の上のシュルケを平らげると、アンネリースは口元を拭いた。


「お気に召されたようで結構でございます。シュルケは一年を通じて手に入りやすい果物ですので飽きない程度にお食事の際にお出しいたします」


 皿を下げ、食後の茶を供しながらイザベルはそう言って、手早く片付けを済ませていく。


「この後のご予定として、婚礼の儀の衣装合わせならびに魔王陛下より送られた衣装の調整があります。それが終わり次第軽い昼食を取り、魔王陛下との茶会へ向かっていただきますっ」


 その横でウルリーケが予定を読み上げ、褒めて褒めてと言う目でアンネリースの方を見る。


 その姿はどこからどう見ても童女だが、ウルリーケは成人済みである。


「わかりました」


 食後の茶を十分に堪能してからアンネリースは席を立った。


「やることは山積みですね」



+*+




 そわそわとレヴィスは中央庭園の近くの部屋でアンネリースの準備ができたという報告が来るのを待っていた。


「まだか」


「お前はガキか、女の身支度は時間がかかるに決まってるだろう?」


 人目はあるが、レヴィスを落ち着かせるために幼馴染としての態度でアレンは話しかける。


「そ、それもそうだな」



 室内をウロウロするのをやめ、レヴィスはすとんとイスに座る。

 今日の茶会はこれから夫婦となる二人の顔合わせであるので、それ以外には人を入れない私的なものになる。


 とは、言っても


「なあ、本当にヘルマン陛下をお呼びしなくて大丈夫なのか?」


 賓客として呼ばれているのがアンネリースだけとはいかがなものか、アレンはそんな質問を主人にぶつけた。


「ああ、それに関しては、意向を酌んだ上で呼ばないと決めたのだ」


 すこし落ち着いた様子で、レヴィスは言葉を続ける。


「難儀なものだぞ、溺愛しているのに、そうとは知られないように、嫌われるようにするなど」


 その言葉にアレンは何か事情があるのだなと察し、口をつぐむ。


「まあ、あちらの社交界では有名な話だ。知りたければ自分で調べるなりすればいい」


 遠回しな知っておけと言う発言にアレンは後でククリから情報を貰う際に聞くか、依頼しようと脳内の予定を書きかえた。


 そんなことをしているとコンコンとドアがノックされる。


「アンネリース付きの侍女、カミラです。アンネリース様のご用意が終わりましたのでお呼びに参りました」


 ちらりとレヴィスはアレンの方を見る。


「了解した。今、陛下をお連れするので先にイザベルに報告するように」


「かしこまりました」


 コツコツと靴音が遠ざかっていくのを確認してからレヴィスは席から立つ。


「恥は、かかせぬようにしなければな。ああ、そうだアレン。例の者をアンネリースに紹介しておきたいが問題はないか」


「問題はないかと、ニコラ、呼んできてくれ」


 近くに控えていた召使にアレンはそう命ずると、レヴィスと共に部屋から出た。


 茶会は中央庭園の中でレヴィスが気に入ってはいるが、知られても問題ない区画を封鎖して行われる。


 護衛を伴いながら、茶会の会場となる四阿(あずまや)を訪れると――



――そこには氷の妖精が佇んでいた。



 すっと、その妖精は席から立つと見事な淑女の礼を取る。


「お初にお目にかかります。ルセルラ王国、第二姫、アンネリースと申します。末永くよろしくお願いいたします」


 姿勢を正し、すっとこちらを見据えてくるアンネリース。


 彼女の亡き母は雪に例えられたが、彼女の怜悧な印象を与える雰囲気はまさに氷と言う表現がしっくりときた。


「アルースロイエ魔王国、魔王、レヴィス・ディラヌア・アールスロイエ。貴女との良き縁に裏切りの魔神に感謝を」


 こちらも礼を返すと、アンネリースは口元をかすかにゆるめた。


 アレンに促され、レヴィスが着席すると、アンネリースはその向かいの、先ほど座っていた椅子に座りなおす。


「不躾かもしれないがアンネリース姫は、今回の婚姻をどう思っているか教えてはくれないか」


 最初に口火を切ったのはレヴィスであった。


 アレンから、『しょっぱなからやらかしてるんじゃねぇ』と言う類のハンドサインが送られ、うっかり失言をしてしまったことに気が付いたのは一瞬後だった。


「どうとも思ってはいない、そう言うと嘘になってしまいます」


 紅茶で唇を湿らせてから、アンネリースは言葉を続ける。


「私は王族の生まれ、政略結婚なんて当たり前ですから。思ったところでどうにも何ともならないのです」


 特に何の感慨も抱いていない様子でアンネリースは言うと、そっと茶器を置く。


「そうか」


 レヴィスはクッキーを指でつまむと、いかにして先ほどの失言を何とかするか計算する。


「言うタイミングがなかったのですが、贈り物を送って下さってありがとうございます」


 表情は一切変わっていないが、目をキラキラとさせるアンネリースにどうやらあのクッションを送ったのは正解だったようだ。


「最初は装飾品でもと思ったのだが、アンネリース姫は動物がお好きと聞いて、かといってぬいぐるみの類を送っても幼稚と取られてしまうと思い、毛皮のクッションを送らせてもらったのだが」


「気を遣わせてしまったようで……」


 本当にかすかに眉根を寄せるアンネリース。


「いいや、これくらいは何ともないとも。気に入っていただけたかな」


「ええ、とても。どこの工房の製作ですか?」


 どうやらとても気に入ったらしい、少し胸を撫で下ろすと紅茶を一口だけ飲む。


「工房、と言うよりも少々変った男の作品なのだ。まあ、これから毎日顔を合わせることになる人物だ、紹介しておこう」


 すっと手で合図をすると、その男が建物の陰から出てくる。


「お初にお目にかかります。(わたくし)、アンネリース様にお仕えすることになった執事のイリアスと申します。以後、お見知りおきを」


 見事な礼を見せ、薄紫の髪に紫の瞳の男はにこりと笑って見せた。


「ほとんど名誉職のようなものですが神職を兼任しておりますので明後日の結婚式と眷属の儀も担当させていただきます」


 明後日、驚かれないように、自身の立場を説明するイリアス。


「そうなのですか、業務の方に差支えなどはありませんか?」


 アンネリースは素直に思ったことをイリアスに伝える。


「いえ、特には。むしろわずかばかりの業務がない間はとても暇なのでこちらで働かせてもらっているのです」


 半分くらいは嘘の発言にレヴィスは内心苦笑いを浮かべた。


「そうですか、ならば神殿でのお仕事に差支えがないよう、私の元で働いてくださると嬉しいです」


 淡々と言うアンネリースにイリアスは少し戸惑ってから、


「お気づかいいただき感謝いたします。では、明日の支度がございますのでこれで」


 そう言ってイリアスは下がっていく。


「大変そうなお役目のようですけど、大丈夫でしょうか?」


 本来、王族の儀式に関わるのは最低ででも上級神官以上の神官だ。婚姻の儀式ともなれば執り行えるのは神官長か神殿長のどちらかになる。

 

アンネリースはイリアスがそのどちらかに比肩しうる役職についていると判断したようだ。


「いや、本当にイリアスは極々まれに発生する業務以外はすることもなく王宮に待機しているのだ。本人の申告があったように特に問題はない。問題があれば、アンネリース姫の執事とするわけないだろう?」


「それも、そうでございますね」


 その後は身の回りのことに関してこまごまとした話を行っていると刻限となった。


「もう、このような時間か」


 そばに控えていた従者に時刻をささやかれ、レヴィスは椅子から立ち上がる。


「貴重なお時間を割いていただき感謝いたします」


 アンネリースも椅子から立ち、感謝の意を示す礼を取った。


「アンネリース姫、こちらこそわずかな時間を割いていただき感謝する」


 頭こそは下げないがレヴィスもまた感謝の意を伝えた。


「あの、おひとつよろしいでしょうか」


「なんだ?」


 かすかに苦笑いを浮かべるように口元をひくつかせるアンネリース。


「『姫』という敬称をやめて頂きたく。あまり慣れていないのでこそばゆいというか、なんというか。アンネリースとただ呼んでくださると嬉しいのです」


 もう少し難しい要求をされるのかと思ったレヴィスは目を(しばた)かせた。


 婚約者が相手であればなんてことのないお願いだったからだ。


「ああ、了解した。アンネリース」


 レヴィスの言葉に嬉しそうにかすかに口元を緩めるアンネリース。


 それを見て、レヴィスはちょっとした作法的にも立場的にも問題のない悪戯をしたくなった。


「それでは明後日」


 そう言って立ち去ろうとするアンネリースの前にレヴィスは跪くと、その右手を手に取り、手の甲と掌にそれぞれ口づけを落とした。


「な、ぁっ」


 わなわなと口元を動かし頬をほんのりと赤く染めるアンネリース。


「また明後日に」



 レヴィスはにこりとアンネリースに微笑みかけてからその場を去る。


 しばらく離れたところで侍従の一人が声を上げる。


「やりましたね、陛下」


「何のことだろうか」


 レヴィスはわざとらしくすっとぼけると職務を果たすために自身の執務室へ向かうのであった。

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