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3_出会いまであと

 着いた、アンネリースの心情を一言で表すのならこうなる。


 船に揺られ二日、一向に口を開かない父と船に揺られた二日、フェデリオをモフモフすることだけが癒しだった二日。


 それらの万感の思いを一言に濃縮した言葉が『着いた』である。


 もっとも、そこにはあらたなモフモフを求めるという気持ちもないわけではないが。


「ん、うぅ」


 久しぶりのズボンに落ち着いた風情で伸びをするとアンネリースは式典用の上着を羽織り、帯剣する。


 国が変われば当然マナーが変わる、アンネリースは一応諸外国にはやんちゃの影響もあり武官として取られているため、相応の服装で前に出ることを要求されていた。


 そのため、ルセルラ王国の式典用軍服を王族用に若干アレンジされたものを着用し、船から降りることになっていた。


「お嬢様、お似合いです」


 さすがに着慣れているからなのか違和感ひとつないその恰好を見て、マルガレータは素直に感想を伝えた。


「そう」


 長い髪はシルクのリボンでひとまとめにし、最後に姿見で確認しながら母の形見のブローチを付け、アンネリースは甲板に上がる。


「お待たせいたしました」


 ほう、と息を漏らす船長をよそにヘルマンはちらりと一瞥をしただけで直ぐに港の方を見る。


 そのことにちょっとした寂しさを覚えつつ、船は魔大陸東側でも随一の港にして王都にあるアルラ港へと入っていく。


 港に入ればすでに歓待の準備が整っていた。


「ようこそいらっしゃいました、(それがし)はジョザイア・ウェントワースと申すもの、このあたり一帯の軍務と治安維持の任を魔王陛下より預かっている者です。以後お見知りおきを」


 上官用の豪奢な軍服に身を包み、優雅に一礼をしてきたのは中年ほどの外見の豚獣人(オーク)の大男だった。


「ルセルラ王国国王、ヘルマンだ。アンネリース」


 手であいさつをするように促され、アンネリースは挨拶をする。


「ルセルラ王国、第二姫、アンネリースと申します。こちらこそよろしくお願いしたします」


 軍式の礼をアンネリースが取るとジョザイアは満足そうな表情で船から降りるように促す。


「馬車の準備ができております。ヘルマン国王は迎賓館に宿泊のご予定となっていますのでつきましては別の馬車にお乗りください。お荷物に関しては追ってお部屋にお送りさせていただきますゆえ、ご心配なく」


 アンネリースはちらりと背後に立つマルガレータへと視線を送る。


「ウルリーケ、荷物に関しては任せました」


「か、畏まりました」


 同行してきているメイドの一人であるドワーフのウルリーケにマルガレータはそう命ずるとアンネリースと共に船を降りる。


「こちらです」


 身のこなしのしっかりとした近衛兵に先導され、アンネリースはマルガレータと共に馬車に乗り込む。


 ドアが閉められたのを確認してからアンネリースは肩の力を少し抜いた。


「お嬢様」


「ええ、わかっています」


 少し髪を整えてからアンネリースは姿勢をただし、窓にかかった薄い値段が末恐ろしくなりそうなほど精巧なレースのカーテンを開く。


「ここが魔大陸――」


 祖国とは異なる街並み、祖国とは違う大気の匂い、自分はここに骨をうずめることになるのだとアンネリースは感慨深く思っていた。


 夫となる人物には時間の関係で明日の昼間に行われる茶会で顔を合わせる手筈になっているため、今日は会えないがそれでも多少はどういう人物か知ることが出来るだろう。


 期待と不安が渦巻く胸の中を抑えながらアンネリースは馬車の外を見つめた。


 一方、アンネリースが到着したころ、王宮内は大騒ぎとなっていた。


「なに、夜会の料理が足りない?明日には怠惰卿から御祝儀を兼ねた食料の山が届く、これがそのリストだ持って行け!」


 アレンは素早く指示を飛ばしながら王宮を駆けずり回っていた。


「筆頭執事のアレンだ、陛下にお伝えしたいことがある。通してくれ」


 玉座の間のドアの前で警備をしている衛兵にアレンはそう声をかける。


 衛兵はさっと脇によけ、ドアを開く。


「陛下」


「ああ、聞いている、アンネリース姫が港に到着したそうだな」


 玉座の間には書記官と各大臣の他にやたらと露出度の高い衣装に身を包んだ狐耳に狐のしっぽの女性がいた。


「よっす、アレン君おそいな思うて、今呼びに行こか悩んどったところや」


 そう言って傍若無人な態度で女性は片手をひょいとあげるとにこにこと笑う。


 彼女の名前はククリ、この国の諜報を一手に引き受ける年齢不詳の獣人である。


「あ、せやせや、おばちゃん言われとった事調べ終わったで、褒めてぇや。仕置に関しては(ちこ)ううちにやっとくから安心しぃ」


 ぽんとロールされた羊皮紙をレヴィスに渡すククリ、それを見て何人かの大臣の目が泳いだ。


 その名前をアレンは脳裏に刻みながら、膝をつき、本題を切りだす。


「王都近辺で不審な賊が発見されました。現在王都防衛隊の面々が捜索にあたっていますが、結果は芳しくないとの事です」


 その言葉にククリ以外の玉座の間にいる全員がざわつく。


「本来であれば人手を割くところでありますが、ウェントワース候より既に割ける人出がないとの返答を頂戴いたしております。そのため、陛下を通じ、ククリ様に人員の供出をお願いしたくここまで来たのですが」


 ちらりとアレンはククリの方を見た。


 ククリはかすかにうなずくと口を開く。


「じゃ、うち、仕事できたみたいやし、これで失礼するわ」


 コツコツとわざとらしく靴音を立てながらククリは玉座の間から出ていく。


「せや、もうお(ひぃ)さんここ着いたみたいやで」


 わぁっと正門の方から聞こえる声に、ククリは振り返り、軽くウインクしながらそう言った。



+*+



 アンネリースが通されたのは王宮の中でも最上級にあたる離れに作られた客室だった。


 婚礼が終了するまでの数日間、ここをアンネリースの仮住まいとすることになっている。


「初めまして、アンネリース様。ここでのお世話を担当させていただくイザベルと申します。以後お見知りおきを」


 客室では非常に豊かな金髪をシニヨンに結い上げた背の高いお仕着せ姿の女性はそう言って、優雅に礼をした。


「こちらこそ、マルガレータ」


 にこりと一向に動かない口角を無理矢理吊り上げ、アンネリースはマルガレータを促す。


「アンネリース様にお仕えしている侍女(メイド)のマルガレータと申します。他にも数名、侍女がおりますがそちらの紹介はまた後ほどとさせていただきます」


 荷物を手に持っているため、マルガレータは軽く頭を下げるに止める。


「本来であれば筆頭執事――侍従長がお目通りするはずですが何分多忙を極め、このような形になってしまいお詫び申し上げます」


 頭を下げて詫びるイザベル、アンネリースはそれを一瞥し、顔を上げるように言う。


「私は、それほど気にしておりません。それよりも、座って休んでも宜しい?」


 正直に言えば、そんなことよりも早く座って休みたいというのがアンネリースの本音である。


 ここに来るまで貴族に絡まれること数度、そのたびに欲しか見えないネバつた視線を向けられ、肉体面はともかく、精神的な疲労がかなりたまっていた。


「そこまで気が回らず申し訳ありません。すぐにお茶を用意いたしましょう。カミラ、マルガレータ様を案内してさしあげなさい」


 近くに控えていた黒髪の額に角が生えた侍女にイザベルはそう命ずると茶を入れるべく、控えの間に消えていく。


 最低限の人数しか置いていないのか、急に客室は静かになった。


「はぁ」


 とりあえずと言った風情でアンネリースは剣帯から剣を鞘ごとはずし、ソファに立てかけるといつでも抜けるようにそのすぐそばに座る。


 用心するに越したことはないのだ。


 しばらくするとカートを押して、イザベルが部屋に戻ってきた。


「明日の茶会の確認も兼ねまして、魔族式の物をご用意させていただきました」


 物音ひとつ立てずにテーブルの上に茶器と茶菓子が置かれるのを見てやはり教育が行き届いているのだなとアンネリースは思った。


「ん、香りが違いますね」


 一口、琥珀色の液体を口にしてアンネリースはそのような感想を口にした。


「はい、ルセルラ王国では香草の精油(オイル)などを茶葉に混ぜて香りや風味を付ける習慣がありますが、こちらではあまりその習慣がなく、混ぜても本当にごく少量なのです。あちらの方がお好みでしたら、ここでお出しする紅茶はそのようにいたしますが」


 その言葉にアンネリースは首を横に振る。


「いいえ、少々驚いただけですので口に合わないというわけではありません。どちらにしろある程度は慣れねばなりません」


 茶菓子も口に含んでみれば祖国の物と大分風味が異なっている。


「なにせ、何十年もこの国で過ごす事にるのですから」


 独り言のようにアンネリースがつぶやいた言葉に、イザベルはゆっくりと頷いた。


「ではそのように」


 イザベルはそう言って、紅茶のお代わりを注ぐ。


「アンネリース様っ、ひとまずの荷ほどきが終了し、お着替えなどの準備が整いました」


 控えの間から出てきたのは侍女のウルリーケだ。


「本日の夕食に関してですが、離れにある食堂の方に運ぶのでそちらで取るようにと。また、それに合わせてヘルマン陛下もこちらにいらっしゃるそうです」


 どうやら親子で顔を合わせながら食事をとれるようにセッティングされたらしい。


 ちらりと壁掛けの時計を見れば夕食に招かれたのであればそろそろ来訪かと言う時刻だった。


「ん、では着替えましょうか」


 カップの中の紅茶を飲み干し、アンネリースは席を立つ。


 剣を手に寝室に入るとすでにマルガレータが待ち構えていた。


「では、失礼いたします」


 手早く服を脱がされ、着替えさせられていくアンネリース。


 ヘルマンが着いたという報告を貰う頃にはドレス着替え終え、髪も結い終わっていた。


「アンネリース様、少々お願いしたいことが」


 イザベルに呼び止められ、アンネリースは足を止める。


「なんでしょうか」


「不躾かと思いますがアンネリース様の剣を少々お借りできないでしょうか」


 そう言ってイザベルは書類と最近魔大陸で使われ始めた万年筆をアンネリースに渡す。


 書類の内容は一時的にアンネリースの持つ剣を王室に貸与するというもので正式な文書の形になっており、偽装すればまず命の類がないものだった。


 王室から態々とはなにか理由があるのだろう、アンネリースはそう判断し、許可を出すことにした。


「構いませんよ、剣は寝室の方に」


 アンネリースはさらりとサインをするとイザベルに書類と万年筆を返した。


「ありがとうございます。明日の昼ごろ、茶会の前にはお返しいたします。それでは、お食事をお楽しみくださいませ」


 深く礼をするとイザベルを横にアンネリースはカミラとウルリーケを伴い、退室した。



+*+



 深夜、どうにかこうにか予定を付けた連中が、城の地下にある宝物庫近くのそれなりの広さのある部屋で待機していた。


「はあ、ぎょーさん怪しげな虫が釣れるのはええけど、このままやとパンクしそうやで」


 質素ではあるものの気品を感じさせるテーブルにうつぶせになりながら、ククリはへにょんと耳を伏せた。


「お手数をおかけして申し訳ありません。婚礼の儀のお客様がお帰りになられ次第、こちらでも打てる手は打って行きますので」


 ジョザイアはそう言って、果実水に口を付ける。


「いや、そっちもごっつ大変なのはわかっとるさかい、責任感じるんは別にええんやで?」


 顎をテーブルの上に乗せたままククリは半目で言う。


「せやけど、過剰な責任で潰れるんはさすがに困るで?」


「ふむ、では気を付けるといたしましょう」


 そんな様子で二人が雑談をしていると、ドアの鍵が開く。


 この部屋の鍵を持っているのは数名しかいない。


「何やっているんだお前たちは」


 入ってきたのは彼らの主人たる魔王その人と、筆頭執事たるアレン、そしてアンネリース付きの侍女であるイザベルだった。


「お、坊遅かったやないかい」


 ククリは背筋を起こしながら気軽に声をかける。


「さっきまで、仕事が立て込んでいてな……まったく……なんのために伯父を軟禁したのかと」


 くしゃくしゃと頭を掻くレヴィスにアレンは苦笑いを浮かべる。


「まあ、その辺はさすがにそろそろカタつくんじゃねぇの、大慌てでぼろ出してる連中もいるし」


 ぽんぽんとアレンはレヴィスの背を叩きながらアレンはそう励ました。


「本題の方、そろそろお願いします」


 コホンとイザベルは咳を一つすると、レヴィスに手にしていた棒状の布の包みを手渡す。


「こちらがアンネリース様のご愛用の剣になります」


「ん」


 レヴィスはそれを受け取ると包みを剥き、剣を抜く。


「重いな」


 想定よりも重く、幅の広い剣にレヴィスはそんな言葉を漏らす。


 刃の部分に触れてみればかなり鋭い。


「まあ、このあたりの長さの剣であればいくつかあったはずだな」


 剣を鞘に納め、レヴィスはそれを机の上に置く。


「ルセルラ王国やと一般的なタイプの実用的な剣やねぇ。せやけど鍛冶師の腕前がええし鞘も一見地味やけどあっちでは高級品の革使(つこ)うてるしさすが王族の持ちもんや」


 ふと気が付くとククリが剣を手にしていた。


「魔剣の類やあらへんけど軽い付与(エンチャント)もしてあるし、ウン十年単位で使うこと念頭においとるもんやな」


 席から立ち、ククリは剣を振る。


「ん、重心もええ感じや」


 そのまま軽く剣舞のような動きを取るとチンと剣を鞘に納めた。


「剣の重心とか覚えたで」


 剣を再び布で覆い、ククリは剣をイザベルに手渡す。


「では、選びに行こうか」


 ぞろぞろと人を引き連れ、レヴィス達はその部屋を後にし、宝物庫へと入っていく。


「坊は剣はほとんど門外漢やったっけ」


 宝物庫の現王家にしかできない開錠作業を見ながらククリはレヴィスに話しかける。


 見られてこそいるが、現在の王家に所属していると登録されている者にしか開けることが出来ず、作業をどれだけ見ても無駄なのでレヴィスはそれを特に気にすることなく言葉を返す。


「ああ、私は剣には向いていなかったからな。だから槍を学んだ」


 慣れた手つきで宝物庫の鍵を開けるレヴィス。


「はぁ、時間に余裕が出来たらここも一度整理してしまいたいな」


 扉を開くとそこには雑然と積まれた財宝の山があった。


「うっわぁ」


 素直にアレンはそんな言葉を漏らした。


「必要に応じて持ち出しては戻しているのだが、整理してる時間もきれいに仕舞う時間も取れなくてな、この始末だ」


 これは本格的に掃除が必要やなとククリが小声でつぶやく中、レヴィスは剣が積まれている棚の前に立つ。


「似たような剣だとこれとこれと――」


 これは時間がかかりそうだと、ククリとジェザイアは顔を見合わせた。

 精油入りの紅茶はアールグレイみたいなものとお考えください。

 

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