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1_姫騎士、嫁入りをすることになる

 気の迷いで書いてた設定が纏まった分量になったので連載を始めるに至りました。

 昔々、空を見上げれば地球(ここ)とは全く違う星々の昇る世界のとある国に一人のお姫様がおりました。


 御姫様の名前はアンネリース、彼女は強く凛々しく美しく、周囲の国々からは氷刃姫と呼び称えられるほどの剣と魔法の使い手で、しかして、その強さが仇となり少々婚期を逃しつつありました。


 ですが、彼女は不幸ではありませんでした。


 なぜなら――



+*+



 ルセルラ王国、その王宮の一角に存在する温室で、1人の女性が膝の上にふわふわの兎を乗せ、丁寧に丁寧にその体をなでていた。


 その毛玉はよほど撫でられているのが気持ちいいのかとろりとひざの腕でリラックスした姿勢で、時折、ぷぅだのぷきぃだの気の抜けた鳴き声を上げていた。


 その姿に女は目元をかすかに緩めると、その首筋の毛皮に指をうずめる。


 そのままくりくりと動かすときゅーと言う鳴き声と共に、気持ちよさそうに目を細める兎。


 そんな時間はかすかに聞こえた草を踏む音により、中断させられることとなった。


「アンネリース」


「お父様」


 膝の上で気持ちよさそうにしている兎をそっと草の上におろし、アンネリースと呼ばれた女は立ち上がる。


 さらりと、草の上に広げられていた白銀の髪が音を立て、ぽろぽろと枯草の破片を落とした。


「何の御用ですか、お父様。魔獣退治ですか?それとも隣国との国境紛争ですか?それとも賊退治です

か?」


 アイスブルーの目を細め、アンネリースは淡々と国王でもある自身の父にそういった。


「いや、そうではない」


 身長の関係でアンネリースから見下ろされるような形になった国王ヘルマンは娘の言葉を否定した。


「では、つまらない夜会のお誘いですか?それともどこぞの馬鹿からのお見合い要請ですか?」


「いや、そうでもない」


 ならなんなのだ、アンネリースはそんな態度で気持ちよさそうに日向ぼっこをする兎を見つめながらそう返した。


「アンネリース、お前の嫁ぎ先が決まった」


 随分と急な話にアンネリースは目をぱちくりとする。


 思い出すかぎり、国内にここ最近功績を挙げた貴族も自分が結婚するような立場の貴族もいなかったはずであるし、隣国とも小競り合いが続いているものの、少なくとも嫁ぐ嫁がされるような事はなかったはずだ。


「嫁ぎ先は魔大陸、魔王の元に嫁いでもらうことになった」


「そういえば、未婚でいらっしゃいましたね」


 魔大陸はこの国とは海を挟んで最新式の魔導船で二日かかる位置に存在する人間と比べるとかなりの長寿種族である魔族を中心とした統一国家が統べている大陸で、このルセルラ王国はその魔大陸との交易で豊かになった国の一つである。


 その国の国王は魔王と呼ばれるのが通例であり、その魔王がいまだ未婚なのは割と有名な話であったは

ずだ。


 おそらくは、交易で便宜を図ってもらう代わりに、姫である自分を嫁がせる方向で話が纏まったのだろうとアンネリースは検討を付けた。


「なるほど、状況というか、理由は把握しました。いつになりますか?」


 いつかは来るであろうと思っていた政略結婚の話に、アンネリースは特に反応せずに父親に問いかけた。


「急な話になるが三ヶ月ほど先になる。しっかりと準備はしておけ。お前のペットに関して何体かなら大丈夫だそうだ」


「…………わかりました」


 アンネリースはしばらくの沈黙の後、そう返事を返すと、その場から立ち去る。


「……はぁ」


 その背中を見守りながら、ヘルマンは深々とため息を吐いた。


「娘よ、お前絶対ペットが一緒ではなかったら動かない気満々だっただろう」



+*+




 1人、自室に戻ったアンネリースはソファで横になっていたペットの狼であるフェデリオの腹に顔をうずめた。


「キューン」


「ん、むぅう」


 もふもふとその感覚を楽しみながらアンネリースはこれまでの自分の行動を振り返っていた。


 末の娘で、特に将来を期待されていなかったので、剣の道に進み、魔法も極め、ついでに国境紛争もシメていたアンネリースが強くなった理由は一つ。


「うぇへへへぇ」


「わふぅ」


 動物や魔物を思う存分もふるためである。


 強ければ、強力な獣や魔物を取り押さえて、もふもふしても文句は言われまい、そんな単純思考と共に功績を挙げ、ペットとしてちょっと強めの動物を飼う許可を得て、アンネリースは独身生活ともふもふを愛でる個人的には自堕落な生活を楽しんで(エンジョイして)いた。


 一通り毛皮の感触を堪能した後で、顔を上げるとアンネリースは近くのテーブルに置かれたベルを鳴らす。


 末のとはいえ普通ならお付の者の一人や二人常に侍らせておくものなのだが、アンネリースの場合は、自室にしっかりと躾はされているものの狼を放し飼いにしている関係で、アンネリースがベルを鳴らした時に来れば、待機室で休憩していても良いことになっていた。


「お呼びでございますか、お嬢様」


 音もなく現れたのはアンネリースに仕える森林妖精(エルフ)族の侍女長のマルガレータだ。


「お父様から話は聞いてる?」


「はい、無論お嬢様が温室に向かわれている間に聞いております」


「そう、なら今のうちに荷造りの準備を始めておきなさい。嫁入り前に行われるであろうお父様主催夜会以外はすべてキャンセル。グレーテお姉様のお茶会は多忙のため欠席すると後で書状を書いておくからそれも届けて頂戴。後、模擬試合関係、国境視察もすべてキャンセル。あとは面倒臭いけれどドレスも仕立てなくてはね」


 やることを確認のためにマルガレータに言いながら、アンネリースは狼の毛並みをなでる。


「すでに仕立て屋に連絡してありますゆえ、ご心配なく。明日の昼に伺うそうです。それとグレーテ様からは既に欠席しても構わないとの連絡を賜っております。その代わりに、渡したいものがあるので近日中に来てほしいとの事です」


 殊に優秀なマルガレータは既に動き出していた様子で既に仕立て屋に連絡を入れていたようだ。


「わかった、お姉様との面会の日程に関してはマルガレータに任せます。増えるであろう面会申請の管理も」


 面倒事をマルガレータに丸投げし、アンネリースは直ぐに運び出して構わないもの、寸前まで必要なもの、そもそも置いて行くものを脳内でリストにまとめていた。


「承知いたしました。お嬢様、一応お伺いを立てますが、この不肖マルガレータご一緒させて頂きたく」


「お父様の許可がもらえれば、ね」


 許可と取れる発言をするとアンネリースはソファから立ち上がる。


「それでは失礼いたします」


 音もなく退室していくマルガレータ、アンネリースは伸びをひとつするとまずは書状を片づけることにした。



+*+



 魔大陸、魔王の住まう王宮は上へ下への大騒ぎだった。


「はぁ!?装飾品が足りない!?今すぐ探し出せッ!盗んだやつは略式で死刑にでもしろ!」


 大声でそう声を張り上げたのは魔王に仕える筆頭執事であるアレンであった。


「ッチ、あんのやろ、いきなり結婚するだの抜かしおって……」


 乳兄弟でもある主人に対し、そう毒づきながらアレンは淡々と自身の執務室で必要な書類をまとめていく。


 相手はこの国とはお得意様にあたる国の姫君だ、最低限失礼のない様にしなければならないのは当たり前で、時間はいくらあっても足りないのだ。


 そのせいで次々と上がってくる問題にアレンは頭を悩ませていた。


「後は召使の手配、手配っと」


 流れるような筆記体で書類にサインを書きつけると、書類をさっと魔法で乾かし、クリップでまとめる。


「これを持って行ってくれ」


 近くにいた自身の補佐のメイドに書類を押し付けると、次は家具の手配に入る。


 ロクでもない利権まみれのリストを眺めながら、作業をしているとドアが上品かつ控え目にノックされた。


「入れ」


 ざっと、書類の山を横によけながら、低い声をだし、アレンは入ってくるように促す。


 入ってきたのは、すっかりくたびれた風貌の魔王レヴィス、その人だった。


「おい、大丈夫か」


 開口一番にどなろうかと思っていた言葉を飲み込み、這う這うの体で逃げ出してきたような風貌にアレンは心配の言葉を口にした。


「おねがいだ、しばらく……休ませて、くれ」


 椅子から立ち、肩を貸してやりながら主人を寝椅子に着かせる。


「飯は食べたか?」


 黙って首を振るレヴィスにアレンは非常食を兼ねて常備している焼き菓子と、冷たい果実水を出す。


 それをまとまった量食べるのを待って、アレンは話題を切り出した。


「何があった」


 その言葉に、美貌を歪ませながら、レヴィスは言った。


「側室狙いの令嬢、および貴族の親たちに囲まれた。このままでは執務すらできそうにない」


 未婚であったので元から言い寄られることは多かったのだが、それでもこれだけ憔悴しているあたり、どうやらそれはそれは酷いものであったのだろうとアレンは検討を付けた。


「わかった、後でそのあたりの立ち入りを制限するように言っておく」


 おそらく、魔王本人の口からそれを言わせればもっと騒動が炎上すると思われるため、アレンはそう提案し、あらかじめ予防線を張っておく。


 それに、社交慣れしているはずの魔王がダウンするほどだ、このままでは各種業務にも近いうちに差支えが出ることも想像に難くなかった。


「それで、なんで急に結婚することになったんだ?」


 アレンは出来る限り、優しい声音で問いかけた。


「ああ、元から話はあったんだよ。本当はもう少し、あと2年は待つと言う話だったんだ」


 どうやら、アレンが知らないだけで結婚の話そのものは元からあったらしい。


 なぜ筆頭執事である自分に言わなかったのかと小一時間、問い詰めたくなるが、アレンはそれをぐっとこらえ、果実水のおかわりを注ぐ。


「あちら側の北方の国の動きが怪しいらしくてな、このままいけばアンネリース姫を嫁がせねばならない状態になったらしいが――考えても見てくれ、アレに嫁がせればロクな目に合わないと思ったんだろうな少々強引になるが結婚の話を一気にまとめて手出しができないようにすることになったんだ。無論出来る限り、譲歩を引き出してからな」


 なるほどとアレンは頷く、ルセルラ王国の末姫であるアンネリースは女傑として有名だ。たびたび国境紛争にも顔を出していたとも聞く。


 そんな人物が敵国に嫁ぐことになればどんな目に合うかなど、火を見るよりも明らかだ。


 親心と国益のはざまでのやり取りでわずか3か月と言う短期間でアンネリース姫を嫁がせることになったルセルラ王国国王の心中をお察ししながら、アレンはまだ片付けができていない書類の山をちらりと見た。


「すまない、負担を掛ける」


「はぁ、ったく、しょうがねぇな」


 アレンは諦めたようにそういうと、棚から毛布を取り出す。


「しばらく横になっとけ、明日からは予定を詰めてもらうことにはなるけどな」


「すまない」


 毛布を受け取ると、そのままレヴィスは横になる。


 アレンはぐるっと肩を回すと、再び書類と向き合うことにしたのだった。



+*+



 礼装(ドレス)に、宝飾品(アクセサリー)化粧品(コスメティック)


 普段あまり使わないものに対しあれはこれはと言われ、アンネリースはだいぶ疲労がたまっていた。


 結果として、


「ごほっ」


 アンネリースは見事に風邪を引いてた。


「風邪なんて何年ぶり」


 重い頭を(フェデリオの腹)に預け、アンネリースは天蓋を睨む。


 超が付く健康体であるアンネリースはそこまで病気で寝込むと言う事はなく、最後に病気で寝込んだのは水生系の魔物を手懐けようとして真冬の海に落ちたという自業自得なものだ。


「アンネリース様、レモン水とお食事をお持ちしました」


 マルガレータはカートをベッドに横付けすると氷の浮いたレモン水をアンネリースに手渡した。


 アンネリースは体を起こしながらそれを受け取ると一口、二口と口を付ける。


「食欲はおありでしょうか?」


 長いトングでフェデリオに餌をやりながらマルガレータはアンネリースに問う。


「正直あまり」


「サンドイッチを料理人に作らせましたのでレモン水の水差しと共にこちらにおいておきます」


 ことりことりとナイトテーブルの上に水差しと、硝子のドームカバーがかぶせられた皿が置かれた。


「それでは、これで失礼いたします」


 一礼するとマルガレータはカートを押しながら部屋から出ていく。


 アンネリースはコップをナイトテーブルの上においてから、フェデリオの頭をなでる。


「わふぅ」


 そんなことより飯を食えと言わんばかりにフェデリオは肉球でたしたしとベッドを叩く。


「食べます、食べますから」


 ならよろしい、そんな風情でフェデリオはベッドから降り、ソファの上で丸くなる。


 そんなフェデリオに少しだけ腹を立てながら、アンネリースはサンドイッチに手を付けた。


「はぁ」


 好いている人もいなければ、特に気になる人物もいない、しいて言うなら待っていろ新しいもふもふと言うのが今のアンネリースの心情だ。


 どちらかと言うと婚礼に対しては乗り気であり、一気に体力と気力を持ってかれたのは華々しい社交界に必須な小道具(アイテム)の裁定のせいである。


 アンネリースは元からそこまで社交界に顔を出しておらず、軍に顔を出しては辺境を駆け回り、面倒な社交の話が出れば逃げるというのを繰り返していたため、どうしても出席する必要のある式典以外はほぼ出席しないが王家の務めは果たしているという妙な状態が続いていた。


 その結果、女の道具と呼ばれる類の物に対してはほとんど知識がなく結果として負担が跳ね上がり、疲労が体に蓄積されていったのだ。


「このあたりもきちんとしなければいけませんね……日頃のツケが回ってきましたし」


 面倒だからと投げっぱなしであったそのあたりに対し、小さくつぶやくとサンドイッチの最期の一かけをレモン水で流し込み、布団にくるまる。


 すやすやと寝息を立てるまではそう時間はかからなかった。

 一応勇者とかもいますが、別に魔王とは関係ないです。

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