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街でうわさの転移の母娘  作者: 荒草むつ
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6.「悪いけどもう一回死にそうな目にあってくれる?」

 カーテンの隙間から差し込む朝日に突かれ、恵津子は目を覚ました。今何時じゃほい、と枕元を探るが時計はない。

(寝ている間に足のほうにやっちゃったかなー……)

もぞもぞ腿まわりを探ったり足で探ってみたりするがやっぱり見つからない。

「んんんんん」

今日は月曜で2限が……と根性で身を起こしたところで、違う世界に来たことを思い出した。まだ開ききらない目で見回したものの、美恵子も富佐子も部屋にいない。

 階下からうぉん、と短い鳴き声が聞こえた。

「あー……あの子かー……」

姉は朝が早いが、母はまあそうでもない。おそらく昨夜捕らえた獣が気になって起き出したのだろう。

「……寝よ」

あの母と姉がいれば悪いようには転ぶまい。恵津子は異世界の最初の朝を二度寝で費やすことにして、再び寝具にくるまった。


 はたして恵津子のその予感は正しく、黒狼の檻を設置してある一階では黒狼を飼う方向で話がまとまりつつあった。

「しかしなあ!黒狼というのがな!!」

唯一渋っているのが肝心の工房長のドドーだが、

「でもすごいですよ、その黒狼がこれだけなついてるんですから!」

「見栄えもいいじゃないか。ついでにあのダサい工房印も黒狼のものに替えないか」

完全に身内は黒狼の存在を認めてしまっていた。カイの場合はどちらかというと美代子を認めている、といった方が正しいのかもしれない。昨日の夜食もそうだったが、今日の朝食の準備もてきぱきと片付けながらこなしたためにすっかり師匠と崇める勢いである。

 もう一人は昨日の騒ぎに立ち会っていなかった工員、エルフのシーラである。朝工房にやってくると大きい檻が、しかも中にいるのが黒狼ということで驚きはしたが、その威容に完全に惚れ込んでしまった。

「ダサいとかいうな!わたしの顔だぞ!!」

「ドワーフのおっさんマークの装備とシックな狼のマークの装備ならどちらを買う?」

「ピンクのおっさんマーク、可愛いじゃないか!」

「おっさんに可愛さを求めるんじゃないよ」

シーラとドドーとやりあっている間、美代子はずっと黒狼を撫で回して遊んでいる。黒狼も仕方ないやつだというフリを装いつつ満更でもない表情だ。

「やっぱり黒狼っていうのがまずいんですか?」

どうも納得がいかない富佐子が尋ねると、

「野良狼の被害にはこの街のみんなが多かれ少なかれあっている!しかも黒色とくれば力も強い!こいつをうちに置くことで店の心証は悪くなるだろうよ!」

おお、と天を仰ぐような大げさな身振りをするドドー。

「しかしコイツがそんな荒ぶるタマかねぇ。もうすっかりミエコに骨抜きじゃないか」

「もうしっかりしつけたので大丈夫だと思いますけどね」

ねー?と美恵子が黒狼の顔をむにーと伸ばす。確かにいやいやながらもされるがままになっているので美恵子に対しては大丈夫だろう。ちら、と目が合ってもこいつをどうにかしてくれ、という顔をするばかりで他のヒトに危害を加える気配もない。

 要はドドーを説得すれば丸く収まるのだ、と富佐子は腹を決めた。

「お前」

黒狼の前にしゃがんで話かける。

「悪いけどもう一回死にそうな目にあってくれる?」

黒狼が固まった。


 渋るドドーの了承をなんとか得て、富佐子は黒狼と美恵子を伴い役所に向かった。黒い狼の心証が悪いというのはあながち嘘ではないらしく、鎖をつけて歩かせているにも関わらず行き交う人々はみな嫌悪感を隠そうとしない。

(平和そうな街なだけ、大きな被害って言うと獣のものになるのかなー……)

 昨日来た道を逆に辿って役所に着くと、詰め所から昨日迎えに来た衛兵が飛んで出てきた。

「転移者さんよ、こいつはどうしたんだい!?」

「拾ってしつけたので飼おうと思うのですが、家獣手続きが必要と聞きまして。どちらに行けば手続きできますか?」

「この黒狼をか!?やめておけ、食われるぞ」

さすが衛兵、これまでの被害者の話を微に入り細に入り教えてくれるが、富佐子は手で制した。

「ご心配はもっともですが、うちの母が完璧に制圧しておりますので。大丈夫です」

「冗談言うなよ。ご母堂って、こちらの女性だろ?」

「至って本気です。この不本意そうな顔を見てくださいよ。笑っちゃいません?」

富佐子がくいっと黒狼の顔を衛兵に向ける。

(確かにふてくされたような顔をしているが……)

衛兵はどうにも信じられず本当に大丈夫か3度ぐらい尋ねた挙句、結局心配で担当の部署までついていくことにした。


 家獣手続き担当者も衛兵とほぼおなじ反応をしてきた。

「狼自体の登録数も少ないですが、更に黒狼ともなると領内や国内どころか周辺諸国でも聞いたことがありません。登録されれば絶対に話題になります。それだけ捕らえるのも、しつけるのも難しいのです」

しかし今朝の富佐子は乗っていた。

「それはおかしな話ですね?まず捕らえるのが難しいと聞いていましたが、しつけた事例が他にも?」

にっこりと微笑みながらなおも畳み掛ける。

「狼という種自体は頭もよく、一度群れの一員だと認識させるとしっかりその役割を果たすと聞いています。黒狼が特別な理由があればお教えいただけますか?」

うっ、と言葉につまった担当者にダメ押しを仕掛けた。

「今日はしつけた母も来ておりますので、もしご心配であればその様子をご覧いただけないでしょうか?きっとご安心頂けると思いますよ」

 嫌味に追い詰めたかと思えば実演してくれるというこの娘の言葉に担当者は乗っかり、役所の裏手の広場に移動して昨夜の再現をすることになった。

「首尾よく母さんの後ろをとることができればそのまま逃してあげるよ。がんばんな」

富佐子は鎖を外しながら黒狼に声をかける。

「……くぅん」

そんな無茶な、と言わんばかりの情けない鳴き声だった。


 結果は昨夜と同じく完全に美代子優位で進んだ。黒狼も萎える気力を震わせて立ち向かったものの、昨夜以上の本気で獲物を振り回す美代子にはかなわない。飛びかかればかわされ、噛み付けば横っ面を殴られかける。フェイントをかけても先回り。黒狼は防戦一方だった。

「……お母様は向こうでテイマーをされていたのですか?徹底的な屈服のさせ方をよくご存知のようですが」

目は一匹と一人を追ったまま、担当者が問うてくる。

「いいえ、ただの主婦ーーご飯を作ったり掃除をしたりして家を守るひとです」

「……にわかには信じがたい……」

(でも昔ハチがやらかしたときはあの勢いだったなー……そういえば……)

元の世界で昔飼っていた犬ががぶりと噛み付いたときも同じように徹底的に追い詰めていたことを富佐子は思い出した。富佐子もさんざん追い回されたりした悪たれ犬だったが、それ以降ぴたりと母へのいたずらを行わなくなったことを覚えている。

 今もまた、振り下ろされる棒をかわした黒狼が猛ダッシュでやってきたかと思うと富佐子の後ろに隠れる。足をくすぐる毛先が呼吸以上にのペースで揺れているあたり、どうやら震えているらしかった。

「こんな様子なのですが、これでも家獣登録は無理でしょうか?」

担当者に問いかけながらしゃがみこむと、黒狼が身を寄せて『助けてくれ』という必死の目線を送ってくる。安心させるように抱きかかえてなでてやると、少し落ち着いたようだった。

「……いいでしょう。お母様ひとりになついているわけでもないようですし、登録しましょう」

(よっしゃ嬉しい誤算!ナイス黒狼!!)

富佐子の心中など黒狼が知る由もない。しかしとりあえず富佐子のことを安全地帯と認識したようで、この日以降のんびり過ごすときは富佐子の側で丸まる姿がよく見られるようになった。


「というわけで黒狼のアーサです」

 ドドー工房の皆がお昼ごはんを食べ終わった頃にようやく二度寝を終えた恵津子に富佐子が紹介する。ドドーの了承を得て、居住スペースにも連れてこられるようになっていた。

「おかーさんポチって言ってなかったっけ?」

「アーサが嫌なんだって」

 当初美代子の独断と偏見で名付けられかけたが、助けを求める視線が再び富佐子に送られたことで変更と相成った。

「どうしようか悩んだんだけど、アサシンばりの足音のなさと敏捷さから頭二文字とって伸ばしてみた」

恵津子はサシ、シン、サン?生きろ、そなたは美しい……?とぷつぷつ呟いた後、

「ま、やっぱりおかーさんと姉がいれば大丈夫だねっ」

とひとり深く頷いた。

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