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街でうわさの転移の母娘  作者: 荒草むつ
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5.「どうせなら エンジョイしよう この生活」

 美代子に骨抜きにされた黒狼の処遇は明日考えることになった。すっかりおとなしくなり、ドドーが持ってきた簡易的な檻にも抗うことなく入っていく。美代子がおやすみ、と一声かけるとくるんと丸まり、ちらりと薄目でこちらをみたがすぐにふてくされたように目を閉じた。我々も休みましょうか!のドドーの掛け声で、今宵はお開きとなった。


「皆さんのお部屋はこちらです」

なんとか立ち直ったカイが三人を居住スペースに案内する。階段を2階分上がり、左に折れた大部屋にベッドが4台用意されていた。

「昔は住み込みの職人さんもいらしたのですが、もうみなさん家をお持ちになったので。埋まるあてもないのでどうぞ好きなように使ってくださいね」

風呂とトイレも部屋についているというから富佐子が少し驚いたような顔をしたが、しかしベッドの誘惑には耐えられなかったようで扉側の一つに飛び込んだ。

「ぼくも今日はこれで失礼します。明日また、お目覚めになったら声をかけてください」

おやすみなさい、とカイがぱたんと扉を閉じて去っていった。


「……5年働いたら転職と思ってたけど、2年も経たずに転職どころか地球外というか別世界?に来るとは思わなかったー……」

ベッドの上で寝返りを打った富佐子がぼやくと、

「あたしもー」

はーいはーいと恵津子が挙手しながら続く。

「まあ、とりあえず、みんな悪い人じゃなさそうだしよかったんじゃない?」

(お母さん、こういうところがさっぱりしてるんだよなー……)

 何か起こらないように釘を刺したり準備するが、いざことが起こったときは仕方がないとさらりと割り切ってしまう。そんな不思議な身軽さを美代子は持ち合わせていた。思い返すと、子供の頃に家の鍵をなくしてしまったからとアパートの屋根までよじ登ってベランダから家に入るという荒業を繰り出したことがあった。あれは一体どこからどうやって登っていったのか未だに分からないが、しばらく近所の人の語り草になった記憶がある。まさかうちに泥棒に、と警戒するもの、奥さんそんなお転婆なことしちゃあみっともないよ、と笑うもの、それぞれいたが美代子はどこ吹く風といった体で家事をし子どもの面倒をみていた。流石に今はそこまでの体力や大胆さはないにしろ、「こうなったからには仕方ない」のレベルはその分上がっているように思えた。

 自分も似たところはあるけれど、よし行こうと言えるときと口が裂けても言いたくないときがある。気分のムラがすごいのだ。まだ、恵津子のほうが我を抑えてうまく流す術を心得ているように思う。このムラというか波というかのおかげで恋愛なんかもうまく行かない、と思い出してやめた。もう戻れないらしい、向こう側の人間のことを考えても仕方がなかった。


 眉間にしわを寄せたまま寝息を立て始めた姉をよそに、恵津子は鞄の中の持ち物を一通り探ってみた。携帯、ハンドタオル、手帳、財布に小さいクロッキー容姿と筆箱。財布の中身はジンヴォにあげてしまってもいいかもしれない。携帯は電源はきちんと電源が入る。まだ電池残量はそこそこあったが、もちろん、電波は入らない。友人たちとのメールや約束が今はすごく遠い昔のように思える。

 女三人、今日は予定がぽっかりなかったのでちょっとウインドウショッピングでも、と街まで出ようとしただけだった。その途中で馴染みの小さな本屋が閉店することを知り、思わず立ち寄って最後の売上貢献をどれにするか吟味していたことも覚えている。それから地震が起こったわけでも何か光ったわけでもなく、突然明るいところに周りの風景が切り替わったと思ったらこちらの世界だった。店主も近くのカウンターにいたはずだがこちらで見かけなかったところをみると、こちらには来ていないらしい。たまたま近くにいたから三人一緒の転移だったが、もしバラバラだったらどうなっていたんだろう?

(……おかあさんと姉が一緒ならなんとかなるなる)

「どうせなら エンジョイしよう この生活」

自分に言い聞かせるようにうんうん、と頷き謎の七五調にまとめて姉と同じようにベッドの上に寝そべった。


 娘達の苦悩をよそに、美代子は部屋についている浴室を見に行っていた。水は汲み上げて置いておくとしても、まさか水風呂なのか気になっていたのである。十分身体を伸ばせる浴槽に、洗い場がついていた。流石に蛇口などはないが、浴槽にある木のレバーをひねると水が出てくる。もう一つ特筆すべきは、浴槽の上に浴槽より一回り小さいかごが釣られていた。かごの横の滑車があるので操作すると、すっかりかごが浴槽の中に入った。かごのなかには小石がつまっているのでおそらくこの石で湯を沸かすのだろう、と見当をつけるが全く石が温かくならない。レバーと同じような仕組みがないか少し辺りを見回すと、赤い岩が浴槽の外に出されていた。触ると少しあたたかい。

「これだけであったまる?」

ひょっとして、と赤い岩を浴槽の中に入れる。すると中の小石が少しずつ温かくなり、水の温度も上がっていくことがわかった。よくわからないが、うまくできている。


 適温になったところで赤い岩を引き上げた美代子は部屋に戻る。

「お風呂入れるけどどうする?」

声をかけたものの、娘はふたりともベッドの上で熟睡していた。

「あらまあ、おつかれですね」

一人は難しい顔をして、もう一人は荷物を出しっぱなしにして起きる気配もない。まあ家にいるときもこんなだったか、と娘達にどうにか布団をかけてやった美代子はベッドの上に用意されている夜着を手に取ると再度浴室に向かった。

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