1.「あっ、転移の人だ」
「……転移の人?」
「転移の人だ……!」
「本当に転移ってあるのね」
「お姉さんがた、ちょっと待ってな!お役人が来るから!」
ざわめきの中に立ち尽くす、おうとつの少ない顔の女三人は固まっていた。見たことのない町並み。色とりどりの肌色、髪色、体格に普段の町並みでは見られない衣服の数々。土埃のたつ街路に背の低い建物と簡易屋台、電線のない広い空。目を瞬いても、しばらく目を閉じてからカッと見開いてみても風景に変わりはない。街ゆく人々の視線を三人は独占していたので、少し辺りの様子を伺うとことごとく町の人々と目が合う。大なり小なり、その顔に浮かんでいるのは好奇心だった。
三人のうちひとりーー少し長さの足りない髪を乱雑に束ねた女が声を上げた。
「……おおおお役人がいらっしゃるまで、そちらに寄せていただいてもいいですかっ?」
先ほどちょっと待ってな、と言っていたワニ頭の屋台の親父に向けての言葉だったが、少し震えている。親父はおうよ、と手招きした。
「母さん、エッツ、行こ。ここ道のど真ん中だからじゃまになるし」
「……あんた順応性あるわねぇ」
「姉、底が知れない…」
母・大森美代子、長女・大森富佐子、次女・大森恵津子の異世界生活のはじまりはこんな様子だった。
*****
屋台の親父はなかなか気の利いた男だったようで、三人を日向の街路からは見えにくい日陰の奥の方に通してくれた。そこに座ってな、と一声だけかけて親父は鍋を振る仕事に戻る。勧められた木箱に腰掛けると外からは見えない位置になる。数十人の視線にさらされた三人にはありがたい配慮だった。
「……いい人だね」
「ん」
「あれかしら、リザードマンてやつ?」
「かな」
なんとなく声を潜めて話をしていたら、親父が木べらと鍋を手にキメッキメのポーズで振り向いて来たので思わず吹き出してしまった。大きな口でにたっと笑った親父はまた前を向き、今度は肉の串の加減を見ている。
「……いやー、いい人だね」
とくすくす笑いながら恵津子が再度親父をいい人認定する。美代子もどこか詰まっていた息が開放されたのか、笑いながら伸びをした。
先ほどの周囲の反応で違う世界に来てしまったことと、どうやら時折そういう者が現れる世界だということは皆把握していた。理解まではしていない。それはこれからくるというお役人が教えてくれるのだろう。ただ、自分たちのような者を即時で処分したり、声高に糾弾したり質問攻めにするような世界ではなさそうだ。
そんな安心感をいだきながら相談し、ひとまず一番適応力のありそうな富佐子が対外的に取りまとめを行うことに決めた。
ほどなくして迎えが現れた。立派な西洋的鎧兜に槍を持った男女のペアが、手にした羊皮紙を広げて読み上げる。曰く、詳しい事情を説明するから役所までついて来て欲しいこと、決して危害を加えないと約束すること、ついてこなくてもいいが通貨価値・文化に差異があるのでそれは承知しておいてほしいこと、おそらく元いた世界より犯罪に対して厳しいこと、もし今ついてこなくても後から役所まで来てもらえれば対応すること、などなど。
「……ご説明ありがとうございました。これから伺わせていただきます」
腹を決め、そう答えた富佐子の顔はややかたいいものの笑顔が浮かんでいた。