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4日目 過去の哀しみ

 此処はどこだろう。

 俺は女の人と河川敷で手を繋いで歩いている。夕日が差していて、カラスが鳴いている。

 彼女はは食材が詰まった袋を手に、俺は身体中泥だらけ。彼女は俺を見ては笑い、その笑顔は夕日よりも眩しいものだった。

 そういえば、この頃は河川敷の近くの公園でサッカーをするのが楽しみだったな。


「こーちゃん。今日は大好きなカレーよ」


 俺の大好物。子供の頃は、それだけではしゃいで喜んでたっけ。それを見て、いつも目を細めて微笑む表情が好きだった。

 その表情は俺の母である、桐谷 光恵みつえものだった。

 その時点で夢だと悟る。何故なら、母はもうこの世にはいないのだから。

 俺はどうやら、また子供の頃の夢を見ている様だ。これは瑞夢と言うべきか、悪夢と言うのか。

 とにかくあまり思い出したくないので、早く夢から覚めて欲しいと願う。何故なら、この幸せはもう二度と訪れる事のないものだと分かっているから。


 夢はまだ続く。これで終われば幸せなんだけど。

 俺の家はあまり裕福ではなくて、父が他界しているから母が女手一つで俺を育ててくれた。

 だというのに、子供の頃の馬鹿な俺は母にこう言ってしまう。


「お母さんの子に生まれなきゃ良かった!」


 仕事ばかりで遊んでくれなかったのが寂しかったんだと思う。俺の為に汗水流して一生懸命に働いてくれていたというのに、無知な当時の俺は恩を仇で返す。

 そして、家出する覚悟で家を飛び出す。


「危ない!」


 その声が聞こえた次の瞬間、母は俺を突き飛ばしていた。

 またこの夢だ。もうこの先で起こる事は分かっている。

 突然に曲がり角から飛び出して来たトラック。鈍い音が鳴り響く。

 母が血を流し、倒れている。俺は震えて立ち上がれない。

 俺が轢かれていれば、母は助かっていたのに。俺さえ死んでいれば、母は死なずに済んだというのに。

 そして、母は俺にこう言うのだ。


「お前のせいだ……お前が殺した!」


 違う! 俺は……!


「私は死にたくなかった……」


 やめてくれ、許して。


「全てお前が悪い! お前が……」


 そうだ。

 俺が、殺したんだ。



 ーーーーーーー

 ーーーーー

 ーーー



「うわぁあ!!」


 汗で服がびっしょりと濡れている。

 これ現象は何度も経験済みなので、俺は案外冷静を保つ事が出来ている。


「何度も呼びました」


「あ、あぁ……すまん」


 俺はお風呂に入って目を覚ます事にした。

 朝からシャワーを浴びて気持ち良い筈なのに、全然スッキリしない。心の汚れはなかなか流れ落ちない。


 よし、今日も切り替えていこう。

 ミライを心配させる訳にはいかない。まあ心配する心があるのかはわからないが。

 俺は人に弱い所を見せるのが嫌なのだ。


「無限ループどうなった?」


「それは……」


 ピンポーン。ベルの音が鳴る。

 俺は嫌な予感がした。それは的中している自信がある。

 玄関を開けると案の定、管理人がムスッとした顔で立っていた。


「弘祐! 今月分の家賃、今日こそはキッチリと払って貰うからね!」


 この時点で、まだ無限ループからは解放されていないと分かる。

 台詞がちょっと変わっているが、発生する出来事は何も変わってはいない。


「はい。さよなら」


「そうは問屋が卸さないよ!」


 管理人がズカズカと部屋に入って来る。油断していた俺は簡単に侵入を許してしまった。

 おいおい、これはまずいぞ。今、俺の部屋にいるのは……。


「弘祐……あんた……」


 俺は頭を抱える。恐れていた事が目の前で完璧に再現されているからだ。

 部屋に幼げな女の子。一つ屋根の下。それを目撃。

 イコール、お終いだ。


「そういう趣味があったとはねぇ……」


「違う! 誤解だ! 俺は決してロリコンではない!!」


「じゃあ何だって言うんだい?」


 その言葉に何の言い返しも出来ず、俺は黙り込んでしまう。

 すると、ミライが四次元キューブから記憶スプレーを取り出し、管理人に吹き掛けた。


「あら、妹の未来ちゃん。こんにちわ」


「こんにちわ。管理人さん」


 本当にこれは便利過ぎるぞ、このアイテム。乱用するのも頷ける。

 ミライにナイスと思いつつも、怒らせるとヤバイと思った。

 この子、恐るべし。

 管理人はそのまま帰って行き、何とか危機を回避した。俺は安心して、ホッと胸を撫でる。


「いやぁミライ、助かったよ~」


「仕方がありません。最後の手段ですね……」


 ミライは少し考える素振りを見せ、俺は決断の時を待つ。

 最後の手段とは何か、ミライの事だから凄い事に決まっている。


「過去に行きましょう」


「……ん?」


 突然過ぎて理解が追い付かない。何で今の話から過去に行くって話に飛躍したんだ?

 というよりもーーー


「過去に行けんのか!?」


「行けます」


 マジか。遂に来たかタイムマシン。

 時空を遡るやつ。理屈は良く分かっていないが、とにかく凄いやつ。

 今までのアイテムもノーベル賞クラスで凄かったけど、今回に限っては違う。

 男の夢とロマンの結晶。誰もが夢見た理想の道具なのだ。

 それが今、使えるというのか。


「行く行く! 江戸時代とか縄文時代とか行きたい!」


 ちょっとクールな俺らしくもないが、無邪気にはしゃいでしまう。子供の頃に戻った気分だ。

 よく考えるとミライも未来から過去に来たのだから、俺が生きている今から過去へ行けるのは当然か。


「行くのは10年前」


 10年前に何かあったか。特に歴史的に何かが起こった訳でも無く、行く意味も見当たらない。

 しかし、次の言葉で理解した。


「桐谷さんが小学生の頃です」


 10年前、それは俺が小学生になったばかりの頃。そして、母が死んだ頃だ。

 ミライはそれを知っていて、あえてその時を選んでいる。唯の嫌がらせでは無いと思う。


「何故だ?」


「行けば分かります」


 また四次元キューブを手にし、中から取り出したのは謎のステッキ。おもちゃ売り場に置いていても違和感は無いだろう。

 ミライはまるで何処かの魔法少女の如く、ステッキを振りかざしてスイッチを押す。

 通称『タイムステッキ』と勝手に名付けよう。

 すると、俺とミライが立っている空間を囲む様にして、半透明な緑色のフィールドが展開した。

 俺は驚きのあまり目を閉じる。


「着きました」


 目を開けると、そこに広がっていたのは懐かしい光景だった。

 古き良き街並み、電信柱が並んでいて、やたらと柴犬が散歩している。駄菓子屋や向こうに見える河川敷、昔よく遊んだ公園にも見覚えがある。

 見える全てが俺を童心にさせてくれる。


「懐かしいなぁ……」


 じわじわと目頭が熱くなる。涙を零さない様に上を向く。

 この頃は、毎日が本当に楽しくて幸せで、いつまでもこんな日々が続くと純粋な俺は本気で思っていた。

 今となっては、思っていたのと真逆の日々を送っているがな。


「では、私は行く所があるので、これで」


「へ? 行っちゃうのかよ!?」


「通信機を渡しておくので、用が済んだら連絡して下さい」


 そう言ってミライは俺に、青色のブレスレットを渡した。そのブレスレットには液晶画面が付いていて、それをタップすると色々と項目が表示される。

 通話、映像、位置情報などなど。他によく分からない気になるものもあるが、携帯とさほど変わらない様だ。


「俺は何をすれば……?」


「何って……もうする事は決まってるのでは?」


 理由を頑なに教えてくれない。聞いて分かったところで意味の無い事だからか?

 俺が過去に戻ってしたい事。

 頭によぎったのは、母が死なずに済む世界にする事。俺が母を助けてこれからも幸せな家庭を築く事だ。


 ミライは俺に注意事項を伝えた。

 一つ目は、過去に居座ると時空が歪む恐れがある為、長くはいられない。

 二つ目は、一度来た時代には、二度と行く事は不可能。

 三つ目は、自分の正体、未来の技術を知られてはならない。


 それを伝え終えると、ミライは何処かへ行ってしまった。

 あいつはもしかして、俺の為にここまでしてくれたのか。あの感情の無いあいつが?

 だとしないとしても、感謝しないとな。


 もし過去に戻れたら。

 そんなあり得ない事をずっと願い続けていた。それが今、実現したのだ。

 母を生き返させる事も、救う事も出来ない。それでも俺は伝えなくてはならない。

 これが無限ループと何の関係があるのか分からない。だが、これからやる事は決まっている。

 今からやり残しをやりに行こう。


「とは言っても……何処にいるんだ?」


 まだ朝で、俺は学校に行っている時間。母がこの時間帯に何をしているのか知らない。

 それにそこまで鮮明に覚えていなくて、記憶の片隅を必死に探るも、母の行きそうな場所さえ思いつかない。


「俺は母さんの事を……何も知らない……!」


 俺は最低だ。自分の母の事を何一つ分かっていないのだから。

 唐突に思った。母は俺なんかを産んで、一緒に暮らして楽しかったのだろうかと。楽しかったのは俺だけで、本当は嫌だったのではないかと。

 それでも会いたい。俺は母を愛していたと知って貰いたいのだ。


 俺は河川敷にある草原の坂で寝転んだ。

 深く深呼吸をすると、何だか空気が美味しく感じる。空は果てしなく広がっていて、東京では見る事の出来ない景色だった。

 此処から見える近くの公園には、子供達がサッカーをしている。あの中に俺もいるのだろう。

 泥だらけになりながら、笑顔を絶やさずボールを追いかけ続けている。今の俺には出来ない事だ。

「昔の俺よ、大人になったらしっかりと働くのだぞ!」

 と予告したいが、歴史を変える事になりかねないので止めておこう。


「はぁ……会いたいなぁ……」


 深いため息を吐き出して、空に母を思う。

 気付けば夕日が登っている。あちらこちらで親子が帰って行くのが見えた。

 もし俺の戻りたい日ならば、そろそろ来るはずなんだ。

 半分諦めかけていたその時、聞き覚えのある声がした。


「あの、大丈夫ですか?」


 心配そうに俺を見る女性は、間違いなく母であった。

 夢にまで見た母を目の前に、目頭が熱くなる。


「か、かあさ……!」


 俺は慌てて口を手で閉じた。

 母に自分の存在をバレてしまったら駄目だ。

 まあ俺が未来から来た息子だよ、何て言っても信じて貰えるはずがないが一応な。


「どうしました?」


「いえいえ! 大丈夫ですよ、はい!」


 何で慌てているんだ俺は。

 平常心を保つ為、落ち着けと心の中で呟く。しかし、この状況下で冷静になれる程、俺の肝は座ってはいない。

 すると、母は俺の慌てっぷりを見てクスクスと笑った。俺もつられて笑う。


「すみません……ちょっと可笑しくって」


 母のその笑顔は、俺を懐かしい気持ちにさせる。

 その表情が大好きだった。


「弘祐君のお母さんですよね?」


「ええ、何で知ってるんですか?」


「えーっと……私、弘祐君の新しく担任になった者です」


「そうでしたか! いつもお世話になっております……」


 我ながらアドリブにしては上手いと褒め称える。

 母は純粋な人で、直ぐに俺を教師だと信じてくれた。


「弘祐君、お母さんの事が大好きで、年頃ですから酷い事言ってしまうかもしれませんが、感謝していると思います」


「……そうですか」


 母はとても嬉しそうで、それを見て俺は泣きそうになった。

 涙が溢れる前に反対を向いた。母には見せない様に。


「では、私はこれで……」


 この後に、母は俺のせいで死ぬのだ。

 本当は止めたい。だけど、母が死んだという事実を変える事は出来ない。


 俺は通信機に表示されてある『通信』を押してミライを呼び出した。

 俺は元の来た場所に戻る。ミライは既に待ってくれていた。


「何処に行ってたんだ?」


「内緒です」


 俺はそれ以上、聞きはしなかった。

 どうせ未来には無いものだ、と言ってそこら辺をぶらついていたのだろう、そう思って。


 ミライは俺の生きる現在に戻る為、タイムステッキをかざした。身体に違和感が生じ、俺は目を瞑る。


「弘祐!」


 その声が聞こえて、目を開けるとそこには母がいた。


「大好きよ」


「母さん……!!」


 手を伸ばそうとしたが遅く、自分の家に帰って来てしまった。

 さっきまでいたというのが嘘の様で、夢の世界みたいだった。

 涙が止めどなく溢れて来て、止める事は不可能の様だ。


「俺も……大好きだよ……!」


 それから、あの夢は見なくなった。



『残り4日』

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