表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

3日目 退屈からの脱出

 ニート観察日記。

 そんなものを頭の中で書いているんじゃないか。

 今日からミライとの共同生活を始めるわけだが、何も変わる様子はない。

 無限ループから抜け出すなんて、初めは簡単だと思ったよ。だけど、これっぽっちも思い浮かばないのだ。こんな事がこれ程まで難しいとは思いもしなかった。

 せっかく「無限ループ脱出計画」とまで名付けて気合いを入れていたのに。


「あのさ、質問しても良いか?」


「どうぞ」


 素っ気ない返事はさておいて、俺の溜まった疑問を解消する事にした。


「俺は無限ループにいるんだよな? お前は何でその影響を受けないんだ?」


 管理人が毎日同じ時間に来るのは、俺の無限ループの所為。つまり、周りの人間に影響を及ぼしているという事になる。


「私は桐谷さんとは、違う時間を生きていますので影響は受けません」


「あ、そーなの?」


「それに桐谷さんの生きる世界と、他の人間の生きる世界とは違います。桐谷さんが見えている世界では同じ事をしている方々は、違う世界では普通に生きていますので」


 うん。よく分からない。頭から煙が出そうだ。

 俺から聞いといて悪いのだが、こういった手の話にはめっぽう弱くて苦手なのだ。小難しい話を聞いていると眠たくなってくる。


「質問を変える。どうやったら無限ループから抜け出せるんだ?」


「そうですね。貴方が何時もしない事をすれば解放されると考えられます」


 俺が何時もしない事。


「万策尽きた……」


「あの……」


 何か言いたげなミライの声を打ち消す様に、わざと声を重ねる。


「くそっ! 万事休すか……!」


「桐谷さん?」


「いや~困ったなぁ! どうしよう!」


 実は一つだけ思い付いている事がある。しかし、それは却下が前提の案。

 俺は恐れているのだ。ある言葉を。

 あの言葉がミライから放たれた時、俺は地獄を見る事となる。それだけは避けたい。避けなければならない。

 しかし、ミライは気づいている。恐れているものを把握している。


「外に出ましょう」


「や、やめろ! それだけはやめてくれ!」


 とうとうこの時が来てしまった。分かっていた事なのに、その提案は俺を震え上がらせる。

 俺がいつもしない事。

 それはーーー


「外出するだけですよ?」


 引き篭もりが一番恐れているもの、それは外の世界。部屋が自分の世界と化している俺は、あんな未知の世界に飛び出すなんて不可能に等しい。

 赤の他人が蔓延る環境下によく皆、何の変哲もなく生きていけるなとつくづく思うよ。


「何故ですか?」


 ミライは理解不能、謎めいた顔をしている。

 お前には分からないだろうよ。


「未来では、外は危険だと教わなかったのか!?」


「成る程……」


 呆れ返っている様子のミライは、俺の側に近付いて来る。

 そして俺の額に人差し指を押し付けてこう言った。


「つまり、外が怖いのですね?」


 ギクッ。

 この擬音をこんなにも上手く使える人間が果たしているだろうか。という程の反応を表情に出してしまった。

 ミライは図星と分かったのか、ジト目で見つめてくる。


「そ、そんな訳無いだろ!?」


「じゃあ行きますか」


 ここで引いたら男が廃る。俺は今から魅せるぜ。

 覚悟を言葉に込めて言い放つ。


「あ……足が! 足が痛い……! 今日は無理だなこりゃ……」


 突然に始まった茶番劇。この苦し紛れの嘘で、どうにか今日だけはやり過ごしたい。


「じゃあこれを使いましょう」


 物質凝縮型四次元キューブ。長くて面倒だから四次元キューブと言おう。

 中から取り出したのは、銀色の輪っか。フラフープに似ている。

 また何か近未来アイテムが出て来て、どんな物なのかとワクワクする。


「桐谷さん。足を此方に向けて下さい」


「こ、こうか?」


 俺は言われた通りに足をミライに向けた。何が起こるか分からない緊張が足の指先まで集中させる。


 すると、ミライはその輪っかを俺のつま先から太ももまで往復する様に通した。そしたら輪っかを地面に置き、機械音が鳴り出す。数秒待つと輪っかから映像が浮かび上がった。

 そこに浮かび上がっているのは俺の足だった。筋肉繊維や神経、骨の形や血管まで細かく見て分かる。少しグロいものがあったが、純粋に凄いと圧巻した。

 そして、所々の部位に数値が記載されている。多分、体格指数や血流の良さの数値だろう。


「怪我一つもありませんね」


「あれ……? い、今治ったわ!」


「血流が悪いです。ビタミンが足りてませんね」


「はい。ごめんなさい」


 これはもう言い逃れ出来ない。行くしかないのか。

 俺は久し振りに服を着替える。ボサボサの髪を整えて髭を剃り、顔を洗って歯を磨く。


 ミライはそのスーツ姿で外に出たら、ハロウィンか何かと勘違いされる恐れが非常に高いので、俺の小さくなったTシャツと半ズボンを着させた。

 俺のダサい服が未来のスタイルの良さによって、流行りのファッションっぽくなる。笑ってやろうと思ったが、意外と似合っているもんだから困った。


 準備は整った。いざ、戦場へ。


「眩しッ! 暑ッ!」


 激しい炎天下の中、俺は戦っていた。


「文句ばかり言わないで下さい」


「あ、そうだ! あの瞬間移動するやつ使おう!」


「空間転送装置は数回使うと定められた一定時間、クールダウンが必要となります」


「都合良くいかないか……」


 あれを使えば楽に行き来する事が出来て、俺の為にある様な道具だ。その時代に生まれていたら、俺はアウトドア派となっていたかもしれない。


「そろそろ目的地を教えてくれよ~」


「貴方に伝えたところで、何の意味があるのですか?」


 冷酷というよりは無感情。顔は可愛いのに可愛げのない奴だ。

 本当にこいつの感情が分からない。ちょっと冗談交じりの発言も全て冷静に対処される。

 あの時見せた少しの笑顔、あれが脳裏に焼き付いて離れない。こいつの感情をいつか引き出してやると密かに決心した。


 太陽がじりじりと燃えている。

 直に浴びてレンジに入れられる冷凍保存の食品の気持ちを知る。

 未来は平気そうに歩いている。こうやって一緒に歩いているのが、何故か懐かしい気持ちになった。


 すると突然、何かが頭の中でフラッシュバックする。

 俺は前にこうやって誰かと一緒に歩いていた?

 顔に靄がかかっていて分からない。

 誰なんだ?


「桐谷さん、どうしたました?」


「え、いや? 何でもない」


 もう少しで何か思い出しそうだったのに、直ぐに途切れてしまった。次に来た時は思い出せそうな気がする。


「さて、無限ループから抜け出すぞ~!」


 ニート観察日記がもし綴られているなら、一文目はこうだろう。

 引き篭もり、外に出る。




 歩く事数分。俺にとっては数時間。人混みと言う名の茨の道を潜り抜る。全ての人が俺の事を見ている錯覚に襲われて、変な汗が流れる。恐怖を振り切って漸く辿り着いた。


「此処は……!」


「未来には無いので興味があります」


 デカデカと聳え立つ巨大な建物。それは若者が蔓延るショッピングモール。

 最初で流石にこれは、レベルが高すぎる。レベル1の勇者が魔王に挑むくらいの無謀さだ。

 何故ってショッピングモールに集まる人間は、大抵イケてる奴らばかりだ。それに店員がチャラい。偏見ではあるが、絶対チャラい。


「ミライちゃん? 此処は止めた方が……」


「駄目……ですか?」


 ズキュン。

 胸の奥で確かに鳴り響いたその音により、俺の思考は一旦停止する。そして、男という生き物はイエスマンと化してしまうのだ。


 中に入ると涼しい風が迎えてくれる。意外と良い場所なのかもしれないという気分になった。

 しかし、それは大間違いだと気付かされる事となる。


 まず最初に向かったのは衣服店。

 あまり分からないけど、最近流行っていそうな服を揃えているって感じだ。

 俺からしたら、この店はキラキラし過ぎていて入るのを躊躇ってしまう。

 ミライは表情では分からないが、期待で輝いているのだろうという雰囲気で早々と入って行った。

 未来人でも女性は女性。こういったものが好きなんだろう。男である、その上こういったものとは無関係な俺なんかでは到底分かりはしない。


「未来ではどういうファッションが流行っているんだ?」


「あのスーツしか普及していません」


「何か……つまらないな」


「つまらない? 何故です?」


 必要最低限、娯楽や意味の無い事は一切しない。未来ではそういった論理的な風習があるみたいだ。

 ミライの何の事か分かっていない顔を見て、とても悲しい事だと思った。


「これなんかどうだ?」


 手にした青のワンピース。

 ミライが着ることによって透明感、清楚な凛々しさがより一層醸し出されるはずだ。


「お客様! お目が高~い! それ、一番人気なんですよ~!」


 話し掛けて来たのは、変なベレー帽を被ったお洒落な女性。凄い濃いメイクに露出の多い格好。ギャル風な喋り方で、俺の苦手なタイプだ。


「そ、そうなんですか?」


「彼女さん可愛いから絶対似合いますよ~!」


 ナチュナルに放たれた「彼女」といつ言葉に、俺は驚きのあまり吹きそうになる。恥ずかしくて違うとも言えなかった。

 すると、そのままミライを連れて試着室へと入って行く。流石は商売上手、こうなると買わざるを得なくなる。俺達はかもでこういったのはお手の物という訳だ。


「キャー! 可愛い~!」


 シャッターを開けると、そこには天使が立っていた。

 確かに可愛い。周りの女の子を完全に凌駕している。美しさも兼ね備えており、誰も寄り付けない存在だと思う程だ。


「に、似合ってるよ……?」


「ありがとうございます」


 俺が勇気を振り絞って言ったのに、顔がピクリとも動かず、言葉と顔が一致していない。こんなにも無感情なショッピングが他にあるだろうか。


「これも、これも似合いますよ!!」


 いつの間にか服や装飾品が山積みにされている。

 テラコッタ色のキャミソールとスカート。エアリーパンツにデニムパンツ。エアリージャケットを合わせてみたり、グラサンや伊達メガネ、ストローハットやキャスケット。

 正直、全部似合っている。完全に自分のものにしていた。


「これが……可愛い……?」


 初めて見たものに興味津々なミライ。それを身に付けた自分を鏡越しに見て驚いている。


「これはお買い上げですね!」


「あ、はい……」


 逆さに向けても何も落ちてこない財布は役を成していない。高校時代に稼いだバイト代の貯金が、底をつきかけていて真剣に焦り出す。

 パンパンになった紙袋を両手に俺とミライは帰る事にした。


「これで無限ループから解放されると良いですね」


 そうだった、忘れていた。俺は今、無限ループの中にいるのだった。じゃあ今日使ったお金も明日になれば戻っているのか、それは良い。明日も無限ループが続いていればの話だが。


「そうだな……」


 俺はそんな事に気付いた所で、元気などは出なかった。

 今日の二人でいた時間も全て、無限ループから解放される為、世界を救う為であってデートでも何でもないのだ。

 もし、無限ループから抜け出せたら、ミライは帰ってしまうのだろうか。もう一生会えなくなるのだろうか。

 別に良いじゃないか。こんな感情の分からない女なんてどうでも、どうでも良いはずなんだ。


「君、ちょっといいかな?」


「はい。え……?」


 振り向いたらそこにいたのは二人組の警察官だった。

 俺は何も悪い事していないが、何かしてしまったのではないかと緊張してしまう。


「その子、妹さん?」


「ああ、こいつは……」


 言葉に詰まった。何て説明すればいいのだろう。

 だって未来人ですと言っても信じて貰える訳がない。寧ろ喧嘩を売っている様に思われる。

 妹にしても似ていなさ過ぎる。どうすれば……。

 すると、ミライはまた四次元キューブを投げ、中身の物を取り出す。

 テレレテッテレ~と音が俺の脳内で奏でる。

 出て来たのは何の変哲も無いスプレーだった。それを警察官に向けて吹き掛ける。


「では失礼します!」


 ピシッと礼儀正しく敬礼して、警察官はその場を去った。

 まるで、先程までの記憶だけが抜けてしまった様だった。


「それは?」


「記憶状況スプレーです」


 名前はやっぱりそのままなのね。俺だったら、もうちょっと格好良い名前をつけるね。


 気付けばもう夕方。警察官にロリコンと勘違いされるのは懲り懲りなので帰路を急ぐ。

 家に着くと扉には「今月分の家賃!!」とマジックで大きく書かれた紙が貼ってある。管理人しか考えられない。

 管理人も可哀想だな。無限ループのせいで家賃を請求するだけのマシンと化してしまっているのだから。


 電気を付けて、速攻寝転ぶ。引き篭もりの俺からしたら、今日はハードスケジュール。疲労しきった身体の為に回復に努める。


「飯食って、風呂入って寝るか」


「飯とは栄養補給の事でよろしいですか?」


「そうそう。未来ではどんな食べ物があるんだ?」


「全栄養素を摂取出来る液体を摂取するだけです」


「ええー!? 俺、無理だわ……」


 現代に生まれて良かったと心底思う。大好きなカップラーメンも幕の内弁当も食べられないなんて生きていけない。

 因みにそういった食料は、買いに行くのも面倒なので買い占めている。


「まだ温泉とかあるのか?」


「人間洗浄室に入り、殺菌するだけです」


 風呂が唯一の憩いの場というのに、じゃあ何処で安らぐというのだろう。

 まるで自ら人間扱いをされていない様だ。生きるだけが目的となっている。それじゃあロボットと同じだ。

 俺は未来とは、もっと明るくて楽しいものだと思っていたが、これじゃあ夢もクソも無い。聞いて損した。


 俺は台所で湯を沸かし、大量のカップラーメンから二つ取り出す。そして湧いた湯をカップラーメンに注ぎ込み、三分タイマーをセット。


 ピピピピピッ……。


「いただきます」


 割り箸を割り、熱々のラーメンに息を吹き掛け、冷ましながら麺を啜る。やはり美味い。いつまで経っても飽きない味。

 ミライは俺の食べ方を見て、真似をする様に十分に息を吹き掛けて麺を啜る。


「どうだ? 美味しいだろ」


「分かりません……」


「なんだそりゃ!」


 俺は笑って、ミライは黙々と麺を啜っている。

 誰かと食べるのは久し振りで、俺は嬉しかった。いつもよりラーメンが何倍も美味しく感じる。

 交代で風呂に入って、部屋着に着替える。

 ミライには俺の小さくなったパジャマを貸した。この物を捨てられない性格がこんな所で輝くとは。


 何だかこうやって二人で生活する事が、昔から続けていた気がする。この日常を昔から望んでいた気がする。


「おやすみ」


「はい。おやすみなさい」


 無限ループからの解放を、何処かで望んでいない自分がいた。



『残り5日』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ