2日目 暇人ループ
今日も暑い。
蒸し返った部屋の中で、ホカホカの小籠包の気分を知る。
窓を開けたら熱風、八方塞がりである。地球温暖化が進んでいるのか、俺が暑がりなだけなのか。
エアコンのリモコンは潰れていて効かないし、天井のシミを数えるのはもう飽きた。
管理人の婆さんは今日も来て、ロボットの様に同じ台詞を吐く。昨日の様にして追い払った。
つまりどういう事かというと、今日もやる事が何も無いという事。
「あ、そう言えば」
俺は押入れを開けた。
そこには一つ、ダンボールが仕舞われている。それを取り出して、中を確認する。
入っている物は古びれた扇風機。管理人がくれた物だ。
コンセントに挿して、スイッチを付ける。すると扇風機から風が吹き、首が降り始める。
扇風機を前にすると、あの言葉を言いたくなる。
「我々は~」
「未来人です」
「いや、宇宙人だろ!」
沈黙が生まれる。俺は静寂により我に返った。
ちょっと待てよ。俺は今、誰と会話したんだ?
一人しかいないはずのこの部屋で、するはずのないその声がした方に目を向ける。
「お、お前は……!?」
「初めまして……が正しいですね」
そこにいたのは幼い少女だった。
真っ白な肌、綺麗な輪郭、華奢な身体、幻想的な白い髪は腰まで掛かっている。これを透明感と呼ぶのだろう。
その服装はピチッとしたスーツの様で、肩や太股が露出している。
何処のコスプレイヤーが着ていそうな奇抜なもので、少なくとも俺は見た事がない。
そして、何かこう……やらしいものがある。
こんなのが流行っているのか、俺が引き篭もっている間に世間の少女はこんな格好で外に出る様になったというのか。全く近頃の若者はけしからん!
よく顔を見ると凄く綺麗で、将来的には絶対に絶世の美女となると簡単に想像出来る。その童顔、子供らしい見た目なのにどこか大人っぽさを感じさせる。
全て魅力的。だが俺は一つ気になる事があった。
瞳の色が失われている。目が死んでいるのだ。
何があったのか分からないが、何かを抱えて生きている。俺と似た目をしているから直ぐに分かった。
もしかしたら、俺達は同種なのかもしれない。まだこんなにも若いのに可哀想な子だ。
そんな彼女を見ていると、何故か胸が苦しくなった。知らない感情が湧き出す。感じた事が無いはずなのに、会った事も無いはずなのに、どこか懐かしい。
いやいや、気のせいだろう。何を考えているんだ。
こんなガキンチョと、そんな訳がない。
「ったく……窓から入って来たのか?」
アパートの一階に住んでいるから、子供でも簡単に入れるだろう。容易に考えられる。
「時空転送装置を使用しました」
何か言ってるよ。未来人? 転送?
分かる、分かるぞ若者よ。
そういう設定なのだろう? 俗世間で言う厨二病なのだろう?
大いに結構、青春を謳歌するが良い。俺にもそういう時期があった。
もう一つの世界があって、危機を勇者である俺が救うとかな。
あの頃は楽しかったな。もう戻れはしない過去の思い出に浸る。
「はいはい、帰った帰った。ガキは外で遊んでな」
「ガキじゃないです。未来人です」
俺は少女の抱き上げて、玄関の窓を開け放り出した。
何だったんだ、あいつ。何か不思議な奴だったな。まあいい、もう一眠りでもしよう。
部屋に戻ると先程の少女が立っていた。
「お前……どうやって!?」
確かにさっき外に出したはずなのに、確かに目の前にいる。窓から入って来るにしても、この一瞬では不可能だ。
なら本当にーーー
「これで信じてくれました?」
「い、いや……まだだ!」
これしきの事で信じられる程、俺はピュアではない。何かマジックみたく、仕掛けがあるに決まっている。
小さい頃なら速攻信じていただろう。夢のない大人になってしまったものだ。
すると、少女の手の平に突然、黒い四角い箱が現れた。それは野球ボール位の大きさで、サイコロを振る様にポイっと投げた。
「それは……?」
「物質凝縮型四次元キューブ。中には多くのアイテムが入っています」
分解されていく様に箱が開く。少女は中の物を取り出した。
銀色の球。パチンコを大きくした様な大きさで何の変哲もない。少女はその銀色の球にあるスイッチを押す。
その瞬間、目の前に何かの情報が映像化して浮かび上がった。それは完全に映画なんかで見る、最先端技術そのものだった。
俺は腰を抜かして、その場で尻もちをつく。
そこに記載されているのは、俺の顔と文章。それを少女は読み始める。
「桐谷 弘祐。20歳、独身。趣味は無し、特技は無し。現在は家に引き篭もっている」
その説明は紛れもなく俺そのものだった。
これ程までに酷いと、自分という人間が嫌いになる。
多少は分かっていたんだけど、嫌な現実を再確認させられて胸が痛い。
説明は続く。俺が生まれた時から、今に至るまでの成長過程。
こんな情報を知っているのは俺だけだ。これは信じざるを得ない。
「小学生の頃……」
「やめろ!」
俺が声を荒げると少女は口を閉じた。
誰だって消し去りたい、思い出したくない事ぐらいあるだろう。その嫌な記憶が人より少し強いだけだ。
「すまん……」
怒りすぎたかと心配になったが、顔色一つ変えない少女。肝の座ったガキだ。
少女は口止めした小学生時代だけを飛ばし、また話を始めた。
「中学、高校と進み、大学に行く為に東京へと上京、そして途中で中退」
そして、こんな短い時間で今に至ってしまうとは、随分ペラペラな人生だ。どうやら、俺の人生の質は明らかに悪いらしい。
「その後は? 未来人だったら分かるだろう?」
重要なのはここからだ。未来人ならこの先の事が分かるはずだ。それを伝えに来た的な展開になるはずだ。
俺が未来を変える的な激アツ展開になるはずなんだ!
おおっと、つまらない日々を送り過ぎて、頭がおかしくなってしまった様だ。
冷静を保て、奴はまだ自称未来人。大人ならただの変質者だ。。
「その件についてお話しに来ました」
遂にきた。久々にテンションが上がる。
ドキドキしながら話を聞く覚悟を決める。この先の事にワクワクが止まらない。
しかし、この高揚感、期待感は直ぐにかき消される事となる。
「これより先の未来が、貴方にはありません」
「え?」
想像していたのと違っていて、その言葉の意味が分からず放心状態になった。
不意を突かれた気分だ。もっと明るい未来だとか、暗い未来が待っているとか、そういうものだと勝手に思っていた。
未来がない。
「それって、どういう……」
不安を消し去りたい一心で、少女に問い質す。
少女のその応えは、歯車が噛み合った様に、俺にはしっくりときた。
「無限ループ、と言えば分かりますか?」
無限ループ。同じ事を永遠と繰り返す事。
それぐらいの事は知っている。ただ、今の話と無限ループの関係性が見出せない。
「それがどうした?」
「貴方は今、その無限ループの中にいます」
俺はそれを聞いて笑ってしまった。
何で俺はこうも昔から、災難が降り注ぎやすいたちなんだろう。
交通事故にあった事もあるし、家が火事になった事もある。
あはははは……。
「マジで?」
「マジです」
もうやってられない。俺は一気に脱力感に襲われた。
だってそうだろう? こんなにつまらない日々を永遠と繰り返す。これ以上の地獄があるのだろうか。いや、無い。
一ヶ月でこのざまなんだ。この先の事を考えるとゾッとする。
「証拠に貴方を殺したはずが、ループの開始点である今日に戻っています」
「え? 俺の事、殺したの!?」
一瞬耳を疑う。
恐ろしい言葉を、少女は顔色一つ変えずに放つ。その冷たい目は、俺の背筋を凍らせるのには十分だった。
こうなると分かっててやった様だから、まあ許してやろう。
だよな? じゃなかったら俺死んでるし。そうと信じよう。
「貴方が原因で、世界の危機が迫っているのです」
「俺のせいで!?」
少女はコクリと頷く。
どうやら嘘でも、はたまた冗談でもない様だ。
「無限ループの中にいる貴方は、次元や歴史を歪ませる元凶になります。つまり、貴方という存在が消えるか、無限ループから抜け出さないと世界に影響を及ぼしてしまうのです」
俺は現在でも未来でも迷惑を掛けて、本当に最低な人間だ。未来を救う為に、犠牲さえなれないとは。
「無限ループは早く抜け出さないと、一生その中で生きる事になります」
「嘘だろ!? 聞いてないってそんなの!」
「言っていませんから」
もうちょっと早く言って欲しかったな。ならば心の準備も出来ただろうに。まあ未来人側も何かしら都合ってものがあるのだろう。
俺が無限ループから抜け出せないと世界が無くなってしまう。
「俺は一体どうすれば……!」
「その為の私です」
そう言った少女は、俺にとっては希望の光そのものだった。頼り甲斐の塊、神様にさえ見えてくる。
「おお! 助けてくれるのか!?」
泣いて喜びたいところだが、子供の前では情けないと思い我慢した。
「勘違いしないで下さい。貴方の為ではなく、世界を救う為ですので。今日から此処を拠点にさせて頂きます」
ツンデレなんてものでは決してない。その恐ろしい目が教えてくれる。
彼女には感情というものが皆無だった。クールという言葉では解決出来ない程に心が無い。
「ま、これからよろしく頼むよ。えっと……」
「未来人と呼んで下さい」
「名前が無いのか?」
「私には必要ないものなので」
「いや、これから一緒にやっていくんだから」
毎回、未来人って呼ぶのも変な話だ。咄嗟に頭をフル回転させ、彼女の名前を考える。
俺のネーミングセンスよ、今こそ輝く時。
「ミライ」
どうだ? 気に入らないか。
これしか思いつかなかったから仕方がない。ネーミングセンスは皆無なのだ。
でも何故だろう。ミライなんて名前の知り合いはいないはずなのに、何度も呼んだ事のある様な気がする。
「それでいいです」
「よろしくな、ミライ」
「はい。桐谷さん」
その時、ミライの顔は一瞬だけ喜んでいる様に見えた。そして、また冷酷な表情に戻る。どうやら気のせいの様だ。
ミライが笑顔になったら絶対可愛いだろうな。だけど、感情が分からない未来が見せてくれる日が来るのだろうか。
いや、何考えているんだ。相手は子供だぞ。
「そういえば、何歳なんだ?」
「18歳です」
「え?」
こんなのは詐欺だ。見た目と年齢が比例していない。
今まで彼女も作った事のない俺が、18歳の女性と一つ屋根の下。ゴクリと唾を飲み込む。
「変な事考えないで下さい」
「もしかして、それも未来の技術なのか!?」
「いえ、予感です」
これから大変な事になりそうだ。だけど、つまらない人生よりはマシかな。
どこかでワクワクしている俺がいる。
俺の騒がしい人生は幕を開けた。
『残り6日』