1日目 ニートと未来人
今日も灼熱の太陽が、メラメラと輝きを放っている。
酸素の薄さを感じ、窓を開けていると温い風が部屋を包み込んでいく。そこから日照りが差し込み、部屋の暑さが加速した。
あまりの暑さに蝕まれ、身体は汗塗れで溶けかけのアイスの気分を知る。
これが、真夏。
「暇だ」
俺は部屋で一人、ぐったりと寝そべっている。だらけきったこの姿はナマケモノも驚く程だろう。
蝉の鬱陶しい鳴き声は、いつの間にかBGMへと変貌を遂げてしまっている。
それ程に暇なのだ。
やる事も無いので天井のシミを数えてみる。
1、2、3、4……。
クーラーが潰れているのを分かっているのにも関わらず、何度もリモコンをクーラーに向けて電源ボタンを押す。
ピッピッピッピッ……。
作動しないクーラーを睨み付けても、反応は無い。虚しくなってリモコンを適当に投げ捨てた。
腹の底から大きな溜め息を一つ。
「何をやってるんだ俺は……」
一ヶ月前に大学を一年目で中退して以来、一度も外に出ていない。家にいる間はずっとこの有様だ。
そのせいで生活リズムや曜日感覚が狂ってしまい、今日が8月だという事は分かっているが、何日の何曜日かなんて事は分からない。
まあいい、今の俺にとっては必要の無いものだからな。
つまり、どういう事かと言うと。
俺は引き篭もり、またはニートという部類に所属し、晴れて社会的不適合者の仲間入りを果たしたという事だ。
駄目人間? 社会の敵? 何とでも言えよ。俺の人生、勝手にさせて貰うだけだ。
だけど、このままでは駄目だとは重々承知している。
起きて、飯食って、寝て。毎日それだけを繰り返す何の変哲の無い日々。退屈過ぎて頭がおかしくなりそうだ。
俺の人生って一体何なのだろうか。そんな事ばかり考えてしまう。
でも、何故かこんな生活が続いてしまうのだ。
真夏の暑さは、俺の体力だけではなく、精神も弱らせている様だ。
気が付くと、時計の針は12時を指している。
俺は身を構えた。何故なら奴が来る時間だから。
ピンポーン。
友達や親戚にも見放された俺の住むマンションまでやって来る奴なんているはずがない。
そんな俺の部屋のベルを鳴らす人物はただ一人。
次は連続でベルが鳴る。
執念そうなので面倒くさいが仕方がなく、玄関の前にまで向かう。扉の向こう側に誰がいるかは予想が付いている。
俺は扉をゆっくりと開け、猫一匹入れるくらいの隙間から覗く。
「桐谷 弘祐! 今日という今日はしっかりと払ってもらうからね!」
そこには天井よりも見飽きている、天井よりもしわを生やしたお婆さんがいた。
腰は殆ど直角に曲がっており、小刻みに震えている。
俺の住むアパートの管理人である。
因みに、桐谷 弘祐とは俺の事だ。
「だから、この前ちゃんと払っただろ……」
扉を閉めようとしたら、その僅かな隙間につま先を挟ませ、閉められない様にした。そしてその隙間から指が入ってくる。
思いっきり閉めようとするが、ビクともしない。それどころか徐々に扉が開き、老い耄れた悪魔の姿が見え始める。
「化け物クソババァ! とっとと帰りやがれ!」
「あんたが今月分の家賃払うまで帰らないよ!」
何とか追い返す事に成功したが、今月分の家賃をきっちりと払ったのにも関わらず、毎日取り立てに来ている管理人は完全にボケている様だ。
また明日も来るのかと思うとゾッとする。このままでは安楽の地は何処にも無い。早くバイトを見つけないと、毎日あの悪魔と会わなければならない羽目になる。
あれ? 俺は今、バイトをしようと考えたのだから現状ではニートではなく、フリーターなのではないか?
よし、これが駄目人間卒業の第一歩だ。
何て俺はポジティブなんだろうか。この考え方をネガティヴの人達に分けてあげたいくらいだ。
明日から頑張ろう。明日からやればいい。
そう心の中で呟いて、熱気の篭っている部屋に戻った。
この魔法の言葉は不思議なもので、使ったその時はやる気に満ち溢れるも、その明日になるとまた明日頑張ろう、それが一生続いていくのだ。
無限ループというやつだ。
因みに俺はこの魔法の言葉を一ヶ月前から使っている。
これが駄目人間の作り方ってか。とうとう溜め息もでやしない。
「あ、そう言えば」
俺は押入れを開けた。
そこには一つ、直径50センチメートル位のダンボールが仕舞われている。それを取り出して、一先ず床に置いた。
中々の重さと感じたが、これは俺が運動をしてなさ過ぎて腕力がないだけなのか、普通に重いのか分からない。
取り敢えず中身を確認する為、テープをカッターで切って開ける。
中に入っている物は古びれた扇風機だった。
確か管理人が要らなくなったと、昔に譲り受けたのだ。
コンセントに挿して、スイッチを付ける。すると扇風機から風が吹き、首が降り始める。
懐かしくなって、ある言葉を扇風機に向けて言ってみた。誰もが子供の頃に一度は言った事があるだろう。
「我々は~」
「未来人です」
「宇宙人だろ!」
未来人って、何だそれ。
それにしても俺のツッコミが冴えていふ。不覚にも自分で笑ってしまう。
しかし、俺の的確なツッコミは虚しくも無に還る。
ちょっと待てーーー
(誰だ?)
俺は一人しかいないこの部屋で、成立するはずのない会話を成立させたのだ。
それはつまり、そういう事だ。
聞こえるはずの無い声のする方へ、恐る恐る振り向く。
ガチャ。
「初めまして」
今、俺の眉間には拳銃が向けられている。
如何やら俺は今から死ぬらしい。
「そして、さようなら」
刹那の如し出会いは命と共に終わりを告げる。容赦無く放たれた銃弾の音が部屋中に木霊する。
『残り7日』
その時、脳裏で浮かんだ言葉はこれだった。
これが何を意味するか分からない。しかし、一つだけ分かる事がある。
何かとんでもない事が始まるという事だ。
俺の退屈な人生は幕を閉じた。