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南瓜と妖精 3

「今日も、無理だったな・・・」

「そうね」

「まあ明日はあるさ」

「・・・そうね」

そう言いながらとぼとぼ二人で家に帰る。

ちなみに伊丹は担任に連行されていった。

なんでも提出物を何も出していないらしい。

ちゃんとやれよ。・・・まあ今度一緒に片づけてやろう。

というわけで久々の二人である。

今日も飛べなかったのにもかかわらず、妖精は僕の肩に乗りながら楽しげだ。伊丹がいなかったせいだろう。僕も楽しかった。

成果は一切出ていないが。

ようやく羽を動かすことはできたが、やはりそれを空中でというのにはまだ勇気がいるようだ。

自転車で言うと補助輪付きは乗れるが、なしは怖いいうところだ。

 そうやって歩いているうちに僕が住んでいるマンションが見えた。

「あ、洗濯物取り込んどけって母さんに言われてた」

「えーまた取り込んでないのー?・・・今度は潰さないでね」

「はいはいっとあれ?」

「どうしたの?」

「いや、僕の隣の部屋の様子がおかしいんだよ」

僕の隣の部屋には同じ学校の同級生の女の子が一人暮らしをしているというのを母から聞いたことがある。

そしてたぶんその子と思われる子がベランダでなにやらガサゴソしている。

そして柵を乗り越え―――ってあれは自殺!?

「ヤバイ、落ちる!」

女の子の体はそのままぐらりと傾く。

ここから走っても間に合わない、そう直感で分かってしまった。

茫然と立ってる僕を見て、妖精は叫んだ。

「何やってんの、走って!」

そう言った後、彼女は僕の肩から飛び立った。

そのまま凄いスピードを出して、女の子に向かって飛んでいる。

僕は自然と走り出した。あの頃とは違うと思いながら。

僕が走って辿り着いた時には妖精が恐ろしい形相で地面ギリギリで女の子を掴んで浮いていた。

「早くしろ!」

僕らはなんとか女の子の自殺を止めることができた。





 あの後救急車を呼んで、女の子は搬送された。

近くに、というより彼女を抱きかかえていた僕は知り合いだと思われ、一緒に乗っけられた。

そしてしばらくして女の子が目を覚ました。

「・・・ここは?」

「病院」

僕はすこしぶっきらぼうに言ってしまった。

クラスでは女子となんか喋ったことないし、最近の僕の会話の相手は妖精と伊丹だ。なんか悲しい。

だから何て言えばいいのかわからなかった。

「どうして、助けたの?」

女の子は泣きそうな顔で言った。

「いやだってさ、目の前で君の死体なんか見たくないし」

「あとなんか気絶する直前に変なものが飛んできた」

「変なものってなによ!」

僕のリュックから妖精が飛び出してきた。

病院に救急車で連れてかれた時、邪魔だったのでリュックの中に入れたのを今思い出した。

「え、えっと、これは」

「・・・何これ?おもちゃ?だとしたら引くわー」

「待て、会っても間もないのに引かないで!」

「あんたもあたしが見えるのね?」

「喋った!」

「あんたたち、煩いよ」

怖い看護婦さんがさらにドスをきかせて言い放つ。めちゃくちゃ怖い。すいません。

 女の子は最初は『何こいつ、頭ヤバくない?』みたいな顔をしていたが、だんだん本当だと分かったみたいで警戒を解いてきた。

「そういえばあんた、同じクラスの根暗じゃない。ずーっと黙ってて辛気臭かったのに意外と喋るのね」

「同じクラス?でも見たことない気が」

「私、学校行ってないから」

「・・・え?」

「高1の時は行ってたんだけど、ほら私、こんな性格だから。あんまり友達いなくて。で、ついにその友達にも見捨てられて学校行かなくなりました。高2の最初に行ったので最後」

今度こそなんて言えばいいのかわからない。

『頑張れよ』とか『僕も同じだよ』とか言えばいいのか。

でも『僕と同じだよ』は違うか。友達が最初からいなかった僕と前はいた彼女では傷つきの度合いも桁違いに大きいはずだ。

何を言うにしても対人関係レベル1の僕には高度すぎる。こういう時こそ伊丹が羨ましい。あ、でも駄目だ。KY発言で大変なことになりそうだ。

そんな風に困っていると女の子はあっけらかんと言った。

「まああんたにこんなこと言ったって意味がないんだけどね」

「うっ役に立たなくてごめん」

「うん本当に役に立たない」

グサッときた。僕のガラスのハートに見えない矢が刺さった。

「・・・それでも、誰かに聞いてほしかった。その人が役に立たなくても私は聞いてほしかったから」

女の子は綺麗な笑顔を向けて僕に言った。

「ありがとう」





「・・・君、飛べたね」

病院からの帰り道に僕は言った。

「そうね。奇跡だわ。あんたも早く走れたわね」

「おかげさまで」

それから僕たちはしばらく黙ったままだった。

そして妖精がこの気まずい沈黙を破った。


「私、向こうに帰るわ」


その言葉はいつからか僕が恐れていた言葉。

きっと彼女が空を飛べたら言うだろうと思っていた言葉。

・・・僕に彼女を引き留める資格はない。

「そっか、よかったじゃないか。もう皆から馬鹿にされないよ」

「あんたもね。これで『世界一ののろま』の汚名返上ね」

「ど、どこでその言葉を」

「伊丹が言ってたわ、教室でのあんたの様子。『ネックーは一体いつ楽しんでるのかと思ってたけど、俺と一緒なら楽しそうだ』とも言ってたわ」

何言ってんだ、伊丹。お前のせいで最近ストレス気味だ。

「あたしもそれ聞いて安心した。あたしがいなくてもあんたはやっていけるわ」

「おいお前、」

その時、強い風が吹いた。思わず目をつむるほどの。

そして次に目を開けた時彼女はいなかった。


『さようなら』


最後に聞こえたその言葉が耳にしばらく残った。





一応終わりです。

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