特別な日、少し変わった彼ら
「全裸で風に向かって立ち、絶叫する。自由とはそういうものだと、私は思っている。」
俺の目の前に立つ黒髪の少女は、その濡れ羽色の、美しい長髪を風に流し、俺にそう告げた。
俺の手の中にある焼きそばパンの焼きそばは、対照的にだらりとそのソース色を晒してパンから溢れ垂れていた。
「黄色い救急車でも呼んでやろうか?」
俺は適当に返事をした。
どうせこいつは俺の反応を待っているわけではないと、俺は知っているのだ。
そして俺の予想は違わず、その女は茜色のロングスカートをばさりと打たせながら身を翻し、青空と同化するかのようにコンクリートの上を躍り、そして持っていたパックの牛乳を一口飲んだ。
「我々の日常は、剰りにも多くの事に縛られてしまっている!」
女は年不相応な脂肪の塊を揺らしながら胸を張り、両腕を剃らし、少し寒気の入り交じってきた大気を良く通るソプラノボイスで、どうでも良いことをさも大事のように、芝居がかった調子で謳い始めた。
寒気と共にお隣の国から遙々やって来たチリが俺の喉を痛めているのを感じた。
真白な乳酸菌飲料を堪らず飲むと、独特なとごりが俺の舌にこびりついた。
ーーーーーー淀みは、そこにのみとどまったか?
「我々の持つ欲求は、此の果てしなき大空をも埋め尽くす程に際限がなく、しかもそれは、我々をも押し潰してしまうのだ。
斯くして我々は、ホモ・サピエンスと言う種を守らんが為、法を作り、理性によって我々の手足を縛った。例えそれが苦しみであろうとも、それは必要なことだった。」
今日はバイトがあったな。
ふと思い立った俺は、今日教える中学二年の少女を頭に描いた。
お世辞にも頭が良いとは言えない。
今日の冬期講習の苦手潰しはどう進めるか。脳みその中身を仕事の話が蹂躙していく。
心が、ささくれだつ。
どうしようもなく、あのつぶれたまんじゅうのような顔が、俺をーーーーーー
「だが今や、その鎖は錆び付き、毒となり我らの手足の傷口から血中に侵入し、我らの細くなった体躯を蝕んでいる。痩せた腕力には、それを引きちぎる僅かな力すら残っていない。」
俺はもう一度乳酸菌飲料を飲み込む。
まろやかな甘味に少しばかりの酸味が舌を包み喉を濡らす。
甘味が俺の精神を、微かにだが癒した。
目の前の女をふと見ると、今だろくでもないことを、誰もいない校舎へ向かって叫んでいた。
例年よりは、エルニーニョ現象のお陰で暖かい大気は、それでも風と一緒になれば、それ相応の体温を奪えるようになる。
12月の寒空に頬を染め、しかし女は、はっきりと見開かれた、大きな黒瞳に輝きを湛え、朱を差したような唇を快活に開く。
「法は、作り手を縛り自らの隷属とした。そしてその子孫すらも従え、手下を侍らせ、この世界に君臨したのだ。本来は一人の人間の欲望にさえ容易に破壊されうる、か細い存在だと言うのに。」
美しい唇だ。
何ら小細工などもせず、只乾燥を防ぐためのクリームが塗られたただけの、しかしそれはま粉うかたなき芸術の極みだ。
俺の心に、それは妖艶に写り込む。移り混む。
「原始へ戻るべきなのだ!誰も彼もが法の罰を恐れ、誰も彼もが互いを信じぬ世界は存在するべきでない!」
さっと通った鼻筋。純白の肌。整った、清楚ながらもどこかエロティシズムを感じさせる顔立ち。
「欲望のままに動け!どうせ短い影法師だと言うのなら、その灯火を激しく燃やせ!!知恵でなわれた束縛が我らを絞め殺すのなら、噛み千切り、引き千切れ!例えそれが永久に渡るとしても!」
柔らかな腕、細い指。
華やぐ母性の象徴、抱けば折れそうな、小枝のような体躯。
すらりとした両足。
そしてーーーーーーーー
「だと言うのなら、Sall we dance?」
「ああ、燃やしてやろう。私の炎で、お前の呪縛を。」
疼く、どうしようもなく。
抱く。抱いた。抱きつかれた。
互いを、抱き締める。
野獣のような眼光が、俺を、俺を、
俺を
その光は、本当に彼女のものか?
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雨は夜更け過ぎに、と
誰かが歌った。
「ああ、雪が。」
俺が開いたカーテンの、向こうを見て、彼女がいった。
「ロマンチック、か?」
「ああ、とても。」
燃やす。
俺は燃やす。
「聖ニコラウスは訪れる。誰にも、等しく、平等に。」
「なぜそう思う。今もなお、震えて墜ちる者が居ると言うのに。俺には思えない。」
「思えるとも。」
彼女の焔が、俺を焼く。俺の焔が、彼女を悦ばせる。
「日は誰にも等しくその光を降り注ぐ。命は誰にも宿る。」
「そして今日という日も。」
「ああそうか。」
そして、高みへと。俺たちは………
「そのひはだれのこころにも」
のぼれこどもらよ。
わになっておどれ。
わになってまわれ。
もえつきろかれら。
ゆきへとかわるだろうと、誰かが歌う。
久しぶりに書いてみた
バイト続きのストレスと、セックルしたいという衝動がこれを書かせた。