さみしがりの物語 前夜
その日、わたしは悟った。
これは絶対乙女ゲー!!!
と。
ずっと疑問だったのだ、この世界が何なのか。
これが今流行の異世界転生ってやつならば、ここは一体どんな世界なのだろうか。
薄々気付いていたけれど、見目麗しい少年、もとい幼児を見て確信した。
たぶん、これが攻略者。
つまりは、こんなキラキラしい子供がそういてたまるかという話である。
ちなみに攻略者まで見てもなお、舞台となる乙女ゲーには思い至らないので、たぶん自分の知らないゲームかマンガかアニメなのではなかろうか。
大体、流行の小説で少し見かけたくらいの知識であって、ゲームはあまり詳しくない。
生まれてこの方、特に何が起きるわけでも、特別な出会いがあるわけでもなく。
辺鄙な山間の農村でのんびりと過ごしてきたこの数年で、ゲームかマンガかアニメかの世界であろうと、自分はどこぞのモブキャラに違いないと思っていたところに衝撃のストーリー展開。
何を隠そうこのわたし、ごくごく普通の生まれである。
父と母もごく普通の容姿で、ごく普通の生活をごくごく普通に送っていた。
残念ながら母が聖女とか、父がやんごとない身分だとか、そんな話は欠片もない。
ちなみにわたしが拾われた子供ということもない。
生まれ出でた瞬間からの記憶を持つわたしだからこそ断言できる。
かつて生まれる前の記憶と比べてはいけないほどに不便な生活も、慣れれば許容範囲である。
生活をほんの少しだけ便利にする少々の魔法の存在も大きかった。
いっつぁふぁんたじー!
魔法を見たときテンションが上がったのは仕方のないことだろう。
普段は大人しめなわたしの思わぬはしゃぎっぷりに両親が困惑していたのは今となってはいい思い出だ。
さて、そんな特筆すべきところのない生活は今日という日に別れを告げたわけだ。
もともと、今日も今日とて普通の日だった。
父は山へ芝刈りに、母は川へ洗濯に。
そしてわたしは頼まれていた村総出の畑仕事を放って散歩に。
帰ってきた時にはそれぞれの手にはそれぞれの収穫が。
父の腕には煌びやかな少年手前の男の子。
母の背には先の男の子と同じ年頃の豪奢な少年。
そしてわたしの手には子犬である。
なんだか運命の歯車が動き出した音を聞いた気がする。
そうか、わたしはモブではなく攻略キャラの姉であったか。
諦めのように悟ったのが先ほどの話。
父に連れられた、金色の髪と碧の瞳の男の子は天使のように可愛かった。
父曰く、山へ分け入り獣道を通り、歩くことうんぬんかんぬん、気を失っている少年を発見したそうだ。
近くには息絶えた騎士然とした男。
探してみれば崖下で大破している馬車と切結んだ様な戦闘の跡。
馬車には紋章もなく、騎士達の剣にも身分を示すもの一つなく、倒されたと思わしき勢力側も然り。
つまり少年のやんごとなき身分を示すことこの上ない証拠である。
わたしも母も、そっと目を伏せて聞かなかったことにした。
一方の母である。
こちらは単純な話。
川で洗濯をしていたところ、上流から流れてきたんだそうだ。
どこの桃だと突っ込んでも理解はされまい、ぐっと我慢を重ねた。
子供は黒い髪と赤い瞳と、豊かな髪に隠れた二本の小さな角があった。
うむ、まごう事なき魔族である。
わたしと父は目を彷徨わせてからまあいいかと問題を解決した。
「で?あなたは獣人の子供なんてどこで拾ってきたの?」
母に向けられた一言でどうやら攻略キャラは二人ではなく、三人だったかと遠い目をしたのは言うまでもない。
父が言うには灰色狼という種族ではないかとのことである。
人の姿をとれば灰色の髪と金色の瞳と褐色の肌を持つ、とてもしなやかな特性を持つ獣人らしい。
それは楽しみが増えるというものだ。
そうして我が家は突然4人姉弟となり、わたしという姉はその威厳を保つために多大なる努力を強いられることとなった。
幼児はあっという間に少年になり、彼らは家の中ではやんちゃどころではない。
寄ると触ると喧嘩をおっぱじめる。
相性の問題か、彼らは互いが気に食わないのだ。
が、仲が悪いわけではない。
よく言うではないか、喧嘩するほど仲がいいと。
「ね?」
同意を求めると、目の前で取っ組み合っていた金色のエーリヒと黒いイレイズがぴたりと止まった。
互いに嫌そうに互いを見やってから離れる。
「ほらね?」
すぐに喧嘩をやめた二人がやっぱり仲良しに見えるから嬉しくて後ろを振り向いて、今度はもう一人の弟に同意を求めた。
彼は忙しなく目線を彷徨わせた挙句に曖昧に答える。
「まあ、姉さんがそう思うならそうなんじゃないかな」
「どういう意味?」
「…うちでは姉さんがルールってことだよ」
はて?
わからなければいいんだと苦笑したユリウスに首を傾げた。
彼らは三人とも個性的で活発で、利発でもある。
だが、なぜだか外に出ると突然シャイになるのだ
口数が減り、その姿を隠すようにわたしの背にべったりと張り付く。
わたしとしてはそんな弟たちが可愛くて仕方がないのだけれど。
甘やかせるところはこれでもかと甘やかしてきた成果である。
金色の天使は例のトラウマのせいか最初は名前を教えてくれるどころか口もきいてはくれず、黒いのはどんな生活をしていたのか大層荒んだ性格をしていた。
唯一拾ってきた子犬だけは懐いてくれたけれど、人と、仲間と、家族との距離のはかり方を知らずよく怪我をさせられたものだ。
最初を思えば今の何と平和なことか。
「わが娘ながら、胆の座ったものだね。」
「この惨状をみてそういえるのだから相当ねぇ」
しっちゃかめっちゃかになった家を見て両親が嘆息していた。
彼らは怒っているのではなく、飽きもせず繰り返される日常に苦笑しているだけだ。
ああ、だから怯えなくていいんだよ。
わたしたちは君を捨てたりはしないから。
ふて腐れているかのように部屋の隅に蹲ったイレイズを背中から抱きしめる。
びくりと揺れた肩が物語る痛みをわたしは無視して、笑い声をあげながら伸し掛かった。
「重いよ、姉さん」
「そんなこと言ってていいの?ちゃんと片付けないと今夜は夕飯抜きよ?」
焦ったように振り向いたイレイズの食い意地は昔から引きずっている怯えに勝ったようだ、重畳である。
「エーリッヒ、あなたもよ」
「イレイズがいけないんだ、僕は悪くない」
「んー?本当に?」
「ほ、ほんとだよ!」
「ならいいけど。嘘ついたら山からお迎えが来ちゃうわよ?」
昔から伝わる村の伝承は他愛もないもので、けれど子供たちにはいい言い聞かせになる。
「おむかえ…」
「誰が連れて行かれちゃうのかな?エーリッヒが悪いって言ったからイレイズかも?」
「え…」
その顔に走る動揺が可愛い。
「う、うそだよ!イレイズは悪くないよ!山の神さま、うそです、ごめんなさい、イレイズを連れて行かないで!」
たたたと駆け寄ったエーリッヒはイレイズの手を握ってとうとう泣き出した。
どうやら脅しすぎたようで姉反省。
エーリッヒのトラウマを思いっきり刺激したようだ。
「おれは簡単に連れていかれたりしないから大丈夫だよ、エーリッヒ」
人の心の痛みには人一倍敏感なイレイズが胸を張りながら言う。
喧嘩ばかりしていても、本当に大切にしなければならないものを彼らはもう知っているのだ。
ああ、それにしても鼻血を吹きそうだ、なんて可愛いのかしらうちの弟たち。
弟たちはその夜、三人ともが塊となって寄り添ってベッドに入った。
エーリッヒはイレイズの手を離さなかったし、ユリウスはすぐに気配に気付くようにと獣の姿で二人を包んで眠った。
「大丈夫よ、わたしが守ってあげるから」