斎家当主
◆ ◆ ◆
自称「斎家現当主」である蒼は、俺をあの懐かしい洋風屋敷の中に招き入れた。
あの後―――・・・
「この私が斎の現当主、斎蒼よ!」
「…え?」
「私が斎理央、あなたを呼び戻したの。さあ、私の右腕となりなさい!」
「…は?」
・・・―――と、俺は混乱を隠せなかった。
ここに連れて来られても信じられていない。俺の数歩前を歩く女が現当主…そんな馬鹿げたことがあるのか。
いつもなら迷いなくあり得ないと言えた。しかし、だ。
「おかえりなさいませ、蒼様」
「おかえりなさいませ」
方々から声がかかる。そして女は如何にも当然というように「ただいま」と笑顔で答えるのだった。
信じきれない、が可能性はある。
そして判明したこと。レオは他でもなく俺のことを指している。
蒼は屋敷の中を迷いなく進む。数年前にいた場所のことなど覚えているはずもなく、俺には蒼について行く以外の選択肢はない。屋敷は広い。昔の記憶がない俺が一人で回れば間違いなく迷子である。どこに向かっているのか気になるが、正直この女にどう接していいのかわからなくなっている。・・・何者なのか。
「ちょっと。」
蒼の足元だけを見て歩いていると、その当の本人から声がかかった。
顔を上げると、
「きびきび歩きなさいよ。置いてくわよ?」
数メートル離れているのに気づく。考えていて前など見ていなかった。
「あ、ああ・・・すみません」
申し訳なさそうな顔を作ると、「気持ち悪っ」と言われた。・・・さすがに傷つく。
「昔のレオはそんなんじゃなかったわよ?謝るなんて論外なんだから」
ムスッとした表情。謝ったのになぜそんな表情をされなければならないのか。
蒼は再び足を進めた。置いて行かれまいと俺も続く。
顔を上げて蒼の後姿を見て歩くが、この小さな背中に斎を背負ってしまったのかもしれないと思うと、かわいそうになる。大人に振り回されるのは迷惑な話なのだ。しかも責任が重大になればなるほど。確信したわけではないが、俺は目の前の自称斎家当主の右腕になるらしい。もしそうならば、俺はこの子が俺みたいにならないように守ってやるべきなのかもしれない。
長い廊下を進むと屋敷には場違いな和風の扉、というか障子がある。
「ここよ、入って」
迷いもなく戸を開き、中へと入る。…和風。
「ああ、どうしてここだけ扉が和風なのかって?父上の部屋だったんだけど気に入らないから、ちょっとした反抗心かしら。あの人洋風大好き人間だったから」
少しも悪くなさそうに笑う蒼は「さあ入りなさい」と俺を促した。
それにしても広い部屋だ。ここは広間かと思うほどの。馬鹿でかい部屋に二人しかいないので、とにかく落ち着かない。置いてある家具も最低限しかないので、殺風景極まりない。
「さて、じゃあいろいろ話そうかな」
「はい」
ムッ
…またムッとした顔を向けられてしまった。
「あんたねえ…もうやめなさいよその胡散臭い演技!わかってんのよ私は!」
腰に手を当てて怒る顔…しぐさ…何か胸に引っかかるものがあった。
「わかってる、とは?」
とにかく一度はごまかしてみる。
「はあ!?…いい加減にしなさいよ?敬語もそのうざったい態度!」
…言葉遣いが悪い。当主様ともあろうお方が。
「レオ、大丈夫よ知ってるから。楽にしなさい」
「…」
怒っていた表情を突然緩ませる…忙しい奴だな、と思いながらうなじのあたりを痒くもないのに掻いた。
◆ ◆ ◆
斎家は神々に仕える存在。ゆえにその為の力を有して一族の子は生まれてくる。だからこそ周囲から畏怖され続けてきた。しかし科学が世界のあらゆる真相を解き明かすと思われ始めた頃、斎の噂は嘘であると言われ始める。神など存在しない。天災もあらゆる悪行も、神とは一切関係ないものである。神に仕えている斎一族の力はだんだんと無くなっていった。
それを感じ取った斎の人間の一部は「神が存在していることを公にせねばいずれ大きな災いが起きるのでは」とその当時の当主に訴えたらしい。それに対しての当主の答えは「神の存在を公にしたとしても、それは宗教と同じ、信じるも信じないも個人の自由である。我々の力は神々にお仕えするが為に与えられた力。世に災いを起こそうとする神や悪行をなす人間に対抗し得るように、と与えられたものだと私は思っている。力は得意になって見せるものではない。」。訴え出た人間はただただ斎一族の力が小さくなっていくことがつまらないだけ、と当主は見抜いていたのだった。おもしろくないと思った一部の人間は斎一族から抜け、その力を使い災いを起こしている。
以上が現当主様こと斎蒼から聞いた話だ。つまり今斎一族は二派に分かれ、一族の力を取り戻そうと躍起になる者たち、一族の力が小さくても構わない者たちが存在する。蒼は後派だそうだ。俺個人も同じく。そもそも自分の一族が為に動こうなどと思えない。いっそのことこの一族は滅びてしまえばいいと思う。由緒正しい斎一族、という社会の目が少なくともあるせいで。そしてそう思われるように振る舞う一族の存在のせいで。俺は自分と真反対な人間を面倒ながら演じているのだから。
「もうここまできて私のこと疑う必要はないわよね。斎の人間、しかも所謂幹部の人間。あの斎藤善ってやつは私の専属執事みたいなもんよ。分家だけど」
「…ちっ」
舌打ち。
「あんた!当主様に向かって何よその態度!むっかー!」
「それで、俺を呼び戻した理由はなんだ。前当主の墓参りだと思ったが、さっきの話を俺にするあたりそれだけじゃないんだろ。」
向かい合って座る蒼はハッとした表情になる。俺に伝える最重要事項はそれだろう。思い出したかのような顔をして…これが現当主。
「そうよ。別に前の当主の墓参りなんてしなくてもいい。したければどうぞ、くらいにしか思っていないわ。」
「まさかのおまけ程度、か。かわいそうな前当主様だな」
「どうでもいいのよ、前の当主なんか。呼び戻した本当の理由、もう予想ついているでしょう?」
「…あんた側についてもう一派を抑える、とかそういう感じだろうな」
俺がそういうとにこっと笑って「あたりー」と言う。




