ちょっとだけストレンジャー
『9番線から 特急 あずさ 9号 松本行きが 発車いたします ドアが閉まります ご注意ください』
すんでのところで指定席特急券を発券し、近くの扉に飛び込んだ。
「9号車6A...この車両か...」
進行方向左側の窓際。頭上のランプを見上げると、B席のランプは赤かった。どうやら平日の昼ということでガラガラ、隣の席も座られる心配はなさそうだ。ちょっと損した気分になった。頬杖をつきながらぼんやりと、流れるビル群を眺めていると、車掌が検札にやってきた。
「切符を確認致しますので、お見せいただけないでしょうか。」
「ああ、はい。どうぞ。」
「...はい、ありがとうございましたぁ。」
またぼんやりと車窓を眺める。と、不意にポケットが小刻みに震え始めた。しばらく経っても途切れない。ため息をつきながらポケットからスマートフォンを取り出し確認すると、電話は上司からだった。号車を見渡してもいるのは自分ただ1人。一瞬出ようかとも思ったが、やめておいた。マナーモードに切り替えて、できるだけポケットの奥にねじ込む。そして、列車は立川に到着。すでに乗車から10分ほど経っていた。
手持ちの金は4万円。へそくりを全て引っ張り出してきた。なぜ、そうまでしてこの列車に飛び乗ったのか。なんだか、全てがどうでも良くなったのだ。離れたい、どこかへ行きたい、遠くへ行きたい、その一心だった。
数十年勤めた会社には悪いが、今日は無断欠勤だ。上司は、平の分際で、とでもぼやいていることだろう。実を言うと、家族にも無断だ。会社と同じく数十年連れ添ってきた妻にすら言っていない始末。あくまでも突発的、衝動的な行動だということがわかるだろう。
『本日も JR東日本をご利用くださいまして 誠にありがとうございます 次は 八王子 八王子・・・』
鉄道はいい。一瞬で街を離れ、知らないところへ連れて行ってくれる。継ぎ目の音も案外心地いいものだ。八王子到着、そして発車。素晴らしいくらいの速さだ。八王子を出てしばらく進むと、高尾を通り過ぎる。その後はトンネルだ。何故だか今日はとても長く感じた。
気がつくと列車は甲府に停車していた。どうやら少しうたた寝をしてしまったようだ。しかし、相変わらず乗客はいない。結局9号車には自分1人。今頃家族は俺のことを探しているんだろうか...
「はい、はい、ちょっと横いい?」
声のした方を見ると、1人の中年が立っていた。
「ここ、座っていい?」
「お、おお、別に構いませんが...」
慌てて座席に置いていたビニール袋を回収し、テーブルの上に置き直した。が、考えてみたら何かがおかしい。他に席は空いているはずなのに...
「あのぅ、なんで俺の隣に座ったんです?他に席は空いてるでしょうに。」
「...相方が急用で来られなくなっちまって、酒が余ってんだ。呑もうか?」
フッ。ズカズカ入り込んでくるなこいつ。
「お前さん、結構うざがられるタイプだろ。」
「ああ、やっぱりわかっちゃう?...酒...さ、一人で呑んでもいいんだけどね...」
「いや、こういうのは複数人集まって初めて美味くなるもんさ。」
「ちげぇねぇ!」
二人でビールのタブを持ち上げる。この音も、いつ聴いてもいい音だ。平成の時代からなんら変わってない良さがある。
「乾杯!」
「なんかしらねぇけど、乾杯!」
会社無断欠勤で朝から酒か...背徳感の塊でしかない...!
「ッカー!やっぱりビールはいいねぇ!」
「そうだそうだ、これ、新宿で買ったものだけどつまみがわりに...」
さっきのビニール袋から色々取り出す。中に入っていたのはシウマイ15個とおにぎり2個、あとハイチュウ。
「シウマイ以外つまみにはできないな...」
「なんかごめんな。...っていうかお前さん、名前は?」
「...ま、スミタニとでも呼んでくれ。」
ちなみに俺は...〇〇⬜︎⬜︎だ!
「とりあえずスミタニさん。なんでこの列車に?」
「小旅行だよ。じいさんは?」
ちょっとばかり息をついてから答えた。
「逃げ出したくなったのさ。テキトーにどっか行きたくなったのさ。」
「...バッグとか、ないの?」
「持ってきてねぇな。持ち物は財布とケータイ。」
「世代的にもう結婚してるだろ。奥さんはどうしたの?」
「...置いてきた...」
「うわぁ...かわいそう...」
「こう言うとあれだけどな、結局は親の勝手に決めた見合いだ。歩み寄ろうともしたけど...この数十年で逢瀬すらなかったんだ。」
本当に、妻と話したことは数えられるくらいしかないかもしれない。そもそも、この前も、義母が昔彼女が喜ぶって言ってたあんぱんを渡してみたが、なんの反応も示さなかった...。そういえばあ、そばも好きって言ってたっけ。
「乾ききった夫婦仲ってわけね...」
シウマイを一つ口に放り込んだ。うん、変わらない美味しさ。これが鉄道開業からあるって言うのだからすごいものだ。一応妻から着信履歴がないか確認してみる。しかし、同僚と上司からだけだった。
「そういえば仕事は?その年だともうすでに課長とかなってんじゃないの?」
「...俺は平だ。」
「平か...知らぬ間に機械類がどんどん進歩して追いつけなくなったとか?」
「ご名答。結局は使えるやつだけ優遇される。努力とかは関係なしにな。お陰で俺は今や窓際族の一人だ。...って言っても俺しかいないんだけどな...」
「しけてる人生だな...」
「ウルセェ。今の若いもんに何がわかる!」
「...若いって言っても俺46なんだけど...」
「十分若い!20も下だ!」
「そりゃそうだけど...!」
スミタニは一気に一本目を飲み干し、二本目に移行した。
「でも...その年で平で窓際...ね...」
「ああ、全くひでぇもんだ。流行なんてもんはわからねぇし、同世代はほとんどやめちまった...共通の話題ができるやつも消えた...なんだろうな...壁?っていうか...疎外感...」
「話もしない、ただの知り合いって感じ?」
「そうそうその通りだよ。」
シウマイをもう一つ、いや、もう二つ食べた。
「妻とも社員とも、疎外感を感じる...身内って感じがしないんだよなぁ...悲しいよなぁ...」
「ああ、その感じすごいわかる。でもそう言うことを感じてる時って、それを表に出しちゃあいけない時でもある...あ、タイミング的な話ねコレ。」
「悩みは一人で抱え込むなとか言うけど...相談できる環境があるかどうか...」
その後は少し世間話をしていた。それが終わると、またスミタニからの質問。そうやって時間を潰して、列車が上諏訪に近づいた頃、彼は次で降りると言い出した。
「さっきは小旅行って言ったけど、上諏訪に仕事の用事があってね、ついでに寄ってくことにしたよ。」
「そうか、頑張れよ。」
「そういば...奥さんとうまく行ってないって話...なんでうまく行ってないんだ?」
「さあな。俺からはできる限りのことをしたさ。」
すると、スミタニの声がいきなり敬語になった。
「私老人付き添いサービスのスゥミィタァニッと申します。この度は奥様からご依頼を受けまして、なんだか夫が家出しそうだからついて行ってくれないかと...」
最初は何が何やら分からなかったが、後から考えてみると自分の行動は全て分かっていたということだろう。まったく...怖い話だ。
「で、なんなんだ?」
「奥様曰く、恥ずかしくて自己表現ができず、あなたと話すのも困難であるそうで...それで、」
極度のコミュ症...!?
「奥様から言伝を承っております。この間のあんぱん美味しかった、また買ってきてくれ、だそうです。あと、もっと話しかけてくれ、とも。」
「そうか...で、なんで嘘ついてたの?」
「そういう仕事ですから。」
スミタニはそれだけ言って降りて行った。残ったのはぬるくなった缶ビールとシウマイ、そしてハイチュウ。
「仕事...やめるか...」
列車はやがて松本駅に到着した。おばさんのアナウンスの中、スマートフォンを取り出して妻に電話する。
『はい?』
「俺だ。今長野の松本にいるんだけど...蕎麦、くわねぇか?」
電話の向こうですごい音がした。多分、転んだかなんかだろう。
『少し待っててください。すぐに向かいますから。』
「ああ、ゆっくりきなさい。」
電話を切ってポケットにしまう。今日の電話はコレ一度きり。あとはひたすら待ちぼうけ。
この作品は加山雄三氏の同名の楽曲からインスピレーションを得て執筆したものです。




