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第6球 地味だけど嫌いじゃないやつ


 正式に、テニス部に入った。


 入部届を出すとき、なっちゃん部長が「待ってたよー!」と肩をバシバシ叩いてきて、ちょっと痛かった。でも嬉しかった。歓迎されるって、いいもんだな。

 一年生の子らも最初は引いてたけど、すぐに慣れていったみたいだ。よかった。


 で、入部して最初に分かったこと。

 テニス部の練習、思ってたのと違う!


 俺はてっきり、毎日パコーンパコーンってラリーやるもんだと思ってた。違った、練習のほとんどは、地味なやつだ。


 ランニング、ストレッチ、素振り、フットワーク。ボールを使わない時間が、めちゃくちゃ長い。やっとボールを打つと思ったら、球出しでひたすら同じフォームの反復。右、右、右。次バック、じゃなくて俺の場合は左、左、左。


 ――まあ、でも。別に、嫌いじゃない、こういうの。


 むしろ慣れてる。野球も同じだった。素振り何百回、ノック何百本、走り込み。試合でかっこよく打つ前に、地味なやつを死ぬほどやる。スポーツってそういうもんだ。


 淡々とこなす。基礎は大事です。むしろ、体を動かしてるだけで楽しいからな。


 *


 基礎練の合間に、ルールも覚えた。

 これがまた、最初は「???」だった。


 点の数え方が変なんだよ。ゼロが「ラブ」で、一点取ると「フィフティーン(15)」、次が「サーティ(30)」、次が「フォーティ(40)」。数字だと規則性がないし、なんで1、2、3って数えないんだ。違和感バリバリ、誰だこれ決めたの。


 でもまあ、何回か見てたらなんとなく慣れた。要は4点先取で一ゲーム。何ゲームか取るとセット。何セットか取ると勝ち。簡単な点取り合戦だな。


 あと、サーブとリターンってのがある。


 各ポイントの最初に、自分でボールを上げて打ち込むやつ。野球でいうピッチャーの第1球みたいなもんか。でもって面白いのが、サーブを打つ側がけっこう有利らしい。

 だから「自分がサーブの番のゲームは、ちゃんと取りきる」のが基本なんだって。それをキープって言うらしい。要は先手を取るのが大事なんか。


 ほーん、と思った。

 ……いや待てよ。

 ってことは、だ。


 サーブが有利ってことは、サーブが下手だとその有利を捨てることになるってことだよな。逆に言うと、サーブがちゃんと打てれば自分の番は守りやすい。


 じゃあ、サーブもちゃんと覚えなきゃいけないやつだな、これは。

 そう思って、ちょっとサーブの練習も交ぜてもらおうとしたんだけど、藤崎から待ったが入った。


「気が早い」


 ばっさり言われた。


「あなたは、まずストローク。回転を覚えるのが先。見ておく、知っておく分には良いけど、サーブはそのあと」


 うっ。そうだった。


 俺、フラットしか打てないんだった。なっちゃん部長のぼよんってやつ(トップスピン、っていうんだったな)を返せなかった、あの悔しさは忘れられん。

 あれを返せるようになるには、まず自分が回転をかけられるようにならなきゃいけない。


 順番がある、ってことだな。あれもこれも、いっぺんには無理よってやつ。


 ……まあ、確かにそうだよな。サーブよりまず、目の前のあれだ。下から上に、こすり上げる。


 *


 というわけで、俺の当面の課題は決まった。


 トップスピン。下から上に、ラケットでボールをこすり上げて、回転をかける。


 これがな、結構難しいんだよ。


 頭では分かってる。藤崎の説明も聞いた。ラケットを下から上に振り抜く。ボールの後ろから上に向かって、こする。


 でも体がいうこと聞かない。

 俺の体、もう「叩く」で完成しちゃってるんだよな。この前藤崎がいってたけど野球の名残ってやつ。

 ボールが来ると、無意識に上から潰しにいく。何百回も振ってきた動きだから、勝手にそうなるんだわ。


 ちょっと上にこするくらいじゃ無理だわ。最後の最後でバシーんと叩いちゃう。


 結果パコーン、ってきれいなフラットが飛んでく。うまく打ててるんだけど、これじゃダメなんだ。今は、わざと「きれいに飛ばさない」のが正解。変な感じ。


 ……どうすりゃいいんだ、これ。


 ちょっと、考えた。


 叩く癖が抜けないなら、いっそ、叩けない振り方をすればいいんじゃないか。極端に、下から上にだけ振る。ボールが前に飛ばなくてもいい。とにかく「こする」だけをやってみる。


 やってみた。


 ボールがぼてっと近くに落ちた。全然飛ばない。


 でも。


 あ、今の、ちょっと回転かかってた気がする。落ちたあとで変な転がり方した。


 ……これか? この感覚か?


 よく分かんないけど、何かのとっかかりは、掴んだかもしれない。とりあえず、これを繰り返してみよう。飛ばなくていい。こする感覚を体に覚えさせる。


 地道だなー。めちゃくちゃ地道。


 でも、嫌いじゃない。むしろ、できなかったことが、ちょっとずつできていくのは楽しいまである。


 *


 あと、自主練で朝にランニングを始めた。


 正直、入部して最初の何日かで気づいたんだけど、俺、結構体力落ちてる。

 野球やめてから、ろくに運動してなかったツケだ。ラリーちょっとやっただけで息上がってたの、あれ普通に運動不足だ。


 テニスって、思ってたより全然きついスポーツだったんだよな。コートの中を、左右に何回も全力ダッシュ。一試合やったら、野球の何倍も走るんじゃないか、ってくらい。


 だから、走ることにした。朝、学校行く前に、家の周りを軽く。徐々に距離を伸ばしていこう。


 こういうのは、地道にやるしかない。一日二日で体力は戻らないからな。野球で知ってる。毎日コツコツ積むやつなんだよね。


 いやー、しかし。


 やること、多いな!


 ストロークの回転、フットワーク、体力、いずれサーブも。覚えることが山積みだ。二日前まで「楽しい!」だけで打ってたのが、嘘みたいだ。


 でも、不思議としんどくはない。


 やること多い=伸びしろだらけ、ってことだろ。全部できるようになったら、俺、どれだけ打てるようになるんだ。想像すると、ちょっとにやけてくる。なっちゃん部長をギッタギタにしてやるぜ!


 とりあえず今はストローク、回転の習得! フラットはできてるみたいだからその分、先に進んでる……はず?

 まぁ行き詰まってきたら藤崎大先生に頼ろう! 助けて真白えもんってさ。


 というか藤崎さん、マジでテニス知識ハンパないのよね。教え方も上手いし、最近の一年生どうなってんの。

 でも他の一年は普通な感じがするし、あんな感じなの藤崎さんだけっぽいしなぁ。今度聞いてみよ。

 


 *


 そんな感じで、一週間が過ぎた。


 その日の放課後。今日こそ壁打ちで回転を習得しちゃる!と息巻いてたら、見慣れない人がコートにいた。

 大人の女の人。ジャージ姿で、コートの隅で、なっちゃん部長と何か話してる。先生……じゃない、よな。うちのジャージじゃないし。


 誰だろ。


 ぼーっと見てたら、藤崎さんが、その人のところに小走りで寄っていって、何か話して、それから俺の方を振り向いた。


 で、手招きした。

 俺を、呼んでる。


「千両君、ちょっと来て」


 なんだ?


 ラケット置いて、近づいていく。その大人の人が、俺をじっと見てた。なんか、品定めされてる感じ。なっちゃん部長が俺を見るときの「面白いやつ」って目とも、藤崎さんの「意味分かんない」って目とも、違う。もっと、こう、値踏みするような目だ。


 藤崎さんが、その人を手で示して、言った。


「千両君、紹介する。こちら――」


 *


 ん。


 ……コーチ?



【作者あとがき】

 この度はお読み頂きありがとうございました。


 もし不都合でなければ、応援・評価の程、よろしくお願いします。それでは引き続きよろしくお願いします。

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