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両利きのテニス初心者だけど、気づいたら美少女参謀とプロを目指してた  作者: 二刀
第3章 相模テニストーナメント編

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34/43

第31球 リズムを死守せよ


=== 千両利士 ===



 第一セット、ゲームカウント<4-4>。



 内田君の緩急にまだ振り回されていた。


 速い球と遅い球。その落差に体がどうしても引っぱられる。ボールに合わせにいって打点がずれる。スイングが縮こまってフォームが崩れているのが分かった。


 ……合わせよう、合わせよう、としすぎているのか?


 ふと、そんな考えがよぎった。


 速い球には速く、遅い球には遅く。相手のテンポに自分を寄せようとしている。だから毎回リズムが変わって、何スイングが安定しない。


 スイングが中途半端でスピードが上がらないから、トップスピンもかからない。


 藤崎の言葉が、頭に浮かんだ。

 

『――崩されなければ、相手が焦る』


 崩されないってどういうことだ。相手のペースに合わせないこと。つまり――相手に合わせるのをやめればいい。


 どんな球が来ても自分の振りは変えない。速かろうが遅かろうが、全力で振り抜く。相手のリズムじゃなく、自分のリズムで打つ。


 ……そうか。そういうことか。


 すっと視界が開けた気がした。今まで内田君の手のひらの上で踊らされていたような気がした。じゃあ踊るのをやめればいい。たったそれだけのことだった。


 次の内田君のサーブ。前のポイントはフラット気味の速いサーブだった。それに対して遅い、緩いスライスサーブが来た。


 いつもなら合わせて自分のペースで打とうとしてしっちゃかめっちゃかになってた。でも——もう合わせない。


 大きく踏み込んで、下から上へ、思い切り振り抜いた。スイングスピードを緩めない。ボールにたっぷり回転を乗せる。


 ズン、と重い手応えが、ラケットに残った。


 ズパァン!


 高く弾む重いトップスピン。エッグボールだ。卵みたいな放物線を描いて、内田君のコートの深くにドスッと刺さった。


 するとコートに深く跳ねるボールの球威に押されたのか、内田君の返球が初めて浅くなった。


 これだ——、崩されなければ相手が焦る。その意味が今になってようやく腑に落ちた気がした。



 *



 さっきのエッグボールは手応えがあった。


 エッグボールは、ただのトップスピンのストロークじゃない。ボールの軌道が(エッグ)のように丸い軌跡を描く。


 速度も100km/h以上あり、コート奥に深く入り相手に主導権を奪わせないことから超攻撃的なストロークとも言える。


 このショットを使えば、遅い球の返球をただ返すだけじゃない。遅い球こそ自分から踏み込んで、強い回転でねじ込む。


 そうすれば内田君の「遅い球で崩す」が通用しなくなる。


 続く一球は逆だった。鋭い速いトップスピン。今までなら、スピードの落差にびびって差し込まれていた球だ。


 でももう引かない。左側のやや浅いクロスに来たボール、俺は焦らず左手で構える。

 

 両手フォアの強みは握り替えのいらない、両側のリーチだ。早めに打点へ入って、来た速さを、そのまま、相手の左足元へ、跳ね返す!


 パァン。


 深いラリーになった。内田君が、緩急で、揺さぶってくる。速い、遅い、速い、遅い。けれど、もう、惑わされない。


 大事なのは相手に合わせず、どれだけ自分が能動的にテニスをできるか。


 どの球も自分のスイングで深く押し込む。一球ごとに地面を踏みしめる感覚が戻ってくる。


 ……これだ。これが俺のリズムだ。


 スイングスピードが戻ってきた。さっきの中途半端なスイングとはまるで違う——。

 球が、沈む。狙ったところに収まり始めた。


 ラリーの主導権が少しずつこちらに傾いていく。内田君が、ベースラインの後ろへ下げられ始めた。


 ゲーム<5-4>


 内田君のサービスゲームをついにブレイクした。


 

 === 内田海斗 ===


 ……変わった。


 あの新人の、千両君の球質が変わってきた。


 さっきまで、こちらの緩急に面白いように崩れていた。合わせよう合わせようとして、勝手にリズムを失っていた。あのまま行けば押し切れる、そう考えていた。


 なのにある瞬間から、千両君は合わせるのをやめた。


 遅い球を出しても、構わず強く打ち込んでくるようになった。

 重い回転をかけて深く沈めてくる。速い球にはリーチを活かして早々と打点に入る。

 緩急で揺さぶってもまるで動じない。自分のテンポを頑として崩さない。


 ……まずいな。


 これは、嫌な展開だ。

 緩急は相手のリズムを奪って初めて有効になる。テンポを乱して、崩して、決定打を生む。強い武器のない俺の唯一の戦い方だ。


 でも相手が、自分のリズムを絶対に手放さなかったら。揺さぶりが効かず、崩せない。崩せなければ、俺には相手からポイントをとる術が極端に狭まる。


 焦りが、じわりと滲んだ。


 ——簡単に俺の戦術が崩されてたまるか。俺が血の滲むような努力で会得したテクニックなんだ。

 

 なんとかペースを取り戻そうと、落差をもっと大きくしようとする。もっと速く。もっと遅く。

 でもそれが裏目に出た。極端にしようとして、自分のショットが甘くなる。


 その甘い球を――千両君は、見逃さなかった。


 

 === 千両利士 ===


 来た。甘い球。


 内田君のチェンジオブペースが、焦りでわずかに乱れた。中途半端な浅いトップスピン。これは絶好球だ。


 左サイドへ踏み込んだ。進捗に、それでも大胆に足を運ぶ。左手のフォア。狙うのは対角線のクロス側、いちばん鋭い角度。


 スパァン!


 ショートクロス。


 ボールが深く沈みコートの隅へ切れ込んだ。内田君は一歩も動けなかった。


 決まった。


 <6-4>。


 第一セット、先取。



 *



 第二セット。


 もう振り回されることはなかった。


 内田君の緩急は相変わらず巧みだ。速い球と遅い球を巧みに織り交ぜ、こちらのペースを奪おうとする。確かに見事な技術だと思う。

 一つ一つの球は、第一セットと何も変わっていない。


 でも受け取るこちらの意識が変わった。


 第二セット、第一ゲーム。

 俺のサービスゲーム。俺のセカンドのリターン、緩いスライスから入ってきた。読みどおりだ。

 踏み込んで、エッグボールで、ややストレート気味に深く返す。内田君は下がらざるをえない。


 次の速い球も両手フォアのリーチで捌いて、相手の逆サイドへ放ち左右へ振らす。内田君の足が止まった。


 ゲーム<1-0>


 この内田君のサービスゲームは正念場だと、ここをなんとしてもキープして、ペースを取り戻したいと考えているだろう。

 俺はここを撃破(ブレイク)して勢いをつける。

 エッグボールで攻撃的にリズムを維持する! 


 ゲーム<2-0>、<2-1>、<3-1>、<4-1>……


 内田君の表情が、苦しそうに歪んでいく。

 試合が始まってから、初めて見せる苦しげな顔だった。崩そうとして、崩せない。


 もうこちらが惑わないことで、内田君にはリズムを奪い決定打を得る攻め手がなかった。


 それでも——、内田君は最後まで緩急を捨てなかった。

 まるで意地のように速い球と遅い球を織り交ぜ続ける。ここで別のテニスに逃げないところに、この人のこれまでが見えた気がした。


 けれども俺はもう止まらない。

 自分のペースはエッグボールで守りきる。甘くなった球は、ショートクロスで仕留める。


 <6-3>。


 第二セットも、取り切った。


「ゲーム、セットアンドマッチ。<6-4>、<6-3> ウォンバイ・千両。」


 ……勝った。


 初めて当たった緩急のタイプ。

 最初はかなりペースを奪われた。それで最後は、自分のリズムで押し切った。

 俺は体の横でガッツポーズをした——。



 *



 内田君とはネット際で握手を交わした。


 内田君は悔しそうに、でもどこか晴れやかな顔をしていた。


「……強いな、千両君だっけ。完全にこっちのテニスを攻略された」


「いや。内田君のチェンジオブペース、本当にやられたよ。途中まで何もできなくて」


「そう言ってもらえると、救われるよ」


 内田君は汗を拭きながらぽつりと続けた。


「俺、背が伸びなかったんだ。兄貴たちはでかくてパワーがあった。けど俺はそうじゃなかった。フィジカルじゃ戦えない。だから緩急の技術を磨いた」


「……」


「君みたいに生まれ持った武器があるやつが、正直羨ましいと感じたよ。でも――今日、分かった。君は、その武器にあぐらをかいてない。崩されても自分の力でリズムを掴み返してきた。だから負けたことにすごく納得してる」


 内田君がまっすぐこっちを見た。


「次も勝ち上がれよ。俺を倒したんだ。中途半端なところで、負けるなよ」


「……はい。ありがとう」


 俺たちはそう言って握手をした。

 持っているものは違う。自分の武器を必死に磨いてきたのは、同じだった。

 内田君のテニスには、彼の生き方が、丸ごと詰まっていた。勝てて嬉しい。けど彼と、内田君と試合ができたことが、それ以上に良かったと心から思えた。



 *



 準決勝を突破した。次は決勝だ。


 スタンドから降りてきた藤崎が、駆け寄ってきた。


「お疲れさま。……見事だったわ。途中まで完全に飲まれてたのにね。ほんともう、あれだけ言ったのに……。まぁ良かったわ、勝てたんだし」


「藤崎の言葉、思い出したんだ。崩されなければ相手が焦るって。あれで気づけた」


「気づくのが遅いのよ。ひやひやさせないで。さぁ次は決勝よ、受付に行ってクールダウンしてきなさい」


 藤崎がタブレットに目を落とした。


「次の決勝。相手は――たぶん源烈みなもとれつ。この大会の優勝候補よ」


 源。優勝候補。神宮寺君も名前を出していた相手だ。


 ここまで来た。あと一つ勝てば初優勝だ。


 藤ヶ谷オープンで、二回戦敗退。あのときの自分からは、考えられない場所に立っている。


「やってやるよ」


 ラケットを、握り直した。


 決勝の舞台がすぐそこに待っていた。



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