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第1話.はじまりは、春の廊下

桜はもう半分ほど散っていて、校門までの坂道は薄い花びらの絨毯みたいになっていた。

その上を踏みしめながら、俺ー神谷かみや 悠真ゆうまは、これから始まる高校生活のことを考えていた。

期待は、正直あまりない。

中学の頃から、俺は目立つタイプじゃなかった。

クラスの中心にいるやつらを遠くから眺めて、たまに笑って、静かに一日が終わる。

そんな毎日。

高校でも、きっと同じだと思っていた。

「神谷!同じクラスらしいぞ!」

後ろから声をかけてきたのは、中学が同じだった高橋。

明るくて、友達も多くて、俺とは正反対のやつだ。

「ああ、そうなんだ」

「反応薄っ!もっと喜べよ!」

笑いながら俺の背中を叩く。

痛い。でも嫌じゃない。

教室に入ると、まだ誰もが少しぎこちなくて、

知らない顔ばかりなのに妙に静かだった。

担任の話、自己紹介、教科書の配布。

すべてが淡々と進んでいく。

そして、最初の休み時間。

高橋が言った。

「なあ、三年にすげえ美人いるって知ってる?」

「知らない」

「朝倉凛っていうんだけどさ、学校で一番って噂」

興味がない、という顔をしたつもりだった。

でも、心のどこかが少しだけ引っかかった。

――それが、最初の予兆だったのかもしれない。

昼休み。

購買に行こうとして、二階の廊下を歩いていたとき。

窓が開いていて、春の風が吹き抜けていた。

カーテンがふわりと揺れる。

その向こう側に。

一人の女子生徒が立っていた。

長い黒髪。

白い肌。

整いすぎている横顔。

制服の着方すら、どこか大人びていて。

周りにいた何人かの生徒が、距離を置いて彼女を見ている。

まるで近づきがたい何かみたいに。

(……もしかして)

胸がざわつく。

そのとき、彼女がゆっくりと顔を上げた。

目が合った。

世界の音が、消えた。

心臓の音だけが、やけに大きい。

彼女の瞳は、黒に近い深い色で、

吸い込まれそうなくらい静かだった。

綺麗、という言葉だけじゃ足りない。

どこか寂しそうで、でも強くて。

目が離せない。

逸らさなきゃいけないのに。

動けない。

「一年生?」

不意に声が落ちてきた。

近い。

いつの間にか、彼女は俺の目の前まで来ていた。

「は、はい」

情けないほど声が震える。

彼女は小さく首を傾げた。

「そんなに怖い?」

「ち、違います」

笑った。

その瞬間、空気が少しだけ柔らかくなる。

「名前は?」

「神谷、です」

「神谷くん」

自分の名前が、こんなに特別に聞こえたことはなかった。

「私は三年。朝倉凛」

やっぱり。

さっき高橋が言っていた名前。

学校で一番の美人。

でも、噂なんかよりずっと――

現実の方が、強かった。

「覚えておくね」

たったそれだけの言葉。

なのに。

胸が、苦しいほど熱くなる。

朝倉先輩は少しだけ窓の外を見てから、

また俺の方に視線を戻した。

「高校生活、楽しめそう?」

質問の意味が、うまく理解できなかった。

でも。

「……まだ、わかりません」

正直に答えた。

先輩は少しだけ目を細めた。

「そっか」

風が吹く。 

髪が揺れる。

光が差し込む。

その全部が、やけに鮮明で。

この瞬間が、一生終わらないんじゃないかと思った。

「でもね」

先輩は、静かに言った。

「何か一つでも好きなものができたら、きっと変わるよ」

その言葉の意味を考えるより先に。

俺は、もう気づいていた。

――好きなものなんて、もうできてしまった。

目の前にいる。

この人だ。

俺はきっと。

この先輩の瞳に。

恋をした。


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