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編み物好きの女子が悪役令嬢に転生したら、国を丸ごと癒やしてしまった話  作者: 南蛇井


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第8話:ミラベル登場、完璧な令嬢と冷たい視線

その日、学院の空気が、どこか張りつめていた。

原因は一つ。


期の途中にもかかわらず、王都でも滅多に見られない名門の令嬢――ミラベル・フォン・オルブライトが転入してきたのだ。


静かな足音で石畳を踏みしめ、長い金の髪を揺らして歩く姿は、まるで絵画から抜けだしたようだった。

すれ違う生徒たちは気づけば道を開け、息を潜め、ただ見上げてしまう。


完璧な姿勢。

乱れも隙もない礼儀作法。

横顔だけでも、人を黙らせるほどの気品。


「……本物の貴族って、ああいう人よね」

「公爵令嬢? レベルが違うわ」


誰かが囁けば、また誰かが頷いた。

ここにいる全員が、彼女を“正統派の貴族”として受け入れてしまう。

畏怖と敬意と、少しの羨望とともに。


そして、誰もが知っているあだ名を思い出す。


――氷の華。


美しいが、誰も触れられない。

近寄れる者も、おそらくいない。


そんな空気の中、アメリアは少し首を傾げていた。


(……きれいですわね。お人形さんみたい)


けれど、周囲の視線は冷たかった。

まるで「公爵令嬢のあなたとは、格が違う」と告げるように。


昨日まで注目の的だったアメリアは、

今日、完全に“異物”となった。


静かで、しかし確実に空気が入れ替わる。

学院は、新しい“中心”を迎えたのだった。



転入初日のホームルームが終わり、教室の空気はまだ緊張で固まっていた。

そんな中、第一王子レオンハルトが席を立つ。


王子が新入生へ挨拶に向かう――それだけで、教室は息を呑んだ。


王子「オルブライト令嬢、ようこそ。我が王国の学院へ」


完璧な微笑。

生徒たちは当然、優しい言葉のやり取りや、親しげな会話を期待した。


だが、ミラベルは静かに立ち上がり、深く、過不足のない一礼を返す。


ミラベル「お招きに感謝いたします、殿下。学びの場に相応しく振る舞う所存です」


それだけ。

柔らかい笑みも、余計な会話も、一切ない。


王子も同じく短く頷いて、席へ戻る。


レオンハルト「うむ。では、良い学びを」


まるで儀式のような挨拶だけが交わされ、空気は再び静かに落ち着いた。


しかし――周囲は勝手に受け取る。


「王子だって、軽々しく話しかけられないんだわ」

「やっぱり特別な家の令嬢は、扱いが違うのね」

「アメリア様には話しかけたのに……この人には距離を置いてるなんて」


言葉とは裏腹に、そこには尊敬と羨望があった。


誰も知らない。

ミラベルはちやほやされることが嬉しくない。

むしろ、距離を保たれることを望んでいる。


完璧な令嬢。

孤高の才媛。

その氷の花は、今日も冷たく咲き誇る。


――ただひとり、アメリアだけが

(あら……殿下、ちょっと緊張していらっしゃる?)

と、場違いなくらい穏やかに見ていた。

昼休み。

廊下は生徒たちのざわめきと、靴音が響く。


アメリアが毛糸の袋を抱え、ゆっくりと歩いていると――

前方から、完璧な姿勢で歩く一人の少女が現れた。


ミラベル・オルブライト。


シルクのような白金の髪、無駄のない所作。

すれ違う生徒たちが自然と身を引き、道が空く。


アメリアは笑顔で軽く会釈した。


「ごきげんよう、ミラベル様」


ミラベルは――止まった。

一瞬だけ、視線が重なる。


その瞳は冷たくも、苛立ちでもない。

ただ、 深く、静かに計測するような眼差し。


観察。

判断。

測定。


まるでアメリアという存在を、丁寧に解剖するように。


アメリア(心の声)

(……視線が硬い。嫌われましたの?)


ミラベルは何も言わず、そのまま歩き去る。

気品はあるのに、空気は氷のよう。


周囲では、すぐに囁きが生まれる。


「ちょっと……今、目を合わせた?」

「信じられない……ミラベル様に視線を返すなんて」

「アメリアって、空気読めないのね」


アメリアはただ、微笑みを保って歩き続ける。


彼女は何もしていない。

挑発も、失礼もしていない。


――それでも、勝手に敵意が生まれていく。


毛糸の袋を握りながら、アメリアはそっとため息をついた。


(目を合わせただけで……戦争ですの?

 世の中の令嬢は、繊細すぎますわ)


しかし、ミラベルの視線は確かに残っていた。


嫌いではなく、興味を持った者の目。

ただし、簡単に心を許す気はない。


氷の花は、まだ距離を測っている――。


新しいクラス。

教師がミラベルを前に呼び出すと、教室の空気は自然と張り詰めた。


ミラベルは一礼し、淡々と自己紹介を始める。


「ミラベル・オルブライトと申します。

 短い間ではありますが、よろしくお願いいたしますわ。」


声は澄んで、礼儀正しく、簡潔。

余計な愛想も、弱さもない――完璧な“貴族の挨拶”。


教師は微笑み、次の課題を口にした。


「では今日は、席の近い者同士で二人組を作って作業を進めるように」


その瞬間、教室に微妙なざわめきが起きた。


(どうするの……誰が声をかける?)

(ミラベル様と組むなんて、恐れ多いわ)

(そもそも、断られたら立ち直れない……!)


誰一人、動かない。


ミラベルは静かに立ったまま、周囲を見ようともしない。

興味がない、というより――近づかれることを拒む空気をまとっている。


アメリアは、そんな空気に耐えられなかった。


(あのままでは、誰も声をかけませんわ……

 それに、寂しいのはきっと嫌でしょう)


勇気を振り絞り、アメリアが立ち上がる。


「もしよろしければ、ミラベル様。

 ご一緒に作業を――」


その瞬間。

ミラベルはわずかに顔だけを向け、アメリアを見据えた。


視線は冷たくない。

ただ、深く、測り取るような眼。


そして――


「結構ですわ。」


教室が凍りつく。


ミラベルは続ける。

静かで、丁寧で、侮蔑の欠片もない声で。


「あなたとは、目的が違いますので。

 ご配慮だけ、ありがたく受け取っておきます。」


丁寧な言葉。

だが完全な“線引き”。


アメリアは目を瞬かせ、ゆっくりと席へ戻る。


(……嫌われた、というよりは……

 距離を置かれただけ、ですのね)


周囲は息を殺し、誰もミラベルに近寄らない。


その姿は、

まるで氷の彫像のように、静かで美しい。


だが――その瞳は、一度だけアメリアを追った。

微かな興味と、警戒。


「あなたは、何者なのかしら」

そう言っているような目。


教室は静寂に閉ざされ、作業はぎこちなく始まった。


誰もまだ知らない。

この拒絶が、二人の運命の糸を強く結び始めたことを――。

アメリアが席へ戻るのを、ミラベルは横目で見送った。

教室の空気が凍りついたことも、周囲が息を潜めていることも、すべて分かっている。


だが――申し訳なさも、後悔もない。


(……安易に距離を縮めるつもりはありませんわ)


机に視線を落としながら、ミラベルは静かに思考を巡らせる。


アメリア・ベルフォード。

公爵令嬢。

最近、学園で最も騒がれている少女。


いじめも、陰口も、自業自得ではない。

噂の中心にいるのに、泣き叫ぶことも、誰かに助けを求めることもなく

ただ淡々と「編んで」いるだけ。


それで――人々の心が、ほどけていく。


(薬も使わず、魔法も使わず……ただの毛糸で?)


そんなこと、ありえるはずがない。


ミラベルの生家は、王家付の医師団と深い繋がりがある。

幼い頃から、魔力の揺らぎ、病の兆候、人の心の脆さを見続けてきた。


だからこそ――分かる。


(あれは偶然ではありませんわ。

 癒やしの魔力……それも、極めて静かで、柔らかい波動)


だが問題はそこではない。


「光を見た」と証言する生徒が数人。

「手袋を触っただけで泣き出した」と言う者もいる。


もし本当なら――それは、ただの特技ではない。


それは、力だ。


(危険である可能性も……じゅうぶんにあり得ますわ)


アメリアは人を救った。

苦しんでいた子供を眠らせ、荒れた少年の心を柔らげた。


だが――力を持つ者は、必ずしも善に留まるとは限らない。


(善人か悪人か、そんな表面的なこと……まだ判断できませんもの)


だから、線を引いた。

拒絶ではなく――観察。


ミラベルは目を閉じ、小さく息を吐いた。


――ほんの少しだけ、胸が痛む。


(あの方の瞳は、優しかったのに)


手を差し出された瞬間、何かが揺れた。

けれど、それを受け取るには――まだ早い。


(あなたは何者? アメリア・ベルフォード)


氷の華と呼ばれる少女は、静かに目を開き、前を向いた。


まだ心は解かさない。


けれど――ほんの、かすかに。


興味が芽生えていた。


昼休みの食堂。

ざわめきの中、アメリアは席を探してきょろきょろと視線を漂わせていた。


友達がいないわけではない。

けれど、最近は「絡んだら噂に巻き込まれる」という理由で、

気まずそうに距離を置かれてしまうことも多い。


(まぁ……仕方ありませんわね)


ふっと肩の力を抜き、ひとり静かな席を探そうとした――その時。


背後から、冷たい、しかし澄んだ声が落ちた。


「――あなた、なぜ人に編み物を渡すのですの?」


アメリアは振り返る。

白い手袋、整った立ち姿、氷のように静かな瞳。


ミラベルだった。


「ミラベル様……?」


「噂は、嫌というほど耳に入りますもの。

 寝られない者に寝帽子、泣き虫の子には手袋……。

 あなたは慈善家のつもりかしら?」


刺すような言葉ではない。

ただ、真実を測るような声音。


アメリアは小さく微笑み、首を横に振る。


「そういうつもりではありませんわ。

 困っている人を見ると……つい、手が動いてしまうだけですの」


「見返りもなく? 貴族の作法としては、随分と無防備ですわね」


周囲の空気がまたざわつく。

“氷の華”が誰かと直接言葉を交わすだけで、視線が集まる。


アメリアは、それにも怯まず穏やかに言った。


「編んだものを渡して、笑っていただけたら――

 それで、十分ですわ」


ミラベルの瞳が、ほんの一瞬だけ揺れた。


口元は微動だにしない。

けれど、確かに何かが触れた。


(……本当に情だけで動く?

 それとも、誰にでも優しい“偽りの仮面”?)


氷の華は沈黙し、ほんの一歩だけ後ずさる。


「……では、その優しさが本物かどうか――

 いずれ、確かめさせてもらいますわ」


言い残し、踵を返す。


アメリアはぽかんとしたまま頭を下げた。


(嫌われておりますの、やはり……?)


いいえ。


ミラベルは去りながら、胸の奥でそっと呟いた。


(優しさとは、弱さにもなり得る。

 けれど――あの眼差しは、偽りを好まない光をしていた)


その光に、心のどこかが、ほんの少しだけ――温かくなった気がした。


アメリアが去っていく背中をぼんやり見送り、

食堂に再びざわめきが戻る――はずだった。


けれど、その近くで小さく、しかし刺すような声がこぼれる。


「……見た? あれ。ミラベル様にまで媚びるなんて」


「必死ね、あの公爵令嬢。

 罪人の娘のくせに、品位なんて――」


その瞬間、空気がひゅ、と冷えた。


ミラベルが振り返る。

ゆっくり、わざと音を立てずに。


視線が、氷そのものだった。

声を発した令嬢たちは、息を飲む。


食堂全体が静まっていく。

椅子を動かす音すら止まり、誰もが息を潜めた。


ミラベルは歩み寄り、淡々と告げる。


「――言葉は、品位の鏡ですわ。

 口にした瞬間、そのままあなたの育ちが露わになるもの」


小さな声でもなく、怒声でもない。

ただの事実を告げるような、完璧な声音。


令嬢たちは蒼白になり、しどろもどろに頭を下げた。


「も、申し訳ございません……!」


ミラベルは一切振り返らず、歩を進める。

誰も何も言えない。


食堂中の視線が彼女を追い、

しかし誰も“アメリアを庇った”とは言わない。


いいえ、言えない。


彼女の行動は――ただの礼儀の矯正。

人としての、立場としての、品位の問題。


「……ミラベル様が注意したの、初めてじゃない?」

「相当、不快だったんだ……」

「アメリアの味方じゃなくて、マナー違反が嫌いなだけよ」


それでも、確かに残った。


――ミラベルは、アメリアの“敵”とは限らない。


むしろ。


誰よりも冷たく見えて、

誰よりも筋の通った少女なのだと。


その日から、生徒たちの視線はほんの少しだけ変わっていく。


アメリアへ向けられていた嘲笑が、

“敢えて口に出せない沈黙”に変わったのだった。




放課後の校庭は夕景に染まり、

寮へ向かう生徒たちの足音が細く伸びていく。


アメリアも静かに歩き出した――そのとき。


「アメリア・フェルディナンド」


名を呼ぶ声が、背中に落ちた。


振り返ると、ミラベルが立っていた。

夕陽を背に、表情は読めないほど静かで、紛れもなく威圧感があった。


アメリアは思わず姿勢を正す。


「……ミラベル様?」


ミラベルは一歩近づき、淡々と告げる。


「次に困っている人へ編み物を渡すとき――その場に、私も立ち会わせて」


アメリアの指が、小さく震えた。


「……え?」


まるで、善意の罪を問いただす審問のようで。

だが、声は穏やかだった。


「噂では判断しませんの。

 見間違えて人を裁くほど、私は愚かではありません」


ミラベルの瞳は真っすぐで、冷たくはなかった。


「実際を見て、あなたが“本物”かどうか……それだけです」


アメリアは息を呑む。


否定されてもいない。

信じられてもいない。


ただ、見極められようとしている。


その緊張を破ったのは――周囲の小さな声。


「み、ミラベル様が……!」

「アメリアさん、試されるの……?」

「こわ……!」


令嬢たちが震え、廊下の空気が張りつめる。


けれど、もっと遠く。

校舎の階段の上から、第一王子がその光景を眺めていた。


腕を組み、どこか楽しげな微笑みを浮かべながら。


「……また、面白いことになってきたな」


アメリアもミラベルも気づかない。


新たな視線は味方か、審問か――

あるいは、どちらでもない別の興味か。


夕陽が地平を染めるなか、物語はさらに絡み合う。




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