表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
編み物好きの女子が悪役令嬢に転生したら、国を丸ごと癒やしてしまった話  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/40

第38話:「王宮祝賀」

王宮最大の大広間は、いつもの荘厳さよりも、どこか温かな空気に満ちていた。


高い天井から吊り下げられた水晶のシャンデリアは柔らかく光を落とし、その下で揺れるのは――煌びやかなドレスや軍服のはずなのに、今日はそれだけではない。


淡い桃色のマフラー。

深緑の手袋。

銀糸を織り込んだ小さなブローチ。


どれも、アメリアがこれまで孤児院や街の人々へ贈ってきた“手編みの小物”を真似たものだ。


その色と、編み目の柔らかさが大広間をまるで春の庭のように染めていた。


貴族も、平民も、騎士たちでさえ――

どこか誇らしげにその小物を身につけ、互いに見せ合っている。


ざわめきは穏やかで、どの顔にも自然な笑みが浮かんでいた。


ミラベルがアメリアの袖をつまみ、目を輝かせて身を乗り出す。


「ねえ、見て。……あなたの色が、こんなに広がってる」


その声は弾むようで、けれど少し誇らしげでもあった。


アメリアは思わず胸に手を当てる。


温かい。

でも信じられない。

胸の奥が、じん、と震える。


「……私の、色……」


目の前の景色が、どこか夢のように滲んで見えた。


自分がひっそり編んだ小さな贈り物が――

ただ誰かを守りたい、温めたいと願って作ったものが――


こんなにもたくさんの人に真似され、受け入れられ、広まっている。


うれしい気持ちと、戸惑いが胸の中でふわりと混じり合い、

アメリアは小さく息をこぼした。


「……こんな日が来るなんて、思わなかった……」



王子アルベルトの主導で開かれた今日の祝賀会には、ひとつ異例の決まりがあった。

――剣技の披露も、武の競い合いも、一切行わない。


王宮で開かれる式典では、騎士団の実演や模擬戦が恒例だ。

それはこの国の誇りでもあり、貴族たちの楽しみでもあるはずなのに――

今日は誰も剣を帯びてすらいなかった。


その空気の変化に、アメリアは気づいていたものの、理由までは分からなかった。


少し離れた場所で来賓と話していたアルベルト王子が、ふとアメリアの方へ視線を向ける。

そして、彼女にだけ分かるように静かに歩み寄り、小さく微笑んだ。


「今日は……貴女が作った“やさしい未来”を見てもらう日だ」


アメリアは一瞬、言葉の意味が掴めず瞬きをする。


王子は続けるわけでも、説明を付け加えるわけでもなく、

ただ穏やかな瞳でアメリアを見つめていた。


だが――知らないのはアメリアだけだった。


この祝賀会の準備で、アルベルトは裏でかなり奔走し、

“誰の誇りも傷つけず、誰も争わない一日”を実現させるために

数多くの調整を行っていた。


剣を好む武官たちも、力比べを期待していた貴族たちも、

今日だけは彼の意志に従い、穏やかな会を選んだのだ。


アメリアに戦いを見せたくない。

この場を、彼女が紡いだ優しさで満たしたい。


その願いが、今日の大広間に流れる温度を作り出していた。


アメリアは胸の奥が、ゆっくりと、じんわりと温かくなるのを感じる。


「……わたしなんかのために……そんな……」


小さく震えた声は、誰にも聞こえないほどの囁きだったが、

王子の優しい眼差しを受けて、

その温もりが胸の深くまで染み込んでいくのを感じた。

大広間には、いつもの光る飾りや宝石のきらめきとは違う、

もっと素朴で、もっと温かな色が満ちていた。


それは――アメリアがこれまで人々に贈ってきた“編み物”が、

王宮という最も格式高い場に、自然と溶け込んでいた証だった。


孤児院の子どもたちが身につけてきた、少し形のいびつなマフラー。

若い騎士たちが手首に巻いた、素朴なリストバンド。

貴族の淑女たちがドレスに合わせた、細やかなレース編みのショール。

さらには、お忍びで参加している庶民の少女が大事そうに抱えた小さな巾着袋。


どれも“アメリアの色”で満ちている。

そして――今日のためにと、彼女の編み方を真似した新作たちまで加わっていた。


その合間を歩くと、さりげなく聞こえてくる会話がある。


来場者A(小声で)

「この縫い目、最近の流行らしいぞ。アメリア嬢の……あれだ」


来場者B

「“アメリア編み”だろう? 人を大切にする編み方、って聞いたよ」


来場者C

「触れると心が落ち着くらしい。子どもたちにも人気でな」


“アメリア編み”


あまりに自然に語られているその名前に、アメリアは足を止めた。


――わたしの……編み方が……?


胸がきゅう、と熱くなる。

まるでこみ上げるものを隠すように胸元を押さえ、視線を落とした。


恥ずかしい。

でもそれ以上に、嬉しくて、くすぐったくて――

世界が少しだけ柔らかく見える。


(あの“断罪の舞踏会”だった場所が……

 こんな温かい空間になる未来があるなんて……)


前世の記憶が一瞬よぎり、アメリアは密かに震えた。

あの冷たい結末を常に恐れていた自分が、今は違う光景の中に立っている。


自分が変わったのか。

世界が変わったのか。

――それとも、誰かが変える力をくれたのか。


胸いっぱいの想いを抱えながら、アメリアはそっと息を吐いた。


この温もりは、たしかにここにある。


大広間のざわめきが、ふっと途切れた。


王子アルベルトの澄んだ声が響く。


アルベルト

「アメリア嬢。こちらへ」


突然の指名に、アメリアの心臓がどくんと跳ねる。

視線が一斉に彼女へ向き、会場の空気がゆっくりと静まっていく。


ミラベルがそっと背中を押し、アメリアは小さく頷いた。

足元が少し震えているのを必死に抑え、壇上へと歩みを進める。


壇上に立つと――

あまりの静けさに、アメリアは思わず息を呑んだ。


さっきまでの笑い声も談笑も遠く、

広い大広間のすべてが、彼女の一言を待っている。


アメリア

「……わたしは……」


声を出すだけで喉が詰まる。

けれど深呼吸をし、胸に手を当てて続けた。


アメリア

「わたしは、ただ……誰かを助けたくて……

 編んできただけなんです」


布の擦れる音すら消え、誰一人動かない。


アメリア

「でも……今日こうして……

 皆さんが笑って、その手編みを身につけてくれて……」


言いながら、目の奥が熱くなる。

“泣かない”と決めていたのに――胸の奥があふれそうだ。


アメリア

「それだけで……胸が、いっぱいで……」


声が震え、息を吸う音がマイクに乗る。


涙を見られたくなくて、指先でそっと目頭を押さえた。

だがキラリと落ちた光は、誰の目にも隠せない。


会場の空気は温かく、静かにアメリアの想いを受け止めていた。


壇上で涙をこらえるアメリアの背へ、

そっと温かな手が触れた。


振り返ると、そこにはミラベル。

誰よりも誇らしげで、誰よりも優しい笑みを浮かべていた。


ミラベル

「アメリア。あなたの優しさが……

 こんなに人を包んでるのよ」


その言葉は、柔らかいのに力強く、

まるで胸の奥に灯をともすようだった。


大広間を見渡せば、

アメリアの編んだものを身に着けた人たちが

穏やかな笑顔で彼女を見つめている。


子ども、騎士、淑女、職人、貴族――

身分も立場も関係なく、

ひとつの“暖かさ”で繋がれていた。


アメリアの瞳が大きく揺れる。


(わたしの……優しさが……こんなにも)


胸を締め付けていた不安が、

またひとつ静かに溶けていく。

ミラベルの存在が、まるで編み目のほどけた糸を

そっと拾いあげ、繋ぎ直してくれるように。


ミラベル

「あなたが作ったものはね……

 誰かの心を守る力になってるの。

 それを、あなた自身が誇っていいの」


アメリアは唇を震わせ、

零れそうな涙をごまかすように小さく笑った。


ミラベルは誇りに満ちた瞳で、

“親友を支える覚悟”そのままに、彼女の背を押し続けていた。


アルベルト王子が壇の中央に立つと、

大広間のざわめきがふっと静まり、

人々の視線が一斉に彼へ向けられた。


ゆっくりと息を整え、王子は短く、しかし確かな声で告げる。


アルベルト

「本日は、剣も、競争もない。

 ただ……皆で祝福を分かち合う祝賀の日とする」


その言葉は、まるで長く張りつめていた糸をそっと緩めるように

大広間全体へ沁み渡った。


一拍の静寂。


次の瞬間――

温かい拍手がぱらぱらと、やがて波のように広がっていく。


重く響くものではなく、優しい音。

喧騒でも歓声でもない、

どこか“ほっとしたような”拍手だった。


まるで皆が胸を撫で下ろすように。


アメリアは、胸に手を当て、

その空気の変化を確かに感じ取っていた。


優しい布で包まれたような、柔らかい世界。


戦いも、争いも、勝ち負けもない祝賀会――

そんなものが本当に成立するなんて。

かつてゲームの世界で見た舞踏会とはまるで正反対だ。


(……戦わなくてもいい未来は、本当にあったんだ……)


ひとりの少女の小さな願い。

誰も傷ついてほしくない、という当たり前の想い。


それが今、確かに形になっている。


編み物のように――

誰かの気持ちを少しずつ繋いで、重ねて、結んで、

ようやく出来上がった未来。


アメリアの瞳が静かに潤む。


ほんの少しの震えを隠すように、

彼女はそっと微笑んだ。


その微笑みは、

祝賀会のあたたかい光の中で

ゆっくりとほどけてゆくように見えた。


祝賀の喧騒がゆっくりと遠ざかり、

大広間に静かな余韻だけが残っていた。


音楽も、小さな笑い声も、まだ続いているはずなのに――

窓辺に立つアメリアの耳には、まるで届いてこない。


深い青の夜空を眺めながら、彼女はそっと深呼吸した。

胸の奥に広がる温かさは確かにある。

今日の祝賀会で、人々が見せてくれた優しい未来は、

彼女にとって宝物のような光だった。


けれど。


その光の下に、隠れるようにして揺れる影が、

まだ消えてくれない。


(優しい未来があるって……信じたいのに。

 ここまで来て、ようやく掴めたのに……

 どうして――まだ、怖いんだろう)


喉の奥で、かすかに息が震える。


“あの結末”。


前世の記憶という誰にも言えない秘密。

ゲームで描かれていた破滅ルートが、

まるで遠い地響きのように、少しずつ近づいてくる気がしてならない。


(……もし、また何かが起きたら。

 わたしが気づけないところで、

 破滅の兆しが進んでいたら……)


アメリアは自分の両手をぎゅっと握りしめた。

その手は、いつも誰かを包み、癒やし、救ってきたはずの手なのに――

今は、自分を守るように震えている。


そっと目を閉じ、誰にも聞こえないほどの声で祈る。


(どうか……

 この温かな日々が、壊れませんように……)


――しかし。


その願いとは裏腹に。


祝賀会の裏で、

彼女へ迫る“事件の影”は、すでに音もなく動き始めていた。


静寂の中、アメリアだけがまだ気づいていないまま。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ