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編み物好きの女子が悪役令嬢に転生したら、国を丸ごと癒やしてしまった話  作者: 南蛇井


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第34話:戦う者にも必要な『休息』

王都の冬は厳しくはないが、冷えた空気は人の心まで固くする。

その中でも、ここ数日、近衛兵たちの間には異様な疲労の気配が漂っていた。


――王都の安全の裏に、戦う者たちの摩耗がある。


城の廊下を歩いていたミラベルは、書類を抱えた文官に声をかけられた。


文官

「近衛兵の一部で、疲れが限界にきているらしい。

 夜間巡回も増えたし、魔物対策の訓練も強化されているだろう?

 街は安全でも……兵士には負担が大きいのだよ」


ミラベルは歩みを止めた。

思っていたより深刻な状況らしく、文官の眉間には深い皺が刻まれている。


文官

「特に新兵だ。

 緊張が抜けず、眠れない者が多くてな。

 寝ようとすると息が苦しくなる、と言う者までいる」


その言葉に、ミラベルの胸はぎゅっと締めつけられた。


(守るために戦ってくれているのに……

 その人たちが、心をすり減らしているなんて)


自分には何ができるのか――そう考えた瞬間、

自然と脳裏に、静かに編み物をしているアメリアの姿が浮かんだ。


ミラベル(心の声)

(アメリアの編み物なら……

 心を軽くする何かを生み出せるかもしれない)


しかし同時に、彼女を巻き込んでしまうことへのためらいも胸に芽生える。


ミラベル(心の声)

(……頼んでしまっていいのかな?

 あの子に負担をかけてしまうかもしれない)


迷いと不安が、冷えた風のようにミラベルの心を揺らした。

だが、その揺らぎの奥には、確かに小さな希望が灯り始めていた。


ミラベルは、アメリアのいる寮の談話室の扉をそっと開けた。

窓から差し込む午後の光の中、アメリアは静かに糸を指にかけていた。


ミラベルはしばらく言葉を選び、

ひとつ息を吸ってから、控えめに口を開く。


ミラベル

「……アメリア。

 ちょっと、相談があって」


アメリアが顔を上げる。

その瞳はいつもどおり淡々としているのに、

ミラベルが話しやすいように自然と姿勢を整えてくれる。


ミラベル

「近衛兵の人たちが、心身をすり減らしているんだって。

 眠れなかったり、緊張が抜けなかったり……」


言いながら、ミラベルは視線を落とした。

無理をさせるのではないか――そんな不安が喉に引っかかる。


ミラベル

「アメリアの編み物なら……

 何か、助けられるかもしれないって思ったの。

 でも、あなたに負担をかけてしまう気がして……」


アメリアはわずかに目を見開き、

けれど驚きの色はすぐに柔らかさへと溶けていく。


アメリア

「……小さくて、持ち歩けるものなら。

 お守り袋……編んでみます」


その声は静かで、強制も気負いもない。

ただ「できることをしたい」という自然な温度だけがあった。


ミラベルは胸がほどけるように息を吐き、そっと微笑む。


ミラベル

「ありがとう、アメリア。

 でも……本当に無理はしないで。

 あなたの優しさに、甘えすぎたくないの」


アメリアは目を伏せて、しかしほんの少しだけ頬をゆるめた。


アメリア

「大丈夫。

 誰かの役に立つなら……私は、それでうれしいです」


その何気ない言葉が、ミラベルの胸を強く打つ。

“人を救う”なんて意識していないのに、

彼女の言葉と行動はいつも、静かに世界を照らしている。


ミラベルはその横顔を見つめながら、

またひとつ、アメリアという存在の尊さを噛みしめていた。


夜の寮は、昼の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

廊下に並ぶランプの光が、ゆらゆらと壁に影を揺らす。


その一角――アメリアの部屋だけに、

小さな灯りがぽつりと灯っている。


机の上には、深い青、落ち着いた灰色、そして温かい赤茶色の毛糸玉。

アメリアはそのひとつを手に取り、指先で糸をすくい上げる。

音もなく、しかし確かなリズムで編み針が動く。


それは、まるで祈りそのものを紡いでいるようだった。


数日まえ、兵舎付の司祭から渡された小さな札が隣に置かれていた。

そこには簡素な文字で“守りの祈り”が記されている。


アメリアは袋状に編みあがった小物をそっと開き、

その札を折れないよう丁寧に内側へ忍ばせる。


指先がほんのわずか震え、

彼女は小さく息を吐いた。


アメリア(心の声)

(……どうか、ちゃんと届きますように)


誰に聞かせるでもない祈りが、

編み目のひとつひとつに吸い込まれていくようだった。


しばらくして、扉の向こうから静かなノックが響いた。


ミラベル

「アメリア、まだ起きてる?」


アメリアは手を止めずに応じる。

「どうぞ」と言う声は、相変わらず穏やかだった。


ミラベルが入ると、机いっぱいに並んだ小さな袋に思わず目を見張った。


ミラベル

「……すごい、もうこんなに。

 大変じゃない? 何個も作らなきゃなのに」


アメリアは編み目の確認をしながら、

淡く微笑んで首を振る。


アメリア

「大丈夫です。

 誰かの役に立てるなら、それだけで十分です」


その言葉は決して声高ではない。

ましてや自己犠牲の響きもない。


ただ――やわらかくて、まっすぐで。

そっと触れたらあったかさだけを残していきそうな優しさ。


ミラベルは胸がじんと熱くなるのを感じ、

アメリアの背中にそっと視線を落とした。


ミラベル(心の声)

(この子の優しさが……どうか、ちゃんと守られますように)


夜の寮に、編み針の心地よい音が静かに響き続ける。


王城の外れにある兵舎は、

朝から響く号令の余韻が残り、空気にまだ緊張が漂っていた。


そんな場所に、ミラベルとアメリアが足を踏み入れると、

訓練帰りの兵士たちが一斉に振り向く。


粗野な兵士

「……なんだ、嬢ちゃんら。迷子か?」


仲間が肘で小突くように笑う。


「違ぇよ。公爵家の令嬢だろ。お前、また失礼なこと言ってねぇか?」


粗野な兵士は鼻を鳴らすが、

視線はアメリアの手元で揺れる小さな袋に向かった。


粗野な兵士

「お守り? 子供じゃあるまいし……」


嘲りの声。

しかし、アメリアは怯まない。


彼女は一歩前に出て、胸の前で袋を両手に乗せた。

指先は少しだけ緊張しているのに、声は驚くほど柔らかい。


アメリア

「よかったら、持っていてください。

 ……少しでも、心が休まりますように」


兵士は一瞬むっとしたが、

なぜかその真っ直ぐすぎる願いに逆らえず、

しぶしぶ袋を受け取った。


粗野な兵士

「……ありがとよ。まあ、縁起物くらいには――」


言葉の途中で、兵士の指が止まる。


ほんの小さな袋だというのに、

手のひらにぬくもりがふわりと広がった。


粗野な兵士

「……なんだこれ。あったけぇな」


周りの兵士たちがどっと笑う。


「気のせいだろ、お前疲れてんじゃねぇの?」


だが、兵士は首を振り、袋を見つめた。


粗野な兵士

「いや……

 母ちゃんが縫い物してた時の匂いがするようだ」


その声は、誰よりも不器用な優しさを滲ませていた。


他の兵士たちも興味を抑えきれず、

次々と袋を手にとる。


「……触り心地いいな」

「妙に落ち着くぞ、これ」

「胸の奥が、すうって軽くなる……気がする」


最初は笑い声に包まれていた兵舎が、

いつの間にか穏やかな静けさに満たされていく。


ミラベルはそっと息をつき、アメリアの横顔を見る。


アメリアは、まるで自分とは関係ないことのように、

少しだけ照れたような笑みを浮かべていた。


その優しさが、

疲れきった戦う者たちの心に

ゆっくりと浸透していく。


静まりかえった兵舎の夜。

奥の小部屋に案内されると、そこには――

誰が見ても“限界”だとわかる若い兵士が座っていた。


頬は落ち、目の下は深い隈。

まぶたは重そうなのに、ひとときも落ち着けず揺れている。


司祭がそっと説明する。


司祭

「この子は夜になると息が荒くなって……。

 眠るのが怖いようでな。

 いつか任務中に倒れるのではと、皆心配している」


アメリアは、その言葉に眉を曇らせる。

彼女は静かに膝を折り、兵士の目線と同じ高さに合わせた。


アメリア

「……これ、持っていてください」


差し出されたのは小さなお守り袋。

色は夜明け前の空のように深い青。


若い兵士は戸惑い、震える指でそれを受け取る。

その瞬間――微かな温もりが、手のひらに吸い込まれるように広がった。


兵士(小さな声)

「……あったかいな。これ……安心する」


その声は、思い出したくても思い出せなかった“穏やかな夜”のようだった。


ミラベルとアメリアは小さく息を飲む。


兵士は袋を胸の上にそっと置き、

ぎこちなくベッドに横になる。


最初は浅い呼吸。

肩が小さく跳ねるような、落ち着かない動き。


けれど――


数分後。


すう……、すう……。


その呼吸は、

規則正しく、深く、

まるで心の底から安心した子供のようだった。


仲間の兵士が驚いて声を漏らす。


仲間の兵士

「……嘘だろ。

 こいつがこんな顔で寝るの、初めて見たぞ」


眠っている兵士の表情は、

まるで長い戦いから解放されたかのように穏やかだ。


アメリアは両手を胸の前でそっと組み、

こみ上げるものを抑えるように微笑んだ。


アメリア

「ふふ……よかった」


その小さな安堵の声は、

兵舎の冷たい空気をそっと温める“夜の祈り”のようだった。


数日が経つと、兵舎には目に見えて変化が訪れた。


以前は怒号や苛立ちが飛び交い、

剣の手入れの音すら刺々しく響いていたはずの場所。


今では――

木漏れ日のような柔らかい空気が漂っている。


誰かが低く冗談を言い、

別の誰かが「くだらねぇ」と笑い返す。


小さな変化が積み重なって、

兵舎全体が“人の息遣い”を取り戻していた。


兵士たちは任務に向かう前、

必ず腰に下げた小さなお守り袋を一度だけ握る。


深く、ゆっくりと息を吸い――

握った瞬間の温もりを確かめると、

顔のこわばりがほんの少しだけ溶けていく。


その姿は、戦場へと向かう前の“祈り”に見えるほどだった。


***


ミラベルは城壁の上から、

その光景を静かに見つめていた。


風が頬を撫で、

下の兵士たちは太陽の下で淡く笑っている。


ミラベル(心の声)

(戦う者こそ……休息が必要。

 誰より傷つきやすい、誰より強くあろうとする人たち。

 アメリアは……本当に、大切なものを作れる人だ)


誇らしさと、少しの温い痛みを胸に宿しながら、

彼女はそっと目を細める。


***


その頃、アメリアは中庭にいた。


完璧とは言えない手つきで、

風に揺れるお守り袋をいくつか干している。


光を透かして揺れる布は、

まるで新しい息吹そのものだった。


アメリアは空を見上げる。

白い雲が静かに流れ、風が頬に触れ――

ほんの少しだけ、自分の胸が温かく膨らむのを感じた。


アメリア

「……みんなが、今日も無事でありますように」


その微笑みは、

誰にも見られなくとも、

確かに兵舎全体をそっと包む“小さな奇跡”だった。



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