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編み物好きの女子が悪役令嬢に転生したら、国を丸ごと癒やしてしまった話  作者: 南蛇井


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第26話:ミラベルの母が回復

その朝、ミラベル邸の廊下には、いつもより柔らかな光が満ちていた。

 冬の名残を感じさせる冷たい空気の中でも、病室の扉の向こうだけは、不思議と春のように温かかった。


 ミラベルはゆっくりと扉を押し開ける。

 薄いカーテンの隙間から差し込む陽光が、ベッドに横たわる母――レオナの頬を淡く照らしていた。

 その光に包まれた横顔が、ほんの少し動く。


「……ミラベル?」


 その一言が聞こえた瞬間、ミラベルの呼吸が止まった。

 夢ではない――本当に、母の声だった。


「お母さま……!」


 駆け寄るミラベルの目には、涙が浮かんでいた。

 何度も呼びかけても応えなかった母が、今、確かに彼女を見ている。

 その瞳には、かつての穏やかさと優しさが戻っていた。


 レオナは、細い指でミラベルの手を包み込む。

「ミラベル……ずっと心配していたのよ」


 かすれた声だったが、その言葉はどんな宝石よりも温かかった。


 ミラベルは唇を噛み、泣き笑いのような顔で首を振る。

「心配なんて、もういりません。……お母さまが笑ってくださるなら、それで十分です」


 窓から射し込む陽光が、二人の手を照らす。

 それはまるで、長い冬の終わりを告げるような光だった。


(母が笑う……これが、私の望んでいた日常)


 ミラベルは静かに目を閉じる。

 胸の奥で、張り詰めていた糸がふっと解けていくのを感じながら。


 その朝、邸宅には初めて“笑い声”が戻っていた。

 侍女たちは涙ぐみ、執事は何度もハンカチで目を拭う。

 家全体が、ようやく息を吹き返したようだった。


 ――ミラベルの家に、ようやく春が訪れたのだ。



 数日後の午後。

 春の陽射しがやわらかく差し込むミラベル邸の庭を、小さな影が歩いていた。


 アメリアだった。

 両手に包みを抱え、少し緊張した面持ちで門をくぐる。

 「ごめんください」と声をかけると、執事がにこやかに迎えてくれる。

 彼女が持ってきたのは――淡い桃色の毛糸で編まれた、小さな花の飾りだった。


 病室の扉をノックすると、ミラベルが中から顔を出す。

「……アメリア。来てくれたのね」

「はい。少しでもお力になれたらと思って」


 その声に、ベッドの上のレオナがゆっくりと上体を起こした。

 顔色はまだ青白いものの、目には生き生きとした光が戻っている。


「あなたが……ミラベルの言っていた編み物の少女ね」

「は、はいっ。お加減はいかがですか?」


 アメリアはおずおずと近づき、包みを開ける。

 中から、小さな毛糸の花飾りが現れた。

 桜の花のように、淡く、柔らかい色。


「これ、わたしが編んだんです。

 お部屋に置くだけでも、少し明るくなるかなって」


 そう言って、アメリアは花飾りをそっとレオナの枕元へ置いた。

 その瞬間――糸の花から、ほのかな光がふわりと漂った。

 まるで春の風が花弁を揺らしたように、優しく、暖かく。


 レオナは驚いたように目を見開き、微笑む。

「まあ……なんて、きれい……」


 ミラベルもその光を見つめながら、胸の奥が静かに熱くなる。

 あのときの絶望も、孤独も――今はもう遠い。

 この小さな少女が、自分たちに光をもたらしてくれたのだ。


(……この子がいてくれたから、母も、私もここまで来られた)


 ミラベルはそっと微笑む。

 アメリアも照れくさそうに笑い返す。


 その光景を見守るレオナの頬にも、静かな安堵の色が宿っていた。

 ――部屋の中に満ちるのは、癒やしの光と、三人の穏やかなぬくもりだった。



午後の陽光が、レースのカーテン越しに柔らかく部屋へと注ぎ込んでいた。

 ミラベルとアメリアは、並んで窓際の長椅子に腰掛けている。

 膝の上には、編みかけの毛糸。

 それぞれの指先で糸が静かに揺れ、針の音がやさしく響く。


 ときおり、毛糸の間に淡い光が灯る。

 それは火ではなく――まるで、心そのものが形を取っているような温もりだった。


 ベッドからその様子を見守るレオナは、ゆっくりと微笑む。

「……ふたりの存在が、私を元気にしてくれたのね」


 その言葉に、アメリアは照れたように笑って頭をかく。

「わ、わたしなんて……ミラベルさまがいなかったら、何もできませんでした」


 ミラベルは小さく息を吸い、静かに答える。

「それは違うわ。あなたがいたから、私は――変われた」


 アメリアは驚いたように目を瞬かせる。

 けれど、ミラベルの瞳はどこまでも穏やかだった。

 その視線に、アメリアの胸の奥がふわりと温かくなる。


 糸が、もう一度光る。

 まるでふたりの間に流れる絆を祝福するように、柔らかく、静かに。


(アメリアは、もう“ただの庶民の友達”じゃない)

(私にとって――かけがえのない存在だ)


 ミラベルはそう心の中で呟き、そっとアメリアの指先に触れる。

 その瞬間、光が少し強くなり、部屋の中に広がった。


 レオナが目を細め、まるで祈るように呟く。

「……この光、きっとあなたたちの未来も照らしてくれるわね」


 その言葉に、二人は顔を見合わせ、静かに笑い合った。

 ――その笑顔こそが、何よりの祝福だった。



夕暮れの庭は、金色に沈む光に包まれていた。

 噴水の水音がかすかに響き、風が木々を揺らす。

 ミラベルとアメリアは並んで歩き、やがて立ち止まった。


 沈みかけた太陽の光が、二人の影を長く伸ばしている。

 しばらくの沈黙のあと、ミラベルがゆっくりと口を開いた。


「……アメリア」


 その声は、いつものように落ち着いているのに、どこか震えていた。

 アメリアが振り向くと、ミラベルは少しだけ頬を赤らめていた。


「あなたを――“友”と呼ぶわ」


 一瞬、風が止まる。

 アメリアの瞳が大きく見開かれ、すぐに柔らかな笑みがこぼれる。


「ええ……私も、ミラベルさまの友達でいさせてください」


 そう言って差し出されたアメリアの手を、ミラベルがそっと取る。

 その瞬間、二人の指先から、ほのかな光が立ちのぼった。


 金色でも銀色でもない、あたたかな灯。

 それは奇跡ではなく、確かに“心の繋がり”から生まれたものだった。


 ミラベルはその光を見つめながら、小さく微笑む。

「……不思議ね。こんな気持ちになるのは初めて」


「わたしもです」

 アメリアの声は涙を含んで震えていた。


 二人の手が、もう一度重なる。

 光はやがて夜の色に溶け、星々の瞬きと混じり合う。


 その輝きは――過去の傷を癒し、未来への希望を静かに照らしていた。


西の空がゆっくりと朱に染まり、邸宅の大きな窓から柔らかな光が差し込む。

 レオナは椅子に座り、穏やかな笑みを浮かべて娘たちを見つめていた。

 傍らでは、アメリアが嬉しそうに毛糸を手に取り、ミラベルに何かを教えている。


 その光景を眺めながら、ミラベルの胸の奥に、じんわりと温かいものが広がっていく。

 これまでずっと、守ることも、信じることも怖かった。

 けれど――今、この瞬間だけは違う。


 ミラベル(心)

 (優しさは、私を守り、私の家族を救った。

  そして――私も、誰かを守る力になる)


 アメリアの笑い声に呼ばれるように、ミラベルも小さく笑った。

 その瞬間、窓辺のカーテンがふわりと揺れ、光が部屋の中を包む。

 光は糸のように細く、やがてレオナ、ミラベル、アメリア――三人をやさしく結んでいった。


 それはまるで、未来へと続く“絆の糸”。

 誰かの心に渡り、繋がり、やがて国をも包む力へと変わっていく――


 ミラベルは静かに目を閉じ、胸の奥でひとつ息をついた。

 夕陽は穏やかに沈み、世界は黄金の余韻に包まれていた。


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