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編み物好きの女子が悪役令嬢に転生したら、国を丸ごと癒やしてしまった話  作者: 南蛇井


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第24話:ミラベルの本音と、告白未満の告白

毒事件の騒ぎから、数日が経った。

 学園の空気はいまだ落ち着かず、噂は廊下を漂っていた。


 「王子が動いたらしい」

 「庶民の子が襲われたって……」

 「でも助かったんだってさ」


 人々の声の奥で、ミラベルはいつも通りに座っていた。

 背筋を伸ばし、完璧な姿勢で授業を受け、視線も表情も崩さない。

 まるで、あの庭園での怒りも、焦りも、なかったかのように。


 だが――アメリアは、その沈黙が怖かった。

 ノートをめくる手が止まり、彼女はちらりと横を見る。


 (……ミラベルさま、やっぱり怒ってるのかな)

 (あんな騒ぎに巻き込んじゃったし……)


 放課後になっても、ミラベルは何も言わない。

 アメリアが「また明日」と笑ってみせても、

 ただ軽く頷くだけで去っていく。


 寮の窓辺、アメリアはひとり編み針を止めて、ため息をついた。

 「……私、ミラベルさまに迷惑かけちゃったかな」


 けれどそのころ、ミラベルは部屋で机に肘をつき、

 静かに手のひらを見つめていた。


 ――あの手で、誰かを庇った。

 ――あの瞬間、恐怖よりも先に、守りたいと思った。


 それが自分でも信じられなかった。

 ずっと冷たい自分でいればいいと思っていたのに。

 なのに、あの子を見ていると、胸の奥が熱くなる。


 「……こんな気持ち、知らなかった」


 ミラベルは、そっとまぶたを閉じた。

 感情の波をどう扱えばいいのか、まだ分からなかった。

 ただ一つだけ確かだったのは――

 “誰かを守るために動いた”という事実が、

 彼女の中で何度も、何度も、静かに響いていた。


夕刻の図書館は、いつもより静かだった。

 西の窓から差し込む橙の光が、棚の影を長く伸ばしている。

 昼間のざわめきが嘘のように、ページをめくる音さえ響く。


 アメリアは小さな箱を抱えて歩いていた。

 中には、あのとき光った毛糸。

 「大切にしなさい」と保健医に言われて、

 今日はそっと保管場所に戻しに来たのだ。


 ――そして、角を曲がった瞬間。


 「……ミラベルさま」


 そこにいたのは、白い制服の裾を整え、本を閉じるミラベルだった。

 彼女もまた、誰もいないこの時間に残っていたらしい。


 二人の間に、静かな空気が流れる。

 数歩の距離が、いつもより遠く感じた。


 アメリアが何か言おうと口を開きかけたとき、

 先にミラベルが、ほんの少しためらうように声を発した。


 「……あなた、まだ怖い?」


 アメリアは一瞬、きょとんとした。

 けれどすぐ、微笑を浮かべて首を振る。


 「少し、です。でも――皆がいてくれたから……大丈夫です」


 その言葉に、ミラベルの指先がわずかに震えた。

 机の縁をつかんだまま、ゆっくりと目を伏せる。


 「“皆がいてくれた”……」


 小さく繰り返したその声は、

 どこか、かすかに滲むような響きを帯びていた。


 「――その言葉を、わたしが言える日が来るなんて、思わなかった」


 その瞬間、アメリアは気づく。

 いつも完璧な微笑みを崩さないミラベルの表情が、

 ほんのわずかに、揺れていた。


 それは泣きそうにも見えたし、安堵しているようにも見えた。

 夕陽の光が二人の間を照らし、

 棚の影がゆっくりと重なっていく。


しばらく沈黙が続いた。

 図書館の奥で、古い時計がひとつだけ時を刻む音が響く。

 ミラベルは視線を落としたまま、ゆっくりと息を吸った。


 「……わたしね、ずっと誰も信用しなかったの」


 アメリアは目を瞬かせる。

 その声には、普段の凛とした響きではなく、

 どこか、少女らしい弱さが混じっていた。


 「信じれば裏切られる。

  そう思っていたから。

  “貴族の娘”は、笑えば軽んじられ、

  泣けば、隙を見せたと叱られた」


 彼女は机に置いた指先を見つめる。

 細く白い指が、ほんのわずかに震えていた。


 「だから、いつからか笑うことをやめたの。

  優しさも、憧れも、全部――飾りにしかならないって思ってた」


 アメリアは何も言えず、ただ耳を傾けていた。

 ミラベルの声が少しずつほどけていくように、

 図書館の空気が静かに揺れる。


 「でも……あなたを見ているうちに、分かったの」


 彼女は顔を上げる。

 夕陽に照らされたその瞳は、少し赤く潤んでいた。


 「“優しさ”は逃げじゃない。

  誰かを守るために、立ち向かう力になる。

  あなたがそれを教えてくれたのよ、アメリア」


 アメリアの胸が熱くなる。

 自分の何気ない編み物や言葉が、

 この人の心を動かしていたなんて――。


 ミラベルはふっと微笑む。

 その笑みは、これまでのどんな完璧な表情よりも、

 少し不器用で、けれど温かかった。


 アメリアは、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。

 けれど、涙が出そうになると、いつものように笑ってごまかしてしまう。


 「ミラベルさま……そんな、大層なことじゃないですよ」

 少し鼻の奥がつんとしながら、

 彼女は照れくさそうに手を振った。

 「私、ただ、編み物が好きなだけで……」


 ミラベルはその言葉に、ふっと口元をゆるめる。

 「――ただの、趣味?」


 アメリアはこくんと頷く。

 その姿が、どこまでも真っ直ぐで、

 だからこそ眩しかった。


 ミラベルは小さく笑い、静かに続ける。

 「そう。あなたにとっては“ただの趣味”なのね」


 少し間を置いて、囁くように言った。


 「でも――わたしの人生を変えた“趣味”よ」


 アメリアは、ぽかんと目を丸くする。

 けれど、次の瞬間には、頬を伝う涙を指で拭いながら、

 へへ、と照れ笑いを浮かべた。


 その笑顔に、ミラベルもつられて微笑む。


 窓の外では、夕陽が沈みかけていた。

 二人の影がゆっくりと重なり、

 静かな温もりだけが、図書館に残る。


 ――それは、恋と呼ぶにはまだ幼く。

 けれど、確かに“心が結ばれた”瞬間だった。



しばらく、言葉のない時間が流れた。

 図書館の窓から差し込む夕陽が、二人の間に淡い金色の線を描いている。


 ミラベルは、そっと手を伸ばした。

 アメリアの指先――その上に置かれた毛糸玉に、自分の手を重ねる。


 「……あなたの、この手」

 ミラベルの声は、かすかに震えていた。

 「この光、わたしにも――編めるようになるかしら」


 アメリアは驚いたように目を瞬かせたが、すぐに微笑む。

 その笑みは、まるで春の陽だまりのようにあたたかい。


 「ええ、きっと。……心を込めれば、誰でもできます」


 その瞬間――二人の掌のあいだから、

 毛糸がふわりと柔らかく光を放った。


 金色と淡い桃色が溶け合うような光。

 それはまるで、優しさそのものが形になったかのようだった。


 ミラベルは目を閉じ、息を吸う。

 胸の奥に、初めて覚える温度が広がっていく。

 (これが、“誰かを想う”ということ……?)


 アメリアはその光景に小さく笑い、ぽつりとつぶやいた。

 「不思議ですね……糸って、人の気持ちに反応するんです」


 ミラベルはゆっくりと頷く。

 「ええ。――たぶん、わたしたちの心も、同じ糸でつながっているのね」


 光が静かに消えていく。

 けれど、そのぬくもりだけは、いつまでも掌に残っていた。


 ――それは、友情とも恋とも名づけられない、

 けれど確かに“絆”と呼べるものだった。


窓の外には、深い群青の空が広がっていた。

 静かな夜風が、図書館のカーテンをそっと揺らす。

 淡い光が二人の頬を撫で、先ほどまでの糸の残り香が、まだ空気の中に漂っている。


 ミラベルはその光を見つめながら、静かに口を開いた。


 「――あなたがくれた優しさが、わたしを変えたの」


 その声は、涙ではなく、決意の色を帯びていた。

 「だから、今度は……わたしが誰かを守りたい」


 アメリアは一瞬、言葉を失う。

 胸の奥が熱くなり、視界がにじむ。

 それでも、笑顔を崩さずに言った。


 「……私も、ミラベルさまみたいに強くなりたいです」


 二人の視線が、月明かりの中でそっと重なる。

 その瞬間、机の上の毛糸がふわりと輝いた。

 まるで“想い”そのものが形を取ったように、

 金色の糸が細い光の筋となって、窓の外へと流れていく。


 風が、やさしくその光をさらっていく。

 ――やがて月明かりに溶け、夜空へと消えていった。


 けれどアメリアもミラベルも、知っていた。

 その光は消えたのではない。

 心の中で、確かに燃えている。


 次に訪れる“決意と戦い”の夜を、照らすために。




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