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編み物好きの女子が悪役令嬢に転生したら、国を丸ごと癒やしてしまった話  作者: 南蛇井


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第20話:生徒たちの反発運動

昼休みの中庭。

甘い菓子の香りと、ひそひそ声が混ざり合う。


「ねえ聞いた? ミラベルさまが――あのミラベルさまがよ?」


「まさか、また決闘?」

「違う違う。編み物だって」


「…………は?」


一瞬、風まで止まったような沈黙。

そして。


「え、あのいつも完璧で無表情なミラベルさまが?」

「しかもね、『毛糸と格闘してる』って」


格調あるご令嬢たちの口から “毛糸と格闘” というワードが出た瞬間、

その場にいた三人は堪えきれず吹き出した。


「ちょ、想像しちゃうじゃない……!」

「ミラベルさまが毛糸に負けるなんて!」


笑い声は、小石を投げた水面の波紋のように、校舎中へ広がっていく。


やがて男子生徒の耳にも届き――


「編み物? あの、なんかぐるぐるするやつ?」

「針持って、こう、ちまちま縫うやつだろ?」

「え、なんか意外と楽しそうだな」


興味が追いかけ、笑いが乗り、噂は一気に軽くなった。


女子のひとりが、控えめにつぶやく。


「……禁止されると、逆にやりたくなるのよね」


その言葉に、周りの子たちがこっそりうなずく。


「あの封鎖、やりすぎだったんじゃない?」

「だって、別に危なくもないし……」


かつて教室を覆っていた重たい空気は、

いつの間にかほどけて、柔らかく、温かく――

まるで毛糸玉みたいに転がり始めていた。


休み時間の教室。

相変わらず「ミラベル編み物事件」は噂の主役だったが、

今度は男子が妙な方向から食いつき始めた。


ひとりの男子生徒が、椅子に座ったままぽつりと言う。


「……あのさ。

 アメリアがこの前、俺の指、巻いてくれたじゃん」


「は? 何の話?」


「木剣の稽古でちょっと切ってさ。

 血は出てんのに……なんかすげー柔らかかったんだよ。

 痛くなくて、変なんだけど……あのハンカチ、あったかかった」


微妙に照れくさそうな顔。

周囲の男子が「え、なにそれ」「気になる」とざわめき始める。


すると、別の男子が勢いよく机を叩く。


「お前ら知らないだろ!

 俺、家庭科で刺繍褒められたんだぞ! 王宮の先生に!

 あれは誇れる技なんだよ!!」


妙に誇らしげだ。


「というかさ」

「“淑女以下の行為”って言われてたけどさ」

「俺ら、淑女じゃないよな?」


「うん」

「うん」


「じゃあ関係なくね?」


「確かに!!」


机を叩く音が増えた。

勢いは謎だが、完全に男子同士で盛り上がり始める。


「てか、むしろ編み物って武器にならね?

 指先鍛えられるし!」


「ハンカチで傷治るとか、絶対役に立つだろ!」


「編み物って、実は……強い?」


なぜか到達点が戦闘理論になっている。


そして――

ふと、ひとりが真顔で言った。


「……禁止、意味なくね?」


「あ、それな」


「だよな」


「なんかもう、普通に編ませてほしいわ!」


この日、教室の空気は完全に変わった。


単なる噂が、

笑いを生み、

興味に変わり、

そして今――静かな反発の種になり始めていた。




昼休み。


校舎裏の、使われていない倉庫前。

怪しい集団がこそこそと集まっていた。


――全員、男子。


「……よし。揃ったな」


なぜかリーダー気取りの男子Aが腕を組み、低い声で言う。


「我らの目的はただ一つ。

 編み物を、学園に取り戻すことだ」


「おー……っ!?」


声は小さい。気合いは大きい。内容はよくわからない。


だが問題があった。

誰も、編み物がどういう仕組みか知らない。


男子Bが眉をひそめて聞く。


「で、具体的にどうすんだ?」


男子A、なぜか自信満々に答える。


「まずあれだ。毛糸を……なんか、こう……

 ねじって、引っ掛けて……絡めて……」


途端、全員が混乱した。


「いやいやいや、絶対違うだろそれ!」

「お前、やったことねえだろ!」

「っていうか俺ら全員、やったことねえだろ!」


沈黙。

気まずい空気。

風が通り抜けて葉っぱが転がる。


男子Cが手を挙げる。


「……あのさ」


「なんだ」


「俺ら、知らねえけど……返せって言うのはアリだよな?」


一瞬の静寂。


次の瞬間、全員が勢いよく頷く。


「そうだ! 知らねえけど返せは言える!!」

「てか禁止の理由が意味わからんし!」

「そうだそうだ!!」


「よし、抗議だ!!!」


なぜか拳を掲げる男子たち。


ただし――


編むことはできない。

毛糸の仕組みもわからない。

でも勢いだけは、誰よりもある。


この瞬間、謎の生徒有志団体

《編み物返還委員会(仮)》が誕生した。



昼休み。


食堂前の広場。

女子、生徒会、教師まで揃う、一番人目のある場所。


――そこに、男子たちが並んだ。


男子A(やけに堂々と)


「聞けぇぇえええ、学園の生徒諸君!!」


突然の大声。

食堂のざわめきが止まり、生徒たちが振り返る。


男子Bが胸を張り、意味深に宣言する。


「我らは要求する! 自由を! 毛糸を! そして――針を!!」


男子Cが拳を突き上げる。


「編み物を返せぇぇぇぇ!!!」


校舎中に響く、大の男たちの声。


―――一瞬の沈黙


女子生徒「……え?なに、あれ」

生徒会「混乱、発生してます!!」

教師「落ち着きなさい!何事ですか!」


そして――


アメリアは、口をぽかんと開けたまま固まる。


(えっ……なんで男子が……?)


ミラベルは隣で腕を組み、

「……理解不能」と呟きつつ、ちょっと笑う。


男子A、勢い止まらず


「俺たちは自由に、まっすぐ針を持つ権利を主張する!!」


針を持ったことはない。

だが、言い切った。


男子Bも続く。


「裁縫部を作るぞ!!」


男子Cが胸を張って叫ぶ。


「名前は――《漢の裁縫部》だ!!」


近くの女子が噴き出す。


「なにそれ……!」

「バカじゃないの!? でも面白い!」


笑いが起き、広がっていく。

教師も呆れた顔で眉を押さえ、でも怒れない。


食堂の空気が、いつの間にか柔らかくなっていた。


さっきまでの陰湿な緊張が、跡形もなくなるほどに。


アメリアは、ぽつりと呟く。


「……すごい。誰も怒ってない……」


ミラベルは静かに答える。


「笑う方が、楽しいもの」


その言葉に、アメリアの胸がじんわりと温かくなる――。


この“コメディ革命”は、たった一つの事実を示した。


禁止令がどれほど堅苦しくても、

人の心まで縛ることはできない。


男子たちの叫びが響いたあと。


――なぜか、食堂前には妙な静寂と笑いが同居していた。

誰も怒っていない。

むしろ、楽しそうにクスクス笑っている。


しかし、困るのは――大人たちだ。


教師A

「え、えー……その……静粛に……?」


声は震え、完全に圧されていた。

当の男子たちは、反省どころか胸を張っている。


男子B

「俺たちは決して暴れていません!針も持ってません!」

男子C

「持ってたら危ないからな!」


(一応、理屈は合っている……?)


教師たちは顔を見合わせる。


教師A

「……危険行為では、ないな?」

教師B

「迷惑行為でも……多分、ないんだよな……?」


生徒会役員も押されて何も言えない。

抗議というより、ほぼ祭りである。


教師Cがこっそり囁く。


「そもそも……禁止にした理由、ちゃんとあったっけ?」


「え、えっと……えーと……淑女らしく……?」

「男子、関係ないのでは?」

「……聞かれたら困るな」


教師たちは、視線を彷徨わせながら苦笑する。


――その瞬間、学園の空気が一気に変わった。


禁止令は“絶対のルール”ではなく、

「大人の曖昧な建前」でしかなかったと、生徒たちが気づき始める。


女子の一人が小声で笑う。

「なんだ、思ってたより大した理由じゃなかったんだ」


笑いが広がり、緊張がほどけていく。


そして教師は、しぶしぶ宣言するしかなかった。


教師A

「そ、その……今日のところは解散! 抗議は……また後で検討します!」


男子一同

「検討ありがとございまーーす!!」


完全に勝ち誇った笑顔。

教師は頭を抱えるしかない。


――理不尽な禁止令の土台が、音を立てて崩れ始めていた。


男子たちの騒ぎは、やがて笑いの渦となり、食堂前いっぱいに広がっていった。

教師が右往左往し、女子たちは呆れ半分、面白半分で眺めている。


そんな中で――アメリアはぽつんと立っていた。


「……なんで、そんなに……」


言葉が震えていた。

泣いているようにも、笑っているようにも見える声だった。


すると、男子Aが腕を組んでふんぞり返った。


「お前のハンカチ、母ちゃんが大事にしてるんだよ!」

想像していなかった言葉に、アメリアの目が大きく揺れる。


男子Bが続ける。

「俺、この前ケガしたとき巻いてもらったろ? あれ、痛くなかったんだよ。だからまた欲しい!」


男子Cは胸を張るどころか両手をぶんぶん振り回して叫んだ。

「あと意外と楽しい! あのぐるぐるするの、俺できるようになりたいんだよ!」


――そこに、貴族も庶民もなかった。


誰も身分を言い訳にしない。

誰も見下さない。

ただ、自分の気持ちを真っ直ぐに口にしているだけ。


アメリアは唇を噛んで、頬を紅潮させた。


(なんで……どうしてみんな……)


自分は目立ってはいけない存在だと思っていた。

逆らえば家族が困る。

笑って流せば、誰も傷つかない。


ずっと、そうやって生きてきた。


でも今――


「……わたし、笑っていいのかな」


胸の奥が熱くなる。

泣きたいのに、泣きたくない。

泣き顔より、一緒に笑っていたい。


ふっと息を吸い、アメリアは小さく笑った。


その笑顔は、とても弱くて、とても強かった。


そして気づかぬうちに、アメリアの周囲に淡い光がこっそり漂う。


――優しさの力は、人を動かしていた。



男子たちの叫び声は、とうとう食堂の外にまで響き渡った。


「編み物を返せーーー!!!」

「俺たちは自由に糸をぐるぐるする権利を主張する!!」

「漢の裁縫部を結成するぞ!!!」


教師陣は頭を抱え、生徒会は沈黙。

女子生徒たちは、もはや笑うしかない。


そんな混沌の中――。


コツ、コツ、とヒールの音が小さく響いた。


ふらりと姿を見せたのは、ミラベルだった。


誰もが息を呑む。

教室での出来事以来、その存在感は以前とは違う。

ひとりでそこに立っているだけなのに、空気が静まる。


ミラベルは男子たちを見回し、ぽつりと呟いた。


「……編み物、そんなにしたいの?」


男子一同、即答。


「したい!!!!!」


その気迫は、戦場に向かう騎士のようだ。


ミラベルは一度だけまばたきをし、そして言った。


「じゃあ、アメリアに習いなさい。

 ――わたしより上手になる前に、追いついてみせなさい」


言い終わり、そっと持っていた毛糸をほどき、くるりと指に巻き付ける。


その所作は、まるで挑発。


男子たちは顔を真っ赤にした。


「な……なんだそれ!!」

「ミラベル様に負けるとか、男がすたる!」

「アメリア、俺たちに教えてくれ!!」


次の瞬間、男子生徒の熱気が爆発した。


笑いが起き、声が弾み、生徒たちはまるで祭りのように盛り上がる。


アメリアは呆然とし、次いでふっと笑った。

その笑顔につられて、周囲にも笑顔が広がっていく。


――その瞬間、学園の空気が変わった。


禁止令、派閥、身分。

そんな堅苦しい空気は、笑いと温かさに押し流されていく。


優しさが、戻ってきた。


そして、誰にも気づかれないほど微かに、

アメリアの周囲で淡い光がまたひとつ、ふわりと揺れた。


昼休みの騒ぎは、夕方になっても話題の中心だった。


男子が叫び、教師が困惑し、ミラベルが宣言した――

そんな前代未聞の光景を見て、生徒たちはざわざわと胸を揺らしていた。


そして放課後。


人の少なくなった廊下で、ひとりの女子生徒がぽつりと呟いた。


「……編み物、してみたかったな」


その声は小さい。

誰かに聞かれることを恐れるように、慎重で弱々しい。


でも――確かに、届いた。


すぐ隣で教科書をしまっていた別の女子が、

そっと顔を赤くして言う。


「……あたしも。

 アメリアさん、楽しそうだったし……」


さらに、もう一人。


「わたしも。

 あのハンカチ、可愛かった」


その声は、まるで鎖を外すように広がっていく。


“禁止されたからやらない”のではなく、

“本当はやってみたい”。


その素直な思いが、噂話でも悪口でもなく、

小さくて、でも確かな勇気として積み重なっていく。


アメリアはそれを聞いて、思わず笑ってしまった。


(……戦わなくていいの?

 声を荒げなくても、広がるの?)


胸の奥が、じんわりと温かくなる。


優しさは、争わない。


押し付けない。

踏みにじらない。

それでも――静かに、たしかに、広がる。


その日、学園に満ちていたのは、

悪意でも、恐怖でもなく。


笑い声と、ほんの少しの勇気だった。


小さな革命は、

喧嘩でも反逆でもなく――


笑いと、優しさと、一声の「やってみたい」から始まった。

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