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編み物好きの女子が悪役令嬢に転生したら、国を丸ごと癒やしてしまった話  作者: 南蛇井


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第17話:禁止令の裏にある貴族派閥

教室の窓から差し込む朝の光はやわらかいのに、空気はやけにざわついていた。


「聞いた? 昨日、ミラベル様が……」

「うそでしょ、あのミラベル様が?」

「編み物を庇ったって、本当?」


名前が上がるたび、教室の視線がミラベルへ向かう。

彼女はいつも通り席に座っているだけなのに、その存在は今や完全に“異端”として扱われ始めていた。


机を寄せ合った数人の令嬢がひそひそと声を潜める。


「編み物禁止なんて、やりすぎよね」

「だって、あれだけで禁止って……」

「むしろ、あんなものを禁止する方が学園らしくないと思うけど」


言葉は抑えめ。

けれどその小さな疑問が、じわりと学校中に広がっていく。


一方で、教師たちは。


「おしゃべりはやめなさい。授業を始めます」


ただ淡々と進行するだけ。

生徒たちの噂話や明らかな陰口が耳に入っているはずなのに、誰も止めない。

「品位」を叫んだ大人たちが、今は沈黙している。


生徒会も動かない。

昨日の衝突について、訂正も説明も、謝罪もない。


その“不自然な静けさ”が、逆に声なき答えを生む。


――本当にただの校則問題なら、もっと騒ぐはず。

――もっと厳しく処分を下すか、逆に取り消すかしているはず。


なのに、誰も何も言わない。


廊下の掲示板の前で、ひとりの男子生徒が低く呟いた。


「こんなの、偶然に決まってないだろ。

 誰かが、動いてるんだ」


隣でそれを聞いた少女が、ぞっと肩を震わせる。


「編み物なんて、無害なのに……なぜ?」


答えは、誰も口にしない。


けれど、生徒たちの心には確かに芽生え始めていた。


――この禁止令は、ただのルールじゃない。

“誰かの意図”で作られたものだ。


その真実に触れた瞬間、学園の空気は静かに歪み始めた。

まるで、透明な水面に石が落ちたように。

波紋はまだ小さいが、確かに広がっていく。


ミラベルは何も言わない。

アメリアもいつも通り笑っている。


しかし、少女たちの世界はもう、元には戻らなかった。


昼休みの中庭。

風は穏やかで、花壇には色鮮やかな花が揺れているのに、少女たちの話し声はやけに刺々しかった。


「聞いた? アデリーナ様だけじゃないって」


ひそめられた声が、芝生の上を這うように広がる。


「侯爵家と、学園の理事の何人かが組んでるんだって」

「編み物なんかで処罰? 理由が弱すぎると思わなかった?」

「“庶民の成功”は、貴族の面子を潰すから……排除したいんだって」


ぴたりと、空気が止まる。


遠くのベンチで、アメリアは窓に映る光を見ながら、本を膝に置きぼんやりしている。

――自分が噂されていることに、まったく気づいていない。


しかし、噂はさらに広がる。


「それだけじゃないのよ」

「癒しの力、って……聞いたの」


「え……?」


少女たちが目を見合わせる。


「ミラベル様のお母さま……ハンカチを置いた途端、眠れたんでしょ?」

「ミラベル様だって最近、柔らかくなったって、使用人が……」


「あの子の周りだけ、空気が変わるって……」


信じ難い。

けれど、誰も否定できない。

学園の誰もが、ほんの一瞬の“違和感”を感じてきたから。


その時、花壇の前で話を聞いていた一人の貴族令嬢が、顔を青ざめさせて呟いた。


「……ありえない」


唇が震えている。

声には、怒りよりも――恐怖が滲んでいた。


「もし本当にそんな力があるのなら……

 そんな庶民が力なんか持ったら……

 ――脅威よ」


その言葉は、まるで呪いのように、周囲の生徒たちの心に落ちていく。


昨日までは、「ただの編み物が好きな庶民の娘」。

噂されても、笑われても、誰も本気で恐れてはいなかった。


けれど今は違う。


誰かを癒し、心を変え、空気すら揺らがせる存在。


たった一本の毛糸が――

貴族社会の“序列”を塗り替えるかもしれない。


アメリアは知らない。

ただ、優しい気持ちで編んでいただけ。


だがその無自覚の温かさこそが、

この世界にとって最も“危険な力”とみなされ始めていた。


その瞬間、アメリアは


“庶民の編み物少女”から、

“既存の力を揺るがす存在”へと変わった。


――本人の知らないところで。



夕暮れの廊下。

生徒の姿が少なくなり、光は赤く細長い影を作っていた。


アメリアは図書室からの帰り道、渡り廊下を歩いていた。

ふと、前方から声が聞こえる。


教師Aの低い声だった。


「……あの禁止令、本当に必要だったんですか?」


教師Bは苛立つように首を振る。


「必要とかじゃありませんよ。“上”が言ったんです」


一拍置いて、重く続く。


「――『庶民の分際で、余計な注目を浴びさせるな』と」


アメリアの足が止まる。

呼吸も止まる。


教師Aはため息を落とす。


「でも……編み物ですよ? なぜそこまで」


教師Bは声をひそめ、それでも言葉は鋭く落ちた。


「癒しの噂、聞いたでしょう。

 もし本当なら、貴族が支配してきた“治療”と“薬”の価値が落ちる」


「貴族商会の薬は、王都の貴族たちにとって大きな収入源です。

 どこの家も、庶民が“ただで癒す”なんて力を持たれたら困るんですよ」


教師Aの顔が凍り付いた。


「つまり……アメリア嬢は、脅威だと?」


「……ええ。身分制度と、経済の敵。

 貴族にとって都合が悪すぎる存在です」


アメリアは息を詰めたまま動けない。


自分は――ただ、誰かを助けたかっただけなのに。


廊下の影に隠れながら、アメリアはそっと胸を押さえた。


そんなつもりは、なかった。


救いたかった。

困っていたから。

泣きそうな顔を見たくなかっただけ。


だけど――その小さな優しさが、


“国の仕組みごと揺らす力”だと、彼らは言う。


アメリアはまだ、信じない。


でも確かに、胸に何かが刺さるように痛かった。


その痛みは、優しい少女には似合わないほど、鋭かった。



翌日の昼休み。

人の少ない中庭へ向かう途中、アメリアの足は不意に止められた。


前と横、そして後ろ。

綺麗な刺繍のついたスカートを揺らしながら、貴族派の女子たちが取り囲む。


笑っている。

けれど、その目は少しも笑っていない。


先頭の少女が扇子で口元を隠し、甘い声を落とした。


「最近、えらく調子に乗ってるそうじゃない?」


その隣が続く。


「庶民のくせに、評判を集めて……自分が特別にでもなったつもり?」


アメリアは小さく首を振る。


「そんな……ただ、編み物を……」


しかしその答えは、彼女たちの癇に触れた。


「言い訳? いいえ、もう聞き飽きたわ」

「本当はわかってるんでしょう? 庶民は黙って俯いていればいいの」


一歩、また一歩と距離を詰められる。

アメリアは壁に追い詰められ、ぎゅっと胸元のリボンを握る。


別の少女が、わざと無邪気な声で囁いた。


「ねぇ、もしあなたが変に逆らって……騒ぎを起こしたら?」


扇子の少女が涼しい顔で言葉を継ぐ。


「あなたのご家族、上の人に目をつけられたら困るでしょう?

 家も、仕事も、失うかもしれない」


アメリアの顔色が変わる。


怖い。


けれど――泣きたくはなかった。


震える声を押さえ、できる限りの笑顔を作る。


「大丈夫です。本当に……ただの編み物なんですから。

 そんな、皆さんの邪魔をするつもりなんて――」


その微笑みが、皮肉にも彼女たちの癇に触れた。


「まだ笑う余裕があるの?」

「反省してる顔じゃないわよね」


視線が刺す。

冷えた侮蔑が突き刺さる。


その瞬間、少女たちは――決めた。


アメリアは、排除すべき存在。


「壊してあげるわ。あなたが目立てなくなるように」


そう呟いた声は、鳥のさえずりよりも冷たく響いた。


その日、アメリアはまだ知らない。

静かに、確実に、彼女を追い詰める“計画”が動き始めていたことを。


放課後の廊下は、夕焼け色の光で赤く染まっていた。

人影もまばらになった廊下を歩いていたミラベルは、角を曲がった先で足を止める。


アメリアがいた。

扉の前でリボンを結び直している――はずの動作が、不自然に震えている。


近づくと、一瞬だけアメリアが顔をそむけた。

その目元は、わずかに赤い。


ミラベルは息を呑む。


「……泣いてたの?」


アメリアは慌てて首を振った。


「いえっ、あの、ちょっと埃が入っただけで……!」


目元をこする仕草までぎこちなく、必死でいつもの笑顔を作ろうとする。


ミラベルは一歩踏み出す。


「誰に、何を言われたの?」


アメリアは視線を落としたまま、小さく息を吐いた。


そして、笑った。


「大丈夫です。こういうの、慣れてますから」


その言葉は、軽い調子で言われたものだった。

けれど――ミラベルの胸に、深く突き刺さる。


慣れている?


何に?


侮辱に?

冷たい視線に?

理不尽な扱いに?


(そんなものに……慣れないと、生きられなかったの?)


ミラベルは気づく。


アメリアは弱いから黙っているのではない。

優しいからではない。


ずっと、ずっと――

逃げることすら許されない場所で生きてきたからだ。


笑っていなければ、誰にも助けてもらえなかったからだ。


ミラベルの喉が熱くなった。


「アメリア」


呼ぶ声は、自然と強くなる。


「わたしは、あなたが泣くことに“慣れてほしくない”」


アメリアが目を見開く。


ミラベルは拳を握りしめたまま、まっすぐに言った。


「あなたが笑うのは、痛みを隠すためじゃなくていい。

 本当に、心から笑えるように――わたしが、変える」


アメリアは息を呑んだ。

その瞳は揺れ、今度こそ涙がこぼれそうになる。


しかし、ミラベルは何も言わず、その手をそっと取った。


夕日が二人の影を、長く長く伸ばした。


その瞬間、ミラベルははっきり悟った。

これはもう、「庶民を庇った」なんて軽い話じゃない。


アメリアという少女の人生すべてに、

自分は踏み込んでしまったのだと。



夜。

学園の貴族棟にある、しんと静まり返った応接室。


そこに、上流家の少女たちが数人だけ集まっていた。

灯された暖炉の火だけが、室内を淡い赤で照らす。


中心に座るのは、侯爵令嬢アデリーナ。

その姿は微笑を浮かべているのに、目だけが微塵も笑っていなかった。


「――状況はご存じでしょう?」


乾いた声が響く。


「庶民の娘が、学園で注目を集めています。

 “癒し”だの、“温かい”だの……馬鹿馬鹿しい」


彼女の周りには、

学園長の姪、理事の娘、そして大手薬商の令嬢の姿もあった。


「放っておけば、何が起きると思います?」


アデリーナはグラスを指先で転がし、薄く笑う。


「学園は“平等を認めた”という形になるわ。

 庶民でも貴族に影響を与えられる、という前例が生まれる」


ピリ、と空気が張り詰める。


理事の娘が、声を潜めて言った。


「そんなこと……認められるわけがありませんわ」


「ええ。だから排除します。“正当な理由”で」


アデリーナは優雅に言い放つ。


「淑女として不適切――それで十分。

 規律違反でも、品位の欠如でもいい。

 彼女の居場所を、静かに奪えばいいのです」


薬商の令嬢が頷く。


「“癒し”なんて噂が広まれば、我が家の商売に影響が出ますわ。

 庶民が特別視されるなんて、あってはならない」


アデリーナの微笑は、冷たく研ぎ澄まされていた。


「動きなさい。

 教師にも、寮にも。

 どんな小さな失敗も“罪”に変えるのです」


少女たちが静かに頷く。


その瞬間――

学園という巨大な組織が、ひとりの少女に牙を向ける準備を整えた。


アメリアはまだ知らない。


ただ、毎日を真面目に、優しく過ごしているだけ。


しかし――

学園そのものが、彼女の敵になり始めていた。



放課後の廊下は、いつもと同じはずなのに、

やけに静かだった。


夕陽が窓から差し込み、長く伸びた影が床に揺れる。


その中で、ミラベルはひとり立ち止まった。


アメリアは前を歩いている。

背筋は伸びているのに、歩幅は小さくて、

どこか怯える動物みたいに、周囲の視線を避けるような足取り。


――ミラベルの胸が、ひどく痛んだ。


(あの子は……“脅される側の人生”を、ずっと生きてきた)


(笑って耐えて、笑ってごまかして……

 それが当たり前だと思わされて)


そんな生き方、あまりにも、不公平だ。


ミラベルは、そっと拳を握った。


あの日泣いたことは、弱さじゃない。

涙を流せた自分は、壊れたんじゃなく――変わったのだ。


そして今、明確にわかる。


優しさは、弱さではない。


「もう、黙っている側には戻らない」


小さな声だったけれど、

それはミラベル自身への宣言だった。


視線の先で、アメリアが振り返らずに歩き続ける。

その背中は、細くて、傷つきやすそうで――

それでも、誰よりも真っ直ぐだった。


ミラベルは前を向く。


彼女の足が、静かに動き出す。


この日、最初の敵が姿を現した。

だが同時に――

アメリアを守る“味方”が、本当の意味で目を覚ましたのだった。


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