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編み物好きの女子が悪役令嬢に転生したら、国を丸ごと癒やしてしまった話  作者: 南蛇井


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第12話:第二王子ユーグ、穏やかな出会い

――その日の午後、学園の中庭に、白いテントと可愛らしい卓が並べられた。


花の香りが柔らかく揺れる風に混ざり、銀のティーセットが午後の日差しを反射する。

派手な舞踏会でも、公式な晩餐でもない。

ただ、のんびりとした――ささやかなお茶会。


主催は、第二王子ユーグ・アルバート。


第一王子のような刺すような存在感も、天才貴族たちのような派手さもない。

穏やかで、礼儀正しく、言うなれば――控えめ。

だからこそ、今日の会も落ち着いた空気に包まれているのだろう。


アメリアは、案内状を渡されたときのことを思い出していた。


「人数調整のため」

そう笑顔で言われて、断る理由もなく頷いたけれど――


(ま、間違って呼ばれてないわよね……?)


テントの隅で、そっと膝の上に手を重ねる。

心臓は、紅茶よりずっと熱い。


周囲では、着飾った令嬢たちが煌びやかな笑みを浮かべている。


その視線が、ふいにアメリアへ向いた。


「え、あの子も呼ばれたの?」

「噂の“編み物”の子でしょう?」

「ミラベル様の心を動かしたって、本当?」


好奇心と、少しの警戒と、そして――無遠慮な興味。


アメリアは、縮こまりそうになる肩を無理やり持ち上げた。

深く息を吸い、笑う。


(気にしない、気にしない……)


震えを悟られぬよう、紅茶をゆっくり口元へ。


だが、耳は赤いままだった。

「人数調整」のはずが、どうやら視線の中心に立たされてしまったらしい。


それでも、アメリアは席を立たなかった。

逃げなかった。


――控えめな少女らしい、小さな勇気を胸に抱きながら。



銀のトレイが、かすかな震えとともに傾いた。


――カタリ。


皿の上の小さなフルーツタルトが、今にも落ちそうになる。

それを持っていたのは、まだ幼さの残る見習い侍女。

緊張で手が震え、顔が真っ青だった。


「ご、ごめんなさい……っ……」


周囲の令嬢たちは一瞬だけ視線を向けたが、誰も動かない。

「落とす前で良かったわね」と、冷たい囁きが聞こえ始めた、その時――


すっとアメリアの手が伸びた。


落ちかけた皿を静かに押さえ、優しい声で笑む。


「大丈夫ですわ。ほら、深呼吸を」


侍女は肩を震わせ、小さく息を吸い込む。


「ゆっくりでいいんです。慌てると、手が余計に揺れてしまいますもの」


その言い方は、叱りもせず、見下しもせず、ただ寄り添うように。


見習い侍女は今にも泣きそうな顔で、かすれた声を漏らした。

「ありがとうございます……!」


アメリアは「よかった」と小さく笑う。


その光景を、少し離れた場所で見ていた者がいた。


第二王子ユーグ。


高位貴族らしい威圧もなく、そっと日差しを受けながら立っていたはずが――

気づけば彼の足はアメリアの方へ向かっている。


「素敵だね」


ふいに声がかかった。

アメリアは振り返り、目を丸くする。


「へっ……え、えっと、わた、わたしが……ですの?」


耳まで真っ赤。

慌てふためく姿が、逆に可笑しくて。


ユーグは、静かに笑った。


「困っている人に、自然と声をかけられる人は、そう多くないよ。

 特に、この場で。誰もが見ている場所でね」


アメリアは一瞬、きょとんとして――

そして、小さな声で答える。


「……あの方、泣きそうでしたから。

 手が震えるほど緊張しているのに、誰にも気づかれないのは……つらいと思って」


その言葉には、作為も飾りもない。

ただの“当たり前”。


だからこそ、周囲の令嬢たちは気づき始める。


――この子は、誰にでも優しいのだ、と。


そしてユーグは、柔らかい光を帯びた瞳で、彼女を静かに見つめていた。


紅茶のカップに薄く光が映り込み、午後の陽がほどよく暖かい。

庭の風が、静かにティーテーブルのクロスを揺らしていた。


第一王子レオナルドのような派手さは、そこにはない。

代わりに――落ち着いた空気と、優しい静けさ。


ユーグは、声を張ることもせず、ただ澄んだ声で言った。


「君の編み物が、学園を変えたらしいね」


アメリアは目をぱちぱちと瞬き、肩を跳ねさせる。


「えっ……へ? そ、そんなこと……わたしは何もしておりませんわ。

 ただ、手を動かしていただけで……」


彼女は誇らない。

自慢げに胸を張らない。

嘘を並べて謙遜するわけでもない。


本当に、そう思っている声だった。


ユーグは、わずかに微笑む。


(――作為がない。

 誰かに褒められたいわけでも、目立ちたいわけでもなく、

 ただ“困っている人がいると放っておけない”だけ)


それこそが、この少女の本質なのだろう。


話しているうちに、アメリアの緊張は少しずつ薄れていった。


侍女が紅茶を注ぎに来れば、

「熱いですから気をつけてくださいね」と自然に言える。


隣の令嬢が椅子を引くのに苦戦していれば、

すっと手を添えて助ける。


席を探す子がいれば、

「こちら、少し詰めれば座れますわ」と、

自分の席を小さく移動させる。


どれも大げさなことではない。


小さくて、気づかれなくて、

彼女自身さえ“していると自覚していない”ほど当たり前の行動。


けれど、そういう優しさこそ――

この学園に足らなかったものだった。


ユーグは一口、紅茶を飲む。


「君と話していると、不思議と落ち着くよ」


「えっ!? あ、あの、恐縮です……!」


慌てて背筋を伸ばすアメリアに、彼は思わず苦笑する。


「違う。褒めているんだ。

 華やかさではなく……温かさを持っている人は、珍しい」


アメリアは言葉に詰まり、視線を落とした。


そして――小さく、照れたように笑う。


その笑顔が、風に揺れた紅茶の香りよりも柔らかくて、

ユーグの胸に、静かで心地よい波紋を広げた。


午後の陽が、ゆるやかに傾く。

小さなティーテーブルの上で、紅茶の表面が揺れ、

アメリアの淡い瞳を静かに映していた。


ユーグは、言葉少なに彼女を観察する。


派手な笑顔も、気の利いた社交辞令もない。

ただ、穏やかで、優しくて――飾り気がない。


だからこそ、気づいてしまう。


この少女の行動には、裏も計算も見当たらない。


しばらく黙ったまま紅茶を回した後、

ユーグは問いかけるように口を開いた。


「誰かに教わったの?」

「そんなふうに、人に寄り添うやり方を」


アメリアは、きょとんと目を瞬き、すぐに小さく首を振る。


「いいえ」


言葉は淡々としているのに、どこか胸に触れる響きだった。


「わたし、ずっと一人でしたから。

 誰かが助けてくれること、あまりありませんでしたの。

 だから……だったら、わたしは――

 誰かを助けられる人になりたい、って」


テラスに、風がひとつ吹き抜ける。


令嬢たちの笑い声も、皿の触れ合う音も、

一瞬だけ遠ざかり、世界が静かになった気がした。


ユーグの指が、カップの持ち手で止まる。


(自分がしてもらえなかったから、

 誰かに優しくしようと思える人が――世の中にどれほどいるだろう)


強いわけでもない。

特別賢いわけでもない。


けれど、この子は。


「……そうなんだ」


短い返事だったが、声の温度が変わっていた。


アメリアは気づかず、ただ紅茶を口に運びながら微笑む。


ユーグはその横顔を見つめ、静かに思う。


(兄上が目をつける理由が、少しだけわかった気がする)


(これは――ただの令嬢では、ない)


紅茶の香りより穏やかな興味が、

初めて、彼の胸に灯った。


風が、ふいに強く吹いた。


テラスの花々がざわめき、テーブルクロスが大きくはためく。

ユーグとアメリアの視線が、同時に揺れる皿へ向かった瞬間――


カップが傾いた。


とろり、と紅茶が縁を越え、

隣の令嬢の淡い色のドレスへと飛びかける。


「あっ――!」


令嬢の悲鳴より先に、アメリアの手が動いた。


白いハンカチが宙を裂くように伸び、

紅茶を受け止め、手のひらへ熱がじゅっと伝わった。


「っ……!」


小さく息を呑み、肩が震える。

手の甲がわずかに赤みを帯びた。


「ご、ごめんなさい……! わたし、ドレスが……!」


涙目の令嬢が、今にも泣きそうにアメリアを見る。


だがアメリアの表情は変わらなかった。

怒らず、責めず、嘆くこともなく――ただ、安心させるような笑顔だった。


「平気です! ドレスが汚れなくて、よかったですわ」


その声音には、本当に心からそう思っている響きがあった。


自分の痛みより、相手の心配を先にする声。


令嬢は唇を震わせ、そっとアメリアの手を握った。


「ありがとう……本当に、ありがとう……!」


アメリアは照れたように笑い、

「大したことありませんのに」と小さく首を振る。


けれど、周囲の空気が変わっていた。


視線が集まり、さざ波のように憧れと尊敬が広がっていく。


彼女の優しさは、声を張り上げるでもなく、

偉そうに語るでもなく――ただ、自然に人を救う。


そんな姿を見て、ユーグは静かに息を吐いた。


(やはり、そうだ)


紅茶の染みが一つついたハンカチと、赤くなった指先。


どれも小さな出来事。

ささやかな痛み。


けれど――


(この子は、人を変える)


テラスの陽光の下、ユーグの目に、

アメリアの姿が確かに輝いて見えた。


お茶会は、やさしい余韻を残したまま終わりを迎えた。


侍女たちが静かに片付けを始め、

令嬢たちはそれぞれ余韻に浸るように会話を続ける。


アメリアは、そっと席を立ち、

できるだけ目立たないように出口へ向かおうとした――が。


「アメリア嬢」


柔らかな声に、足が止まる。


振り返ると、第二王子ユーグが立っていた。

派手さはないのに、目が合うとふっと空気が澄むような不思議な存在感。


「今日は来てくれてありがとう。

 ……また話せると嬉しいな」


驚いて、アメリアの肩がびくりと跳ねる。


「わ、わたしでよければ……!

 その、こんなわたしで……」


言い終わる前に、ユーグは微笑んだ。

さっき見た優しい眼差しと同じ、けれど――ほんの少しだけ鋭い光を秘めている。


(やはり、“ただの令嬢”じゃない)


人を和ませ、空気を変え、

誰かの涙を止め、心をほどく。


偶然? 親切? 気まぐれ?


――違う。


紅茶を止めたハンカチ。

編み物で変わった学園の空気。

兄が「面白い」と笑った意味。


ユーグの中で、点が静かにつながっていく。


「また会おう、アメリア嬢」


その言葉は、優しさでも礼儀でもない。

王族としての興味と、ひとりの少年としての本心が重なった“約束”だった。


アメリアは知らず――ほんの少し頬を赤くし、

深く一礼して去っていく。


残されたユーグは、眼差しを細めた。


(兄上が目をつけた理由……少しだけ、わかった気がする)


そして、胸の奥に静かに、小さな火が灯る。


“彼女をもう一度見たい”という、

ごく私的で、人間らしい衝動。


12話は、そうして幕を閉じる。


――第二王子ユーグが、アメリアを意識しはじめた、確かな瞬間として。






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