第2話:力の代償
紅蓮が目を開けると、灰に覆われた村の跡には静寂が漂っていた。夜風が燃え残りの匂いを運び、どこかで小鳥が鳴いた。生者はほとんどいない。だが、彼女の胸に奇妙な熱が流れていた――手にした薔薇の血が、まだ生きているように脈打っている。
「……これが、代償……」
契約の瞬間に感じた冷たさは消え、代わりに体の奥底で力が膨れ上がる。傷はすぐに癒え、筋肉は剣を握るだけで増すように反応する。不死――いや、これはただの力ではない。血を糧に、命そのものを吸い上げ、再生する力。だが、魂の奥では、誰かの命が消え、世界の秩序が歪む感覚が残る。
夜の村を歩くと、燃え残った家の軒先にひとり、泣き伏す少女がいた。紅蓮はその者に手を差し伸べる。
「生きろ……生きて、逃げて」
少女の目に希望が宿る。紅蓮は剣を握り、数体の残党や狼を一瞬で制圧した。その力は絶大だ。だが、血の力を使うたび、胸の奥のざわめきが強くなる。救済は、必ず何かを奪うのだ。
翌朝、村を離れようとした紅蓮の耳に、奇妙な噂が届く。救われた者たちが互いを疑い、憎しみ合い、家族を裏切り、ある者は発狂し、ある者は自害していた。灰の中で生き延びた少女も、紅蓮を慕いながらも、家族の死に対して憎悪を募らせていた。
「……私のせい……?」
紅蓮は薔薇を見つめる。花びらの赤は、血の色以上に濃く、重く、そして美しかった。
救済の力は、救うどころか、人の心の闇を増幅させる。愛は嫉妬に変わり、希望は絶望に変わる。
彼女が選んだ道は、ただの血の契約ではなく、人間の運命を操る呪いだった。
その日、遠くで焔の煙がもうひとつ立ち上る。敵対する大名の手勢か、それとも宗門の弾圧か。紅蓮は薔薇を握りしめ、微笑む。
「……私は救う。でも、それは呪いを生む」
彼女は剣を肩に担ぎ、夜の半島を進む。血と美の境界に立つその姿は、凛とした強さと絶望を同時に帯びていた。
誰も救われない世界で、紅蓮は救いを振るう者として、孤独な戦いを始めるのだった。




