ルマリンの家
「ところで夜になったけれど、サリアに帰る場所ってあるの?」
「結論から言うと、無いな。」
勿論、記憶が無くなる前の俺の帰る場所はあったのかもしれないが。
そんなことはもう俺は覚えていなかった。
──俺はサリア。目が覚めるとこのルマリンという少女に膝枕をされていて、何故か目覚める前の記憶を全て無くしていた。
ルマリンの言う限りだと、俺は空から降ってきて、致命傷を負っていたがルマリンの治癒魔法で治してもらった、との事。
自分の名前も覚えていないため、『サリア』という名前は果実の『ンサリア』という名前から、ルマリンがとって俺につけた名前である。
そして、時が経ち夜になったため、ルマリンの家に泊まらせてもらうことになった──というのがこれまでの要約である。
「ふふ、やっぱり!なら私の家に来なさい!賑やかでいい子ばかりだから、サリアとはすぐ仲良くなるわ!」
「ありがとう。ここで起きてからおまえだけが頼りだよ……」
このまま野宿をするのかどうか不安だったが、俺はルマリンの家に泊まらせてもらうことになった。
どうやら話を聞く限り、ルマリンの家には沢山人が住んでいるらしい。
──きっと兄弟が沢山いるのかもな。もしルマリンの兄弟に、記憶を戻せる奴がいたら、俺の記憶が戻るかも。
そう思うと、サリアの足どりはさっきよりもずっと軽くなった。
***
俺トルマリンは 『ンサリンの森』を抜け、少し歩くと住宅街が見えて来た。
住宅街には、石レンガで造られたいわゆる洋風の家がズラリと沢山並んでいて、どれも造りが繊細で細部までこだわられた建物ということがひと目でわかった。
「ここが、私たちの住んでいる住宅街よ!まあ、家はこの森とは真反対だから、まだそこそこ歩くことになるわ!」
「いやいや、俺は実際泊まらせてもらおうとしてる身分だからさ。」
「何を言っているの!サリアは私の膝枕の恩人なのよ!躊躇ってないで、もっと私をこき使ってもいいんじゃないの!」
「てか、その最初から言ってる膝枕の恩人っていうのはなんなんだ?」
確かに少し気になっていた部分ではあった。
最初に目覚めた際、ルマリンが膝枕をする事が夢……と言っていたくらいしか俺は事細かくは知らなかったが。
「よくぞ聞いてくれたね!サリアくん!それはね、私が膝枕をすることが夢だからだよ!」
「その返答は答えになってないぞ。俺はおまえが膝枕をなんでしたがってるのかを聞いているんだ。」
「へえ、女の子にそんなこと聞いちゃうの!でも特別に教えてあげる!何故ならね…」
俺は唾をゴクリ…と大きく飲み込んだ。
「私が、少女漫画がを愛しているからよ……」
ルマリンが頬から耳までを赤く染めながら、手でそれを押さえ、さっきまでとは違った色っぽい声で言った。
そして俺は悟ったのである、ルマリンは生粋の少女漫画オタクなのだと。
「まてまて、理解が追いつかないぞ。つまりな、少女漫画が好きだからおまえは膝枕をすることが夢なのか?」
「そうよ!何度も言わせないでよ!私は少女漫画で膝枕をしてあげる主人公に憧れていたのよ!私はいつも、好きな少女漫画の主人公=私、と妄想を膨らませながら膝枕の練習をし、いつしか膝枕をすることが夢になっていったわ!そこに出てきたのが、サリアってことよ!」
ルマリンは早口で俺に質問に答えた。
これが、自分の好きな話題になると早口になるオタク……というものなのか。
「ああなるほど。やっと理解した。つまりおまえは少女漫画に影響受け、膝枕が将来の夢になったって事ね……」
「そうよ!」
ルマリンが俺の想像以上にこの話題で照れ、腰を横に振り気持ちの悪い動きを始めたので俺とルマリンの間には少々気まずい雰囲気が流れた。
そんな雰囲気の中住宅街を歩いていると、ルマリンが1つの家の前で足を止めた。
が、
「ここがおまえの家なのか?」
「そ、そうよ!どうぞ、入りなさい!」
ルマリンがドアの鍵を開けながらそう言った。
俺もルマリンに続き、恐る恐るドアを通り家の中に入った。
もし、もしかしたら、俺の記憶を戻してくれるルマリンの兄弟がいるかも──そう思い、歩いた。
「ルマ姉、その人だあれぇ?」
と、ルマリンの後ろから初めて聞く声がしたので、中に入るとルマリンと同じ赤色の髪をした男児に出会った。
表情はやや顰めてはいたが、ルマリンと同じ綺麗な顔立ちをしている。
──この家に美男美女しかいないなら、俺の地位は1番下だな、確実に。
俺は心の中でそう思った。
「この子は『ルイアン・トリワン』。私より5つ下の、9歳の男の子よ!こう見えて、攻撃魔法に関してはこの私でも勝てないわ!まあ、治癒魔法だったら、私には絶対に勝てないけれど!この子はサリアよ!ルイアンともすぐに仲良くなれるわ!」
「そうなのか。それはすごいな!よろしくな、ルイアン。」
そう俺も自己紹介をし、ルイアンの小さい頭を撫でた。するとルイアンは俺に近づいてきて……
「サリアって事は、女の子なのぉ?女の子にしてはちょっと胸が小さいんだよねぇ。だからって、胸の大きいルマ姉に嫉妬しないでねぇ。僕ぅ、そういう嫉妬とかよくないと思ってるからァ。」
ルイアンはそう言いながら、俺の胸の辺りをモゾモゾと触り始めたのであった。案外くすぐったかったので、咄嗟に俺は、
「女じゃねえよ!!触んなこのエロガキ……」
と言ってしまった。
初対面でこんなことを言ってしまい、内心反省していたが、離そうとしてもルイアンが聞く耳を持たず夢中で俺の胸を触っているので、正直ちょっとイラッとした。
「俺は男だよ!!離れろ!!」
「──ハッ」
"男"というワードに反応したのか知らないが、俺の胸を触る手を一瞬止めた。
「サリアちゃん、今なんて言ったのぉ。男ぉ?聞き間違いじゃないよねぇ。」
「俺は正真正銘の男だよ!ルマリン、こいつ初対面で人の胸触ってくるとかおまえの弟正気かよ。」
「ふふ、ルイアンはいつも女の子の胸に興味津々でね!私にも、毎日ついてまわってるのよ!森に出かけに行く時も、ルイアンが寂しそうに玄関までついてきたのよ!」
「何となく、玄関でコイツが待ち伏せしてた理由がわかってきた気がするよ……」
どうせコイツのことだから、ルマリンのことが恋しくて待っていたのだろう。
「でも、正真正銘、サリアは男よ!ルイアン、そんなことしちゃめっ!」
と、ルマリンが可愛く注意した。
「そんな怒り方でいいのか……?」
「いいのよ!まだルイアンは子供なのよ!優しく、注意してあげないと!」
ルイアンが言うことを聞かないのは、甘やかされて来たからなんだなあ、と内心バカにした。
「そんなぁ。僕ぅ、男には興味が無いんだよねぇ。」
そう言いながら、ルイアンは少ししょんぼりした顔をし、俺のそばを離れ家の中にトボトボと歩いていった。
「まあ、1悶着して中に入りましょう!ルイアンは女の子が好きだから、サリアにはくっつかないかもしれないけど、本当はいい子なのよ!」
「ほんとか?」
「ホントよ!!」
「それはともかく、ご飯はもうマリアが用意してるの!いい匂いがしているでしょう!」
ルマリンにそう言われると、確かに中から食べ物のいい匂いがしてくる気がする。
「こっちよ!」
そう言い、ルマリンが中に俺を案内した。
正直なところ、ルイアンは俺の記憶について何も言ってなかったし、言動からも、これまでの俺が関わっていた人物ではなかったようだった。