あなたの名前を教えて
──風。
そこにはとても心地の良い風が吹いていた。髪を撫で、肌に触れる時には優しく、それでいて温かい風である。
鳥たちもその風に揺られ、チュンチュンと鳴き声をあげながら飛んでいる。
まるで羽毛のベッドで寝ているような感覚だ…
2度目の大きな風が吹いた時、地面の感覚が強く感じられた。
柔らかく、けれども弾力がある。また、頬に触れると柔らかくムチムチとしか感覚が、さらに不安感を消し飛んでいった。
「ん?おい、ムチムチだと?」
自然の風が吹いているのにも関わらず、地面の感触の擬音がムチムチなのはあまりにも異質すぎる。
俺は咄嗟のあまり、ここで初めて声を上げ、目を開け、今自分がどのような現状に置かれているかを知った。
「あら、やっと起きたのね!全然起きないから、この私の回復魔法が失敗しちゃったのかと思ったのよ!」
俺は確かに目を開けたが、自分が置かれてる現状には目を瞑りたいくらいだった。
なんと、少女に膝枕をされていたのだ。
──それも、全然知らない森の中で。
その少女は赤い髪を2つに束ね、所々には緑色のメッシュが入り込んでいた。
体は少し華奢で、俺の小さい身長と比べても、同じくらいだ。
それでいて太ももの面積がやや大きめ。ってところか。
さっきまでムチムチだとか柔らかいだとか思ってたのはこの子の太もも──ってことかよ……。
事細かく現状を脳で整理していると、自分の顔が赤くなっていることに気づいた。
「どうしたの?そんなに顔を真っ赤に染めて……もしかして!私に膝枕されているのに照れているのね!私、これまで膝枕をするのが夢だったのよ!」
「おい!さっきから膝枕膝枕を連呼しやがって、おまえ誰だよ!この赤髪!」
膝枕をするのが夢ってどんな夢だよ!とツッコミを入れたくなる部分だったが、失礼だと思ったのでやめておいた。
「私は誰…ねえ、私の夢を叶えてくれたお礼に、特別に私の名前を教えてあげるわ!私は治癒魔法の使い手の頂点に立つ、『ルマリン・トリワン』よ!ルマリンって呼んで頂戴ね!」
と、ルマリンは決まり文句かのように自己紹介をした。
「ところで、あなたは一体何者よ!急に空から落ちてきて……私が治癒魔法をかけてあげられなかったら、あなたはもうとっくに死んでいたところよ!」
「そうだったのか?それは有難いけどさ…」
「この私が治療魔法をかけたお礼には、いつもなら報酬を頂くところだけれど、あなただけは特別に免除してあげなくもないわ!何故ならあなたは私に初めて膝枕をさせてくれた恩人よ!」
「ルマリンって言ったよな?まあとりあえずありがとう。俺はこの森がどこか分からないんだけど、おまえ、教えてくれないか?」
俺は少し目覚めてから困ったことが一つあった。この森のことも分からず、自分が何故この森に居るのかすら、俺は覚えていなかったのだ。
「この森は『ンサリアの森』と一般的には呼ばれているわ!『ンサリア』というここでしか取れない特別な果実が取れるのよ!その果実はそれはそれはすんごく甘くて、有名な詩に綴られるくらいね!外の膜が赤い色をしていて、中が黄色いのが特徴ね!」
「『ンサリア』、?聞いたことがないな。」
勿論、聞いたこともない地名だ。そのような果実も、聞いたことがない。
「そこで私が森にンサリアを採りに行ってたら、あなたが急に空から落ちて来たってわけなのよ!」
「なるほど?それでおまえは俺の怪我を治して膝枕をしてきたって事か……」
ルマリンの話を聞いているうちに、俺がどのくらい不審な人かだんだん気付いてきた気がした。
空から落ちてきて、女の子に治療されるなんて情けない。
「そうそう!ンサリアはこれよ!さっき採ってきたやつなのよ!あなたも食べましょ!」
ルマリンにそう言われ、手に渡された『ンサリア』と呼ばれる果実を口にした。
「どう!美味しいわよね!」
「確かに、これは美味しいな!」
その『ンサリア』を口にすると、中の黄色い部分がザラザラとした食感をし、甘酸っぱい味が口の中に溶けていった。
「よかった!たくさん採ってきたから、何個でも食べていいわ!」
ルマリンがそう言うので、俺はお言葉に甘えて『ンサリア』を3つ食べた。
「ありがとな。おまえの採ってきたンサリア、すげー美味かったよ。」
「ふふ。私のセンスを称えていなさい!」
度々自意識過剰になるルマリンの性格は少し鼻につくが、そんな会話をしているうちに俺とルマリンは打ち解けて行った。
そして、気づけば日が落ちそうになっていた。
「私、あなたのこと、気に入ったわ!流石、私の膝枕の夢を叶えた男ね!見返りとして、あなたの名前を教えてくれないかしら!」
「───」
俺の、名前……
俺は地名、果実の名前の前に、それ以上に致命的なことを覚えていなかった。
自分の名前すらも、覚えていなかったのである。
「俺の名前……か。先に謝っておくが、それは俺が知りたいくらいだ。」
「どうやら、俺にはおまえに膝枕されながら目覚めた時からの記憶が無いらしい。おまえがくれた...ンサリアって果実も、初めての味だ。」
「ええ!そうなの!なら、私はあなたをなんて呼んだらいいのよ!実際、自分の名前が分からないのなら、すごく困るじゃない!」
「そうなんだよ。なんて呼んだらいい、以前に俺も自分の名前が分からなくて困ってるんだ。」
俺も薄々気づいてはいたのだ。自分の名前を、これまでの記憶を何一つ覚えてやしないことを。
「なら、いい案を思い付いたわ!」
「私があなたの名前を考えることにするのよ!」
「確かに、いい案だな。」
覚えていない、これまでの名前を捨てるのは少し心外だったが、何も覚えていない以上、こうするしかないことは知っていた。
「じゃあ、そうしよう。変じゃない名前で頼むよ。」
「ふふ、侮るんじゃないのよ!」
「これからあなたの名前は、この果実、ンサリアからとってサリアよ!」
ちょっと女の子っぽい名前だ、と思ったが、確かに変では無い。
むしろいい名前だとも思った。
「おお!いい名前だ!」
「ふふ、サリアが良ければいいのよ!」
そう言うと、ルマリンは俺に手を取るように向けた。
そして、俺はルマリンの手をぎゅっと掴み、
「改めてよろしくな!ルマリン。」
「それはこっちのセリフだと思うわ!改めてよろしくおねがいね!サリア!」
この夜の森を歩いて行くのだった。
初投稿です。なろうも物語を書くのも初心者なので暖かい目で見守ってくれれば嬉しいです。
作者は女です。