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第5話 イチロー、米国野球殿堂入り

 やはり今、一番の話題と言えばこれ。


 イチローに関しては今さら多くを語るべくもなく、とんでもなくすごい選手。


 日本では1278安打、アメリカでは3089安打を記録。

 その他、多数の偉大な記録を持ちます。


 地味にすごいと思うのは、「出場試合数」。

 通算出場試合数が3604試合。これはプロ野球の一軍で記録したものとしては世界最多です。


 メジャーリーグでもシーズン最多安打の262安打を記録。

 身長180㎝、体重80キロ。


 これは、日本の野球選手では平均的ですが、メジャーリーグでは小柄な部類に入るわけで、当時、アメリカ人は「どうせ打てないだろ」くらいにしか思ってなかったわけです。


 日本人のメジャーリーガーのパイオニア、野茂英雄はピッチャーだったので、ピッチャーとしてはまだ成功する余地があったけど、日本人のバッターとして打てる奴はそんなにいない、というのがアメリカ人の見解だったのですが。


 その常識を打ち破り、とにかく打ちまくりました。


 イチローのすごいところは、「当たり前のことを当たり前のようにやる」その精神力ですね。


 人間、「やろうと思ってもできない」ことが日常生活の中でもあるんですが、イチローはそのルーティーンを必ずやる、ことを重要視していたそうです。


 個人的にに印象に残っているのは、2009年の第2回WBCワールドベースボールクラシックの日韓戦。

 韓国に負けてその後、決勝戦でもう一度当たった時。


 イチローは余程悔しかったらしく、「絶対勝ってやる」と思ってたそうです。そして、チームメートを鼓舞。


 この時、イチローは打率.200前後と絶不調だったらしく、それでも原辰徳監督は彼を1番で使い続けます。

 決勝の韓国戦で、イチローは6打数4安打、延長10回に、相手の林昌勇から決勝の2点適時打を放つ活躍をし、最後の最後で日本の連覇に貢献しました。


 ちなみに、私もバッティングセンターに行った時など、イチローの「振り子打法」のスイングの真似をしたりしてました。


 背番号51を背負った男が、51歳で米国野球殿堂入りというのがまた特徴的。


 もちろん、日本人として初どころか、アジア人として初の快挙。

 まさに世界に誇るべき日本人ですね。


 ちなみに、野球殿堂入りの時、イチローが語った「感謝すべき人」は故仰木(おおぎ)あきら監督と、妻の弓子夫人。


 仰木監督は、元オリックスの監督で、イチローの類い稀な打撃センスを見抜いて、1軍に呼び、2番打者に抜擢したと言われています。ちなみにイチローという登録名の名付け親は、かつての首位打者、新井宏昌(ひろまさ)と言われています。


 妻は、元TBSのアナウンサーの福島弓子ですね。


 本当におめでとうございます!

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