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中村三姉妹

昼食時、芳田がテーブルに着くと、神原もいた。久々に圭助の顔も見た。圭助は週三回のバイトの日はもちろん、普段もコンパだのなんだのと飲み歩いていて、朝晩は顔を合わせることが少なく、昼も学校がある日は会わないので、本当に顔を見るのが久しぶりだったのだ。

「よっ! 圭助くん、久しぶりだね」

「おはよう。芳田さん。多嘉恵さんから聞いたよ。ご近所が何か大変みたいだね」

圭助は午前中に大学の授業が無い日は、起きるのが遅い。従って、たいてい昼の挨拶は「おはよう」になる。

「その事についてだがね、皆知ってる事があったら教えてくれ」

神原が皆を見回した。

「いや、私は何も」

「ごめん。僕も」

「裏のアパートの時田っていうフリーターよ」

待ってましたとばかりに多嘉恵さんが喋り出した。

「前に痴漢容疑で取り調べられてね、それは無罪だったらしいんだけど。そんな事があってからは、何だか静かになって部屋に閉じこもってたみたいだったんだけどね…。それが今朝、大家さんが訪ねてみたら、お風呂で手首を切って血まみれになって…」

「ああ、もうやめて~!」恐がりの圭助が耳をふさいだ。

「圭助くん、よくそれで深夜に夜道を歩けるわね」

圭助の、バーテンダーの仕事が終わるのはいつも深夜で、午前になる事もある。そんな時は、店のタクシーチケットをもらって乗って帰ってくるのだが、それも、深夜零時三十分を回らないと、もらえないらしい。

だから、大抵の場合、最終電車にギリギリ間に合う時間に店を出て、最終電車に飛び乗って最寄りの駅で降り、駅からシェアハウスまで徒歩で十五分ほど歩いて帰ってくるのである。

「じゃあ、やっぱり有罪無罪関係なく、痴漢のレッテルを貼られて落ち込んでの事かな」

芳田が考え込みながら言った。

「そんな事で自殺するなんて、メンタル弱すぎじゃない?」

多嘉恵さんは手厳しい。

「まあ、フリーターで仕事も不安定だったろうし、何が理由かはわからないよね」

そう言いながら圭助は、多嘉恵さん渾身の抹茶とミルクのアイスレイア―ティーを、層を崩さないように注意深く口元に運んだ。

「ふむ…」神原は考え込んだ。


中村家は三姉妹で暮らしている。この町に越して来たのは五年前の事だ。ごく普通の姉妹で、ご近所の評判もごく普通、「あまりよく知らないが、感じのいい人達」である。

外見は三人とも大柄で、決して美人とは言えないが味のある風貌の人達と言われている。

長女は五十七才で、婦人科の医師である。産科は無い。だが訳ありの女性の中絶などは、(ひっそりと)安価で請け負う事があると噂されている。なるべく薬に頼らない、良心的な治療をしてくれると評判の先生だ。

次女は五十四才で、薬剤師である。姉と一緒に小さな医院を開業し、薬剤師兼受付、会計、診察時の助手もしている。なるべく薬品を処方せず、患者に合わせた食事療法のアドバイスを心掛け、漢方にも通じている。こちらも、患者にとって信頼の厚い先生として人気がある。

三女は四十九才で、医療カウンセラーである。姉達の医院内に部屋を設け、週三回、隔日でカウンセリングを行っている。時間のある時は医院の受付や診察時の助手を手伝う事もある。また柔道の有段者であり、毎週木曜日の夜に、町の中心地にあるスポーツ施設内で柔道を教えている。何が理由かは定かではないが、ある時期から女性専用の教室を開くようになり、自己防衛的な術を主に教えるようになった。また、稽古後には生徒の悩み相談も受けるようになっている。


夜八時半、長女の五月が夕飯の支度をしていると次女の千秋がキッチンに入ってきた。

「時田が死んだわ」千秋が言った。

「そう…」五月がほんのわずか、左の口角を上げた。


深夜十一時半頃、三女の美咲が帰ってきた。

「お疲れ様」

「ただいま。遅くなっちゃった。千秋姉さんは? 寝てるの?」

「ぐっすりよ。ところで、時田が死んだらしいわね」

「ふ~ん、そうなの…」

美咲はさほど驚く様子もなく呟いた。

「ところで美咲ちゃん、山下さん、やっぱり妊娠初期だったわよ。まだ初期だったから、吸引法で処置できたけど」

「そうなんだ…。じゃあ、そろそろ朝倉の件に取り掛かるとするか…」

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