恥ずかしい依頼
夕飯時にこうしたやりとりがあった、まさにその日の昼過ぎに遡る。
神原のもとに一人の女性が訪れていた。
五十前後くらいのその女性は、どのように依頼の件を神原に説明すればいいものか、考えあぐね、なかなか言い出せないでいた。
「南条さん、私は探偵です。守秘義務も守りますし、もともと口は堅い方です。どんな依頼でも、たとえそれが犯罪に絡むものだったとしても、決して口外はしませんし、依頼を受けたあかつきには、依頼主の利益を一番に考えた行動を取ると約束しますよ。ですから、どうかありのままにお話し下さい」
そう言われて南条芳江は、意を決して話しだした。
「実は、息子の事なんです。息子には数年前から付き合っている女性がいて、最近婚約までしたんですが、なぜか一週間程前に解消してしまい、別れてしまったんです」
「ほう。それは残念ですね。しかし、なぜです」
「理由を聞いても、教えてくれません。私は親として、大変心配になりました。一体どうして、こんな事になったのか。息子は真面目な仕事ぶりで会社でも認められていますし、性格も優しくて、親馬鹿かもしれませんが、自慢の息子です。相手の方も美人で気立てのいい、申し分ない方でした。本当に残念でなりませんでした。…ですが、先日、あるものを見てしまったんです…」
「何を見たのですか?」
「それが…」
「南条さん、それを教えてもらえなければ、何も出来ませんよ」
「たまたま、洗面所の前を通りかかったとき、ドアの隙間から見えてしまったんですが…。 息子が鏡の前で背を向けて、自分の臀部を見ていたんです…。息子の臀部には、恐ろしい焦げ茶色のミミズ腫れがありました。それは、お尻の割れ目を隔てて左右に一つずつ、丁度野球のボール程の大きさで四角い形に縦横に走っていました。でも、それはよく見るとある文字の形をしていたんです」
「ほう!何という文字でしたか」神原は急に大きな興味を示しだした。
「『恥』という字です。漢字で、左側に『耳』、右側に『心』という字です。鏡なので、逆向きに映っていましたが私にはハッキリと読み取れました」
「なんと!」
「私は、思わず『お前、それはどうしたの!』と叫びました。息子は狼狽し、あわててズボンを上げました。そして、泣きそうになりながら、『このことは、絶対に誰にも言わないでくれ』と懇願しました」
「息子さんにとっては、こんなに恥ずかしい事はないでしょうからね」
「…ですがいくら聞いても、どうしてこんな事になったのか、息子はどうしても教えてくれませんでした。そして人知れず、恥ずかしさと共に、絶望感で苦しんでいました。今後の人生、どうすればいいのかと。私は、息子を守りたいと思いました。どんな事があっても、息子のこの不名誉で恐ろしい火傷を完治させ、そして大切な息子にこのような仕打ちをした犯人を突き止め、相応の罰を与えたいと…。そして今日、ここにやってきたのです。もちろん、この事は息子には内緒です。私独自の判断です」
「わかりました、南条さん。この依頼、受けましょう。ただし、どのような結果になろうとも、真実を受け止める覚悟が必要です。それが例え、息子さんにとって、良くない結果だったとしても…」
「ええ。覚悟は出来ていますわ」