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第4話 切り取ったもの - 1

 軒に当たった雨はぱらぱらと音を立て、店内の音楽と一緒に歌っている。ふわふわと漂うコーヒーの香りと合わさり、思わず眠ってしまいたくなるような昼下がり。

 常に満席だった昨日と比べ、今日はちらほらと客がやってきては帰るを繰り返していた。

 そんな中、詩季はガラス張りの引き戸の外に目を留めていた。


(雨の日の平日ってこんなに静かなんだなぁ。昨日が忙し過ぎたってのもあるだろうけど、いつもより静かな感じがする。……油断したら寝れちゃうね)


 あくびを噛み殺した詩季に、キッチンから出てきた暁斗が話しかける。


「……マスター、ちゃんと寝てますか?」

「ああごめんね。最近、毎日8時間くらいは寝てるよ」

「それならよかったです」

「うん。……ねぇ暁斗くん、ふと思ったんだけどさ、お昼ごはんを食べた後プラスこの穏やかな空気感に眠くならない人っているのかな?」

「いると思いますよ。少なくとも俺は眠くないです」


 詩季は信じられないものを見たと言わんばかりに目を見開く。そんなに驚くことですか、と逆に驚いた暁斗が問うと、ころっと表情を変え微笑んだ。


「ごめんごめん。冗談半分で驚いてみただけだから」

「つまり半分は本気だった、と……?」

「確かにそうなるかも……?」


 からんからん。


 そんな話をしている中、引き戸を開けて入ってきたのは70代くらいの女性。

 肩につかない長さの白が混じった髪と、空のような淡い水色の着物を着ている。物静かな笑顔をたたえるその人は、まるで世を達観している仙人のようだ。


「いらっしゃいませ。空いているお席へどうぞ」


 カウンターから一歩出て声をかけた詩季。一方の暁斗は女性にぺこりとお辞儀をし、キッチンの方へと向かう。

 女性は店内を見回しながら、カウンターにほど近い2人掛けのテーブル席に近づき、静々と椅子を引いた。そして右手で着物を少し上げ、椅子の左側からそっと座る。


(扉の開け方からしてそんな気はしてたけど、このお客様、動作が綺麗……。いや綺麗というより美しいの方がぴったりな言葉かも)


 メニューを読む女性の様子をうかがいながらも、詩季はお冷とおてふきを用意する。


「ご注文お決まりになりましたらお声がけくださいね」

「あら、ありがとう。早速だけど注文しても良いかい?」

「もちろんですよ」

「ではケーキセットを1つお願いするね。飲み物はコーヒーで」

「かしこまりました。ケーキはチーズケーキとチョコケーキからお選びいただけますが、どうなさいますか?」

「そうねぇ……、チョコケーキでお願いしようかね」

「かしこまりました。ではご注文繰り返します。チョコケーキとコーヒーのセットがおひとつ、以上でよろしいでしょうか?」


 頷いた女性に詩季は微笑み、少々お待ちくださいませとキッチンへ向かった。

 その歩く動作がいつにも増して綺麗に見えるのは、女性の影響を受けているからなのかもしれない。


「暁斗くん、チョコケーキ1つお願いします」

「了解です」



 コーヒーを入れた詩季は、なみなみと入ったそれをプルプルしながら女性のもとへ持っていく。

 それを見た女性は、右手を口元に当て「あら」と呟いた。


(お客様、嬉しそうにも楽しそうにも、驚いているようにも見える……。感情が読めない方だ。でもたぶん、驚いてるのかな?)


「お待たせいたしました。コーヒーです」

「ありがとう。こんなになみなみなのに、こぼしてないなんてすごいねぇ」

「ありがとうございます。ここだけの話、かなりぎりぎりですし、時々こぼしてしまうこともあるんですよ……」


(まだまだ特別な訓練が足りないかなぁ。……まあそんな訓練やったことないけど)


「あらそうなの。修練あるのみね、応援していますよ」

「……! 頑張ります」


(応援されてしまった……! これは、特別な訓練をやるしかないのかもしれない!? 真面目に検討しようかな)


「あの……」


 後ろから聞こえてきた声に振り向くと、チョコケーキを持った暁斗がいた。


(暁斗くん……? 大丈夫かな、接客はどうも苦手だって言ってたけど。……いけないいけない、お客様の前だ。とりあえず落ち着こう僕)


「ありがとう暁斗くん」


 そう言ってテーブルへの道を開けた。暁斗は、いつにも増して無表情になりながら、ほんの少し震えている手でケーキを置く。


 白を基調とし、新緑色でふちと中央の部分に細かい薔薇(ばら)が描かれた平皿。そこに乗っているのは焦茶色のケーキと真っ白なクリームだ。


「美味しそうねぇ。ありがとう」


 その言葉に暁斗はぺこりとお辞儀をして、早足にキッチンへと去っていく。


(がっちがちに緊張してたね……。でもちゃんとやれてた。どうして突然苦手な接客に挑戦したのかは分からないけど、すごいね。確実に前へ進んでる)


 一方の女性は、かばんからスマートフォンを取り出しコーヒーとケーキの写真を撮った。迷う素振りも見せずに撮った写真は、cafeユーニの雰囲気そのものを切り取っているかのよう。それは詩季の目にも映る。

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