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ヨモツヘグイ  作者: うぇど
キラゴ・カシナラ 編
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第五章 赤い欠片の童達

ヨモツヘグイ


キラゴ・カシナラ編


第五章 赤い欠片の童達




 天空の宝物庫と呼ばれる部屋が白き蹄の城にはある、そこには大げさな装飾に彩られた櫃がただ一つ置かれているだけであった。窓も無く、暗くじめつき、人の出入りも少ない長居をすれば精神に異常をきたしかねないような部屋である。

 ギア・ジウラの侍女であるクリノは度々その部屋に訪れ、その部屋の住人「欠片」と呼ばれる者の世話を行っていた。彼女はその部屋に入れる唯一の侍女であった。

 しかし、世話と言っても櫃を開け中の様子を覗うだけである、クリノはこの仕事が嫌でしょうがなかった。その櫃の中の欠片は蠢き、ランプの灯りで無数の虫のようにも見え、それらは血のように赤い色をしていた。


「オカァサン…」


 欠片は時折そのようなことを話す、殆どの言葉は聞き取ることは出来ないが母を呼ぶ声ははっきりと理解出来た。それがどうにも恐ろしく、クリノはこの毎日の日課をギアの世話をする前に行うようにしていた。クリノはギアとの会話を好み、彼女の侍女であることを幸運とさへ感じていたのだ。

 今日もクリノは天空の宝物庫の扉の前に立っていた。


「今日は何も話さなければ良いな…」

 

 鍵を三つ開け重い扉を開けると、既にこちらに反応したかのようにカサカサと蠢く音が部屋の暗がりから聞こえてくる、クリノは鳥肌を立たせながら、すぐさま部屋の松明に火を灯し、心の安静を保とうとした。

 クリノは大きな溜息をつくと部屋の奥へと歩みを進めた。暗がりから現れる櫃はまるで棺桶のようであり、近づくにつれ蠢く音は大きさを増すのである。


「ギア様?」


 クリノは囁くと、櫃はガタリと反応を見せ、さらに櫃の中をかけずり回るような音に変わった。


「…誰もこれについて教えてはくれないけど、…これはやはり姫様なのでしょうね」


 クリノはこの欠片がギアの欠片であると確信していたが、ギアには濁す言葉でしかこのことを伝えられなかった。もし、毎日この欠片の世話をしているとギアが知れば、ギアは黙ってはいないだろうから。


「なるべく、ギア様にはこれのことは話さないようにしなければ…この間も聞かれたけど上手くごまかせた、次からも気をつけなければ」


 しかし、彼女は嘘が下手なのである、嘘がばれるのは時間の問題であることは彼女も百も承知であった。だからこそ日に日にこの仕事が嫌でしょうがなかったのである。

 彼女は再び大きな溜息をつくと櫃を開けた。


「…」


 無言の欠片を眺め異変が無いことを確認するとクリノは櫃を閉め、踵を返し小走りで部屋の出口へと急いだ。するとガタンと大きな音が鳴りクリノは思わず小さな悲鳴をあげた。


「何…!?」


 クリノが振り向くと暗闇の中、櫃がある方から声が聞こえて来た。


「龍王の棺を用意せよ、私はリオスの光と成り、導を示す。今一度深き眠りを見るのだ、選ぶものこそ覇者となりえん」


 クリノはその言葉を聞くと、素知らぬ顔で部屋を出た。部屋の外で汗だくになりうずくまり、呼吸を正すことが上手く出来ず死をも考える程であった。

 彼女は確かにこの部屋で言葉を聞いた、しかし気が動転した彼女は思い出すことが出来なかった。欠片が話したであろう言葉を。


 ギアは格子の付いた窓の外を眺め、リオス神殿の屋根をじっと見つめ続けていた。

 ギアは過去にこの窓から飛び降りたことがある、脱走を図ったのでは無い、自殺を図ったのだ。しかし、彼女は死ねなかった。今もこうして白き蹄の城にて幽閉されているのである。


「今日はクリノは遅いわね…遠眼鏡を手に入れているのかしら」


 ギアにとってクリノと過ごせる時間は掛け替えのないものであり、彼女との時間無くしては、この生活で精神を正常に保ち続けることは叶わなかったであろう。故にギアはクリノに感謝し自殺を図ったことも今では悔いている。彼女たちの関係は深く、この白き蹄の城の中では稀な健全な関係と言えるのである。

 ギアが待ちわびていると、扉をノックしクリノの声が聞こえた。


「どうぞ、中に入ってちょうだい」


 クリノは一呼吸入れて外側の鍵を一つ一つ開錠した後に扉を開けた。そこには無表情なギアがこちらを向いていた。それを見てクリノはほっと安心しギアに笑顔を向けた。


「姫様、遠眼鏡をお持ちしましたよ。だいぶお待たせしてしまいましたね…」


 クリノは笑顔をギアに見せていたが、ギアはクリノの青ざめた顔に違和感を感じざるを得なかった。


「あ、ありがとうクリノ…随分疲れているみたいだけれどどうかしたのかしら…大丈夫?」

「だだ、大丈夫ですよ!何もありませんから!」


 クリノは上手くごまかそうと必死に笑顔を見せ、遠眼鏡をギアに手渡した。


「何も無いって…何かあったってこと?」


 ギアはクリノの目を覗きそう尋ねた。クリノは咄嗟に目をそらし、床を見ながら返答した。


「いえ、何もありませんでした。…大丈夫ですから」

「そう…まぁ後で問い詰めるとしましょう、それはそうと遠眼鏡ありがとう、早速使わせてもらうわね」


 ギアはクリノの様子を気にかけながら、窓辺に座り直した。遠眼鏡を覗きリオス神殿を覗うと夢に出て来た光はまだとらえることが出来なかった。他に何かないかとリオス神殿の周りを観察すると軍隊の行列を確認することが出来た。彼女は妙な気持ちになりクリノに尋ねる。


「戦が始まるの?」


 クリノは何のことかわからず、知らないことを告げた。


「…父上、いったい何をお考えなのか…プラテイユめ、滅ぶならお前と私だけにしろよ…」


 ギアは父を恨み、時折憎悪を口走ることがあった。しかしそれには問題は無いのである、その言葉を聞くのはクリノだけであるから。


「プラテイユ様は戦の準備を進めているのですか?一体何処と、クレイス領のユニコーンの王子でしょうか?」

「ユニコーンの王子、ライザー・クレイス。彼なら進軍しかねないわね、しかし、妹の命を代償にジウラ領に仕掛ける程愚かなのでしょうか?それに自身の命も代償になりかねない。彼を一度だけ見たことがあるけれど愚かな決断をするとは思えない。彼はフィディラー王と同じ血筋を引く者、その程度の器のはずが無いのだけれど…」


 クレイス領とはジウラ領北東に位置する西の王の城、別名黒き鉾の城を収める導きの目の一人クレイス家が統治する領土である。現領主はアルケイスト・クレイスであり、ライザー・クレイスとはアルケイストの唯一の跡継ぎ、次期領主である。


「クリノ?父の様子に変化はある?」

「最近はお姿を見ることはありませんね、もともと王と易々と謁見出来る立場では御座いませんので…」

「そう…」


 ギアは再び窓の外を眺めた。繁栄を謳歌した白き蹄の城の城下は一人の男の人間の欲を超越した強欲、業欲とでも言うような重たい何かに毒されているように感じられた。



***



 牢獄で横たわるイシスの吐息はとても浅く、ドラゴンの鳴き声が響き渡ればイシスそのものが掻き消えてしまうような危うさであった。


「父上…父上…戻って来て下さい」


 イシスは父と母の処刑の警備を担っていた。下水に潜み、シュネイシス派の暗部がシュネイシスを取り戻すことを阻止する為である。計画阻止の為にジウラ特別暗部部隊は全ての人間が通れる通路を封鎖していたのだ。

 糞尿にまみれ、息を殺し鍛え上げた夜目を酷使して下水の向こうを唯見つめていた。


「父上、私を何故このような煉獄の世に生き残したのですか」

 

 イシスの頭の上では、母が斬頭台に首を乗せられていた。


「母上、…あぁ」


 斬頭台の横にいる男がこう叫ぶ。


「ジウラを呪い、仇なす叛徒アリアス!最後の刻である!今名乗り出れば母の命は助かる!出頭せよ!」


 イシスは唯じっと暗闇を覗く、蠢くような暗がりを見つめ続けていた。

 頭の上の歓声は昂ぶりを見せ、獣が好き勝手に宴を開くように昂ぶり続けいずれ頂点にそれらは達した。そうその時母は執行されたのだ。


「次は父上だ…どうか、答えて下さい。私はいつまで生き続けなければいけないのですか?」


 アリアスの父シュネイシスは下水に立ちすくみ、イシスを虚ろな目で見降ろしていた。


「お前がやるのだ、ジウラを、導きの目を取り戻すのだ、カブリ・ジウラの血筋をあの魔王から取り戻すのだ、それまで死ねるなどと思うな、あのプラテイユがジウラを汚しただけお前は苦しみ生き続けなければならない。故にお前はあの男を打ち倒す怒りの龍カドルの加護を得られるであろう、苦しめ、息子よ」

 イシスは涙を流し、父シュネイシスの血の滴る首を手にしていた。


 夢を見終わったイシスは涙を拭うと目の前にいたヒュエイに伝えた。


「…私、いや俺もお前と決闘がしたい、潔く死にたいのだ」


 ヒュエイは冷たい目でこう突き放した。


「死にたいなどお前らしくもない、ドラゴンと戦い生き抜いた男の言葉では無い、私は嫌だね今のお前と相手などするのなんざ、お前は使命を果たさずには私の相手にはなれないだろうさ」


 イシスは頷くとこう答えた。


「…ありがとう、覚悟が決まったよ、必ずその約束は果たしてもらうぞ、この血筋の使命を果たした後には決闘をしてもらうぞ、その時は死を凌駕して挑むとしよう」


 イシスはにやりと笑い、ヒュエイもそれに答え笑い返した。



***



 三戦神カブリ・ジウラは、底の塔の巨人討伐の際の斑馬の剣ロゴアの力に狂い、底の呪詛使いリアクに惑わされたと言う。しかしカブリは戦友アラフ・クレイスに道を正され、フィディラー王の光の聖の再び配下に加わることが出来た。

 ジウラの二人の王子は危うい運命の下に生まれた神の子供達であるのだ。


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