第二十五章 コルサスの意思
ヨモツヘグイ
一角獣の王編
第二十五章 コルサスの意思
ロイは牙を剥き出しにロゴアを振り回し、制止しようと迎え撃つ土人形を次々と唯の土くれへと変えていった。その度にロゴアは青黒く成り時には赤黒くも成る。その怪しい光は分かりにくい鈍い光であり、まるでしたたかに笑みを浮かべているそんな雰囲気を醸し出す。
「ロイとやら、目の前の騎士が剣を抜きお主に戦いを挑んでいるのだぞ。人形と戯れるとは無礼というものではないか」
「…」
コルサスが両の手で剣の柄を強く握り締める。その音は足無しの音とは言えその場に静かに響き渡った。ロイはその所作に目をやり再び歯茎を見せ威嚇した。
「そうだお主の相手は私だ」
「ガアッ!」
落ち着いたコルサスに涎を撒き散らし突進するロイはコルサスを噛みちぎろうと牙を突き立てた。しかしその牙は何も捕らえることなくけたたましい音だけが響いた。
「獣のままでは一生私を捕らえることは出来んぞ」
そう言い放つとコルサスは剣をロイの背後から振り下ろす。その剣撃は緩やかでそして素早かった。まさに旋回後に得物を捕らえる隼の如く。
「ギャウ!」
剣がロイの体を通り抜ける。コルサスの剣に実態は無い、しかし彼の剣は用意に人間を切り裂く。
「…成程、カルディアの狂獣とはこれ程のものなのか、神話のリュクノースの兵団だけのことはある」
コルサスは歯ごたえも無く、血も一滴も零れ落ちない様に驚きを見せた。しかし、ロイは確実に痛みを覚えコルサスから飛び跳ねる様に間合いをとった。
「ゴルルル…」
睨み怯えるロイはロゴアを握り締める。
「獣が薄れたか、状況を悪化させたようだな」
コルサスは体制を整え、ロイの右手にぶら下がるロゴアに集中する。コルサスは足無し、ロゴアに切られれば成すすべなく命を吸われてしまうであろう。彼の目つきはその場の空気をも変貌させる。その緊張感がロイの神経を刺激した。
「ち…違う、彼は敵では…無い」
「抗うか、ロイ」
「逃げて…くれ。俺はあんたを殺したくは無い」
「リュクノースの呪い、それに抗う戦士。ロイ、君は」
コルサスの言葉が終わる前にロイはロゴアを頭上高く振りかざしコルサスに襲い掛かった。
「見届けたい、この生ける神話を」
コルサスは素早く剣の刃をロイの両手首に合わせ切り抜いた。その激痛と共にロイの握るロゴアは回転を繰り返しコルサスの背後の壁へと突き刺さる。ロゴアを手放したロイは手首に傷一つ無いのを一度確認し、その後放心状態となり目を見開き遠くを見つめ続けていた。
「君には使命がある。その姿になったのには意味があるのだろう。まだ見つけずともいずれそれを受け入れる時が必ず」
コルサスはロイの肩に手をやるとふと部屋の入り口に目をやり笑顔を向けた。そこには優しい目で見つめるマティと不安な表情で見つめるフィアスが立っていた。
***
ゲブは自身の技で掻き消す足無し一人一人を知りはしない。しかし、屠れば屠る程、若かりし頃この地で起きたシュネイシス派狩りが脳裏を過った。
「こいつら、この甲冑…」
彼は徐々に思い出す。あの日の戦闘を、ヴァレリーユの荘園を焼き討ちにした日を。
「隼の紋章、こいつらヴァレリーユの兵士か?」
「思い出したか!」
がたいの良い一人の足無しがそう叫ぶとその巨体に相応の鉄槌をゲブ目掛け叩きつける。ゲブはその一撃を軽く躱した。
「…!?こいつら亡者とばかり思っていたが」
「亡者だと?我等が何を失った!言ってみろ、お前だけは忘れる訳がないであろう!」
その騎士は頭を振るうと、目を見開き口角を上げて見せた。
「カブリ・ジウラ様に仕えるとほざくが、所詮お前は穢れに塗れる死体漁りだ、楔のゲブ」
そう言い放つ足無しは失われていた意識を鮮明にさせ、ゲブを睨んだ。
「ふっ、こいつら、親の仇を目にして正気を取り戻したと言う訳か。…死体漁りだと?」
ゲブはその言葉を何度か呟くと静かにその巨体の男に目を合わせた。
「そうだ、良い名だな。俺は死体漁りのゲブ。カブリ・ジウラ様の聖体を求める者だ」
ゲブは歯を見せ不気味な笑顔を見せると腰の短刀を抜く。その刹那巨体の男の体は真っ二つに分かれる。その後に掻き消えてしまった。
その短刀の切っ先から放たれるオドは凄まじい切れ味を纏い、間合いはその刃の何十倍にもなり、瞬く間に振り切られたのだ。
「お前らを二度殺す!俺は死体が好きでしょうがない死体漁りだ!」
「敵は一人だが、皆あの夜を思い出せ!奴はプラテイユの犬、我等の仇。陣形を整えよ!」
ゲブのその刃先に幾人もの兵士が倒れようとも、正気を取り戻した彼等は物怖じすることは無かった。
それが誰なのかは分からない、その一人の兵士が右手を掲げ指を動かし合図する。それを見た彼等はゲブを覆うように幾重にも重なる椀の様に陣形を構えた。それは統制の取れた恐ろしく早い陣形の整え方であった。
「二陣、三陣で確実に俺を捕らえる算段か、…部が悪い。ちっ、しまらねーな随分恰好が悪いぜ」
ゲブは例え広範囲にオドの刃を放とうとも、その裏の陣形に対処することは出来ないと瞬時に判断する。彼は激情に飲まれる愚行を犯す者では無い。そして彼は頭の上から落ちる木の葉を額に受けると、目をやることも無く次の行動を決めた。
「悪いな、次会う時は二度でも三度でも殺してやるよ」
そう言い放つとゲブは素早い屈伸から垂直に跳躍し生い茂る木々の枝へと飛び移る。
「…逃がすな!」
ヴァレリーユの兵士が叫ぶその声は意味を成すことなく。薄暗い森に唯響いただけであった。
***
マギアの下宿街はどの建物も代り映えしない物が乱立する。そこは都市計画と言う文言が皆無にも思える程に酷い作りをしていた。地下、空へと深く高い人の業が刻まれている。
その地下の忘れられた一部屋にエウクス・アフレフは住んでいた。彼の部屋は書物が几帳面に整理され、その量も膨大であった。その書物の半分以上が彼の執筆した物であり、彼の研究は月の聖詛使いマギアが研究した物と同系、その系譜とも言えた。そして彼は禁忌であるリアクの呪詛にも手を出していた。
「この右腕の刻印も完成を急がなければ…」
マギアが研究した呪詛は現代の呪詛とは大きく異なり、神々の神通力を解す物では無く。それは新たな神通力を作り出す物である。リアクとその弟子であるマギアはその力を呪詛とした。それは神話を経てフィディラー王とスカラベが残した現在の呪詛と混同され今では区別されることも無い。
「しかし、ウテの血も底をついた。くそ、小銭稼ぎなどしてる暇なんてねーぞ」
ウテの血とは所謂「藍墨」と言われ、「ウテ」を口にするのは学術都市でも極わずかの少数である。
「時間が無い、例えウテの血が手元にあったとしてもあと一つの刻印を紡ぐ結合点が思いつかん。くそが!八方ふさがりだ、何でこうなる、ここまで来たのに!」
エウクスは苛立ちを撒き散らし悪態をつく、それは唯虚しいもので、更に彼を苛立たせた。彼が焦る理由は勿論唯一つであった。それは玉蟲の大賢者との謁見が迫っているからである。スカラベとの謁見は死を意味していたのだ。
エウクスは右腕の刻印に黒い布を巻くと上から衣服を着る。そのまま深い溜息をこぼすと何か月も替えていない藁とシーツのベットに腰を掛けた。そのまま蹲るように半身を横たえる。彼は目を閉じることも無く唯目線の先の書物を無心で眺め続けることしか出来なかった。
「フィディラー、フォティノース、キラゴ、カブリ、アラフ…何故コキノ・クレイスには誰も通じれない?」
彼は今抱える問題とは関係の無い疑問を呟く。
「軍神ストラティ・クレイス、その妻コキノ、彼女はフィディラー王の姉で有り、三戦神アラフ・クレイスの母。そして血の狂乱にて王殺しを成しそこで神話が終わる。この大陸の神話はどうなっている…」
エウクスはぶつぶつと呪詛を吐くが如くこの大陸の神話を口にした。
「今そんなことを考えてどうする。時間が無いんだぞ…コキノか、呪詛で呼び出すことも出来ない神。もし呼び出せたならスカラベを凌駕出来るかも?あほか」
天に唾を吐く気持ちで自分の考えを吐露し、エウクスは目を閉じた。
(神話が途切れたのは今も続いているからでは無いのか?コキノは生きている、だから呪詛で彼女を呼び起こすことが出来ない…だとすれば)
「そうだよ」
エウクスはその言葉で目を覚ます。酷い汗に塗れ息を荒げながら溜めていた樽の葡萄酒を喉に流し込む。その慌て様は体に火が巻き付いたが如く有様であった。
「だ、誰だ…コキノは生きているのか?」
暗い部屋を見渡し人の気配を探る、しかし誰も居ない。人の気配等皆無と言えた。いるものと言えば、小ぶりの虫ぐらいであった。その虫が集る小瓶にエウクスは反応する。
「あった…ウテの血」
***
狂獣狩りのダイラはヤワタリが作り出すカルディアの狂獣を狩り続けた。彼は仲間を率いて狂獣の乱に勝利する。彼はその羽織る毛皮の下に信仰する神を刻んだ。双頭の龍アナン、彼は姉妹の妹を深く愛したのだ。その頭に相応しい業火はカルディアの狂獣を軽々しく退ける。しかしその呪詛は彼の命も焼き尽くした。足無しに喰われる間際、何故彼は仲間をもろとも焼き尽くしたのか。それはヒプロとの盟約であった。




