第二十四章 仲間
ヨモツヘグイ
一角獣の王編
第二十四章 仲間
ロイは後ろをついて来る足無しの気配がどうも気になり、後ろを何度も気に掛ける。そこには一人だけ彼等の後ろをついて来るのが見て取れた。
「おい、マティと言ったか。一人ついて来るぞ、危険は無いのだろうな?」
「ああ、彼かい?大丈夫さね、彼は唯一生前のように正気を保てている足無しさね、マティの少ない話相手さ」
「正気なのか?」
「そうさね」
マティは尻尾を機嫌良く振るうと髭も少し得意げに伸ばした。
「…悍ましい」
フィアスはマティの髭を眺めると鳥肌を撫で沈ませる様に両手で肌を擦る。プシナは真逆にマティに寄り添い鼻歌を歌っていた。
暫くすると大量の甲冑を山積みにした大きな錆びた鉄屑の山が現れた。そこはマティの巣だと言う。
「ふぅ、やっと着いた。まともな人間なら近づけないマティの城さね!」
「…!?」
フィアスはその鉄屑の山にこびり付く恨みの念に顔を引きつらせ、叫び声を喉元で留める。プシナも同じく涙を瞳に溜めその場から退いた。
「お姉ちゃん、ここ駄目だよ」
「ロイ、無理。ここには入れない!」
「何でだ?」
二人の拒絶振りに戸惑うロイはマティに顔を向けた。その目線にマティはにんまり笑うと口を開いた。
「お嬢ちゃん達はそうだろうね、しかしあんたは何も感じ無いのかい?」
「いや、特には…」
「狂獣になっちまうと人間の感覚も失われちまうのかい?そりゃ難儀だわさ」
「フィアス、どういうことだ?」
ロイはフィアスに尋ねる。それに応えるフィアスは体を縮め震えていた。
「私にも分からないわ、ただこの鎧に少しでも触れようものなら正気ではいられない。それだけは分かる」
「これは彼等の甲冑さね、異常な忠義心と怨恨が未だに膨れ上がってオドを乱すのさ。お嬢ちゃんの言う通り、これに触れた人間はそのオドの波に精神を壊されちまうだろうさね」
マティはそう説明するとその禍々しい甲冑の山に体を擦り付けた。
「お勤めご苦労さん、今日はお客人を連れて来たよ。あんたらは一旦お帰りな」
マティがごろごろと喉を鳴らしながらそう言うと、甲冑の山から次々と足無しが霧が広がるように現れる。その靄の塊は先程の屋敷へと移動していった。
その様にロイは少し警戒した。
「そんなに緊張しなさんな、ほらどうだいお嬢ちゃん達?もう大丈夫だろう」
プシナはほっと肩を撫でおろすとマティに笑顔を向けた。
「ありがとう、もう大丈夫!」
「ほいさ!美味しい物をご用意するよ、どうぞ中にお入りな」
マティは上機嫌なステップで自身の住処へと三人を迎え入れた。フィアスはそれでも警戒心を解くことは出来ずロイの体にしがみ付く。
「おい、手を怪我するぞ」
「ごめんなさい、震えが止まる迄だから」
ロイは自身の体毛がフィアスを傷つけることを警戒したが、その獣毛は優しく柔らかいままであった。彼女の掌の肉厚が微かな熱と共にロイの心を和ませた。
***
一行がマティの住処の奥へと辿り着くと土で出来た人形が数体忙しく食事の支度をしていた。それを見たフィアスはロイから手を離すと嫌味もなく自然にマティに尋ねた。
「マティ、さん、彼等は何?」
「ヒプロの形代さね、偉大なるフィディラー王の呪詛、あんたなら知っているだろう?フィディラー王特有の足無しの呪詛さね」
「聖の影以外の呪詛を見るのは初めてだわ…」
マティは目を細めフィアスを眺めた。
「ふーん、あんたフィディラー王と通じているね。勿論この大陸の生き物皆通ずるものだけど、それ以上に深く通じている。だいぶ珍しいよ、マティと一緒さね」
マティはヒゲを動かす。
「…私はフィディラー王と」
「フィディラー王の呪詛は聖の影しか一般的には知られていないさね、良かったらその他を刻もうかい?」
その言葉に迷うフィアスの姿を見るとロイはその会話の間に割って入る。
「すまないが先ずは食事と休息を取らせてくれないか?プシナ、お前もお腹が減ったろう?」
「うん、お腹ぺこぺこ」
マティはその言葉ににんまり笑顔を返すと土人形に合図を送った。その人形が用意する食卓へと誘われるロイ達は円卓へ用意された可愛らしい椅子へと腰を掛けた。
***
円卓に並べられた料理はとても豪勢と言える代物では無く、森で採れる木の実や小動物が飾り気も無く並べられるだけであった。
ロイは早速腹を満たそうとその料理に手を伸ばすと両脇のフィアスとプシナの雰囲気にその手を思わず止めざる終えなかった。
「何をしている、喰わないのか?」
「お食事をいただくのよ、お祈りに決まっているでしょう。彼等の命はセリニ様、リオス様の物なのよ」
フィアスは目を閉じ祈ったままロイに応えた。その様をマティは笑みを保ったまま見守っていた。
「狂獣くんは食事を終えたらマティを食べさせてあげるさね」
「どう言うことだ?」
「そのままの意味さね、そのままなら幾日かで死んじまうだろう?マティなら三人ぐらい迄なら食べられる」
ロイは答えになっていない回答に眉間に皺を寄せ訝しんだ。
「後でわかるさね、今は食事を楽しみな」
プシナは祈りを終えると目の前の食事に目を輝かせ姉フィアスの顔を覗った。
「マティさんにもお礼を捧げてから食べなさい」
「マティ!こんな素晴らしいお食事をどうも有難う!」
「私からも深い感謝の想いを」
二人は深くマティに祈りを捧げるとマティは目を逸らし少し照れて見せた。
その後彼等の食事は長旅の疲れを忘れさせるように長く続いた。
***
ゲブはロイ一行を追う道半ばで無数の足無しに取り囲まれていた。その怨霊は敵意を剥き出しにしゲブを威嚇する。それに応えゲブは腰の短刀を両手に持ち、確実に起こり得るであろう自身の死に対して笑みをこぼした。
「足無し…だと?御伽噺にも程があるだろう」
彼に恐怖心は無い、三戦神を深く信仰することと幾重の死地が彼を鍛え上げて来たのだ。そして神経を研ぎ済ますと腰の短刀二本を素早く抜いた、ゲブはその得物を軽く回転させ目を閉じる。
「そうか、目を閉じた方が良いな」
今まさに襲い掛かろうと一人の足無しが一歩踏み出すその刹那、彼はそのオドの波に似たオドをその相手にそっくりそのまま押し返すように放って見せた。
「…どうだ?」
ゲブは目を見開くとその足無しが押し退けられる様に後退するのを確認した。
「はは、成程。相手が悪かったな。俺はカブリ・ジウラ様に使える楔の長だ。お前ら足無しなど神話で謡われる様にジウラ様の技で屠られるが定め」
かつてカブリ・ジウラはアプロディの乱にて過去の自身の過ちと友であるカラーザへの贖罪の為に、足無しの大群へと戦いを挑んだ。その戦いにアラフ・クレイスは恐怖を覚えたと言われる。ジウラ暗部はその技を密かに受け継ぐ、それはオドを扱う技術であった。その技術が彼等を暗部足らしめたのだ。元は足無しを屠る技術とは忘れられようとも。
暗部の中でも最も恐れられる部隊である楔の長は、その技をこの世に堕ちた赤子が息をするかの如く扱って見せる。
「気分が良い、暗部として体得したこのオドの扱いは唯抑え込むことを真髄としていた」
ゲブは狂気に満ちた笑みをこぼす。
「これは全くの逆だ、感情を闇雲にぶちまける勢い。殺意をそのままに」
ゲブのオドは凄まじく周囲を揺らめいているヴァレリーユの戦士達を薙ぎ払う。彼のその技はイシス達が扱う技とは異質と言えた。彼はオドを自身の体の内に留めることなく遠距離の敵対する者に、その波を放つことが出来たのだ。
***
「あらまあ…鼠が一匹紛れ込んだねえ。いやさ鼬かね」
マティはヴァレリーユの足無しが自身のもとから離れ主へと還るのを感じた。
「何だ?このざわつきは」
ロイは全身の毛を逆立てるとマティに目線を向ける。
「あんた殺意には敏感だね、そりゃそうかカルディアの狂獣だものねえ」
「誰だ?」
「狂獣くんが連れて来たんだろう?」
ロイは首を振り否定する。
「あんたらを疑っちゃいないさ、どうやら着けられていたみたいさね」
マティは深く考え込むと大きな目をロイに向ける。
「狂獣くん剣を抜きな、食事の時間さね。マティを食べるんだよ」
その言葉の後マティはフィディラー王の呪詛である聖の影を使用した。その刻印に反応したフィアスはロイに叫んだ。
「ロ、ロイ!気を付けて!」
フィアスの言葉で戦闘態勢を取る覚悟が出来たロイはロゴアを握り締めた。その切っ先に飛び込む様に巨大な化け猫の幻影が襲い来る。
「俺達を騙したのか!?…くそっ」
ロイは目の色を変えるとロゴアに飛び込む幻影を八つ裂きにする。その時の尋常では無い高揚感に涎を垂らし、狂獣そのものの表情へと変貌していた。
「お嬢ちゃん達はマティの後ろにいるさね」
マティはフィアス達を土人形で守り更に体を張ってロイに対する盾となって見せた。
「マティ!どうなっているの?何が目的なの!?」
フィアスがそう叫ぶとマティは更に聖の影を使用した。
「偉大なるフィディラー王が悪神リュクノースを仕留めた技さね、存分に味わいなさいな!」
マティの聖の影は部屋を覆い尽くす。一度に八体の幻影を作り出すとその影達は一斉にロイを圧しつぶすように襲い掛かった。数匹はロイの持つロゴアの餌食になったが、完全にロイを抑え込みロイの身動きを封じて見せた。
「ふう、これで食事もお終いさね。お嬢ちゃん達驚かしてすまないね…」
そう告げたマティに対して、フィアスは再び警告を叫んだ。
「マティ!後ろ!」
マティの背後に怨念を取り巻くロゴアの切っ先が振り落とされようとしていた。その殺気に反応するマティは風を纏い俊敏な猫の神経と共に体を翻しその殺意を躱して見せた。
「この子…リュクノースと随分通じているね。随分見誤ったさね」
そう呟くと、マティは目をギラつかせるロイを睨みつけ顔を引きつらせた。抑えつけに入ったマティの影は全てロゴアの餌食となったことをその時マティは理解したのだ。
「ゴルルル…」
ロイは完全に我を忘れ心すらもカルディアの狂獣そのものへと変貌していた。
「ロイ!マティがしようとしていたことは分かったわ!私達に危害を加えるつもりはないわ!」
フィアスはマティが自身の聖の影で作り出した足無しを、ロイの持つ斑馬の剣ロゴアに吸収させることでロイの延命を図ることを理解した。しかしその説明を今行ったところでロイには届きもしない。
「マティも鈍ったもんだわさ。お嬢ちゃん達外に逃げるよ。もっとでかい呪詛が必要さね」
そう言うと、マティの土人形はフィアスとプシナを抱えるとマティの巣の入り口へと向かった。マティも向かおうとすると一人の足無しが剣を抜きマティへ一言呟く。
「私が抑えよう」
「あんた死ぬよ!?」
「ここで消えるなら私の使命はここまで、彼の命となるが定め」
その足無しは正統な西の王の剣の構えを取ると薄らぐその姿を濃く強めた。
「…コルサス、あんた」
「来い、ロイとやら。我が名はコルサス・ヴァレリーユ。シュネイシス・ジウラの意思を引き継がせる定めを持つ者だ」
***
始まりの国ヒプロ文明は滅びた。その礎を気付いたのは偉大なエオニオテロスである巨石の師父ヒプロである。彼は悔やみ底の神の子供達へ対抗するための手段を弟子であるフィディラー王へと伝承する。彼はそれを昇華させた。
故にフィディラー王は足無しを従える影の王と呼ばれた。彼が作り上げた軍はリュクノースを屠り、コキノ・クレイスを封印した。しかしコキノに奪われたその神通力に危うさを感じた彼はスカラベとヒプロと共にウテの血を求めたと言う。




