第二十三章 秘匿の王の剣
ヨモツヘグイ
一角獣の王編
第二十三章 秘匿の王の剣
やがて木刀であったそれは真剣に変わる。意図もせず握り変えた訳でも無く唯変化していた。イシスはそのことに何も疑問も抱かなかった。彼はそれらを信じ切りただ目の前のシュネイシスの稽古を受け入れていたのだ。
そしてシュネイシスの剣はイシスの剣を折らんばかりに火花を散らし打ち付ける。イシスはそれを体を沈め何度も受け流す。しかし、いずれそれも叶わなくなるのは明白であった。
「成程、それがキラゴ・カシナラの得物か。いくら叩き折ろうとしても綻びすら見せん。流石は神々の剣」
イシスはその言葉を聞くとともに最後の一撃を受け流しそのまま膝を着いた。意識が朦朧とし始め目の前の父の姿は霞、次の太刀筋など見ることも叶わず。死を受け入れそのまま意識を失った。
***
「アリアス、目覚めましたか?体は大丈夫ですか?」
そう言うイシスの母は器に水を注ぐと、豪華な寝室で目覚めたイシスの口元に近づけて見せる。母の行為に戸惑うも体を起こしイシスはその器を受け取り水を喉に流し込んだ。それは体を癒しまだ霞が取れなかった目の光を明瞭に変えイシスの意識を目覚めさせる。
しかし、彼の体は鈍い鉛のようにけだるさを残し。疲労感が消え去ったとは言えず。水を飲み干すもベッドから降りるまでには至らなかった。
「母上、もう少し横になります」
「そうしなさい、時間はまだあります」
「…時間?」
「おやすみ、私のアリアス」
母のその言葉に疑問は擦れ、安堵の中再び眠りについた。
***
再び目を覚ますと彼はダリアを握り締め再び父シュネイシスと対峙していた。
「アリアス、時間だ」
「父上…」
イシスは先程迄ベッドで横になっていたはずの自分が意識を失う前の体制で、父と対峙していることに軽く動揺していた。
「どうだ、西の王の剣。これは剣を通しオドを打ち込む。打ち込まれた者のオドは乱れ魂に傷を負う。次はアリアス、お前が打ち込んでみろ」
「オドを打ち込む…、エフタとの戦いで得た技術をこの剣で行う…」
「そうだ、それならばまず素手で放って見せよ」
シュネイシスは剣を収めるとイシスに対し体術の構えを見せた。それに応える様にイシスもダリアを腰に吊るすと両手の拳を強く握り締め構えを取る。
「来い」
シュネイシスのその言葉を皮切りにイシスは地の蛇の構えを駆使し体を低く、相手の目線を攪乱させる様に驚く速さで相手との間合いを詰める。瞬く間にシュネイシスの横腹に位置付けると右こぶしを父の脇腹に着き放った。そのオドはシュネイシスの右横腹から左横腹を鋭く貫いた。
「…!?」
シュネイシスは大きく体をその場からずらしそのまま膝を着きしばらく動かなくなってしまった。ふと我に返るイシスは父を心配し言葉を掛けようとする。
「な、何と素晴らしい…アリアス。ここまで成長を遂げたか」
「すみません、父上」
「何を謝る。父は嬉しいのだ。このオドを操る技術は並の者が扱える代物では無い…そうか隠夜に生身で辿り着いた影響か」
「隠夜、確かにあの場は異様そのものでした」
「これならば話は早い。時間の限りも心配は無用、剣を抜けアリアス」
シュネイシスは立ち上がると自身も鞘から剣を抜く。イシスもそれに応じダリアを握り構えた。
「鞘か、この修練を終えた暁に鞘を与えよう。不憫でなるまい?」
「…はい父上、有難う御座います」
イシスはシュネイシスの指導のもと剣を打ち込む。父の助言をもとに試行錯誤を繰り返す。自身を足無しと捉え、剣の切っ先迄も幽体として思い描く。それを常として剣を振るう。
「人は死ねば皆足無しとなる。僅かな時間な。それは御霊の主の元へと還る迄の間、その体は生前の苦楽を共にした自身の体を無意識に形どるものだ、その時も自身が剣を持つことを意識に焼き付かせろ」
イシスは隠夜で見た景色を思い出し、父の言葉を理解する。すると自身の剣の切っ先迄オドが通じていくのをイメージ出来るようになった。
「それだアリアス」
「後はこれを扱えるかですね」
「素手とは感覚が少し違う、アリアス、お前なら出来る…いいか時間は限られている必ず物にしろ」
「時間…母上も仰っておられました。時間とは?何のことでしょうか?」
シュネイシスは笑顔を見せると彼に言った。
「気にするな、お前なら出来る。神の血筋、カブリ・ジウラの末裔なのだから」
***
鉄の赤身が薄っすら滲む赤岩に閉ざされた岩戸の奥にクリノはいる。彼女の横にはボロボロの衣服を纏う高貴な姫君が刺繍を嗜んでいた。
「ひ、姫様…どうか私めの召し物を着て下さいませ。それではあんまりです…」
拷問を受けたのか、はたまたそれよりも酷い辱めを受けたのか、目の前の姫君ウラフェス・クレイスは破けた衣服を纏い物静かに座していた。その衣服とは裏腹に彼女の肌は美しく顔立ちも惚れ惚れする程魅力を放つ。
「それでは貴方が可哀そう、私はこのままでも良いわ」
「駄目です」
クリノは衣服を脱ぐとウラフェスに差し出した。とても、そのままでは見ていられなかったのである。彼女が味わった苦痛がその姿に現れるようで。
「…そうね、貴方のその苦悶の表情をそのままにする方が可哀そう。有難う、着させてもらいます」
「あ…」
ウラフェスは自分一人で着替えを始めるとクリノは慌ててそれを手伝おうとする。
「あら、大丈夫ですよ。ジウラはお節介やきが多いのかしら?クレイスでは自分のことは皆自分でやるものよ」
「…はぁ、しかし」
「良いから!貴方もそこに座って、ほらもう済んだ。ほら、貴方も着てそれからお話をしましょう」
ウラフェスは軽く上着だけを羽織るとクリノに残りを返すと、その場に嬉しそうに笑顔を向けると膝に両手を添え座り込んだ。その姿は年相応な少女の姿そのものであった。クリノは彼女の笑顔にギアを重ねると少しほっとする。そして仕方なく差し出した衣服を再び着直した。
「貴方の名前はクリノね、何処から来たのかしら?」
「白き蹄の城より参りました。もとはそこの王子の侍女…いえ、姫様の侍女でした」
「そう、と言うことは人形の王子、ギア様の侍女だったのね」
「お会いしたことがあるのですか?」
「私は無いわ、兄様が話してくれたことがあるの。とても興奮していたわね。ふふ、今でも思い出す」
「兄…ライザー様、ユニコーンの王子ですか」
「そうよ」
ウラフェスはその名を聞くととても嬉しそうに笑顔を見せた。
「また会いたいな、兄様に…」
ウラフェスは遠い眼差しを天井に向ける、その目は、自分がこの牢獄で命尽きることを悟っているようであった。
「ギア様は今も元気なのかしら?出来ることなら私もお会いしたいものです」
ウラフェスのその笑顔の問にクリノは顔面を引きつりただ硬直する。
「…?どうしましたか?」
クリノは赤い欠片が群がりギアを内側から食い散らかすあの音、痙攣するギアの姿を思い出してしまった。そしてその後巨大な黒い影を目の前にした恐怖も同時に。
「はっ!…かはぁ!」
クリノは呼吸を乱しその場に蹲る。目の前が暗くなり意識が飛びそうになった。
「クリノ!?」
ウラフェスは彼女を肩で抱えると声を掛け続け岩戸の入り口へと彼女を運んだ。
「看守さん!お願い助けて!」
クリノは意識を疎らに飛ばしながらも、ウラフェスの華奢な体が自身を支え運ぶことに申し訳なさが募り自身を叱咤し続けそれに抗う。
「姫、様…」
クリノは涙を溢れさせウラフェスを跳ねのけるとその場に倒れ込む。
「姫様、御止め下さい。もう、大丈夫です」
「…クリノ、ごめんなさい」
暫く沈黙がペトラの岩間の暗がりを強調する。そしてクリノは涙を拭うと立ち上がり尻もちを突いていたウラフェスの手を握った。
「もう同じ過ちを繰り返しません。私は貴方様を必ずこの牢から救い出して見せます」
その言葉の後にクリノの手に軽く力が加わったように思えた。
***
腐龍の森、そこはかつて始祖の龍、龍の女王リヴァリィサが底の神の毒に呪われた龍を屠り、大地を浄化したと謡われる場所である。その森に今、暗天のヤワタリは無残な残骸となり横たわっていた。
「アスプロ、目を覚ましたかい」
「私はどれ程…ヤワタリはどうなりましたか?」
アツァナのユニコーンであるアスプロは、呪詛白銀の髭と言う種族の垣根を越え会話をする呪詛を使用し、目の前の岩肌の男に語り掛けた。
「一先ずはスコースへの道は妨害出来たよ。幾らエオニオテロスとは言えフォティノース達の神通力を一度に重ね食らわせれば動けまい」
「ならばとどめを…リトース、もう一度力を貸してくれ」
「それは駄目だ、君はアツァナの力を過信しているよ。これ以上ヤワタリに傷を負わせる呪詛を使えば君は確実に死ぬ。もう一月程はまともな呪詛は扱えないと肝に命じなさい」
岩肌の男は右腕を見せる。
「僕のリトースもこのざまさ、リオス様達には申し訳ないが又命の補填をしなければならない」
岩肌のリトースは右腕を撫でながらアスプロにそう伝えた。
「この後はどうすれば…」
「奴の半身を仕留める、時間は限られているよ。持って一月程かな、その間にプラテイユ・ジウラを仕留めればヤワタリは赤い欠片の子供達に又戻るだろうさ」
「ならば早く行こう、もう躊躇などしていられない。全ては僕の決断の誤りが引き起こしたんだ。ギアを救うことが本当は出来たんだ…こうなってしまったからにはもうその望みは絶ち切る他無い」
「待つんだ、せめてまともに動けるだけの命を蓄えてからだよ、相手はジウラの血筋。それも百年の年月を生きた後の足無しだ。今の君では太刀打ちなど出来ないさ」
「じっと待てと言うのですか?それで良いと?」
アスプロは膝を震わせながら立ち上がるとリトースに詰め寄った。
「足無しに対抗する力が必要だ、ヒプロ様は必ずご用意して下さっているよ。ヤワタリが復活したのならセリニ様に選ばれし者達も現れる」
リトースはアスプロの額を撫でると荒ぶる彼の思いをなだめるのであった。
***
学術都市マギアの蠢きの塔の最上階に幽閉されていると言われる玉蟲の大賢者スカラベは、ヒプロと共に神喰いの神の封印を守る術を探っていた。何故なら彼の膨大な知識には未来を予見する力もあったからである。
そして彼等は藍墨を作り出す。それはウテ達が住まう常世の雫であったと言われる。
ヨモツヘグイはその体液を彼等に与えた。父を屠るために。




