第二十二章 船着きの王
ヨモツヘグイ
一角獣の王編
第二十二章 船着きの王
その女性の剣士は西の王家の剣技を使い、ジウラ暗部の暗殺の構えさへ使う。その場を抑える兵士はその華麗な剣技に心を奪われた。
「もう何十年も使用していないこの技の数々…足無しになったからこそ成せる技なのかもしれんな」
「これがプラテイユ様の全盛期のお力ですか。素晴らしい」
「それ以上だ…彼女への体への負担はあれど、私にはそれが感じられにくい…」
プラテイユの言葉通りエフィアの体の軋む音は何度も薪の火花の如く木霊した。その小さな悲鳴にプラテイユは加減を調整する。
プラテイユは剣の重みを駆使しその剣技に遠心力を上手く加えてみせた。
「成程…剣技とはこういうものか」
プラテイユは人間の体の使い方を客観視する。その動きは見る見るうちに洗練されていった。
「プラテイユ様…美しすぎます」
ヒウレスはその可憐な動きに魅了され自身の剣技にも磨きをかける。その目の前の人を切り刻む顔は卑猥な笑顔を見せていた。
その二人が作り出す死体が転がるその貧民街の奥から、取り巻きを従え巨人とも比喩出来る程の一人の男が現れた。
「狂人の部下までも狂ったかヒウレス」
その男を目にしたヒウレスは表情をもとに戻すと実につまらない顔になる。
「ビラス・ヴァシリ…何故お前が」
「部下が小娘にヴァシリの船着きの面子を潰されたらしくてな、だから殺した。頭が落ちてはこいつらも好き勝手にやるだろう?そこで俺の登場だ」
「ビラスか…随分と久しいな」
プラテイユはその男の顔を見ると、その男がフィディラー大陸の西の外海を支配する男であることを思い出す。
「あん?誰だお前」
ビラスはエフィアの顔をしかめっ面で訝しみそう尋ねた。
「そうか、お前が例の小娘か…この死体の山、化け物かお前」
「ビラス、言葉に気を付けろこのお方は」
「ヒウレスそこまでだ」
プラテイユはヒウレスの口を止めると、剣を回転させ体を馴染ませる。その剣が軋むような音と共に振動を殺し止まった先にはビラスがいた。
「俺を誰と知ろうがお前には関係ない、ここで死ね船着きの王」
「嬉しい呼び名だな、船着きの王か」
「ビラス、投降しろお前に勝ち目は無いぞ…プラテイユ様、奴を殺しては」
「…だよなあ、殺せる訳も無い。お前らこれでは収集つかんぞ」
ヒウレスは歯を軽く軋ませ頬に汗を一滴流した。彼は頭を巡らせる。この大陸の情勢は複雑である。アデュラス共和国は大陸唯一の独立国家、それを許されるには強大な力が必要である。それが彼を含める三名の船着きの頭領達である。海を支配する力は侮れはしない。
しかしそんな思慮を無視しプラテイユはその横で剣を動かさずただ一点敵を狙う。それは揺るがない決意の表れの様であった。
「奴はアデュラスの裏の顔です。この作戦はこれ以上はいけません。ジウラを落としかねます」
「いずれは東も黙ってはいまい、カーグとクレイスが同盟を組むのだぞ」
「それはそれです、奴らの部の話であって我がジウラには関係はありません」
「要は誰が西の王になるかという話だ。同じこと、それに宣戦布告すらしている。もう手遅れだ」
「プラテイユ様…その命は一旦私めで留めております。十二の導きの目に宣戦布告など…この領に先は無い故」
「ふっ。正しい判断だ。気が狂っていたのだ…苦労を掛けたな、しかし、ここは推すぞ」
ヒウレスの鬼気迫る説得に対し、プラテイユは何一つ動じることは無くその足を一つ前に出した。
「プラテイユ様!」
ヒウレスの叫びとともに血しぶきが荒れた地面を湿らせた。
「このあま…」
ビラスは部下の首を掴みその体を盾にすると、エフィアの持つ剣を防いでいた。その部下は首の根本から心臓の辺りまで剣を食い込ませ鈍く短い呻き声を放つと絶命する。その盾となる人間をビラスは片手で勢い良く頭上に振り上げた。プラテイユはその怪力に驚きその部下にめり込む剣を手放してしまう。
「流石は狂人の領だな…お前ら頭おかしいぞ。馬鹿どもは殺さなきゃ分からんのか」
ビラスはその死体を彼目掛け勢い良く振り下ろす、それは鈍い鞭の様にしなり、その重みが十分に乗っている攻撃であった。それをまともに受ければエフィアの体への負担は計り知れないであろう。しかし、冷静さを取り戻したプラテイユは死体にめり込む剣の柄を掴みその死体の軌道を少しずらす。いなした先に活路を見出すとその隙間、ビラスの横腹をすり抜けた。
「剣を寄越せ!ヒウレス!」
ヒウレスはその掛け声目掛け柄を向けプラテイユに剣を投げる。しかし、その剣はエフィアのもとには届かず、受け取るはずのエフィアの体は腹を蹴られ暗闇の向こうへと吹き飛ばされていた。
「ヒウレス!お前が来い!いつまで女の後ろに隠れてやがる!」
ヒウレスはエフィアが蹴り飛ばされたのを理解すると瞳孔を開くように目の前のビラスを睨みつけた。
「貴様…」
プラテイユの命であるエフィアを守ると言う任を守れなかったヒウレスは、我を忘れたかのように自制心を一切捨て目の前の男に足を鳴らし突進した。その無様な突進にビラスは半笑いでヒウレスを殴りつけた。
「剣も無しにお前に何が出来る?」
その言葉を発した後にビラスの放つ右手は空を切り、さらにその腕を掴まれたビラスは勢いのまま背中から地面に叩き落とされていた。
「…がっ!?」
ビラスは背中を強く打った為に軽く呼吸を失う。そして、薄く紫がかる夜空を覆うようにヒウレスの足がビラスの視界を塞ぐと激しい熱を帯びた痛みが彼の顔面を覆った。
ヒウレスはビラスの顔面を激しく踏みつけた後地面に落ちた剣を素早く拾おうとした。しかしその伸ばす手は剣に届くことなく、次の瞬間ビラスに足を掴まれたヒウレスは大きく体を振り回され石壁に叩きつけられていた。
「俺の体を投げる奴がいるとは驚いた…流石はヒウレス・キュクロ様だ、恐れ入ったぜ」
「もう一人いるぞ」
その声に背筋を強張らせたビラスは振り向く余地も無く脇腹を短刀で突き刺された様な痛みに顔を歪ませる。
腹の奥までねじ込ませた拳を素早く引き抜くと、プラテイユは膝を落としたビラスの顔面に一歩距離を取り勢い良く鋭い蹴りを放つ。ヒウレスの顔面への一撃でつぶれかかった鼻の骨はこの一撃で完全に粉砕した。
「…!!…ふが!この女!調子に乗るなよ!」
ビラスは目の前の少女に掴みかかろうと視界もはっきりしないまま飛び掛かる。
「言ったろうもう一人いると」
そう言うとプラテイユは先程ヒウレスが見せた同じ技をビラスに再び見舞う。気の動転に次ぐ動転と激しい脳震盪によりビラスは無表情を変えることなく仰向けのまま動かなくなってしまった。
***
キネカの動脈を駆け上るイシスは異様な気配を感じ取り、暗部の感ですかさず近くの木の幹に身を隠した。
「アリアス…アリアス」
その声は遥か昔、過酷な状況に陥る前。暖かく飢えることも無い陽だまりのような世界で幾度となく聞いた声色であった。イシスは息を飲み、鼓動が高まり、胸の苦しさを必死に堪える。
「母上…」
その声は確かにイシスの母の声であった。その現実にイシスは戸惑う。見てはいけない。見たら終わりだと彼は自分に言い聞かせた。
「幻覚だ…無視し迂回する」
そう口に出す彼はその言葉とは逆に木の幹から目を覗かせ、その声の主を確かめてしまう。
「アリアス!かくれんぼは後にしなさい。御父上との剣の稽古の時間よ」
「母上、父上と稽古とは…」
イシスは震える右手を咄嗟に抑える。その震えは恐怖か、嬉しさからくるものか、彼にはそれがわかる。踏み止まることの出来ない感情に身を委ねるのを頭では拒絶するが。陶酔するように魂が彼を支配していた。
「…だめだ、くそ」
「早くなさい、あなた剣の稽古を小さい頃からねだっていたでしょう?嬉しくないの?」
「…母上、…。」
イシスの母は優しい笑顔でその後何も言わず、イシスを見守っていた。
「今、参ります」
イシスは抗うのをやめると幸せそうな笑顔をその幻覚に返して見せた。
母の後ろ姿を追うイシスはその背中にただ安心と言うこの十数年感じることの無い感情を抱く。
「アリアス!来たか」
「ち、父上…」
彼の目の前には彼の父であるシュネイシス・ジウラが立っていた。シュネイシスは彼の立ち姿を見ると深く頷く。
「立派に育ったな、良く生き延びた」
シュネイシスは彼の頭をくしゃくしゃに撫でると彼に笑顔を見せた。
「あ、あなたは。あなた達は幻覚だ」
「…そうかな?それでは稽古を始めよう」
シュネイシスは彼に木剣を投げ渡す。イシスはそれを受け取り切れず取りこぼす。その落ちた木剣を拾い上げると、襲い来る殺気に咄嗟に反応し一撃を無意識に手にした木剣で受け止めた。
「流石はスイダに鍛えられただけはある。しかし、受けだけでは剣技は決まらんぞ」
「何故それを…父上、本当に父上なのか?」
「集中力が足らんな、木剣と言えど命を落とすぞ!」
そう言う父の次の一撃にまたしても彼は無意識で受けるも体制を大きく崩す。
「これが分かるか?西の王家の構えだ、それも失われた時代の英雄、その王が扱った剣技」
「西の王家の構え?確かに似ていますが…始めて見ます」
「そう、我がジウラにのみ伝わる。クレイス領に伝わる西の王家の構えとは違うもの。暗天のヤワタリ、セオに呪われし女王を封印せしめた王の剣技だ」
シュネイシスは木剣を降ろすとイシスの握りに手を優しく自身の手を被せた。
「先の戦いでオドを扱う技術は体得したのだろう。それを使うのだ」
彼は父の手から流れ込むような温かさを感じ取る。
「オド…しかし、剣を持っていてはそれを活かしきれません」
「そうかな?ならばまた手合わせをしよう」
再び父から殺気を感じるとイシスは眼つきを変える。
「何故?私を殺す気ですか!?」
「これがオド、感じて覚えなさい」
その父の一撃は悲しく、その場を逃げ出したくなるような一撃であった。
***
巨石のヒプロが選んだセリニの英雄達は結果としてノスフェラトゥ・ウラネオス・リオラを封印すると言う使命を果たすことは出来たが。殆どの者は死と呪いに臥すことになった。
唯一、ヒプロとの盟約のもと生き残った者がいる。それは西の王。彼の子孫は後に滅ばされることになるが、彼の英雄譚が後世に受け継がれたならばそうはならなかったであろう。




